プロローグ
初めての連載です。
拙い文章ではありますが、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。
小さな頃から夢があった。
豪奢な式場じゃなくていい。きらびやかな指輪もドレスもいらない。盛大な式なんてもっての外。
純白のドレスを着て、町の外れの小さな教会でひっそりと式をあげられたなら。
愛する人のお嫁さんになれたなら、ただそれだけで良かった。
──それが、一体全体どうしてこうなってしまったのか。
自分を置いて目の前で起こる慌ただしい光景を、アンジュはただただ信じられない面持ちで見つめていた。
その日アンジュは、庭の木陰でいつもと変わらない昼下がりを過ごしていた。
過ごしやすく風当たりも良い、彼女のお気に入りの場所である。
そんな彼女の家に珍しく訪問者がやってきたのは、その後すぐのことだった。
この田舎には珍しい、馬に乗っての訪問者。その内の一頭には馬車が繋がれており、なんだか穏便ではない雰囲気にアンジュは僅かな胸騒ぎを覚える。
それでも自分には関係ないだろうと、新たにページをめくったその瞬間。つんざくような父の叫び声が聞こえて、読んでいた本を閉じると、アンジュは慌てて家へと駆けて行ったのだ。
慌てて家に入ったアンジュを待っていたのは、青ざめた顔で彼女を見つめる父と、その隣でいつもと変わらずのほほんと微笑んでいる母、そして腰に剣を携えてこの平和な田舎には明らかに相応しくない身なりをしている三人の兵士だった。
「アンジュ・メリル様、我が国の国王ロイド・ルドルフ様からの御達示です。どうか我々とご同行願えますか?」
ただ一言。なんの説明もなしに、ただそれだけ。
状況について行けず、アンジュはなんのことかとその場で必死に考えを整理するけれどその答えが見つからなかった。
それもその筈、今まで生きてきて他所様に咎められるような、ましてや国王直々に呼ばれる理由なんてアンジュには何も思い浮かばなかったし、そのようなことをした覚えもない。
それとももしかして、自分でも気づかぬ内に国王の目に留まるようなことをしてしまったのか…と、そんな考えがアンジュの頭を駆ける。けれど、いつも大人しく庭で本を読んでばかりいる自分に限ってそれはないと、今出てきた可能性をすぐに否定した。
半ば命令とも取れる要求を、できれば穏便に断りたかったが国王直々の使いとあっては仕方がない。
アンジュは渋々了承すると、気を抜いたら今にも倒れてしまいそうな程心配そうに彼女を見つめている父と、どこか心強い微笑みを浮かべている母に向かってにっこりと微笑んだ。
「何が起こっているかわからないが…な、何かあったらすぐに向かうからな、アンジュ」
「大丈夫よ、お父さん。心配しないで」
「行ってらっしゃい、アンジュ。王城はきっと広いだろうから、楽しんでいらっしゃいね」
「ええ…行ってきます、お母さん」
父のあまりの慌てようにかえって冷静になってしまったことと、こんな状況でもいつもと変わらない母の態度に安心したアンジュは、使いの者に導かれるままに馬車に乗り込む。
走り出した馬車から見える、段々と小さくなっていく我が家を最後まで眺めていた。