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05:いざ商人の戦場へ

 昨日は、なんだかんだで借りてる下宿の部屋に戻ったのが日が変わる直前だった。

 そのままベッドに倒れ込んで即寝。寝付きがいいのは俺の数多い長所の一つだ。

 んで空が白み始めた頃ぼちぼち起床。寝起きがいいのも俺の以下略。


 今日は、貴族も貴族、内務大臣補佐官のバンレッシィ侯爵邸へ出向くわけで。身だしなみはいつも以上に丁寧にせにゃ…

 まあ服は店で借りられるけど、髪整えたり体臭ごまかすための香料とかは、自分で用意しなきゃいけないんだよね。おととい風呂行ったばっかだし、そんなに臭わんとは思うが…一応、汗だけ拭いとくか。


 こういう、服装やら身嗜みを整える「センス」も販売員としての評価ポイントに入る。まぁ当然だな。

 ちなみに俺は、趣味の良い酒場の姐さんとか高級芸妓の某ちゃんとかにアドバイスしてもらって技術(?)を磨いてる。のでファッションセンスにはそこそこ自信がある。

 ええ、それはもう大変なお金を注ぎ込みましたからね…芸妓の某Aちゃんとか、会うだけで給料半月分が消えましたからね…

 しかも会うごとに皆さん示し合わせたかのように「なぁにその服(笑)」とか「なにこの臭い、ありえなくな(↑)~い(↑)?」とか、言いたい放題言いやがってくださって本当にありがとうございますコンチクショウ!

 ……これでセンス無いとか言われたら俺は泣いていいと思う。


 支度がすむと、夜が明ける少し前に下宿を出た。空気はひんやり澄んで、良い朝だ。

 道すがら会う近所の店屋のおっちゃんやおばちゃんに「はよーございまっす」と声をかけつつ足早に歩いた。このへんは典型的な下町で、家賃が安いのはいいんだが、治安はあんまりよくない。なのでご近所とはなるべく親しくしとかないと。なんかあった時に助けてもらえないと困るからねえ…

 一応俺も、自分の身を守る程度のことはできるけど…それ以前にまず、やっかいごとに巻き込まれたくないのよ。

 地元にいたころイロイロあってさぁ…なんかもう、避けられるゴタゴタは極力避けていきたい的なアレですよ。

 ま、これから商売人として華々しい道を進むためにもね。


 店に着くと、夜勤の傭兵がちょうど交代するところだったらしい。裏門からヴィリイさんが出てきて、門番のユトイッグさんと何か話していた。

「はよーございまっす」

「おお。昨日の今日で早いなぁ。…まあがんばって売ってこいよ」

 通り抜けざまにあいさつすると、ヴィリイさんが応えた。言われなくても。

 …っていうか昨日は結局、バンレッシィ家についてもミリエ嬢についても、詳しい情報はほとんど得られなかったんだよな…俺の話術もまだまだか…


 昨夜あらかじめ選んでおいたドレスやらストールやらを、後輩の丁稚に手伝わせて倉庫から運び出す。

 昨日は光球灯の明かりだけを頼りに選んだから、念のための確認だ。陽の明かりと光球灯の明かりじゃ、色の見え方が違うこともあるからな。

 いつも色目の最終確認に使ってる荷物部屋でチェックしていると、クスト班長がさっそくやってきた。

「おはようございますッ!」

「お早う。……これか?」

 言うが早いか、班長は品物を手にとり検分していく。これは出すな、とか、おっこんなのよく見つけたな、とか。さすがベテラン、ものの十数分で出すべきものと出さないものを決めちまった…はええ…

 班長が選んでるうちに他のメンバーも出勤してきた。今日も同行するベテラン売り子のニニア女史(年齢不詳メガネ♀非婚)が班長の選考にダメ出ししつつ倉庫から新たにモノを出してきたりなんだかんだあって……結局、俺の選んだものは6割くらい採用になった。センスはまあまあってことかなあ?

 いや、まだ売る前の段階だ。評価なんざ気にしてもしょうがねえ!問題はここからなんだよ…

 さっそくその場で始まる営業会議。いや会議っていうか、今日の日程の確認みたいなもんだけど。

「今日はバンレッシィ家がメインだが、ダメだった時はダーロイ家に行こうと思う」

「……そうですね、それが妥当でしょう」

 二人の発言に、下っ端の俺に口が挟めるわけもなく、頷いた。

 ちなみに、ダメだった時ってのは、侯爵家に何か来客とか急な事情があって訪問できない時のことだ。

 アサラサスは貴族専門店なので基本的には訪問販売しかやってない。もちろん訪問販売といっても、正式には数日前にお伺いの手紙を出して訪問する日程を決めておくのがルールなんだが、そういうのは当主がよっぽど細かい性格の家か、あるいは子を授かった夫人への魔除け帯とか生まれた子供の七祝い用の着物とか、そういう儀礼用のものを売る時だけだな。まあこっちから出向くより呼ばれて伺うことのほうが多いけど…呼ばれた時は、その分手数料に上乗せするからね。それ知ってて、急ぎで服が必要というわけでもない場合、だいたいの貴族の皆様方は呼ばないし、訪ねて来るまで待ってるね。年頃の娘がたくさんいるおうちなんかは特に。

 んで、なじみのお得意様や、あんまり細かいことを気にしない貴族様の場合、前日あるいは当日の朝にでも屋敷に使いをやって許可が下りれば、そのまま午後には訪問できたりする。もっと気にしない貴族様の場合、アポ取らずに行っても都合さえ悪くなきゃ入れてくれる…ダーロイ伯爵夫妻がそのタイプなんだよね…まさにカm…じゃなかった救いの神だぜ…

 ありがたいねえ。なのでそういう貴族様には多少オマケします。でもま、ダーロイ夫妻の場合、そのオマケ目当てでアポなし訪問を受け入れてるフシもあるけど。世の中もちつもたれつってやつだね。

 ちなみにバンレッシィ家の当代も、細かいことにこだわらない貴族様の一人だ。よって既に使いは出してある。さっき倉庫から荷物運ぶの手伝わせた後輩にそのまま頼んどいたのさ。ついでに小遣い渡して「これで帰りに甘味でも買いな」とかいっときゃ、俺の株も上がるというもの…フフフ…ヤバくね?俺イケメンじゃね?イケてる先輩じゃね?

 ……こんなことばっかやってるから23にもなるのに金が貯まらなくて嫁貰えないんだぜ…フフ…フ…


 荷物を営業用馬車に積み込んでる時、バンレッシィ家に使いにやった丁稚のダインが戻った。俺を見つけると近寄ってきて、懐から手紙を取り出す。

「アル兄さん、侯爵さまんちのお返事っす!今日昼過ぎなら訪ねていいみたいっす!」

「おっそうか。ありがとよ!」

 ダインをねぎらって、すぐに返信をクスト班長に届ける。いよいよだぜ…!


 封印が捺された封筒を俺から受け取ると、懐から取り出したペーパーナイフで素早く開封し中身に目を通す班長。う~ん、いつ見ても優雅な手つきだ……と、その動作をニニア女史もそっと見つめていました…メガネの下にそこはかとなく切なげな瞳を隠して…女史…優秀な売り子なんだが噂じゃ既婚の壮年男性専門らしい……今のは見なかったことにしよう……


「……ふむ、やはりな。末の令嬢の婚礼衣装はシーグの班が担当だからいいとして、次期当主の夫人が披露宴用に何か見せて欲しいそうだ…それから…末の令嬢付きの侍女の制服も欲しいと…」

「侍女用の服はあまり入れてませんでしたね…今私が選んで来ましょう。まだ時間はありますし」

「あっ俺も手伝います!」

 ニニア女史に申し出ると、彼女は班長に目配せした。つられて俺も班長に懇願の視線を送る。すると班長は苦笑して「行ってこい」と許可してくれた。ラッキー!女史の仕事も見られるぜ!

 侍女服とかは、俺まだ勉強中なんだよね。脱がせ方なら知っt…ゲフゴフゴホンッ

 えーと、そうそう。

 女史は以前一課にいて、王室の侍女服とか女官服を扱ってたそうだ。それが何故二課に来たのかは、なんていうかほら薮蛇っぽいから聞いてないけど。


 倉庫で「最近流行の仕立てはコレよ」とか「値段で選ぶならこれになりそうね」とか、侍女服にまつわるアレコレを教えてもらう。

 メガネのせいでなんとなく固そうに見えるけど、話してみるとそうでもないんだよね。こと仕事の話ならものすごく丁寧に教えてくれるし。

 聞いても自分の知らないことや都合の悪いことだとはぐらかすノウェスナ先輩よりもいい人だよな~男の趣味はアレらしいけど。


 話を聞きながら、品物を選び出す手伝いをして、荷物を持って馬車に戻る頃には11時過ぎだった。バンレッシィ家までは馬車で半時もあれば着く。少し早めの昼メシを食うと、俺らはいよいよ出発したのだった。

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