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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山の暮らし §
3/6

山小屋


 鳥の囀りと規則正しい薪割りの音に目が覚める。


(……ここ、どこだ……)


 町で誘拐され、山に捨てられて、拾ってくれた少年の家に来たのだったと思い至る。


 何度か目が覚めたような記憶もあるが、夢か現かはっきりしない。


 起きあがろうとした途端に足に痛みが走り、また寝床に倒れこむ。

 右足の踵から脛にかけてぐるぐると包帯が巻かれていた。


 石造りの壁と、煤けた天井。


 カイルは現実を確かめるようにゆっくりと周囲を見回した。


 一部屋しかない狭い小屋。

 簡素な寝台は粗く削られた木枠に、何かが詰まった麻袋と、獣の毛皮と、ごわついた麻布が敷かれている。

 無骨な暖炉の奥で、灰に埋もれた薪が鈍く光っている。

 壁際には古い狩猟道具、梁から吊るされている草の束と燻製肉。


 少しだけ開いた重厚な木の扉から、少年が姿を現した。


 日に焼けた褐色の肌に、短い黒髪。その目も黒曜石のように深い黒だ。


 こちらを見て、無言で暖炉に火を熾し、鍋をかけ、カイルの足の包帯を巻き直す。

 触られるとまだかなり痛むが、腫れはだいぶ落ち着いていた。


 どろどろの茶色い粥を渡される。

 まだ少しぼんやりしたまま受け取る。


 起き上がって口に運ぶと仄かに甘い。

 熱い塊がとろりと喉を通って、内側からカイルの身体を温める。


(……あー……幸せって、こういうことだ……)


 黙々と粥を平らげ、琥珀色のスープを最後の一滴まで飲み干して、大きく息をついた。


「ご馳走様でした」


 最大限の謝意を込めて深々と頭を下げる。

 一度聞いた少年の名前を、記憶から引っ張り出す。


「ラタ。助けてくれて本当にありがとう。無事に帰れたら、必ずお礼をするよ」


 ラタは珍しいものでも見るかのようにカイルを見た。


「……そんなのはいい。早く元気になれ」

「うわ、人徳が高い……」

「そして出ていけ」

「そうでもなかった」


 がっくりするカイルを無視して、ラタは空になった鍋に器を放り込む。


「服、脱げ。洗ってくる」


 言われてみれば身体中から汗のすえた臭いがする。もう何日も風呂にも入っていないし着替えもしていない。


 風呂だ。風呂に入りたい。


 そんなカイルの願望を先回りするように、ラタは湯の入った桶と布を差し出してきた。

 おしぼりを作ってもらえるのを待って、ここは家ではなかったと思い出す。

 慌てて手を伸ばして、止める。


 これはふたりで使う湯なのではないか。

 カイルが先に使っていいのだろうか。

 他人の汚れを洗った湯で身体を拭くなんて気持ちが悪いが、今は居候の身だ。


「……あー……あの、俺の方が汚れてるし、先に使う?」

「おれは昨日拭いた。早くしろ。湯が冷める」


 どうやらわざわざカイルのためだけに沸かしてくれていたらしい。

 厚遇に感謝しつつ、湯に布を浸す。


「あっつ!!」


 熱すぎる湯に驚いて、少しこぼしてしまった。


 ラタが呆れた顔で抱えていた鍋を床に下ろし、カイルから桶を取り上げる。

 手早く水差しで温度を調整してから熱めの蒸しタオルを作り、カイルの頭に巻いてくれる。


 じんわりとした温みが、頭の表面から内部へと伝わっていく。


 浅黒い指先がカイルの髪を分け、また布の上から頭皮を押さえる。それを何度か繰り返す。

 重くなっていた頭がゆっくりほどけていく感覚に、思わず息が漏れる。


 ラタは布を折り返してカイルの顔を拭き、布を洗って差し出した。


「ん」


 そしてカイルが脱いだ服をまとめて抱え上げると、何も言わずに外へ出ていった。


 カイルは寒さに身震いして、慌てて身体を拭き始める。


 真っ黒になった布をどうしたらいいか分からず、桶で洗う。

 すぐに湯は真っ黒になり、汚水を生産しただけのような気がしてくる。

 ラタがこの水をまだ使うつもりだったらどうしよう。


 寝台から毛布を引っ張り出し、素っ裸のまま包まって、机に突っ伏した。

 座っているだけでじんわりと足が痛い。


(……だいぶ、迷惑かけてるな……)


 年下であろう少年に随分と手間をかけさせている。

 きっとカイルが気づけていないことが他にもまだあることだろう。


 子どもの頃に父に連れられた航海を思い出す。


 ちょっとばかり周りより賢いつもりだったカイルは、船の上で、字も読めない船乗りの子どもたちに何ひとつ勝てることがなかった。

 天気を読むことも、縄を結ぶことも、じゃがいもを剥くことも。


 カイルと彼らとは、生まれた場所と経験と、役割が違うのだと父に教えられた。


 ここはラタの場所。カイルが何もできないことは劣っていることを意味しない。

 幸いラタはカイルを萎縮させるような態度をとらない。

 できることがあれば、ひとつずつやっていこう、と思う。


(……少し、親切すぎる気がする)


 裕福にも見えない彼が、通りすがりに見つけた人間に、ここまでしてくれる理由はなんだろう。


 何か警戒すべきことはなかったかと、これまでのことを思い返す。


 ――そうしてひとつひとつを反芻しながら、カイルはもう、自分がとっくに刷り込みをされた雛になっていたことを悟った。


(…………うん、もう、信じよう)


 何か裏があったとて彼がカイルの命を拾いあげたことに違いはないのだ。

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