好きな人の落とし方を教わったら、なんか相手が瀕死になりました
先月参加した夜会で、見かけた男性が気になっている。
身長はお父様より高い。
体格はお兄様よりはちょっと細め。
姿勢がいい。足も細くて長い。
髪の色はチョコレートみたい。
輪郭はすっきりとしていて、ちょっと垂れ目で優しげな印象。
そんな人。
ニーファは、お気に入りのクッションを膝の上で揉み、窓の外を見上げる。
空にはうっすら雲がかかっている。日差しが降り注ぐ夏空の下、庭木の鮮やかな緑が軽やかにそよいでいた。
惚け顔でため息を吐く。
最初はなんとなく目を惹く人だなって気になって。
でも見過ぎてしまうと、なんか恥ずかしいのでなるべく見ないようにして。
それでも顔の向きは彼が視界に入るように動かしてしまう。
気付いたら夜会に参加する度に、彼の姿を探している自分に気が付いた。
(……恋をしている……のかしら)
巷では、恋をするとおかしな行動をすることがあると聞いたことがあるが、今の自分視点ではそれに該当している気がする。
ニーファは視線を目の前の庭木に移すと、2羽の小鳥が木に止まっていることに気付いた。
2羽の小鳥は愛らしく羽を広げてお互いの口を啄んでいた。かわいい。
別に何も考えてないつもりなのに、勝手に頬が熱くなってしまい、慌てて両手を当てて首を振った。
(どうしたらいいんだろう)
初めての気分に戸惑いを浮かべることしかできなかった。
再び、ぼうっと窓の外を眺めていると、遠くから慌ただしい足音が迫ってきた。
「こらー!お嬢様!」
ニーファは振り返る。
メイドのリンリンが部屋に入るや否やダッシュで駆け寄ってくる。
「窓の近くに居座らないでください!日に焼けてしまいますでしょう!」
リンリンは腰に刺していた真っ白な日傘を抜きとって開き、ニーファに差し出した。
いつでもどこにいようとも、リンリンはニーファに日傘を持たせてくるのだ。たとえ室内でも。
「嫁入り前の美しいお肌が焼けてしまったら困りますからね」
リンリンは腰に手を当て誇らしげにしている。
嫁入り前、か――
(私はどこにお嫁に行くんだろう)
ニーファの身体に日焼け止めクリームを塗り始めたリンリンに問いかけてみた。
「ねえ、リンリン。あのね、以前夜会で素敵な人を見かけたの。どうしたらその人と……」
(……け、結婚までは恥ずかしくてとても言えない)
「……仲良くなれると思う?」
「あら!あらあらまあまあ!」
リンリンは口に手を当てにんまりと笑った。
「麗しのお嬢様にもついに春が!」
「や……やめてよ……」
ニーファはつい手で顔を隠してしまう。
「いいんですよ、素敵なことですわよ。そんなのはね、お嬢様でしたら……」
ごくりと唾を飲む。
「お相手様の腕にぎゅーっと抱きついて、微笑みかけでもすればイチコロですわよ!」
(そ、そんな恥ずかしいことを?)
「……そ、そうなのね!分かったわ!」
こう?それともこう?と、リンリンの腕にて抱きつき方を実践形式で学んだ。
――
その日の午後、友人のアマリアが我が家へと遊びに来てくれた。
リンリンが冷えた紅茶とデザートプレートを並べテーブルセッティングを完了したのち、小声で耳打ちする。
「お嬢様、私はお貴族様の流儀はあまり知りませんから、ここはアマリア様にも【例の件】ご相談した方が良いかと思いますよ」
ニーファははっとして、神妙な面持ちで頷いた。
親指を立てながら安心したように微笑むと、リンリンは静かに一礼し下がっていく。
「アマリア、あのね……!」
「どういたしましたの、そんな深刻なお顔で。」
外が暑かったからだろうか、アマリアは冷えた紅茶を既に飲み干していた。
ニーファは日傘の柄をくるくると回しながら、落ち着かない様子で尋ねた。
「アマリアは……好きな人とか……いる?」
直後、バァン、と突然アマリアは頭を机に打ちつけた。
ニーファは反射的に体を硬直させた。
しばらく動かなかったアマリアは、やがて、むくりと起き上がる。
「……い……ま……」
ニーファは拳を握り、うんうんと頷く。
「す……ぇん!」
アマリアは両頬に手を当てて言い放った。
他人が聞いたらおそらく理解できなかった言語になっていたが、心を許した友人であるニーファに解読は容易だった。
「そっか……」
いないのか……
ニーファはしょんぼりして所在なくテーブルを見つめる。落ち込んでいる姿を見たアマリアは、慌てて首を振った。
「いま……すん……。そう、いませんこともないですわ、と申し上げるところでしたの!」
アマリアはなぜか真顔だった。
2人でそんな話をするのはおそらく初めてだろう。お互い、それまでの人生で恋愛を必要としてこなかった。
それを聞いたニーファは花が咲いたように顔を綻ばせる。日傘を握る手に思わず力が入る。
「えっそうなの?知らなかった。どんな人?」
「優しい人ですわ」
アマリアは腕を組んで何度も頷く。少し口元が緩んでいるのは、きっとその人を思い出しているのだろう。
とても素敵だ。ニーファもつられて微笑む。
「それならアマリアも優しいからピッタリのお相手だね。アマリアは可愛らしいし、きっとその方もアマリアのこと大好きだろうね」
「さ、さぁ……どうでしょうね……」
アマリアは目を泳がせていた。
音もなく現れたリンリンが紅茶を新しく注ぐも、一瞬で空になる。
それを見たニーファは楽しそうに笑う。
が、それも束の間、ニーファはみるみるうちに表情が曇っていった。
「私も……実は好きな人……かもしれない人がいるの。でも、恋するのとか初めてだし。全然私のこと好きになってくれるイメージ湧かなくて。勇気も出ないし。どうしたらいいのか本当に困ってる」
ニーファは悲しげな笑顔を見せる。
「ニーファ……」
アマリアは友人の苦悩している姿を見てこちらまで胸が苦しくなった。紅茶を注いでいたリンリンは、心配している様子でニーファを5度見していた。
しかし、アマリアはふっと笑って言い放った。
「有りのままの姿を見せることが一番ですわ」
有りのままの自分――
「そんな……嫌われないか怖い……」
アマリアは席を立ちニーファに近づき、傘を握る両手の上に優しく手を添えた。
「ニーファは身も心も清らかでとても綺麗ですし。ビックリするほど素直で。優しく思いやりに溢れた完璧なご令嬢ですわ。きっと大丈夫!誰であっても貴方に恋に落ちてしまいますわ。自分を信じて行動するのみですわよ」
アマリアは眩しい笑顔に加えてウインクを送る。
ニーファはゆっくりと頷き、暖かさを取り戻した笑顔を返した。
「わかった。やってみる」
リンリンはエプロンの裾で涙を拭いながら見守っていた。
――
アマリアが帰宅し、家族の晩餐の後。
ニーファは勇気を出して目の前の扉をノックする。
部屋の中からの「どうぞ」という声を聞き入室した。
「ニーファ、どうしたの?」
「お母様……今、少しだけお話ししてもいい?」
「ええもちろんよ。座って座って」
優雅にお茶を嗜んでいたニーファの母はふんわりと微笑み、ソファの横へと座るよう促す。
メイドを呼び、新しいお茶を用意するよう指示をした。
「あの……私……」
「どうしたのよ改まっちゃって。なに好きな人でもできたの?」
ニーファは目を見開いて母を見上げる。
母は指を顎に当て「ふうん」と呟いた。
「とにかく2人きりでたくさんお話しすることね。素敵な場所だとなお良いわ」
「2人きりで……素敵な場所……」
「そうよ。恋は会話から始まるものよ」
ニーファは真剣に頷いた。
そのあとはニーファの父と兄もやってきて、家族で和やかなひと時を過ごした。
リンリン、アマリア、お母様。
そして家族との団欒。
信頼できる人達から得た助言は、完璧だった。
――
それから数日。
今夜はとあるナイト・ガーデンパーティー。月明かり、キャンドルのぼんやりした光と、弛んで吊るされたガーランド照明の光源のみ。少し視界が悪くはあるが、なかなか幻想的な雰囲気だ。
当たり前だが、夜会参加の時には流石に迷惑なのでリンリンの日傘は断っている。
小さなクラッチバッグを握りしめて、ニーファは緊張の面持ちで歩みを進めた。
早速、本日のガーデンパーティーに例の彼が姿を現していたのだ。
善は急げ。今日絶対、やる。
少し転びそうになりながらも、はやる気持ちを抑え、一歩一歩確実に近付きつつある。
(手が震えるけど、がんばる……)
クラッチバッグ両手に持ち替えて握りしめ、勇気を奮い立たせる。
状況を変えたい。
貴方と話してみたい。
もっと近くで、ずっと見ていたい。
ガーデンの少し奥の方に用意されたバーテーブルを囲んで、友人と談笑している彼がいた。
キャンドルのあたたかい光がゆらゆらと揺れ、彼の横顔を照らしている。
口元を片手で覆うように持ち、グラスをゆっくりと回している。ウイスキーを口に含み、喉仏がゆっくりと上下する。
ニーファにとっては、何もかもが、どことなく官能的な雰囲気を放ってるように感じてしまう。
思わず赤面してしまう。
(うう……近くで見るとこんなに色気のある人だったのね……)
熱に浮かされふらつきながらも、ようやくニーファは彼の隣へ辿り着いた。
彼は来訪者に気付き顔を向ける。
ニーファは、決意の瞳で顔を上げ。
白くなめらかな両腕をまっすぐ伸ばす。
「?」
彼は状況を理解できず首を傾げる。
ニーファは彼の腕に、するりと腕を回して抱きついた。
突然の出来事に、彼は驚いているのか、口を開け呆気に取られる。周囲の友人も動けなくなっていた。
続けてニーファは頬を染め、はにかんだ。
「あの……私の有りのままの姿を、見てほしいんです」
彼は目を見開いて、石のように固まっている。
周囲の友人も時が止まっていた。手にもつグラスやワインボトルは明後日の方向に向けたまま止まり、飲み物だけが床にだばだばと流れ落ちていた。
(うぅ……恥ずかしいからか、上手く声が出せない……)
彼が着用しているシャツは柔らかく薄手で、腕の感触と温もりを鮮明に感じてしまう。細身に見えていたが、抱きついてみると思ったより逞しい腕だった。
絡みつく腕に力を込めながら、顔を近づけて囁く。
「どこか2人きりになれる素敵な場所へ行きましょう?」
直後、バァン、と突然その彼は机を力一杯叩いた。
ニーファは反射的に体を硬直させた。
拳を痛めつけたことによって彼はハッと我に帰り、すぐにニーファに向き直る。
「驚かせてしまい申し訳ありません!」
少し驚いたが問題ない。
同じようなことが先日あった。友人が頭を机にぶつけた時のことが思い起こされ、ニーファは思わず顔が綻んでしまう。
「大丈夫です。慣れてます」
「……は?」
彼のシャツがずり落ちる。
周囲の友人らは、テーブルや周りに溢した飲み物をどこからか調達してきたらしいモップや布巾で掃除しながら、2人の様子を固唾を飲んで見守っていた。若干の羨望と憐れみの視線が含まれていた。
「君は、ニーファ嬢……だね?」
「私の名前をご存じだったのですか?」
「そりゃあね……というか一旦、離れてくれないかな?」
彼は、ニーファの肩に手を添えて優しく退かそうとする。肩に触れられた途端、思わず体が強張る。
ニーファは焦ってしまい、彼の腕をますますきつく抱きしめる。
「あ……だ、だめです!嫌……」
「いやいや、嫌って何?離してくれないと俺が嫌なんだけど……」
彼はパッと手を離し、苦笑いを浮かべる。
「とりあえず早く2人きりになりましょう?」
「……一応、念の為、万が一のこともあるかもだから、聞くけれど、俺と2人きりになって何する気?」
彼は手で口元を隠し小声で尋ねる。
「それは……お話をしたくて」
「お話」
ホーホー……
遠くから聞こえるフクロウの鳴き声が無情に空に消えていく。
なんだか頭まで痛くなって来た。
痛めている手を構わず額へと当てて考えた結果。
「……話ならここでしないか?」
「でも……」
「君の安全を守るためにここで話すわかった?」
彼は人差し指を地面に向け、指し示す。
言葉尻から彼の動揺が感じられる。
「……は、はい?」
そして、人差し指をニーファが現在抱きついているその腕に差し向ける。
「あと離れてくれる?」
「あ、はい、すみません……」
ニーファは慌てて彼の腕から体を離す。両手を開いて無害を示す。
彼はテーブルに手をつき、深呼吸を繰り返していて満身創痍の状態だった。友人は同情したのか彼の背に手を置く。
なんとか持ち直してニーファに向き直る。しかし、その視線は訝しげだ。
「で、何の用かな?俺に話したいことでもあるの?」
「だって……その……」
ニーファは手を口元で握る。
「……なに?なんかそこで躊躇するの怖いな」
彼はジト目をニーファに向け、明らかな警戒を示していた。
ニーファは先ほどまで感じていた彼の腕の熱が感じられなくなってしまい、急に不安になってしまう。
触れ合っていた部分が汗ばんだのか、風が吹くと余計に冷えて感じた。ソワソワと落ち着かない様子で肩を揺らす。
彼は、先程とは打って変わってしおらしくなってしまったニーファを見て、何か問題が起きてるのかと心配する視線を向けてくれている。
「……どうかした?大丈夫?」
私の言葉を待ってくれている。
分からない――
どうすればいいの?
「あなたの事が好きなの……」
頭が真っ白になりすぎて。
脈絡なく口からこぼれてしまった。
全身が燃えているように熱く感じた。
頬も耳も額も、首も肩も、全身が真っ赤になってしまっている気がする。
心臓が尋常じゃないほど波打ち始めた。
ニーファは思わず手を組み、祈るように彼の顔を見上げる。
彼は絶句し目を見開いて。
見たことないくらい大口を開けていた。
両手は力無く脱力している。
周りの掃除していた友人たちが、衝撃のあまりモップの柄を取り落として、カラン、カランと乾いた木の音が次々と響く。
その落下音で意識を取り戻した彼は、慌てて口元を手で覆って呟く。
「……嘘だろ?」
周りの人々がざわついていた。
「ごめん、そんな話だとは思ってもみなかった。ちょっと静かな場所へ行こう」
彼はニーファの手を引き走る。
「お前ら、絶対着いてくんなよ!」
途中で振り返り、友人に向かって発した。
――
噴水前。
現在、彼と2人きり、静かな素敵な場所にいる。
有りのままの姿も見せた。(?)
恥ずかしかったけど、腕にも抱きついて笑顔を作れた。
信頼できる人たちから受け取ったアドバイスを忠実に実行した結果、彼との距離が急速に近付いているのを実感できた。
噴水の前の木のベンチに浅く腰掛けたニーファは小さく拳を握り、満足げに頷く。
(残るあと1つのミッションを達成すれば、きっと彼と……)
ニーファは密やかな想いに笑みが溢れてしまう。
そんな私を連れ出してくれた彼は、胸の内の動揺が隠しきれないようで、うろうろと目の前を歩き回っていた。
「えーっと……えー、さっきはごめん。少し乱暴にしてしまって……」
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
そんな姿も素敵に映って見える、不思議だ。
「それで……ニーファ嬢は……本当に俺のことを……?それを伝えようと来たってこと?」
ニーファはこくりと頷く。
目の前の彼が酷く動揺しているため、却ってこちらは落ち着きを取り戻していた。
……遠目で見ていた彼がすぐ近くにいるという、胸の高鳴りはあるけれど。
彼は、しゃがみ込んで口を押さえる。
「……参ったな」
項垂れている姿が可愛らしくも見えてくる。
ここまで彼の様々な姿を見てきたけど、声も、瞳も、話し方とかも全てに惹かれっぱなしだった。
ニーファは自分の赤くなっている頬に指先を当てて、少し熱を冷ました。
噴水の水が流れ、夏の虫の鳴き声、遠くの方から少し喧騒が聞こえてくる。
どちらも言葉を発することはない。
2人の辺りはとても静かだった。
(困っているのかしら)
ニーファは動かなくなってしまった彼を見て、心がざわつく。
(迷惑だったのかも……)
思わず膝にかかえたクラッチバッグを握りしめる。
(もしかしていきなりすぎた……?)
それか、既に恋人や婚約者がいる方だったのかしら。
……そういえば、名前すら知らない。
名前を知りたい。
「あのっ」
ニーファはおずおずと話しかける。
彼はしゃがみ込んだまま、顔を上げた。
「……あなたのお名前……教えてくれませんか?」
「……え、名前?」
拍子抜けした様子で、呆れつつも彼は立ち上がった。
そのままニーファの目の前まで進み出た。
「……俺は、フェルディナント」
ニーファはぱあっと明るい表情になり、花の咲いたような笑顔を見せる。
(フェルディナント様……か)
「フェルディナント様、私はニーファと申します」
すぐ目の前に彼が立っている為、ニーファは立ち上がることができなかったので、座ったままでドレスの裾を軽く掴み、頭を下げた。
フェルディナントは気恥ずかしそうに頬をかく。
「……長いからフェルとかフェルディって呼んでよ。というかまさか、名前知らなかったわけじゃないよな?」
「知りませんでした」
「マジかよ……逆になんで……」
フェルディナントは頭に手をつく。
(涼やかで凛々しいお名前……)
名前を知れたことで更に距離が、縮まった気がする。
「じゃあ、フェルディと」
「……あーうん、じゃあそれで。別になんでも」
フェルディナントは面食らった表情を浮かべるも、半分諦め顔になる。
「……隣に座ってもいい?」
「も、もちろんです!」
「……そんな硬くならないで、もう普通に喋ろう?」
「う、うん、そうするね」
ニーファは指先を合わせて顔を綻ばせる。フェルディナントは力が抜けたように息を吐き出し、隣の空いている席に腰掛けた。
行儀悪く片足の膝を立てて、その上に腕を組み突っ伏して、瞳だけこちらに向ける。
「……なんていうか、マジで可愛いね」
「えっ私のこと?」
「いやそうだけど……」
可愛いって言ってくれた!
胸がいっぱいになる。
顔から火が出そうなほど熱くなってしまって恥ずかしい。
ニーファの赤面が移ってしまったのか、フェルディナントもほのかに顔が染まっている気がした。
「こんなに近くで見たの初めてだから流石に緊張するわ……君、令息たちから人気だからさ」
「フェルディ、私のこと、ニーファって呼んでほしい」
緊張しながらも、ニーファは要望を伝える。
フェルディナントは腕の中に顔を全て埋めてしまい、こちらを見ずに返事をする。
「……まあ気が向いたらね……」
フェルディナントは顔を上げ、深く息を吐き出し、立てていた膝を戻してベンチに正しい姿勢で座り直す。
「さっき会ったときに、腕に巻き付いてきたアレはなんだったんだ?」
「あれはね、うちのメイドに相談したの。フェルディと仲良くなるためにはどうしたらいい?って。そしたら、腕にぎゅーっと抱きついて、微笑みなさいって」
「今度からそのメイドの言うことだけは信じない方がいいよ」
「あと、友達にも相談したら、有りのままの姿を見せなさいって言われたよ」
「それであの発言か……」
「お母様には、2人っきりで素敵な場所でお話しするのがいいよって言われたの」
「……3人の助言が、奇跡的に最悪の形で合体したわけね」
周りの人達はこんな純粋な子に何を吹き込んでるんだ……
フェルディナントは呆れたように肩を落とした。
「緊張したけれど、やってみてよかった。本当に仲良くなれるなんて」
ニーファは指先をもじもじとしながら、無邪気な笑みを浮かべた。
フェルディナントは胸がくすぐったくなるような気持ちになり、指先で鼻を擦る。
「……いや魔性。他の人にやっちゃ駄目だよ」
「できるわけないよ!」
あ、でも。
「まだ言われてることで、実行できてないのが1個あるんだよね……」
フェルディナントは顔を背けて手を振った。
「しない方がいいよ、どうせ碌でもないことでしょ……」
「……もしかして、全部迷惑だった……?」
ニーファが眉尻を下げて小さく言うと。
「いや全然」
即答だった。
顔はなぜか斜め上を向いている。
フェルディナントは軽く息を吐き、ニーファに向き直る。
「君ちょっと天然すぎるから心配してるの。危ないからちゃんと誰か見といてくれないかな、本当に」
不思議そうな顔をしているニーファに向かって、乾いた笑いを返した。
「……あとこんなこと聞くの恥ずかしいんだけどさ、俺のどこが気に入ってくれたの?」
「分かんないけど、なんか見ちゃうなって思ってて。屋敷でもずっとフェルディのこと考えちゃうし。今は、声とか瞳とか、その喋り方とかも……全部……」
ニーファは話しているうちに、どんどん顔が赤くなっていく。きっと限界まで赤くなっているだろう。思わず顔を手で隠してしまう。
「俺もちょっと恥ずかしすぎて困ってるんだけど、とりあえず俺の顔が好みだったってこと?」
「そうなのかなぁ」
照れくさくなってしまいニーファはそわそわと身体を揺らした。
「この顔に産んでくれた親に感謝しかないわ」
ニーファは手のひらから顔を出してフェルディナントを見つめる。
「……俺の事そんな見てた?ちょっと盛ってない?」
「すごい見てたよ」
「いや全く気付かなかった。目も合ったこともないのに……」
ニーファはふふっと笑う。気付いてなかったのなら、いっそ、もっと見ておけばよかった。
あの頃のどうしようもなく切なかった想いが、報われていく気がした。
そして。
話を切り上げるように、急にニーファは立ち上がると「フェルディ、来て」と手招きをする。
フェルディナントは頭に疑問符を浮かべつつ、少し嫌な予感もしつつ、恐る恐る立ち、側へ寄る。
すると。
ニーファは先ほどと同様に、フェルディナントの腕に腕を絡めて抱きついた。
フェルディナントは顔をおさえ、頭痛を堪えるようにため息をついた。
「……それはやめない?」
「なんで?」
「俺ら知り合ったばっかでしょ……よくないでしょ……」
「だってお父様が……」
フェルディナントは思わず動きを止めた。
「君の父上がなんだって?」
「貴方とお話しする事ができたなら、直ぐに目の前に連れて来なさいって」
「それ良くない方のパターンだな絶対、絞められる方だな」
「逃げないようにして連れてきなさいって」
「絶対俺やられるじゃん。君の父上、俺のこと歓迎してくれると思う?」
「うん!」
「……その曇りなき目が怖いんだよな……」
「? ほら行こ?こっち」
ニーファはきょとんと首を傾げて、抱き込んでいる腕を、か弱い力で引く。
「分かった分かった、君に着いてくから、腕離そう?ね?」
「……これ駄目?とっても落ち着くの」
ニーファは伏目がちに顔を傾ける。密着した体に加えて、頬が腕に当たった。いや、頬を擦り寄せにきていた。
半ばされるがままとなったフェルディナントは、諦めてため息を吐く。
顎に手を当て、何かを考え込んでいるようだった。
暗闇に溶けていく群青色の空の下。
星を散りばめたみたいな灯りが柔らかく辺りを照らしていた。
触れ合っている腕のぬくもりに、じんわり心が満たされていく。
「ニーファ」
優しく響くように、フェルディナントは話しはじめる。
初めて名前だけで呼ばれて思わず頬が染まる。
にやけそうになる口元を堪えて、ゆっくりと顔を上げた。
フェルディナントは横を向き小さく咳払いをする。
そして、改めてニーファに目を向ける。
この瞬間が。
今までで一番、距離が近くなったように感じた。
「もし、これから俺が君の側にいていいって、君が許してくれるのなら…」
フェルディナントは少し照れくさそうに、でも目は逸らさずに言った。
「……君のこと全力で守るって誓うけど。どう?」
一瞬、言葉を咀嚼し固まったニーファは。
理解するとたちまち花が綻ぶように笑みを浮かべる。
「……本当に、側にいてくれるの?許すに決まってるよ」
フェルディナントはそれを聞いて、愛おしそうに目を細める。ふっと笑って、照れ隠しに目線を逸らした。
ニーファは一層身を寄せて笑みを返す。
「……よし、じゃあ、俺のことも全力で守ってね」
フェルディナントは少し遠い目をして告げた。
「分かった!守るね」
ニーファはふんと鼻息を荒げて握り拳を作る。
フェルディナントは思わず吹き出しそうになるのを堪えてしまう。
2人は腕を組んだままガーデンパーティーの会場へと並んで歩く。
先ほどまでとは違う距離に、ニーファは何度も笑みを零していた。
結果、好きな人の落とし方を教わったら、大成功しました!




