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03:アサラサスにて

 店に戻る頃には、日がそろそろ傾きかけていた。


 けっこう時間くっちまった…お、カルシィさんだ。

 店の裏門前に立っている顔見知りの契約傭兵に、俺は手をあげて挨拶した。相手も気付いて会釈してくれる。

「やぁおかえり、アルキン君」

 カルシィさん確か連勤10日目だっけ?大変だなぁ…

「ただいまッス。いやぁ~今ギルド行ってきたんスけど……って…ああああぁ!?」

「ど、どうしたんだ?」

 そこでやっと、ギルドに出向いたそもそもの目的を思い出した俺。

「ソーマに金返してもらうの、忘れてた…」

 ……ちくしょーマヌケすぎる…何しに行ったんだ……ハハハ店の事務書類を取りに行ったに決まってるじゃないか…ハハハハハ。

「あぁ…あいつまだ返してなかったのかい。…いやその、仲間が申し訳ない」

 ガックリ肩を落とした俺に、カルシィさんはいかにも申し訳なさそうに言った。

 別に、カルシィさんがソーマの行動に責任を持つ義理もクソもないはずだが、人の良いこのおじさんは何かと他人をフォローしてくれる。嗚呼疲れた心に染み入るやさしさ。

「……ハハハ。次、あいつが出勤してきた時には、一発殴っていいですか?」

「う~ん、それで君の気が済むなら…」

 苦笑しながら言うカルシィさんに俺も苦笑を返して、店内に入った。


 傭兵ギルドで受け取った書類を副番頭さんに渡して、俺は所属の部署に戻った。

 ちなみに、俺の所属は販売部二課だ。二課の担当は城北および城東区で、顧客はざっと1000人にもなる。

 俺は、正式に販売員として認められてまだ1年しか経ってねえから一番未熟だが、それでも、顧客のうち半分くらいは、名前と社会的地位と服の趣味と家族構成と交友関係を頭に叩き込んでる。

 ……だが、俺なんかまだまだ。謙遜で言ってんじゃないぜ。上を見ればキリがないんだよマジで…

「ただいま戻りましたぁ~っと」

「……やっと戻ったかアルキン。金は返してもらえたか?」

 いきなり痛いところをついて来たのが俺の指導役、ノウェスナ先輩(30♂未婚)

 ……先輩やめてください…心が悔しさで軋むんです。

 あぁ今日は取り戻した500ゲルで美味いもんでも食ってあわよくば可愛いおねえちゃんも食って帰ろうと思ってたのに畜生!

 ……可愛いおねえちゃんといえば…あのバンレッシィ家のお嬢様、いい女だったなぁ。実はけっこう好みだったんだよね。おとなしそうな感じとか。

 横顔しか見れなかったのが残念だ…バンレッシィの御屋敷に行ったら会えるかな?

 そう予定では、ああいう女を食事に誘ってあわよくば…あわよくばッ!!

 ……ちくしょー何事もなかったかのように話題を変えよう。

「いやそんなことより、ちょっと興味深い話を仕入れて来たんですが」


 かくかくしかじか。


 バンレッシィ家の令嬢らしき女のことを話すと、予想通り、その場にいた先輩方から次々に補完情報が出てきた。


「あぁ…それは次女のミリエ様ね。美人だったでしょ?」

「一時は第二王子殿下の婚約者候補にも上がったらしい。当時は、城東一の美女って言われてたが、どうにも…変な噂もあってね」

「千里眼」

「人の心が読めるとか未来が見えるとか、果てはどこそこのだれそれを呪い殺したとか」

「思い出した。ミント家の…今はステイ男爵夫人か、ピリス様が騒いでなかったかい?」

「そういえば、魔女がどうのこうのと…」

「ピリス様はあの頃、レギオ殿下の熱烈な信者だったからなぁ…」

「でもその、ミリエ様を見初めたのは、殿下だっていう話じゃありませんでした?」

「そうそう。ミリエ様の社交界デビューの晩餐会で」

「レギオ殿下は黒髪がお好きだからね…」

「晩餐会用に、シスイ布のドレスを買ってもらったんだっけ?あの頃のシスイものはけっこう良かったよね」

「領主が代替わりして税金が上がってから、出来が微妙になっちゃいましたがね」

「とにかくまぁ…そんなわけでか、あんまり表には出てこなかったわねえ…」

「確か、社交界デビューの後すぐ出家して…あれは何年前だったかしら?」

「うちの長男と同い年のはずだから、今年で22くらいになると思うよ」

「まさか本当に修道女になるなんて…もしかして千里眼ってのも、あながち嘘でもなかったのかもねえ…」


 ……さすがだぜ。我らがアサラサスの上位悪魔じゃなかったベテラン販売員の皆様。


 他にも、バンレッシィ家の内部事情とか、侯爵夫妻より息子の嫁の方がいいカモ…様々な衣装品を買ってくれる超御得意様だとか、三女が今月末にケイス家に嫁ぐからその関係で戻ってきたんじゃないかとか…つつけばさらに大量の情報が、塵のように舞い上がりそうだったが、気が付けば日も落ち終業が迫っていた。


「ふむ…よし、明日はバンレッシィ家に顔出してみるか。おいヨォラ」

 と呟いたのは、これまたベテランのクスト(51♂既婚)班長。先程、ミリエ嬢と同い年の長男がいるとのたまったロマンスグレーだ。

 ちなみに外見が、モロ貴族の家に仕える執事みたいな上品な老紳士なんだが、その売り方たるや…ちょっと具体的には説明し難いが端的に言うと……すごく…えげつないです…

 そして営業成績は、王室専門の一課を除けば販売部のトップを張る。

 年齢的にも、そろそろ管理職に就いて然るべき人なのに「まだ売り足りないから」とかいうアレな理由で課長就任を蹴った猛者でもある。まさに販売の鬼。今の俺には神の如き遠い存在だ。

「俺も行っていいんですか?」

「お前が掴んできた話だ。いい機会だしな。勉強だと思ってついてこい」

「……ありがとうございます!」

 よっしゃ!クスト班長の魔性の誘導話術じゃなかったセールストークをこの目で見れるなんて…テンション上がってきた!


 とかなんとか、話してるうちに。


「あら、もうこんな時間?早く帰んないと」

 所帯持ちの販売員は、当然ながら自分の家で暮らしてるので、キリのいいところで帰宅していく。

 ちなみに独身を謳歌する俺は、数年前まで店の丁稚部屋で仲間と寝起きしてたんだが、今は住み込みの奉公人が多すぎるとかで追い出されちまったので、仕方なく自分で部屋を借りて暮らしてたりする。

 駆け出しには痛い出費だが…まあ、自由なのはいいんだけどね。


「ヨォラ。お前は、バンレッシィ家に持ってくものを適当にみつくろっとけ。明日の朝、俺が確認するから」

「ハイ、わかりました!」

 クスト班長の言葉に大声で応えた。やべえ気合い入れて選ばねぇと!

 ……つうか、もしかしなくても全部俺にやらせてくれんのか…ちょ、マジでこれは……全力でやらないとヤバいかも。


 翌日の準備を俺に任せると、クスト班長始め先輩方は帰途につき、俺は一人残される。さて…予想外の展開というか、ある意味予想通りの展開というか。

 二課の販売員になって、早1年。

 とりあえず仕事の流れは覚えた。仕事に関する勉強も、それなりにやっている。となればそろそろ、先輩方からの試験があってもおかしくはない。つまり。

 明日、バンレッシィ家でどれだけの売上を作れるかで、俺の最初の評価が決まる。

 ……やらいでか!!

 気合いも新たに、俺は早速、商品を保管している倉庫に向かった…が、事務棟を出たところで気付く。しまった…もう真っ暗じゃねえか!

 くそっ、当たり前のことだが倉庫は火気厳禁だからランプ使えねえ…光球灯(魔法で灯されたランプ。熱はなくかなり明るいが使用時間が限られ、値段も高い)の使用費は自腹なんだよな…

 ……だが、致し方あるまい。腹をくくって倉庫へ…

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