かぞく
「ご主人起きてください! 朝ですよ!」
いかにも機械らしい合成音声で、俺はしぶしぶ目を覚ます。
「全く! お寝坊さんなんですから。ほらほら、朝ごはん出来てますよ!」
よれよれのTシャツ短パン姿、寝起きで頭もボッサボサの俺を無理やり立たせて、お前はキャラキャラとタイヤを回してキッチンへ移動する。
硬そうな、如何にもロボットと言ったアームを器用に動かしおぼんを持って、またタイヤをキャラキャラと……そうして、椅子に座った俺の目の前の机の上に、色とりどりのおかずが入った器を並べていく。
「今日はご主人の好きな卵焼きですよ。それにジャガイモのお味噌汁、おひたし……あ、卵焼きはもちろん甘めですからね!」
ピカピカ真っ白なボディに天井のLED照明の光を反射させながら、お前は得意げそうだ。
俺がそれらを食べている間に、お前はまたキャラキャラと…今度は洗濯機から出した、洗いたての俺の服をベランダで干す。
「いい天気ですね! 今日はよく乾きそうです」
嬉しそうに鼻歌を歌っている。今流行っている最新の歌だ。
ご飯を食べ終わった俺が着替えていると、食器を洗い終えたお前がまたキャラキャラと俺の元へやって来る。
「ご主人! 襟が出ていませんよ……あれ、この服シワシワではありませんか! もう、また洗濯に出していませんでしたね!?」
だって一回しか…その一回だって30分くらい近所のスーパーに行った時にしか着てない。まだ着れるだろ、洗うのもったいない。
「いけませんよご主人! 身なりを疎かにすると言うのは、自分を疎かにすることです!」
お前は無理やり俺の服を脱がせて、新しい…昨日洗濯したばかりのシワひとつ無い服に着せ替えた。
「うん! よくお似合いです!」
満足そうにそう言ったお前は、近くに置いてある除菌シートでいつものように自分の硬い体を拭く。
余すところ無く全身ツヤツヤに拭いて、お前は俺の方へ向き直る。
「さぁ、ご主人出かけましょうか!」
「ご主人、このピンク色のお花はオキザリスですよ!」
嬉しそうなお前の言葉に、大して興味のない俺はふーんと答える。
「ご主人? 知識は身につけておいて損はありませんよ? ほら、あの木は……」
また始まった。適当に聞き流しておこう。
家ではキャラキャラと鳴るお前のタイヤが、田舎の砂利道であるここではギャルギャルと音を立てる。
そろそろお前のタイヤの保護カバーを替えないとな……すり減って、本体のタイヤを替えるのは高くつく。
「あ、山田さん! こんにちは! お散歩ですか?」
……そして俺が知らない間に、お前は勝手にご近所付き合いをしている。
一体何処で何人と交流しているのやら……数ヶ月前の正月、俺宛の年賀状よりお前宛の年賀状の方が遥かに多かった。
「あ、そうだご主人!」
今度は何だ。
「今日は帰りにスーパーに寄りましょう! 二千円以上買い物をすると卵が安く買えますよ!」
お前は胸の扉を開き、アームで器用に、その中に入っていたチラシを取り出し開いて、俺に見せてくる。
……別に多少高くてもいいよ、卵くらい。
「何を仰る! ここで抑えた出費が、後々素敵なものに変わるんですよ!? ご主人が欲しいゲームソフトに変わるのです!」
ギャルギャル、タイヤの音が響く。
「さ、急ぎましょう。電車の時間に間に合いません!」
俺の、フローラルな柔軟剤の匂いがする服の裾を、お前は掴む。
「今日の映画、とっても楽しみですね! 全世界待望の、ポコポコストーリー2!」
****
「モモちゃん」
俺の顔の方を向きながら、お前はそう呼んでくる。
……モモちゃんは何年も前に引っ越した、隣の家のおばさんが飼ってたネコの名前だろ。
「ちょっと待ってくださいね。今洗濯をしているので」
そう言いながらお前は、キッチンで大量のジャガイモの皮を剥いている。
その近くにはカレールー……げ、またカレー作ろうとしてやがる。
カレーは一昨日も作っただろ。冷凍庫はカレーの入ったタッパーでパツパツじゃないか。
皮を剥かれた大量のジャガイモの前で俺が悩んでいると、お前はまた……ギシギシと軋む音を立てながらタイヤを回す。
「そうですご主人、今日は映画に行くんでしたね! 楽しみですね、ご主人の好きな映画の続編……ポコポコストーリー2!」
何年前の話してるんだ、ポコポコストーリーは15が先週発表されたところだぞ。
「支度しなきゃですね!」
お前はそう言って、さっき床にぶちまけた水を拭いたばかりの雑巾で、すっかり黄ばんで薄汚れた自分の体を拭く。
「あ、ご飯作らなきゃですね! 今日は……ご主人の好きなカレーにしましょう!」
そう言ってまたキッチンへ行こうとして……その途中の廊下で、お前は充電が切れて止まった。
この間バッテリーを新しいのに替えたばかりなのに。
……もうバッテリーとか、そう言う問題じゃ無いんだろう。
「橘さん」
……それが誰かもよくわからないが、俺は咳の合間に適当に返事する。
「この間はリンゴをくださりありがとうございます。あれ、お風邪ですか?」
そうだよ、熱が三十八度ある。喉が痛いし、立ってるのもしんどい。
「風邪には確か……チゲ鍋がいいんでしたね! 私作りますよ!」
そんなわけないだろ。お前は俺の喉を壊したいのか。
お前がギシギシと、キッチンとは真逆の窓の方へ走ろうとするから……俺はお前の電源スイッチを切る。
今はお前の面倒見てやれないんだ、しばらく大人しくしてろ。
四日後。風邪の症状が少し治まった俺は、久しぶりにお前の電源を入れた。
「山田さん」
はいはい、何ですか。
「大変なんです」
何が。
「ご主人が風邪をひいてしまったんです、熱が三十八度もあるんです」
「早く帰っておかゆを作ってあげないと。そうだ、喉が痛いらしいので、あったかいはちみつレモンも作りましょう」
「心配なんです。早く治って欲しいんです」
……数秒前のことも、俺の顔も覚えてないくせに……そういうのは、覚えてくれてるんだな。
ご主人は多分さ、もう風邪治ったよ。さっきピンピン外を歩いてた。
「あれ、そうなんですか? それなら良かった…!」
ギシギシと、お前はまたタイヤを回してゆっくり走り出す。
「お洗濯しないと!」
洗濯はもう終わったよ。アイロンがけもした……ほら、俺の服綺麗だろ。
おい、そっちはトイレだってば。
****
「ひかりをめざせ〜…どんなときも〜…」
もうタイヤも回せないお前は、窓際の定位置で何十年も前に流行った鼻歌を歌う。
俺はその隣に、淹れたてのコーヒーの入ったマグカップを持って座る。
「トトニチャム」
……俺の方を見ているということは……それは俺を呼んでるのか? 最早意味のある言葉でも無さそうだ。
お前は首部分をゆーっくりと、ギシッギシッと動かして……棚の上に置いてある、買ったままでポリ鉢に植わった、ピンク色の花を見る。
「これは、ジャガイモ、です」
違うよ、これはオキザリスだ。
お前が教えてくれたんだよ。




