山の異変
揺れる暖炉の火を見つめながらカイルは思索に耽る。
国境や領境などの山には、古くから『山の民』と呼ばれる人々が暮らしている。
増えすぎた獣を間引き、雪崩の予兆や外敵の侵入を里に告げる。その見返りに領主たちは彼らが山で暮らすことを黙認してきた。
麓の里とは多少の交流があるものの、人頭税も教会税も払わない彼らは、法と神の加護の外側にいる人々だ。
そんな中で、新しいもの好きのカイルの父が、山の民と取引を始めると言いだした。兄のアランが彼らの代表と面会をする予定だった。
山の民を人間扱いしない者たちにとって、彼らに真っ当な対価を払うのは、秩序を脅かす暴挙だ。
苦言を呈する貴族も多く、その筆頭がバルモア伯爵だった。――けだし、カイルを拐った連中は、アランの交渉を邪魔したかったバルモア伯爵の手の者である可能性がある。
足が治り次第、村に降りて家族に救援の手紙を出す。
万が一、あの連中の目に留まっても大丈夫なように工夫が必要だ。
ふと、外から人の話し声が聞こえた。
どれくらい考え込んでいたのか、いつの間にか暖炉の火が消えている。
低い男の声に、ラタの声が応じる。カイルは慌てて机の下に身を隠した。
「やはりおかしいか」
「狼の死骸があったけど、カラスが寄り付きもしてなかった」
「こっちにも、かなり肉の残った鹿が何匹もいたんだ」
「沢で変な臭いがして……水面を叩いた時、泡がなかなか消えなかった。あまり見ない虫がいた。たぶん水が死んでると思う」
「そうか……上の方は、この時期なのに鳥が少ない。こんなことは初めてだ。大したことでなけりゃいいが」
男が深い溜め息をつく。
「他に、何か変わったことはあったか」
「……ない」
連れ立った足音が別れ、片方は遠ざかり、軽い方がこちらへ近づいてくる。
扉が開いて、洗濯物を脇に抱えたラタが入ってきた。
机の下で小さくなっているカイルを不思議そうに見下ろし、それから視線を暖炉へ向ける。
火の消えた様子をじっと見て、眉ひとつ動かさずに問う。
「……なんで、火を消した?」
「え? いや、消したというか、消えたというか」
「薪、置いてあるだろ」
そう言われて、火を保つことを期待されていたのだと知る。
「……ごめん。消しちゃ駄目だって、分からなかった」
ラタは火かき棒で暖炉の灰を掻く。
残り火がないことを確かめると、残念そうに口元を尖らせた。
その様子に申し訳なさが募る。
カイルはラタに向かってぱんっと両手を合わせる。
「ごめん!
しばらく、細かく指示が欲しい!
山の生活も初めてだし、使用人がいないのも初めてなんだ。
面倒だと思うけど、そうしないと余計に迷惑をかけると思う」
手を擦り合わせて拝むカイルに、ラタは面倒くさそうに目を細めた。
「……もといた場所に捨ててこようかな……」
「そんな意地悪言わないで! 生き物を拾ったら最後まで面倒見なさいって、法律にも書いてあるだろ!」
「……そうなのか。知らない」
「そうだろうな。嘘だから」
顔面に濡れた洗濯物が飛んできた。




