15:身分差なんか知るか!
……結局、笑いの発作が治まるのに5分以上かかった。ていうか今も油断すると腹筋が痙攣する…おのれソーマめ…
「……ところで魔玉って…魔力の元なんでしたっけ?炎蛇からも採れるんすか?」
「ああ。炎蛇の死骸から採取できる。ただし死骸は自然死したやつでなきゃダメで、殺しちまうとなぜか魔玉にならないんだ…死骸探して縄張りを駆けずり回りながら、でも炎蛇自体はなるたけ殺さないようにしないといけないから、狙うやつも少なくてな…だからこそモノによっちゃ、それなりの高値で売れるってわけだ」
「へえ~。そんなのもあるんすね~」
魔術かあ。俺は全然使えないし、興味もあんまり無いんだけど(そもそも魔玉を買う金がない)お客さんの中に、魔術を美容に応用したやつを施術してもらってる人とか多いよなあ。
基本的に魔術って、魔玉の中の魔力を使うんだけど、その魔玉がなかなか採れないから貴重で、高いんだよね。だから貴族のほうが魔術の恩恵を受けられるのは確かだ。
でも、例えば火の魔術とかだと庶民の生活にも関わってくるんで(食事の煮炊きとか暖房とかね)そんなに高くもない値段で買える魔法機具も今はけっこうある。最近だと人気なのが給湯設備。俺の借りてる部屋には無いけど、王都じゃ最近、共同シャワー付き物件が増えてんだってさ。わざわざ外湯に出かけなくていいから人気らしい。
「炎蛇だと紅玉が多いかナ。火術の元になるヤツ。んで、たま~に紫の玉が混じってて、それがすごい高く売れるんだヨ。とぉってもキレイなの!」
「……あ、それってもしかして『龍紫石』とかいうやつ?」
ふと思いついた宝石の名を出すと、二人が頷いた。俺も実物は見たことないけど、光の加減で赤みが増したり青みが増したりあるいは漆黒に見えたりと、不思議な宝石らしい。
「よく知ってたな。アレを1個でも採ってこれりゃ、おまえが貸してる金なら、おつりのほうが多いくらいだろ」
「そりゃ、俺に返す分だけだったら、そうでしょうけどね~」
「……あのバカは、いったいどこでどんだけ借金こさえてんだ……?」
呻くように呟くヴィリイさん。うん、呻きたくなる気持ちは分からんでもない。もうあのクズ早いとこ破門しなよ。どんだけ強くても素行が悪きゃ、それだけでジギリート流の恥になるんじゃないの。しらんけど。
とかどうでもいいことを考えてたら。
「……アッそーか!龍紫石!」
唐突にレニが声を上げた。思わず見ると、何か納得したようにうんうん肯いてる。
「ヴィル兄ちゃん、龍紫石だヨ!……ホラ、ミリエの瞳の色がなんかに似てるナーって、ボクずっと気になってたんだけど、そっくりじゃナイ?」
「………………」
「ん?そうか?まあ確かに、彼女の目も紫だったが」
「ホラぁ、明るいところだとワイン色に見えたりトカ…気付かなかったの?」
レニは、さらに何か言い募っていた。それに対してヴィリイさんも何か答えてたようだったけど、俺は聞いてなかった。というより困っていた。彼女…バンレッシィ・ミリエのことを、二人にもっと詳しく聞くべきかなぁ…とか。
身分が違うと思っていても、こうして立場が近い人たちの話に名前が出てくると、もしかしてもっと近くに行けるんじゃないかとか思ったり思わなかったり。
察するに、バンレッシィ家からギルドに、次女をキノシアまで迎えに行ってくれ、みたいな依頼でもあったんだろう。それで、信用もあって腕も立つヴィリイさんと、その縁者で無害そうな少年(見た目はアレだが)が選ばれた、そんな感じだったんだと思う。
道中はどんなふうだったのかなぁ?
キノシアは山深くて馬車道がまだ通ってない地域が多いらしいから、仮にジタリまでは徒歩でそっから馬車に乗ったとしても…最低でも2週間はかかr……っておい…ちょっと待て。
……そんなまさか……に、2週間て!今更気付いたけど2週間て!
こいつら2週間もミリエちゃんと一緒に行動したのかよ!
……チックショオオオ破廉恥な!いくら髭に若白髪混じってて老け顔で説教臭いとはいえヴィリイさんは26才の若い男なんですよ!?レニだって見た目完璧に女だけど若い男(?)なんですよ!?いやレニのほうは俺まだ半信半疑だったりするんだけどね確認してないからねナニをっていうかそんなことはどうでもいいんだよ!
クッソォォォ!!!こいつらがそんなイイ目みてるってのになんで俺が離れたとこから指くわえて見てるだけで満足しなきゃならねえんだよォォォ!!!
「……そういや二人とも、バンレッシィ・ミリエ嬢と知り合いなんでしたっけ」
俺は笑いながらヴィリイさんとレニの会話に割り込んだ。もう知らん!身分差なんか知るか!俺は彼女を落とすぞォォォ!!!
「ウンそーだよって、アレ?お兄さん、なんでミリエのこと知ってるの?」
「ウン実はお兄さん、とある所で彼女に会っててね。ていうかそれ以前に何故キミは彼女を呼び捨てなのかな?」
無邪気に彼女の名前を呼び捨てにする姿がいかにも気安そうで忌々しく、思わず額に青筋浮かべて詰め寄る大人げない俺である。
「え、えぇ~?」
そんな俺を見ながら、若干引き気味でレニは答えた。
「だってミリエ、最初ボクのことグレン君とか呼んでてサ…それはイヤだったから、みんなみたいにレニって呼び捨てでいーよって言ったら、ミリエも、じゃあ私も呼び捨てでいいわよーって」
「ハハハ…なにその仲良しお友達エピソード……ハハハハハ……」
羨ましすぎるじゃねーかクソが…
笑顔のまま睨み付けてたらレニは、なんかイヤなもん見た!って顔してたけど…ハハハおかしなヤツだなおまえのその女装だって相当アレだよ。
「なんだアル、おまえまさか、本当にミリエちゃん狙ってたのか?けど…」
「狙っちゃ悪いんすか?……ま、どーせ俺みたいなゲスい商売人にゃ届かない高嶺の花かもしれませんけどね、旧婚姻法の時代ならいざ知らず、今時、誰が誰と恋愛したって自由っすよ」
百年くらい昔の婚姻法だと、貴族と平民は結婚できなかったらしいけど、今はもうそんな法律無いもんね。ま、それでもやっぱり貴族と平民じゃ立場が違うんで、小説とかお芝居みたいな身分違いの恋バナは滅多にないっぽいけど。
そんなこたぁ重々承知だよ!と視線を逸らすと、なぜかレニが口を出してきた。
「お兄さん、ミリエのこと好きなの?」
「うん」
これ以上ないほどハッキリ肯く俺。
……確かに、出会ってから大して時間が経ってないとか、身分が違うとか、イロイロあるけどさ。
ただ、もっと近くに行きたいんだ。できれば隣に。
きっとこういうの、恋っていうんだろ?
……あんまり経験ない感情だから、自分でもまだよくわからないんだけど。
「ほぇ~…そっか……そっかぁ…うふふ」
俺のその返事を聞いて、なぜか、にまぁ、とレニは笑った。
「そっかぁ!……なんか面白そうだし、ボク協力するヨ!」
「……おぉ、そりゃ助かるわ」
面白そう、とか理由がアレだが、いずれにせよこいつはミリエ嬢とそれなりに親しいようだし、味方にしといて損はなかろう。俺はとりあえず肯いた。
「おいレニ……おまえはまたそんな勝手なことを…アルおまえも……いや、何ていったらいいのか…」
と眉間にシワを刻んでヴィリイさんが溜め息をついた。フン、どうせ俺は素行も育ちも悪いよ。お嬢様にはふさわしくないって言いたいんだろ?
レニはレニで、趣味にやや問題があるって感じだし…おせっかいなヴィリイさんにしてみたら、問題児が手を組んだ感覚か。大変そうだな~でも同情はしないけど。
「……ヴィリイさん、そんなに何もかも背負い込まなくていいと思いますよ……。人生、難しく考えるから難しくなるんです。逆に何も考えなければ、意外とどうにかなったりならなかったりむしろどうでもよくなったりするものですよ……ハッハッハ!」
「そだヨ、ヴィル兄ちゃん。あんまりイロイロ気にしてると、また白髪が増えるヨー?」
「やかましい!!」
一喝されたが、全く気にせず食後の茶をすする俺と、テーブルに肘をついてニヨニヨ笑うレニである。…なんか、趣味はアレっぽいけど、意外と気が合いそうだなコイツとは。
「……さて、さっそくだがレニ、ミリエ嬢に関する情報を、どんな些細なことでもいい、教えてくれないか?」
「ウン、それはいいんだけどぉ……やっぱ、なんか見返りがほしいかナー?」
にぃ、と笑うレニ。ほほう、ギブアンドテイクってやつだな…なかなかイイ性格してやがるじゃねえか…気に入ったぜ。
「……ふぅん、そうだな…何がいい?」
ニヤリと笑って、俺は茶の入ったマグカップをテーブルに置いた。