11:女たちの言い分と恋の自覚
「……ま、まあ、あんたにしてはよくやったんじゃないかしら。くれぐれも、うちの店の名を落とさないよう、努力なさい!」
腕を組んでふんぞり返り、偉そうに告げる少女は、狸爺じゃねえ大旦那様の孫であるマリオンお嬢さん。まだ16だが、アサッラ商会本家の娘ってこともあって、態度がでかいんだよな。まあ態度に見合うだけ頭もいいらしいけど。
「あ、ハイ。わかりました」
あと、最近ミョ~に俺に突っ掛かってくるっつーか…なんか目の敵?にされてる感じがするんだよね…ついこないだまで兄貴のルイス坊ちゃんじゃなかった若旦那の後ろに隠れてオドオドしてたんだが…反抗期か?けど、突っ掛かるなら相手が違うだろ…なんで家族じゃなくて俺なんだ…めんどくせぇ…
「それに、あんたがもっと結果を出したら、いずれは兄さんの手伝いをさせてもらえるように、あたしが頼んであげてもいいかなって思うし……べ、別に、あんたの為じゃないんだからね!優秀な人材を見つけるのも、看板娘の大事な役目だから!か、勘違いしないでよね!」
若旦那の手伝いってアレか。順当にいきゃ番頭候補ってやつか…うーん、美味しい話だよなぁ。ていうか、美味しすぎて逆に実感が全く湧かねえ。
それに、この店に一生捧げる気も…今んとこ無いし…
「……それは…お心配り、ありがとうございます。けど、僕にはまだ早いっすよ」
ま、お嬢さんの戯れ事を真に受けてもなって気がしたので軽くスルー。しかし、いちいちイラつく小娘とはいえ、人を見る目はあるらしい…フッ…このヨォラ・アルキンに目を付けるとは…さすが狸の孫だぜ…
「なっ……こ、困るのよ!あんたに早く出世してもらわないと…あたしもそろそろ…その…(ごにょごにょ婿を)…」
「は?何ですか?」
お嬢さんはさらに何か言ってたようだが、最初は威勢がよかった声が、なぜかだんだん尻すぼみになって、最後のほうは全く聞き取れなかった。おい。俺は疲れてんだ。話は簡素に頼む。ていうかぶっちゃけ聞くのもダルいんで帰っていい?
……そもそも、いきなり「困る」とか言われても、何のことだかサッパリだよ。突っ掛かるのもアレだが、対話スキルが低いのも、『アサラサスの看板娘』としてはどうなんだろうねえ?お嬢さん。
「だ、だから…!その……うぅ…も、もういいわよ!アルキンのバカッ!」
と、結局何を言いたかったのか全くわからないまま、お嬢さんは走り去った。マジ何だったんだ……いや、それにしたって仮にも主家の娘が言うに事欠いて従業員をバカ呼ばわりとか……ないわー。
お嬢さん、お勉強は得意らしいけど…人の動かし方は教わってないのかね?立場が上だからってだけでふんぞり返ってられるほど、あんた自身は偉くもないんだけどねえ…まあ俺の知ったこっちゃねえか。
さて帰ろ。と踵を返したところで。
「あぁ~よかったぁ!アルキンまだ居たぁ」
またしても女の声が俺を呼び止めた。
間延びした声には聞き覚えがある。クッソ…なんだ今日は厄日か…とっとと部屋に帰って寝たいのに…めんどくせぇ…
「……何だよカレーン」
「なぁにその嫌そうな顔ぉ。ひっどぉ~い、せっかく賄いが余ってるって教えてあげよ~って探してたのにぃ」
言いながら俺の腕を両手で抱き込み、その豊満な胸を当ててきやがるのはここの住み込みの下女カレーンだ。実に蠱惑的な感触ではあるが、今の俺には効果は今ひとつだ。疲れてるし。
「ああ…ありがとな。でもいいわ。疲れてるから帰る」
「あ~ら、そうなのぉ?ざ~んねん」
俺が断ると、興味を失ったようにすぐ腕から体を離すカレーン。一見バカっぽい女だが言動ほど軽いアタマでもなく、男の気分の変化にはかなり聡い。引き際ってのをわかってるのでこっちとしても気楽だ。
以前、住み込みで働いてた時はよく賄いに世話になってたので、カレーンともけっこう親しいんだが、もう出ちまった手前、腹をすかせた後輩らのメシを掠め取るような真似はしにくく、基本的に今みたいなカレーンの申し出は断ることにしている。カレーンもそれは知ってるはずだが、どうやらコイツ俺に気でもあるのか、よくこうしてアプローチかけてくるんだよな~。おまえ若旦那の付き人のディークはどうした?「大旦那様と名前が同じなんて将来性ありそうでいいわぁ」とか言ってたじゃねえか、オイ。
「んっふふふ…ところでアルキン、あんた、なんかすっごい仕事したらしいじゃない?」
「…あぁ?なんで飯炊き女のおまえが知ってんだ?」
「あ~らバカにしてぇ。マリオンお嬢さんに誉められるなんて、よかったじゃん。将来は逆玉の輿かもよぉ?うふふ…」
「……おまえ今の、立ち聞きしてたのかよ」
油断も隙もねえ飯炊き女だぜ…コイツの情報網はマジで侮れねえんだよ。うちの旦那様の家庭の事情とか、なぜか把握してるしな。爺の外孫のエメリンお嬢さんが宝飾店の次男と婚約したって情報を俺が知ったのも、どういうわけかコイツからだったし…
……アレ?俺の情報収集能力って、もしかしなくても飯炊き女にも劣ってる?
イヤな事実にうっかり気付いて一瞬呆然となってた俺だが、全く意に介さず話しかけてくるカレーンのユルい口調で我に返った。
「……けどさぁ…うふふふ、かっわいそ~なお嬢さぁん。あんなに精一杯アプローチしてんのに、アルキンにぜんっぜん伝わってないあの空回りっぷりがさぁ……クッ…アッハハハハハ!まじでカワイソー!」
いかにも耐えられない、という風に声を上げて笑い出したカレーン。けっこう大声だったので慌てて注意すると、ごめんと言いながら口に手をあてて必死に堪えているが、腹をくの字に折り曲げてプルプルしている。よっぽど可笑しいらしい。
「……はぁ?…え?なにそれ」
「うプッくくく……ほらぁ~あんたぜんっぜん眼中になかったでしょ!ひっどい男ねぇ。お嬢さん、あんたのことが好きで、かまってほしくてあんなにツンツンしてんのよぉ」
いかにもお嬢さんを庇ってるように聞こえる言葉だが、ニヤニヤ笑いながら言ってる時点で性格の悪さがにじみ出てやがる。コイツこそひでえ女だぜ…っていうか。
「えぇ?そうなの?」
フーンそうだったのか。全然気付かなかったわ。え、じゃあマジでうまくやれば逆玉とかも夢じゃないってか?
「ど~すんのぉ?うまくやれば逆玉よぉ?」
と、俺の思考を読んだかのようなタイミングでカレーンが話しかけてきた。おまえも千里眼か!?…なわけねえな。相変わらずニヤニヤ笑ってるし…単に面白がってるだけかよ…腹立つわ~この女…
「いや…ありえねえよ。そもそも、ああいう女の子って好みじゃないし」
なんか悔しかったので、カレーンの発言は否定するが、お嬢さんが好みのタイプじゃないってのは本音だ。
「あらそうだったの。じゃあどういうタイプが好きなわけぇ?」
「ん~、素直な子がいいな。なんかさ…例えばプレゼント買ってあげようとしたら『そんなの好きじゃない』とか言われて、じゃあ別のにしたら『本当はあれが欲しかったけど素直に言えなかった、あなたなら私の気持ちに気付いてくれると思ったのに…』とかさあ……マジで女の子のアレってなんなの?」
「あぁ…そういうトラウマね……うん…」
昔付き合ったことのある女の子のことをチラッと出すと、途端にカレーンが憐れむような苦笑を浮かべやがった。さてはおまえ身に覚えがあるだろ…クッソこれだから女は…
「まぁ…うん、それは……そうよぉ、だったらあたしとかどう?もぉ~素直なんてもんじゃないんだからぁ」
「おまえの場合は素直に言いすぎなんだよ」
何しろこの女、『年収の低い男とは結婚しない』って吹聴しまくってるからな。俺に気がありそうなそぶりなのも、おおかた、俺が販売部に引き抜かれたから出世するかもとか踏んだんだろ。フフン、目の付けどころは悪くないな。それに、目的が分かりやすいのも人間的には嫌いじゃないぜ。性格はちょっと遠慮したい程度にゲスいけど。
「んっふふふ、まあいいわぁ。引き留めて悪かったわね。今度みんなで飲みにでも行きましょうよ」
「おっ、いいな」
「あんたのおごりでね」
「……おまえさぁ、前から言おうと思ってたんだけど…俺ってまだ新米だから、給料そんなにもらってないんだよ?」
どうも丁稚時代からの知り合いは、俺が販売に移ってから俺の財布をアテにする事が多いような気がする。そりゃ、下働きよりは多く貰ってるが…だからってものすごい多いってほどでもないんだ…むしろ、生活費とか家賃とか交際費(ドSな高級芸妓の御姉様方への貢ぎ物代とか)で消えるし、手元に残る量は下男下女と同じくらいかもしれん…住み込みは家賃も食費もかかんないからな~うらやましすぎる…
「えぇ~今回の報奨金とか出ないのぉ?」
「出るわけねえだろ…たかだかドレス1枚売っただけだぞ…それも、たまたまそのドレスがものすごい高価だったってだけの話だ」
「ふ~ん……なんだかよくわかんないけど、あんた、もしかして意外と大したことないわけぇ?」
「クッ……うるせえ!」
「アッハハハ怒ったぁ!じゃ~またね!」
ひらりと、俺の激昂をかわすように身を翻して、カレーンは奥へ消えていった。ったく…自由すぎる女だ……まあ嫌いじゃないんだけどさ~恋人とかそういう対象としては考えられないっていうか…そもそも少し前まで文字通り同じ釜のメシ食ってた仲間だぜ?なんか家族みたいな感覚なんだよね。
まあでも、どうしても結婚しなくちゃいけなくてしかも相手が見つからないような状況なら、最悪カレーンでもいっか、程度には思うけど。
しっかし、マリオンお嬢さんが、ねえ…
お嬢さんと逆玉の輿は……ないな。それはない。年も離れてるし生まれ育ちも違うし、それに、ああいうめんどくさそうな女の子、こりごりなんだもん。
まあ、もうちょっと素直に感情表現してくれるなら、可能性はないこともないかもしれないけどね。
いやいや。モテる男はつらいねえ。
と、そこまで考えて。
ふと思い出しちまったのは、非現実的なほど整った白磁の肌と、細く真っ直ぐな黒髪、そして伏せられた紫の視線――。
なんで今、俺を好きだっていう女が、彼女じゃないんだろ。
彼女だったら良かったのにな。
なんで彼女なんだろうな?わかんねえ。
でも、作り物みたいにキレイなのに、ちゃんと動いて、喋って、生きてる。そんな姿がなんだかすごく健気に思えたんだ。
例えるなら、お人形が、必死に人間になろうとしてる、みたいな。うまく説明できねえけど…
「……本気で好きになっちまった、ってことなんだろうなぁ……」
あ~あ…認めるしかね~かぁ…
どうすんだ?
……いや、どうするも何も、どうにもならねえよな。いつぞやの男日照りの貴族の未亡人じゃねえんだ…相手は侯爵家の、しかも清らかな未婚のご令嬢だぜ?一介の商人じゃ、火遊びの相手にすらなれねえだろうし…そもそもそんなこと、考えるだけでもおこがましい気がする…
「ちぇっ……今日はホント、厄日だ…」
なんだか妙に疲れたぜ…っていうかそういや俺、昨日睡眠時間削ったんだった…そりゃ疲れるわけだよ。
昨夜遅くまで商品選びをしていたことを思い出すと、ついでに睡魔も感じた。あくびをかみ殺しながら、俺は裏門を出たのだった。