つかの間の団欒
ドアをあけると目の前にナターシャが立っていた。
「くる頃だと思ったよ。おかえり、ティナ」
「ただいま、ナターシャさん」
ナターシャは、私がこの家に来るといつも、私が入ってくる前に、こんなふうにドアの前に立って『ただいま』と言って迎えてくれる。
ナターシャさんはとっても勘がいいからだとティナは勝手に納得していた。事実、ティナが本当に気まぐれで寄った時でさえ、ナターシャはドアの前で立っていたのだ。
「ただいま戻りました」
事務報告のように言うのはウォーカーだ。
それを聞いてナターシャはあきれるように言った。
「あんたも『ただいま』でいいって言ってるだろう? ウォーカー。そんな他人行儀な言い方はよしてくれ」
後半は少し怒ったように言うナターシャ。
「すいません。え、えっと…ただいま」
ウォーカーも、本気で怒っているわけではないとわかっているので、少し照れたように『ただいま』と言った
ナターシャはニコッと笑うと、
「おかえり、ウォーカー」
そういって、2人を迎え入れた。
2人はナターシャに連れられるまま、ダイニングのイスに座らされた。夕ご飯の準備を手伝おうとしたら、『歩き疲れただろう』と、ナターシャに強引に座らされたのだ
「夕飯はちょうど出来たところだ。あんたら、タイミングを見計らって帰ってきたんじゃないだろうねぇ?」
ナターシャは笑いながら、料理を持ってきた。
「そんなことは……あります!」
「言い切ったわね、あんた」
呆れるナターシャと笑うティナ。こんなやりとりもひさしぶりだった。
「ティナお姉ちゃん!」
レンが別の部屋から出てきてすぐに叫んだ。と思ったら
「おかえりー!」
そういって、ティナに抱きついた……と言うよりは突進してきた。ちなみに、レンもナターシャに習いティナがこの家に来るといつも、『おかえり』と言ってくれる。
「う゛っ!」
レンの突進を受け止めたティナは思わずうめき声を上げた。
レンくんもだんだん成長してきて、この突進もなかなか受け止めれなくなってきた、とひきつった笑いを浮かべるティナ。
「あ、ウォーカー兄ちゃん」
そこでやっとウォーカーに気がつくレン。ウォーカーが凹むかなと思ったティナだが、ウォーカーは楽しそうに2人をみているだけだった。
「ただいま、レンくん」
さっきの教訓を生かして、今度は最初からただいまとウォーカーは言った。
「……おかえり」
しかし、レンはなぜか静かに返した。
いつも元気なレンくんにしては珍しいとティナはおもった。
レンはティナとウォーカーを交互にみて複雑な表情を浮かべている。
ティナとウォーカーは首を傾げて見合わせた。
ナターシャは後ろで1人笑っている。
──なんだと言うんだ???
ティナとウォーカーは訳が分からなかった。
それから4人で、夕ご飯を食べた。ナターシャの料理はとてもとてもおいしく、なによりあたたかかった。
ウォーカーが聞きたいと言ったので、師匠といた頃の昔話もした。ナターシャはローリアを知っているこの街の数少ない人だったので、自然にしゃべれた。
その後、ナターシャ親子は先にシャワーを浴びていたので、ウォーカーと交代で浴びた。
「一緒に浴びないの~?」とナターシャにからかわれたときは顔から火が噴くかと思った。しかし、レンはなぜか不機嫌そうな顔になった。
街全体が寝静まり、静かな夜の中で、ティナとウォーカーはあてがわれた寝室のベッドで向き合っていた。
最初はダブルベッドが有ったのだが、ナターシャに必死に訴えてシングル二つに変えてもらった。ナターシャは不満そうだったが、レンはほっとしていたように見えた。
「それでは、先ほどの続きを話しましょうか。どこまで話しましたっけ?」
ティナから話し始めた。
「シャルアートがメルクリウスの傘下に入った、というところまでです」
ウォーカーは記憶力がいいようで即答だった。
夕ご飯の時の楽しい雰囲気は消え去っていた。しかし、帰り道の時のような重苦しい雰囲気もなかった。
ナターシャやレンに会ったことで、ティナも多少は気が和らいだのだろう。
「シャルアートが変わったと言うのは、別に急に軍事国家になったり、メルクリウスに政治体制を乗っ取られたと言うわけでもありません。
……ただ、メルクリウスのたった一つの法律によって、この街から多くの人が職を失い、もしくは奪われました」
法律によって仕事が奪われる、そんなことがあるのだろうか? ウォーカーは不思議に思った。
「どのような法律なのですか?」
すると、ティナは言いずらそうに答えた。
「……『職業管理法』と言うものです。これはメルクリウスの法律の中でも古いもので、メルクリウスの成立当初からあるそうです。
メルクリウスはもともと、シャルアートのような、商業などから発展し興った国でした。だから、シャルアートよりもたくさんの職業や職人などか存在します。
この法律はそれらが増えすぎないようにするための法律なんだそうです」
「増えすぎないように、とゆうのはどう言うことですか?」
国や職業などから遠いところにいるウォーカーにはよくわからなかった。
そんなウォーカーをうらやましそうにティナはみた。
「言葉通りの意味です。なんでも職業が増えすぎると、税金、衛生、風紀などの監理が行き届かなくなる、と言うことから作られた法律らしいです」
『らしい』などの言い回しからするにティナも完璧には理解出来ていないのだろう。いや、理解は出来ても納得は出来ていないのかもしれない。
「具体的にはどのような?」
「そうですねぇ……」
少し考え込むティナ。
「一番メジャーなのは書類提出ですね。
何か仕事を始めようとする際、役所に仕事の詳細を書いた紙を提出するんです。そして、それをみる専門の役員が、その仕事を認めるか判断を下します。
そして、認められたら、国の方から仕事を始める為のお金が出されます。もちろん、返さなければなりません。一部の人は返すのを嫌がって、認められても国からの援助を受けずに自分の力だけでやる人もいますが」
「認められなかったら?」
「仕事は認められません………。もし、それでも仕事を始めてしまった場合、違法商売と断定され兵士に捕まることになります」
ティナの表情は、無表情なのにとても冷たく悲しそうで、そして、どこか……怒りを含んでいた。
「そんなに厳しいのですか?」
ウォーカーは素直に驚いていた。まさか仕事をするのに国の許しがいるなんて、と
「厳しいです。
他には、国の中央に行き、事業の実技を見せるテストを受け足りして、合否を決められます」
「実技を見せる仕事なんてあるんですか?」
「はい。おもに魔法を使って何かを作る人やピエロなどの大道芸人などの人々です」
「あ、なるほど。
認められる方法はその2つだけなのですか?」
「あるにはありますが……、とても難しく……と言うよりメルクリウスの歴史の中でも一度もないんです。この方法で認められた人は」
「一度も…ですか? メルクリウスは確かに五行連盟の他の四国のどれよりも歴史の浅い国ですが、それでもゆうに500年以上の歴史を持つ国なのに」
「はい。私が調べた記録の限りでは今のところ1人もいません」
──なぜ、他国のことでこんなに悲しそうな顔をするのだろう
ウォーカーにはわからない。
「それは一体どのようなものなのですか?」
しかし、ティナの表情の理由はわからなくても、原因がどこにあるかは察しがついた。
「それ自体はとてもわかりやすくシンプルです。王様に認められればいいんです」
ティナはさっきから無表情のままだ。
「国王直々にみてもらうんですか?」
さすがにこれにはウォーカーもおどろいたようだ。
「しかし、リスクが大きく、成功率も低いのでだれも挑戦しません。
それにだいたいの人は書類か実技テストで認められるので挑戦するほど追い込まれる人がいないと言うのもあるんです。」
「なるほど………」
リスクについてはふれず、ウォーカーはこの話を終わらした。この手のことに付いて来る罰則など、ろくでもないものと相場は決まっているのだ。
それに、さっきから気になっていることもあった。
それは。
「ティナさんはどうしてそんなにメルクリウスの法律に詳しいのですか?」
「っ!!」
この質問には、ずっと無表情で淡々としゃべっていたティナも、さすがに固まった。
もちろん。自分も商人の1人であるため勉強していると言われればそれまでだ。
しかし、ウォーカーには、ティナにはそれ以外の違う理由があるきがしてならなかった。
「…………」
ティナは黙っている。
重苦しい沈黙が2人の間に降ってきた。
先に沈黙を破ったのはティナだった。
「全く。ウォーカーさんには隠し事が出来ませんね」
ふっ、と息を吐き出し、仰向けに倒れるティナ。その声はなぜか今にも壊れそうな危ない響きをまとっていた。
そして、ぽつりと呟くようにゆった。
「実は私、『仕事』してないんです」
ウォーカーが思っていたよりもずっと大きな理由をティナは抱えていた。
そして、この瞬間から、ティナの運命の歯車は動き始めた。ゆっくりと、だが、確実に。
読んでくださってありがとうございます!
今回の話はだいぶ説明を盛り込みました!
これでやっと物語が動き出します。しばらくはシリアス展開が主になると思いますが、なにとぞよろしくお願いします。
では、また次回あえることを祈っています!