10:今更悩んだり
……あああああ……ヤッチマッタァアアアアア……
「ヨォラ、お前……よくやったな」
「……あのタガイアケバナの綾絹を片付けるなんて…貴方、意外とやるのね…」
「えぇ~!?アケバナの紅いドレス!?あれ売ったのアルキンなのぉ!?あらまぁ…てっきりクストさんだと思ってたわ!」
「……ええ、いや、まあその」
内心orzなのを押し隠しつつ、俺は力なく苦笑した。
バンレッシィ家から店に戻って、商品を片したり、帳簿つけたり、売れたものの仕立て直しの手配したり…なんだかんだ。
気がつけば終業も過ぎた夕刻、店を出た時と同じ顔触れが、なぜだか検品室に集まっていた。
クスト班長は上の人への報告が終わって顔を出したとかで、ニニア女史も事務書類を片して帰り際に足を伸ばし、んでボナンサさんと俺は、商品をたたみ直したり仕立ての算段つけたりして、そろそろ帰ろうかと世間話してたんだが。
実は、俺の気分はバンレッシィのお屋敷を出てからこっち、ずっと落ちてたりする。
今回はそこそこ良い売上になったし、いつもならホクホクのはずなんだが…先輩方の称賛っぽい言葉がなんていうかこう…いたたまれない的な…普段の俺ならめっちゃ嬉しいはずなのに…
クスト班長に褒められたのとかぶっちゃけ初めてなのに…嬉しいけど…すっげー嬉しいんだけど…
「……例の次女に、染めの話をしたのは良かった。あのテの娘は、労働者階級の劣悪な仕事環境での苦労話とか、それでも捨てない職人の矜持とか、そういうネタに弱いしな」
「確かに、熱心に聞いていたようでしたね。…ああいう姿を見れば、いかにも庶民に哀れみを垂れるのがお好きな、ぬるいお貴族様という感じで……妙に無表情でしたけど」
「あらぁミリエ様ってば、相変わらず表情筋硬直してるのねぇ!せっかくの美人がもったいない。中身は人並みの娘さんなんだから、素直に顔に出しゃいいのに!」
そんなゲスい会話も半分くらいは耳に入ってこない今の俺。
……あああああ……
マジ何やってんだ…クスト班長を「容赦なく食いちぎる肉食獣」とか形容しといて俺自身も容赦なく喰いちぎりにいくとか…
あぁ…ミリエちゃんごめん…つい本気だしちゃって…
いやでも言い訳をさせてもらえるならあのドレスはデザイナーと針子がイロイロあったらしく暴走して一般的に使用する量の倍以上のアケバナ染タガイ布を使っちゃったおかげで価格は人を選ぶしデザインも人を選ぶしで綺麗なコなのになかなかお嫁にいけなかったんだよもらってくれてありがとう…ミリエちゃんレベルの美人なら完璧に着こなせるから安心だね!ていうか美人以外がアレ着るとドレスを『着る』んじゃなくてドレスに『着られる』悲劇が起こるからね!そんな無惨な展開を未然に回避できて良かったよ!
……………嫌われたかなぁ。
きっと嫌な印象持たれちゃってるよなぁ…あぁ…ていうか、どこの世界に狙ってる女から金巻き上げるアホがいるんだよ…いやそういう業界もあるらしいけど。昔ちょっと通ってた高級酒場のおかみが経営してる系列店がそっち系で「うちの店で助っ人やらない?」とか冗談半分で言われたけど俺そういうの趣味じゃないし…やっぱりね、男が女に貢がせるとか格好悪いだろって……思って…るんで…す……orz
……ハァアアア~……いや、止めだ止め!考えたってどうにもならねえ!
とりあえず今日はお話できただけで良しとするんだ!しかし実際お話っていうかぶっちゃけセールストーk…バカヤロウ考えるな!!考えたら負けだ!!
と、よくわからない理論を展開し、脳内で一応は葛藤にケリをつけることにする。
「しかしあの次女……噂通りの…いや噂以上の美女だったな…王太子殿下の御側室ジェリンナ様も王弟フィランソル伯爵の婚約者マイア嬢も、かなりの美女だが…ミリエ嬢はまた違ったタイプの美しさだ」
思い出すように呟く班長。社交界の名だたる美女をその目で拝んだことがあるらしい…うらやm…じゃなかった、さすがだぜ…
「私は直接お話をしていませんが…最初は冷たそうな印象でしたけど、様子を見ていましたら、そうでもなさそうですね」
「あぁそうなのよ。ミリエ様は表情に出せないだけでねぇ、中身は普通よ、フツー」
「どうフツーなんすか?」
ニニア女史とボナンサさんの会話に何食わぬ顔で割り込む俺。過ぎたことを悔やむのはもう止めたので、前向きに情報収集をね。
「昔、え~と10年くらい前かしらね、ドレスの採寸に伺って。ミリエ様は12才くらいで、もうかなりの美少女だったわねぇ」
うおお12才のミリエ嬢か!きっと天使のように可愛かったんだろ~な~。
「そん時のドレスが確か、マシオ絣の雪天華でねぇ…柄合わせが大変だっt」
「そんでミリエ様がどうしたんですか?」
針子なだけあって、こと縫製とかの話になるとボナンサさんは長いので、すかさず流れを戻す俺。
「んん?あぁそう、あのお嬢様、すんごい綺麗な黒髪でしょう。癖が全然なくってサラサラでねぇ…ちょっと憧れるわね。んであんまり綺麗だからあたし、素敵なお髪ですねって何度も誉めたのよ。そしたら、顔色も表情も全然変わんないのに、うなじの辺だけ真っ赤になっちゃってさぁ!照れてんの!ありゃ可愛かったわね!」
「……そっ、それは……確かにかわいい…」
ウオオオオなにそれかわいい!!見たい!!
ていうか今の彼女で想像すると…やべえ。おい、これマジ……やべえ。
俺が想像して悶えてる横で、ニニア女史が考え込むようにぽつりと呟いた。
「ふうん…では何故、あれほど無表情なのでしょうね」
その声に、俺もふと我に返る。が、まあそんなこと本人にでも聞かなきゃ分からんし、勝手な想像しても時間の無駄なので深くは考えないけど。
「……ま、ドレスも買ってもらえましたし、どうでもいいことですけど」
えっそうなの?いかにも何か考えてるような今のセリフは何だったの?
「まぁねえ!侯爵家のお嬢様のことなんて、あたしらには関係ないし!」
えっそうなの?ボナンサさんけっこうミリエ嬢を気に入ってるっぽかったのに?
「……さて、では私はそろそろ帰るよ」
そしてトドメに、班長のそっけない帰宅宣言で、その場はお開きになった。
班長の言葉を合図に、さっさと帰ってしまった先輩方…ていうか全員ミリエちゃんの個人的事情には一切興味なしかよ!ゲスいな!まあ俺自身もそうなんだけど!
……ええ、まあ…はい。
商人ってね、ゲスい人間が多いのよ。しかも自分がゲスだって事を、ちゃんと自覚してるからタチが悪い。
まあでも、自覚がない下種はさらにもっとなんていうか…救いがないけど。
ミリエちゃんが無表情ってのもね~。
たいてい、表情が無い人間って、無いんじゃなくて抑圧されてるだけだって事は俺でも知ってるし、もちろん女史も班長もボナンサさんも知ってると思うよ。けど、だからって何ができるのさって話。
関係もない、そもそも身分が違う貴族のお嬢様に、たかが商人が何をしてやれるって?
俺らにできることは、お客様に良い商品をお届けすることだけ。それ以上は考えない。考えたってどうしようもない。
そういうもんさ。
「……あ~…なんか胸クソ悪ぃな…」
ぼやきながら俺は帰り支度をし、鞄を手にとって検品室を出る。頭に浮かぶのは今日会ったミリエ嬢の、人形みたいに固まりきった顔だ。笑えばいいのに。笑って欲しいなぁ。今も十分かわいいけど、笑えばきっと今よりもっとかわいいと思うんだ。
笑わせたいなぁ…できれば俺がさ。
あ~でも…ホントは分かっちゃいるんだ。俺なんてしがない商人だし、ていうか今こそ王室御用達の店で働かせてもらってるけど、実際育ち悪いし、あと昨日ヴィリイさんに説教喰らわされた通り…なんていうか、その…素行もあんま良く…ない…し…
ウワアアアアア……
気付きたくなかった現実をうっかり思い出しちまった……俺、全然彼女に釣り合わねーじゃねえか!
出家したって聞いてたし、そもそも出会ったのが傭兵ギルドだったから、なんとなく身近なイメージ持ってたけど、今日お屋敷にいたってことはもう間違いなく還俗するってことだよね…侯爵家のお姫様に戻っちゃうんだよね…
ウワアアアアア……
……ていうか俺、なんでこんなに彼女のことばっか考えてるんだろ…
アレ?考えてみりゃ昨日からずっと…ていうか、傭兵ギルドで見たときから、時間は長かれ短かれずっと、ミリエちゃんのことを考えてるよな…?
あっるぇ~?一人の女の子を、こんなに気にしつづけるなんて、今まであったかなぁ?
ぼーっと考えながら裏門へ出るための廊下を進んでたところで。
「ちょっと!待ちなさいアルキン!……あ、べ、別に、大した用じゃないんだから!あんたが珍しく良い仕事したっていうから、アサラ屋の看板娘として、少しは褒めてやろうかなって思っただけよ!い、言っとくけど勘違いしないでよね!?」
大旦那様の孫のマリオンお嬢さんに見つかった。