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08:ターゲット・ロックオン

 ハラハラしながら、俺は隣室の様子を伺っていた。

 一番気になってたのは当然クスト班長とミリエ嬢だけど、ニニア女史と若奥様にも気を配らないといけないから、ずっとそっちばかり注視し続けるわけにはいかない。

 くっそう気になるぅ~!

 あぁ、でも仕事しなきゃ…


「あら、売り子さん!この色いいわね!」

「そうでございますね。今年の流行色でもありますし…それにこれは、裾にスドゥルディア模様の刺繍が入っておりまして、装身具や帯を変えれば位の高い方々の婚礼披露宴にも着て行けますし、もちろん気のおけない晩餐会でも皆様の注目を集めることは間違いございません」

「素敵!これ、気に入ったわ」


 ニニア女史の方ではドレスが一つ決まりそうだな。だがあの若奥様ならまだいける…!装身具と帯も出しとくか…

 あ、ちなみにうち宝飾品とかも扱ってるんだよね。そんなに種類多くないけど。でも、どうせうちの店のことだから、そのうち宝飾部門もっと大きくなるぜたぶん…何しろジジイの孫娘の一人が大手宝飾品店の次男坊と婚約してるからな…

 ……いや、ていうかジジイの孫婿なんかどうでもいいんだよ。俺はミリエ嬢が気になるんだ!

 ぶっちゃけお話がしたい!むしろデートしたい!

 デートかぁ~いいねえ一緒に街中のおいしい甘味のお店に行きたいな~甘味好きかな~嫌いな女の子なんていないもんね~甘いもの食べたら笑ってくれるかな~笑ったらかわいいだろうな~絶対かわいい!そう!かわいいといえば!かわいい服を買ってあげて着せたいな~きっと白が似合うと思うんだ。白なんか地味だと思ってたけどミリエちゃんには白だよ!あっでも青が好きなんだっけ?青も似合いそうだな~いやもうなんでも似合うんじゃね?だってあんなにかわいいし!

 とか現実逃避しつつ若奥様の選んだドレスに似合いそうな帯を選ぶ俺マジ…え~っと玉文様と紅花のと、染絵も一つ入れとくか…


 選んだものを抱えて出入口に戻ると、女史は何やら若奥様にとっつかまっている。話が弾んでるな~さすが女史…あ、この帯持ってったげた方がいいかな。

 そう思って、なんとなくクスト班長の方を確認する。班長は仮仕立て済みのドレスを持って何やら説明してるっぽい。彼女はその話を聞きながら、頬に片手をあてて考え込むようなポーズを取っている。視線は班長の手元の商品にいってるようだが…なんか、表情が全く無いので、気に入ったのかそうじゃないのかわかりにくいな…ああ、でもかわいい…

 ……つか俺、さっきから「かわいい」しか言ってなくね?

 いや落ち着けよ、いい歳こいて…

 ミリエ嬢がかわいいのはとりあえず置いとくことにして、自分の仕事はやっとこうと、持っていた帯をニニア女史のところに持っていく。途中、班長と彼女の側をすり抜けようとした時だ。


 ふい、と彼女が視線をこちらに向けた。


 紫の瞳が、俺の目線を捉える。

 ……えっ?な、何?ああでもかわいい…

 突然のことに俺は固まり、彼女と見つめ合うことになった。うおっキレイな目がまぶしすぎるぜ!でも幸せすぎて目を逸らせない!

 直後、いぶかしげに眉が寄った。薄い唇が開いて言葉を紡ぐ。

「あなた……ヴィリイ様…の」

「……へっ?」

 しかし予想外の人物の名前が彼女の口から出たことで、一瞬戸惑ってマヌケな返事しちまった。

 ……あ~そういやヴィリイさん、スカヤ山に彼女を迎えに行ったとか言っt……ハッ!?そ、そうか…ということは!

 俺とミリエ嬢、共通の知人いるってことじゃねえか!髭で傭兵で話が長いヴィリイさんだけど!

 クッソ…しかもこの状況で思い出すとか…我ながら何という迂闊…侯爵家の家人やら何やらに取り囲まれお上品なドレスを選んでるこの状況で…「傭兵のヴィリイさんはお元気ですか」「ええ今朝も会いましたよ彼たまたまうちの店の夜勤でして」「あらそうだったんですか」とでも話せってか!微妙すぎる!

 とそんな俺の気持ちが分かったのかどうなのか(そういや人の心が読めるっていう話はマジなのかな)彼女は何かに気付いたように目を逸らした。…あぁ~せっかく俺を見てくれてたのに…ちょっと残念かも。

「あ…ごめんなさい、急に…」

「いえ…ところで、貴女がおっしゃるのは、もしや南町のジギリート流心技館の…剣師代ヴィリイ士のことでしょうか」

 ヴィリイさんの上の名前なんだっけ…聞いたけど忘れた…まいっか…

「……そうです」

「それは奇遇ですね。彼は、私どもの店の警備の一端を担う剣士でもありまして」

 昨日ヴィリイさんから聞いたスカヤ山云々の話は、伏せといた方がいいかなって気がしたので、とりあえず無難な言葉を返した。


 ……っていうか、アレ?そういや、そもそもなんで彼女、俺がヴィリイさんの知り合いだってわかったんだろ?

 俺ずっと隣にいたから会うのは初めてのはずだし、昨日は俺が一方的に彼女を見てただけで気づかれてないだろうし、っていうか、仮にあの時俺に気付いてたとしたって、そこから俺とヴィリイさんを結び付ける理由もないし。

 うん…?これがもしかして噂の「心を読む能力」ってやつか?…へ~すげえな。まあどうでもいいけど。


 そんなことより…どうしよ。会話が微妙な位置で途切れたぞ。

 いや彼女とならどんなつまらん世間話でも例えばヴィリイさんの髭に若白髪が混じってたとかそんな話だって何だって楽しく語り合える自信があるけどね!残念なことに状況が許さないよね!

「……髭に若白髪?」

「ああ、そうなんです。本人も気にしているようなので指摘しないほう…が…?」

 ……アレ?

 俺、今…しゃべったっけ?


 思わず彼女の目をまじまじと見返す。

 すると一瞬、まずい、みたいな感じで紫の視線が揺らいだ。チラッと目を逸らしたかと思うと、また俺の目を受け止める。……あ~これは、もしかして…焦ってるのかな。

 ムフフ。かわいい。

 無表情だけど、視線をよく見てれば感情の動きくらいはわかる気がする。ていうか焦ってるのもかわいいな。


 とか、うっかり仕事中なのを忘れてミリエ嬢の表情を堪能してたら。

「意外でございますね。ミリエ様はそこの者と懇意で…?」

 クスト班長に釘を刺された。やっべ…今の彼女は班長の獲物だった…すいません!!

 慌てて会釈し、その場を離れニニア女史に近付く。うまい具合にちょうど帯の話をしてたらしく、ありがとう、と小声で言われたので帯を手渡した。よし。

「……いえ、共通の知人がいて…」

 戻ろうとした時、背後からミリエ嬢の涼やかな声がした。確かにいますね。髭で傭兵で話が長い老け顔の人ですよね。と心でつぶやいて、そそくさと控えの間に戻ろうとする。クッ、残念だが致し方あるまい…班長の獲物に手は出せん…

 通り過ぎざまもう一度会釈しようとして、なんとなく顔を上げたら。

 こっちを見てたらしい紫の瞳と、また目が合った。ファッ!?


「……あなた……面白い人、ね」


 お人形みたいにキレイな無表情で、彼女はぽつりと呟いた。

 えっ…それって、どういう意味ですか。

 興味深いって意味ですか。興味持っていただけたのでしょうか?

「……クスト、さん、とおっしゃいました、かしら」

「……はい。何でございましょう?」

「私、そちらの店員さんと、少しお話がしたいのですが…」


 ……う……ウオオオオオオオオ!?!?!?!?!?


 か、神!?神様ってホントにいたのか!!?

 その時、俺の脳内でリンゴォォンと祝福の鐘が鳴り響いた。ヤバイ来た。何か来たよ!

 だがしかし、頭の中がすっかりお花畑の俺を現実に引き戻したのは、班長の朗らかな…しかし何か含んでそうなセリフだった。

「おや、さようでございますか。…わかりました。年寄りは下がりましょう。ただ、その者は売り子としてはまだ未熟ですので、衣装に関する助言は、アテになさらぬほうがよろしいかと」

 うっ……笑顔が……穏やかな笑顔が怖いです班長……

 いやまあ班長は売り上げ第一の人だから、客が別の担当を指名したくらいじゃ気を悪くしないって知ってるけど。知ってるけどぉ…

 思いがけずクスト班長の仕事に割り込む形になってしまい、嬉しいような嬉しくないような何とも言えないアレな気持ちを持てあましていた俺だったが。


「構いませんわ。…ドレスなんて、何を着ても同じですもの」


 まるで、何かをぽいっと投げ捨てるみたいな彼女のセリフで、一気に冷めた。


 それは一瞬おいて脳に届き、俺はなぜか、頭に血が上り、それから悲しくなった。

 ――同じじゃないよ、お嬢さん。

 ドレスは、それぞれ産地も違うし作り手も違うし原料も違うし染料も作る行程も違う。全部違う。

 たくさんの人が関わってるから、同じになることはあり得ないんだ。知らないのかな?

 そうか、知らないなら教えてあげる。

 ドレスひとつ作るのに、いったいどれだけの人間が関わってるのか……例えば絹なら、蚕と同時にその飼料となる桑も育てなくちゃいけないし、その繭から糸を取るのにも専門の技術者がいるし、糸を様々に寄り合わせる加工業者もいるし、さらにそれを織るための行程だって多種多様に分かれる。そしてその仕事の全てに、生産者さん職人さんたちが関わってて、彼らは、自分の仕事に何より誇りを抱いてるんだ。たとえ自分達が、その仕事の果てにある美しいドレスを、着ることはおろか見ることすらも無いとしても。

 それは俺らだって同じさ。

 俺や班長みたいな男性販売員はもちろんそうだけど、ニニア女史だって、ボナンサさんだって、自分らが取り扱ってる商品を着る機会なんか、ほぼあり得ない。

 でも、それでも俺らはこの仕事に誇りを持ってるんだ。……そして願わくば、色んな人の色んな想いが詰まってるドレスを、一番望んでいる誰かの手元に、届けたいんだよ。


 何を着ても同じだなんて言わせない。


 だから……今から俺とじっくりお話ししようぜ!!ミリエちゃん!!

 そして落とす!ありとあらゆる意味でな!


 最初の『狩り』の高揚感みたいなものを感じながら、俺は彼女に微笑みかけた。

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