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06:ニニア女史と話術のこと

 そんなこんなで、バンレッシィ家の上屋敷がある内堀地区へ向かう馬車の中。


「そういえば、ヨォラもそうだが、スミスもバンレッシィ家は初めてだったな」

 クスト班長がニニア女史に話しかけた。

 あ、ちなみにスミスってのが女史の姓ね。スミス・ニニア。女史ってのは俺が勝手にそう思ってるだけ。いやだって何となく女史っぽいし…メガネとか…あと俺、女性は親愛をこめて下の名前で呼ぶ主義なんだよね。

 もちろん、職場の先輩とか、あんまり親しくない人にはそんなことしないけど。ニニア女史のことも普段は「スミス先輩」って呼んでるし。

 けど、もうちょっと仲良くなったら「ニニア女史」って呼んでいいか聞いてみようと思ってる。女史ってたぶん、そういうあだ名みたいなの付けられても、気にしないタイプだと思うんだよね。

 細かいこと気にしない大人の女性っていいよな。好きだよ。いや恋愛対象としてじゃないけど、なんとなく姉貴に似てるし。


 っとと。話が逸れちまった。


 へえ。ニニア女史もバンレッシィのお屋敷いったことなかったのか。でもまあ、少し前まで一課にいたんだし当然か。

「ええ。城東区自体も初めてですね。城北区なら以前何度か…」

「そうか。城東は王党派の屋敷が多い。バンレッシィ侯爵も王党派の筆頭だしな。王家ゆかりの品に詳しいお前なら、うまくやれるはずだ」

 クスト班長の言葉に女史は大きく頷いた。うおお…さすがだぜ女史…班長の期待を一身に背負って……アレ?俺は?


 ……………いや、まあ…うん。


 ですよねー(棒

 そもそも駆け出しのヒヨッコに期待なんかするわけねーよな本命はニニア女史か…と気付いてしまい、お屋敷にも着いてないのにすでに負けた気分の俺。

 クッ、わかっちゃいたけど…くやちぃ…

 しかし、勝手に凹む俺に構うわけもなく、先輩方の話は続く。


「いやそれにしても、あのちっさかったバンレッシィの末娘が嫁入りとはねぇ。年は取りたくないわぁ!」

 という無駄にでかい声の主は、ベテラン針子のボナンサおばさん。

 販売に持っていく服は、仕立ててあるものやら仮仕立て状態のものやら反物やらイロイロ混じってるのだが、お客様の気に入ったものが、少し直せばいいだけの仕立て済みのものだった場合、ボナンサさんみたいな針子がその場でちょちょいっと手直しして売買成立ってわけだ。ちなみにこれ、王都ではアサラサスが最初に始めたサービスらしい。

 なのでうちは針子もお抱えだ。普通縫製は外注が多いんだけど、うちはそれも全部お抱えの針子にやってもらってる。顧客の細かい注文にも完璧に応えられるようにだ。さすがに生地までは作ってないけど…まだ。

 ……いや、なんか番頭さんとか上の人が話してるのをチラッと聞いたんだけど、ジジイもとい大旦那様が「そのうち織り子も雇おうかね」とか言ってたらしい…オイ…機屋も始める気か…どこに向かってるんだジジイすげえなもう70近いってのに…


 まあそれはともかく。


 ベテランなだけあって、ボナンサさんは、バンレッシィ家にも何度も呼ばれたり、あるいは今回みたいに販売についてったりしてるそうだ。ちょうどいいや、例のミリエ嬢のことも聞こう。

 ……いやいや決して下心とかじゃないよ!だってバンレッシィの大奥様と若奥様の好みは既に把握済みだしね!でもって嫁に行く三女は別の班の担当だし!となれば情報に乏しい次女のことを聞くのは当然だよね!だから下心じゃないよ!仕事熱心なだけだよ!


「ボナンサさん、バンレッシィのお嬢様方のこと詳しいんですか?」

 水を向けると、手持ちぶさただったらしいボナンサさんはいきいき語りだした。

「まぁねぇ、長女のユリエお嬢様の婚礼衣装も手伝ったし!あれは大変だったわぁ~気合いの入ったドレスでねぇ!抜き加工の刺繍が多すぎてえらいことに…まぁ、お相手は第二王子殿下の覚えもめでたい側近だからねぇ。しょぼいドレスにゃできないでしょ。んで、結局五人掛かりでやっとこ仕上げたのよぅ…いや~ありゃ大変だった…」

 ああ、確か長女はアロンディーン伯爵家に嫁いだんだよな。伯爵は第二王子の側近だったっけか。……ん?アレ?第二王子?

「あれ…でも第二王子って…その、バンレッシィの次女に言い寄ってたとか…」

「あぁ、あったわねぇそんな事…でもミリエ様は乗り気じゃなかったらしいけど」

「えっ、そうなんすか?フツー王子様に見初められるとか、貴族の女子なら憧れそうなもんなのに」

 なんか、話聞いてると、見た目通りあんまガツガツしてない女みたいだな。いいねえ。好み。

「そりゃ立場と相手によりけりでしょうよ。貴族ったってイロイロだしねぇ。ま、ミリエ様の場合はね…な~んか、イロイロあったらしいけどぉ」

「…単にお嫌だったのでは?クソ王j…ゲルンドル侯爵の女性遍歴は有名な話ですから」

 それまで聞いてただけだったのに、唐突に俺とボナンサさんの話に割り込んできたニニア女史。

 ……あの…女史…なんか今、言いかけませんでしたか?俺の勘違いでなければ…「クソ王子」とかそういう感じの。

「まぁそうよねぇ…レギオ殿下は女たらしだからねぇ…」

 女史のクソ王子(?)発言が聞こえなかったのか、それとも聞こえててスルーしたのかは分からないが、ボナンサさんは言いよどむ。班長のほうを伺うと、御者のグレッグと何やら談笑していた。えぇ~誰も女史にツッコミ入れないの?気になんないの?

 ……いやいや。どうやら女史は第二王子殿下のことがあまり好きではないらしいと判明したが、それはまあとりあえずどうでもいいことだよ。今、俺が聞きたいのは…

「……ところで、そのミリエ様って、出家したって聞いたんすけど…」

「あぁそうそう!そうなのよぉ~ありゃびっくりしたわ!でも今戻って来てるんでしょ?あんた見たって」

「いや、俺はそのミリエ様がどんな方か知りませんし。確かに昨日、それらしい女性を見かけたんですけど…」

「ミリエ様はねぇ…透けるような真っ白い肌に真っすぐな黒髪で…瞳の色が紫なの。ああいうの神秘的っていうのかしら…おきれいな方だったわねぇ…」

 思い出しているのか、ボナンサさんは目を細めて呟いた。

「あ~横顔しか見てないんす。そっかぁ紫の瞳か…珍しいですね」

 ここエレイア王国では、青や緑や茶色の瞳なら多いが、紫ってのはあまり聞いたことがない。俺自身、20数年生きてきて一度も見たことがないし。せいぜい、おとぎ話の魔女の瞳が紫という話をうっすら憶えてるだけだ。

 ……あぁ。だから「魔女」か。


 詳しい事情はよく知らんけど。


 どうやら例のバンレッシィ・ミリエ嬢は、容姿やら体質(?)やら何やらのおかげでイロイロあって、貴族社会にいられなくなって出家した、みたいな話?

 フーン…ちょっとめんどくさそうかな。

 ……でもまあ、とりあえず一度会ってみてお話をしてみたいよね。

 んで、還俗したんだかするんだかなんだかしらんけど、もし機会があるんならお付き合いしたいよね。

 あのすべすべさらさらしてそうな黒髪に指を通して感触を楽しみたいよね。


 うぉっといけねぇつい本音が。


「どんな方なんですか?ミリエ様って」

「……そうねぇ、無地っぽいドレスを好んでらしたわ。色だと青ね。深い青」

 ほほう。初めて有益な情報が聞けたな。

「宝飾品とかの好みは?」

「あまり身につけてなかったわねぇ…まあ、あの頃はまだ16,7だったし、そんなもんなくても十分すぎるほど美人だったからねぇ」

「交友関係とか」

「そこまでは知らないわよぉ!あたしはただの針子よ?知るわけないでしょ!」

「そりゃそうですけど~」


 結局、ボナンサさんからもあんまり情報は得られなかった。ああデジャヴ…

 ……もしかしなくても俺の話術はまったくレベルが低すぎるのかもしれない…

 思わずクスト班長のほうを見ると、書類をチェックしていた班長は、視線に気付いたのか顔をあげ、微かに口元を歪めた。

 うぐぐ。なんか笑われてる気がするぅ~


 いやいやいや。俺の話術そこまで悪くはないはずだよ。だって営業成績悪くないもん!アレだよ自分が欲しい情報をうまく聞き出すとかそれってもうお芝居とかに出てくるような探偵の技能であって着物販売人に必要なこととは言えn……ハイ、言い訳ですね。すいません。


 きっと班長だったら、うまいこと相手から必要な情報だけを引き出せるんだろうな~、とか思ったら、もう自分に言い訳する気も起きねえ…はっはっは。


 まあ、ボナンサさん本人も言ってたけど、ただの針子が貴族様の家庭事情なんかそうそう知れるわけないしな。

 それに、そもそもボナンサさん、この手の「誰々さんちの家庭の事情」をネタにするのあんま好きじゃないみたいだし。

 うちの店の針子さん全員にも言えることだけど、いわゆる職人気質なんだよね。仕事の話以外は全部与太話って感じで、無駄口きく暇があるなら手を動かせ、みたいな。

 それでもボナンサさんはまだ話好きなほうだから、そのおかげで仕事掴んでる部分もあるのかもな~。同じく針子のウィクティアさんなんか、ものすげえ技術持ってるんだけど気難しくて、店員でも性格合わない人にはすっごい嫌われてるから、あんま仕事もらえてないっぽいし。


 とかなんとかイロイロなことをぐだぐだと考えていたら、ふと馬車が止まる。

 どうやらバンレッシィ侯爵の上屋敷に着いたらしかった。

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