12:「親ってのは、心配しすぎるもんだな…」
クスト班長から見たアルキン
クスト・ジェファーゾが帰宅すると、いつも通り妻クロエが出迎えた。
「お帰りなさい。今日はアロンゾが来てね、イグレックさんのご実家のカボチャを置いてってくれたのよ」
「へえ、そりゃありがたい。あとで礼を言っとかなきゃな。それでアロンゾは…」
尋ねると、途端に妻は顔をしかめた。
「カボチャだけ置いて戻っちゃったわ!全くあの子ったら…せめてお父さんが帰ってくるまで居なさいって言ったんだけど…」
「ハハハ、かまわんよ。今更だろ」
「ホントにもう…誰に似たのかしら?ジェフも私も、こんなに愛想が良いってのに…」
「そりゃ、俺もお前も客商売だからな。アロンゾは俺の親父に似たんだよ。職人かたぎで無口な人だったし…」
言いながら、着替えるため自室へのドアに手を掛けた。クロエはぶつぶつ長男への文句を言いながら台所へと入っていく。さしずめ今日の夕食はカボチャのスープだろうか。
長男アロンゾは見習いの石工だ。15の時に家を出て以来、師匠のもとで住み込みで仕事を覚える身だが、仕事は面白いらしく、めったに家には戻らない。今日帰ってきたのも、たぶん二ヶ月ぶりくらいだ。だがアロンゾの師であるイグレックとは親しいし、息子の様子は彼から聞いているので、そんなに心配はしていない。
イグレックの話では、最近請け負ったとある貴族の別邸の庭に置く鳥の彫像をアロンゾに造らせたら、施工主になかなか好評だったそうだ。だが、指定されたサイズより小さく造りやがった、あの石は雨に弱いってのに、比翼鳥の細首はご婦人方にゃ好評だったが、あのデザインじゃ数十年でポロッと落ちる、ぶん殴って補強してやったよ、ちょいと見場が悪くなったんでヤツはむくれてたが、まあ反省したらしい、メシも食わんで石を睨み付けてたなとイグレックは笑っていた。その貴族の名も別邸の住所も教えてもらったので、そのうち折を見て見に行こうと思っている。親バカである。
何はともあれ、人付き合いが苦手な息子が仕事をうまくやっているらしいことは、無条件に嬉しい。口下手だが細かい作業が好きな息子は、向いていた、というべきか……あるいは単に遺伝かもしれないが。
ジェファーゾの父、すなわち息子にとっては祖父に当たる男もまた、石工だった。
実は彼自身、若い頃父の元で修行させられたのだが(ちなみにイグレックは当時の兄弟子だ)元々向かない性格だったので、全く身につかないまま家を飛び出し、フラフラと街の女達と遊んでいた。……当時の自分を思い出すと、恥ずかしさのあまりマグテ河に身投げしたくなる。そんな乱れた生活を送っていた彼だったが、何の縁か、現在の雇い主でもあるアサッラ・ディーク氏に拾われ、仕事を仕込まれて今がある。
やはり、人には向き不向きがあるのだ。
ジェファーゾには黙々と石を削る根気が全く無かったが、人の、特に女達の顔色を読む才と、美しくも中身のない言葉をよどみなく紡ぎ出す口、そして鄙には稀な美貌を持っていた。一方で彼の息子は、父のように人の顔色も読めないし、容貌も母に似て平凡であるかわり、固く冷たい無機物の中から優美な動植物や美男美女を掘り出す才を持っているらしい。
それが誇らしくもあり、同時にまた…少し悔しいような気もしないこともない。
ジェファーゾは結局、彼の父の望んだ石工にはなれなかった。向いていなかったのだから仕方がないことだ。その父も、10年前急な病で死んだが、まだ元気だった頃、たまに息子達を連れて遊びに行くと、無口な父と無口な長男はお互いほとんど口をきかないまま、片方は石を削り、片方は石の欠片を手に取りなにやら眺めたり叩いたりして遊んでいた。それが、何だかやけに安らぐ光景だったことを今も憶えている。
――本当は、少しだけ、父の仕事に憧れもあったのだろう。
今の、販売の仕事をやっていく中で、ジェファーゾはそのことにやっと気が付いた。
彼は美しいものが好きだった。
美しい細工の装身具を見るたび、あるいはそれを作り出す工房を見学し職人達の手業を見るたびに、言い知れない悔しさを感じる自分に気がついていて、知らぬふりをした。
本当は、美しいものを作りたかったのだ。
美しいものを愛していても作り出せない自分への失望と、それを容易く作り出す職人達への羨望と。それがジェファーゾを、販売の仕事へとさらに駆り立てた、といえる。
彼が、その美貌と春の雪解け水のように冷たくも膨大な美辞麗句を用いると、がらくたのようなモノを、さも美しい宝珠であるかのように錯覚させることができたからだ。
そうやって美しいものを「でっち上げて」きた人生に後悔はないし、これからもその生き方を変えるつもりはない。
だが、長男が生まれた頃からだろうか…諦めにも似た悔しさが自分の中にあることを、認められるようになってきた。俺も歳を取ったな、と思う。
着替え終えてなんとなく目を向けたのは、書き物机の上にちょこんと置かれた四つの石ころだ。石には、いかにもたどたどしい筆致ながらも、それとわかる笑顔が描いてある。
ジェファーゾは家族が愛しかった。恋愛結婚した妻は当然ながら、長男も、今は王都内の反物卸のところに奉公に出ている次男も、無条件で愛おしいと思う。だがそれを、お得意の美辞麗句で語り尽くそうとして、彼はいつも絶望する羽目になっていた。どんなに言葉を尽くしても、それが家族への愛を的確に表すことは決して無く、ばかりかそれを汚し薄めてしまう気がしたからだ。
言葉を自在に操る彼だからこそ、言葉の無意味さを誰よりも知ってしまっていた。それゆえの弊害だったが……彼の長男は、そんなジェファーゾの苦悩を、たった四個の路傍の石ころで打ち壊してしまった。
思い出すだけでも目頭が熱くなる。それは今も彼の書き物机の上に置かれている。
忘れもしない18年前の自身の誕生日、妻に促された幼い息子が、初めて彼にプレゼントをくれたのだ。はにかみながらも息子が手渡したのは、それぞれ大きさが違う四つの石ころだった。
器用にも顔が描いてあり、パパとママとぼくとロディだと息子は言った。一番大きいのが彼で、少し小さめが妻、さらに小さいものが長男自身であるらしく、一番小さいのが生まれて間もない次男だった。まだ四つになったばかりの幼子とは思えぬほど的確に家族全員の特徴を捉えた配置にも驚いたが、なにより胸に迫ったのは、全てに笑顔が描かれていたことだ。
――さいちょ、パパだけ、かいた、でも、さみちい、めーなの。ママ、ぼく、ロジィ、かいたの。
その当時から、息子はあまり言葉が得意ではなかった。けれど彼の「プレゼント」は、どんな美辞麗句よりも雄弁に家族への愛を語っていた。
嬉しかった。それと同時に、なんだか肩の荷が下りた気がした。
無理に言葉にする必要はなかったんだと、幼い息子に教えられてしまって以来、彼は認められるようになったのだ。
――俺は職人になりたかったが、結局なれなかった。だが、今の人生だって、そんなに悪いもんじゃない。
仕事は充実しているし、息子達も奉公に出るようになって一安心したし、悪くない人生じゃないか。
……とそこまで考えて、長男はさておき次男に関しては、やや不安が残ることを思い出して苦笑した。
次男ロデリークは、いろんな面で父であるジェファーゾにそっくりだった。顔立ちが整っているところも、口が立つところも…
それは嬉しい反面、昔の自分のようになるのではと不安でもある。ただ、次男は自分とは違い、性格はかなり真面目なのだが、問題はあの顔だ。親の欲目を抜きにしてもそれなりに見目の良い次男が、変な女にでも引っかかって身を持ち崩したらと、それだけが心配なのだった。
しかも次男には、まだ決まった恋人がいないらしい。長男には既にいるというのに…。ますます不安だ。いっそ見合いでもさせるべきだろうか。いやいやロディはまだ19じゃないか。ここは長い目で見るべき…いやでもしかし。
要するに、心配なものは心配なのである。
「親ってのは、心配しすぎるもんだな…」
ジェファーゾは呟いて、苦笑した。思えば人の親になって以来、しなくてもいい心配をすることが多くなった気がする。自分の子のことばかりでなく、果ては他人の子のことまで心配してやったり。
例えば今は、部下である赤毛の青年のことが、少々心配だったりする。
青年、ヨォラ・アルキンは、どことなく次男に雰囲気が似ていた。よく見れば相当な美男子であるところや、おしゃべりなところだとか。年齢も23才と、長男と同世代であるのも心配してしまう理由の一つだ。
アルキンの容貌は、ここ数年でかなり際立ってきたと思う。そもそもジェファーゾ同様に、アサッラの大旦那が丁稚の中から見いだした存在だ。いつもながら雇い主の審美眼には恐れ入るばかりだった。
数年前、奉公に上がったばかりのアルキンといえば、頭の回転こそ悪くないが、同時期に来た下働きの者たちの多くと同様、痩せていて目つきも血色も悪く、さほど目につく存在ではなかった。ところが今はどうだ。きちんと食事を与え礼儀作法を仕込み、見違えるほどに美しく青年は成長した。切れ長の目元は涼しげだし、鮮やかな新緑のような瞳はいかにも快活な印象を与える。売り子の仕事を始めて以来、身だしなみにもかなり気を使っているらしい。上等なスーツを着せて夜会の隅っこにでも黙って立たせていれば、どこぞの貴公子に見間違えられるのではないだろうか。
だが彼は、元々貧民街の出だとかで言葉遣いや態度の荒っぽさがなかなか抜けなかったり、子供のように無邪気なところもあり表情がくるくる変わる上に調子よくぺらぺら喋るので、あまり女達の目を集めている様子はなかった……これまでは。
そもそも、売り子としての経験を積ませるため、部下のノウェスナと組ませたのが良くなかったようだ。
ノウェスナは、売り子としては優秀なのだが少々…いやかなり、女遊びが激しい。
聞いた話では、ノウェスナと組むようになって以来アルキンは、某子爵家の侍女と通じただとか某男爵の未亡人の家に通っていただとか…どうもノウェスナから、良くないことまで学んでいるらしい。
「……まったく…手のかかる…」
だが今日の、バンレッシィ家での彼の仕事ぶりは、なかなかのものだった。モノを選ぶ目はまだ未熟だったが、洗練された服装に、動作や言葉遣い、そして衣装具に関する知識とそれを的確かつ印象的に説明する語り口…どれも満足のいくものだった。
彼はこれから伸びるだろう。いや、伸ばしたい、と思っている。だが、今のままでは女性関係で何か問題を起こしかねない。
担当を変えるか。
それは、今日同行したスミス・ニニアからも言われたことだった。ヨォラ君はなかなか優秀なようです。ですが、ノウェスナさんでは彼を正しく指導できないでしょう、と。
スミスはノウェスナと仲が悪い。というよりお互い嫌い合っている。潔癖の気があるスミスと女にだらしないノウェスナだ。仲が良くなる理由がないといえばその通りだが。
「ふむ…やはり、スミスに任せてみるか」
アルキンのためには、それが一番良い選択だろう。
……それにしても。
直属の部下であればこうして自ら手を下せるからいいが、次男の方は他人に預けている以上、何も手出しできないのがもどかしい。
いやいや。息子を信じて好きにさせてやるのが、親のつとめかもしれない。
溜め息をつくと苦笑して、ジェファーゾは妻が夕食を準備して待っているであろうダイニングへ向かった。
【クスト班長さんち】
夫ジェファーゾ(51)
>>高級着物屋アサラサスのベテラン販売員,「俺の息子達が可愛いすぎるんだが(真顔」,鄙には稀な美中年^q^
妻クロエ(43)
>>主婦,たまに実家の八百屋を手伝ってたり,明るく元気なおばさん,顔は平凡
長男アロンゾ(22)
>>石工見習い,無口,天然,真面目,顔は平凡
次男ロデリーク(19)
>>反物卸見習い,おしゃべり,根は真面目,イケメン