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02:受付にいた女

 受付あたりにいる数人の客からは見えにくそうな、隅の待ち合い席に腰掛け、手持ちの書類をチェックするふりをしながら、俺はなんとなくナリーンの前の客を見た。

 客は二人組の女だった。色褪せたマントを羽織ってるあたり、王都についたばかりの旅人か。あるいは流しの傭兵だろうか。

 一人は耳が隠れる程度の短い栗毛で、浅黒く焼けた肌、いかにも旅慣れた傭兵だ。

 もう一人の方は、癖のない黒髪を頭の上の方で一つに結わえ、まっすぐ背中に垂らしている。けっこう長い…それにあの肌の白さ。元々は傭兵じゃないな。

 察するに、栗毛の女が黒髪の女を連れて来たって感じか?

「……あ…間違えた…」

 ふと、黒髪の女が呟いた。書類を示しながら顔を上げる。

 その白いうなじが、やけに目についた。

 俺は女の横顔を追う。整った鼻筋に涼しげな目元。肌の白さは、よく見れば病的なほどだった。それとは逆に、闇のように黒い髪。

 へぇ、こいつはなかなか……いい女じゃないか?

「ンン?…あ~、線ひいて上に書き直せばいいんじゃない?いいですよネ?」

「ええ、構いませんよ。ええと…必要書類はこれで全部と…はい、ではバンレッシィ・ミリエ…さん、助っ人傭兵登録、確かに承りました。ありがとうございます」

 話を聞いてると、やっぱり流しの傭兵のようだ。助っ人登録に来たのか。

 ちなみに助っ人傭兵ってのは、ギルドに所属こそしないが、名前や所在地を登録しておいて、都合が合うときだけ仕事を探しに来るってシステムだ。いいよな~自由そうで。

 まあでも、契約傭兵よりも手取りは少ないらしいけど。…ですよね~。


「よっしゃ。これでミリエも傭兵だヨ!」

「……意外と…簡単なのね……」

「まぁネ。…ところで、今なんか仕事ありますか?」

「そうですねぇ…術士の方で、こちらでの経験が浅い方ですと…これくらいでしょうか」

 そう言いながら、何枚かの紙を差し出すナリーン。へぇ。あの二人、術士なのか。

「……ん~、まァ最初はこんなモンか…」

「ただ、バンレッシィさんは治癒術が使えるということですので、治癒術士のみの求人はこちらですね」

 と、ナリーンは栗毛の女に見せたものより厚めの書類の束を黒髪の女に差し出した。

「おっさすが!ミリエ引く手あまただネ!」

「……………」

 黒髪の、口数が少ない女の方が、どうやら治癒術士らしい。治癒術…修道女か。あ~なんかそれっぽいかも。

 ……ところで。

 バンレッシィ…って言ってたか?バンレッシィ…どっかで聞いた覚えが…

 あ~喉のこのへんまで出かかってるのに出てこない感覚…バンレッシィ…確かに聞いたことがある…が、出てこねぇ!

 チクショー気になるじゃねえか!


 俺が悶々としてるうちに、気が付けば女たちの姿は消えていた。どうやら今日は登録だけにしたらしい。いやそんなことはどうでもいい。問題は…

「くっそ~…誰だっけ?」

 ナリーンがいるカウンター席に向かいながら俺が唸ってると。

「何ブツブツ言ってんの?」

 求人表をトントン揃えながら、ナリーンが話しかけてきた。

「よぉナリーン。ところで、今の黒髪の女ってさぁ…」

「あっ、あんたも気付いた?アレって、出家したとかいう、バンレッシィ家のお嬢様だよねきっと!」

「えっ…あっそうかバンレッシィって…あのバンレッシィ侯爵家か!」

 思い出した!そうだよ!うちの店の上位にランクインする御得意様じゃねえか!なんでド忘れしてんだ俺!?

「えぇ~気付いてなかったの?アサラサスの販売員ともあろう男が…」

 露骨にバカにした目で俺を見るナリーン。くっそ…

「し、仕方ねぇだろ!まさかこんな場所に、侯爵家のお姫さんが…っていうか、あの話マジだったのか?出家とか…」

 そうだ。噂だけは聞いてた。

 現在バンレッシィ本家にいるのは、侯爵当人と夫人、家督を継ぐ予定の長男と妻、もうすぐ某伯爵家に嫁ぐ娘、その下に末息子ってな感じで6人だったと思う。

 だが長男の下に、すでに家を出た子女が何人かいて、そのうち一人が、なんと出家してどっかの山に入ったという話だった。

 一応俺も、伊達にアサラサス販売員になれた訳じゃないんだぜ。カモの特徴じゃねえ御得意様の情報くらい、覚えてて当然だな。

 ……家名を度忘れしたのは…えーと、そういうこともあるよねっていう。


 気を取り直して、ナリーンの話に意識を向ける。

「みたいね。でもほら、コレ見て。さっき彼女が書いてた書類」

「おいおい…いいのかよ部外者に…」

 と言いつつしっかり受け取り目を通す俺。いやぁ、情報収集は商売人の基本ですから。

「彼女、一回名前を書き直してるの。スカヤクワムを消してバンレッシィに」

「へえ…スカヤ…キノシアの山だったかな?クワム(修道女)を消したってことは…」

「還俗でもしたのかしら…」

 普通、修道女や修道士は所属する寺院名を家名代わりに名乗る。出家するってことは、文字通り家名を捨てることだからな。

 だが、彼女は家名を名乗った。

 こりゃナリーンの読み通りか?

「……あれ、住所は東町だな?」

 俺は首をかしげた。基本的に、上級貴族の屋敷は全部内堀地区にあるはずだが…

「あ、それ宿屋の住所よ。多分エルダル館。助っ人登録する人には多いの。…ホントは、きちんとした住所を書いてもらわないといけないんだけどね」

 言いながら肩をすくめるナリーン。

 まあ、助っ人は、繁忙期にかき集められるだけの非常要員ってのも多いからな。いちいち管理すんのも手間なんだろう。

 それに、うちの店みたいな、きちっとしたとこに出す傭兵は、出所も性格もきちっと管理してることは知ってるし。

 それはそうと、だ。

 実家の住所を書かなかったのは、身上を知られたくなかったからか、それとも家には戻らないつもりだからか。

「……だがいずれにせよ…若い娘さんが白だの黒だの、清廉すぎる服しか持ってないのは問題だよなぁ…」

 フフフ…いいカモじゃねえお客様の予感!

「うわぁ出た。アサラサスの魔の手が、今まさに清らかな修道女様のもとに…」

「オイ、聞き捨てならんこと言うな。俺はただお客様に、いつでも素晴らしいお召し物でいていただきたいと願ってるだけだぜ?」

「あら偉いわね」

 鼻で笑って、ナリーンは俺の手から書類を取り戻す。

 本来は部外者に教えちゃいけないこうした情報を流してくれるのは、俺が、このギルド最大の取引相手であるアサラサスの人間だからだ。

 もちろん俺自身も、彼らの信頼を得られるように努力はしてるけどね。


 とにかくまぁ、そんなこんなで、興味深い情報を仕入れた俺は、さっそく裏を取るべく店に戻ることにしたのだった。


 ちなみに。

 バンレッシィ家に何を売り付ければ今月の売上はどのくらい増えるだろうかと、狸の皮算用にすっかり気を取られた俺が、借りパクのソーマから金を取り立てそびれたことを思い出したのは、店に戻ったあとだった…

 チクショー…なんかこの流れでまた「借りたまま返さない」とかいう展開になりそうな気がしないでもないぜ…

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