兎肉
次の日もラタは朝から出かけて行った。
仕掛けてある罠を確認して、野草やキノコを集めて、湧水を汲んで、薪を割る。
ラタの一日は忙しい。
無理をして手伝おうとすると「早く治して出ていけ」と言われる。
何度も「出ていけ」と言われると、流石のカイルも悲しくなってしまうので、大人しく寝台で安静にしている。
ラタはカイルの服の薄い生地を見て、麻の着替えを貸してくれた。おそらくラタの祖父のものだ。
腹回りが緩く、貧しい麻の服に巻いた真鍮のベルトが絶妙にださい。
殆ど寝たきりなので、ゆとりのある服はありがたかった。
夕方に外から帰ってきたラタは、机にどさりと死んだ兎を乗せた。
「今日は兎がとれた。金持ちも兎は食べるだろ?」
「肉は好きだけど……ここで捌くの? 部屋が汚れるんじゃない?」
「血は抜いてる」
そうは言っても、そこは食事をとる場所だ。
動揺するカイルに構わず、ラタは腰にぶら下げていた皮袋の中身をとぽとぽと木椀にあける。
その暗赤色の命の色に、意味もなくカイルの鼓動が速まる。
「……もしかして、それ、そのまま飲むとか……」
「そんなわけないだろ」
「だよな!」
「ちゃんと煮る」
「……素晴らしいです」
ラタは兎を柱の釘に逆さまに吊るす。
使い込まれたナイフの刃を兎の後ろ脚の付け根に突き立てた。
指先を皮と肉の隙間にねじ込み、まるで服を脱がせるように皮を剥ぐ。
目の前で、『動物』が『肉』になっていく。
兎の開いた胸から内臓が引きずり出されたのを見て、カイルは寝台で後退った。
「……ごめん、ちょっと……」
血の匂いから逃げるように麻袋に突っ伏す。
これまで狩りで仕留めた獣は、下働きに渡せば、上品なソースがかかった美味しい料理になって食卓に並んだ。
カイルは釣った魚の臓物を処理することはできる。
何が違うのだろうか。
兎は可愛くて、魚は可愛くないからか。
あの、どこを見てるか分からない目とか、ぬるっと青光りする鱗とか。
(俺……こういうとこだぞ、俺ぇ!)
毛布に突っ伏してそう自分を叱咤したものの、何が『こういうとこ』なのか、言語化することは難しかった。
兎肉はそのまま夕食の食卓に並んだ。
ラタの皿には焼いた臓物が多い。
おそらくカイルが臓物に怖気付いていたからだ。
カイルの皿に載っているのは、焼いた肉と摘んできた野草。あとは乾いたオーツケーキ。
血のスープは、勇気が出なくて辞退した。
肉をひとくち食べて、手が止まる。
限界だった時には涙が出るほど望んだ食糧。
だが、容態が落ち着き飢餓からも逃れた今のカイルとって、ただ焼いただけの肉は味気がなさすぎた。
ラタは臓物を噛みちぎりながら淡々と言う。
「まずいのか? 食べたくないなら食べなくていい」
不味いわけではない。
美味しくないのだ。
カイルの家では王都で流行っている美食を競うような食事が出ることは少ない。
それに不満を覚えたこともない。
だから自分は贅沢な方ではないと思っていたが、それは貴族という枠の中の基準でしかなかったと思い知る。
(……無事に帰れたら、料理長の肩を揉んでやろう……)
ぎゅっと目を閉じて、肉に串を突き立てる。
この串も、フォークがないことに困惑したカイルのためにラタが枝から削ってくれたものだ。
「食うよ! 空腹と愛情は最高のスパイスなんだぞ!? ラタ君の愛がたっぷり入ったごはんが、不味いわけないだろ!」
「そんなのは、入れた覚えがないけどな」
ラタはおそらく、全てを察している。
気を悪くする風でもないラタに、言うべき言葉が見つからず、カイルは自分の手元に視線を落とす。
穀潰しのカイルがいなければ、これはラタの明日のごはんだったはずだ。
肉をもうひとくち、口に放り込む。
――美味しくない。
ラタの分けてくれる糧を感謝できない自分を殴り倒したくなる。
下唇を噛んでいると、こちらをじっと見ていたラタが立ち上がった。
棚から持ってきた小さな巾着をひっくり返してカイルの皿に中身を撒く。
貴重な肉が茶色のざらついた粉にまみれる。
「…………なに、これ」
「おれの愛かな?」
ラタは椅子に戻り自分の食事を再開した。
なんだか小汚くなってしまった肉を、恐る恐る口に運ぶ。
舌を刺すようなえぐみと野性味。
それに続く塩気。
待ち望んでいた塩気に脳ががつんと殴られ、一気に食欲が湧く。
「……美味しい」
「もうない。明日はラムソンを採ってくるから、それで我慢しろ」
なんでもない風に言うラタに、カイルは盛大に顔をしかめた。
久しぶりの味気のある食事を最大限味わうように噛み締める。
知らず目頭が熱くなってしまう。
「――美味い!
ありがとう!
いつか必ず、俺を拾って良かったって言わせてやる!
くっそ、未来の俺にご期待ください!」
肉にかぶりつくカイルを、ラタは眉根を寄せ、頭のおかしい生き物を見る目で見ていた。




