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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ カイル・ブレア §
24/24

グランフォード商会の海運部門


 グランフォード領には北西に大きな港町がある。

 各地から運び込まれた荷が積み上がり、怒号と荷車の軋みが絶え間なく響いている。


「まさかお前が、領主様の親戚だったなんてなぁ!」

「そういえば奥様にどことなく似てるかもしれないな!

 これからはカイル様って呼ばなきゃなぁ」


 喧騒の中の酒場で、カイルは背中を乱暴に叩いてくる手を苦笑しながら払った。


「そんなたいそうなもんじゃないよ」


 部下と昼食をとっていたカイルは、領都で顔見知りだった男たちとばったり出会した。


 気安く話してくる彼らにとっては、カイルは『ただのカイル』だ。

 時々町で見かける、ちょっと良い酒を奢ってくれる若者。

 そんな存在だった。


 だが最近、その肩書きが大きく変わった。


 いくつもの領を跨いで商いをしているグランフォード大商会。


 先日、その所有者であるグランフォード子爵家の次男が、バルモア伯爵の誘拐によって命を落とした。

 悲嘆に暮れた子爵は、妻の親戚筋のブレア家から同じ名前の青年を養子同然に引き取り、海運部門を任せることにした。


 それが、今のカイル――『カイル・ブレア』だ。


 男はカイルの肩を抱いて豪快に笑う。


「突然大商会のトップだなんて、お前、本物のカイル様が死んでくれて、万々歳だなぁ!」


 そこそこ長い付き合いの相手が自分の死を祝っている。

 なんとも奇妙で、居心地の悪い感覚だった。


 黙って横でニシンの塩焼きに齧りついていた部下が、気まずそうに口を挟む。


「あのですね、一応、人が亡くなったのを万々歳とか言うのは、ちょっとね、どうかと思うんですが」


 カイルに軽口を叩いていた男たちは、突然楽しいおしゃべりに水を差されて、不快そうに眉を寄せる。


「カイル、なんだこいつ」

「え? えーと、今、現場で色々教えてくれる、案内役のマルコ」


 カイルは最近まで、兄アランに何かあった時のスペアの役割があった。

 商学や外国語の他に、最低限の領地運営や社交の勉強もしていた。

 海運部門に関して所有者である父に一任されてはいるが、ほぼ素人だ。


 勉強のために、半年間この港町で仕事をしてから、一年間の航海に出る。


 幹部たちは突然放り込まれた将来の海運長にとりあえず案内役をつけた。

 十五の歳から海運部門で二十年働いている叩き上げの男、マルコ・ミューア。

 カイルはこの数日は彼に色々と教わったり、幹部の年寄りたちに書類に署名だけさせられたりしていた。


 覇気のないマルコを恐るるに足らずと判断したのか、男は調子に乗って食ってかかる。


「おい、お前。お貴族様じゃないカイルじゃあ不満だってのか」

「こらこら。どう聞いてもマルコが正しいでしょ。喧嘩しないでよ」

「カイル、お前舐められてるんじゃないのか。

 お前、ひょろひょろで、貫禄も威厳もないから!」

「そういうこと言うおっさんには、もう何も奢りませーん」

「あっ、うそうそ! 頼りになるカイル様!」


 いくつか軽い応酬をして、カイルは男たちの分まで勘定を済ませて酒場を出た。


 後ろをついてきたマルコがぽりぽりと頭を掻く。


「あの、ブレアさん。

 俺はブレアさんに不満があるとかじゃなくてですね」

「うん。――でも、ちょっと意外だった。

 あんなの、聞き流しとけばいいのに」


 マルコは人の会話に口を挟むタイプではない。

 いつもは聞いているのかいないのか判断つかない顔で会話が終わるのを待っている。


「空気悪くしちゃって、すんません」

「いいよ。あっちが悪い。

 それより、昼からの幹部会も同席してくれるんだよね?」


 海運部門は規模こそ大きいが、拠点が城から離れているため、『死んだ次男』の顔を知る者はいない。

 貴族の嫡男と次男以下との間にはそれほどまでに差がある。


 白い髭の幹部たちに混じってカイルは席に座る。

 彼らは皆、商売の才覚でここまで上がってきた古株だ。


 議題は定期報告と、最近始めた保存肉の取引について。

 警備隊、鉱山、遠征部隊向けの長期契約。

 海運に必須の保存技術を買われて始まった仕事だ。

 保存肉はもともと航海用に作っているものと同じだし、輸送路も既存のもだ。

 本来なら問題の起こりようのない取引のはずだった。


 それが何故か、苦情だけが増えている。


 品質の悪さ、腐敗臭、食後の腹痛。

 取引規模や相手を考えると早急に手を打たねばならないことは、素人のカイルにも分かった。


「まあ、暑さのせいだろ」

「鉱夫とかいうやつらは文句が多いからだめだ」

「運送が雑なんじゃないのか」


 原因を探す話ではなく、責任を取らないための確認だけで時間は流れていく。

 父オリバーがしょっちゅう顔を出している本部とは、だいぶ空気が違う。


 海運部門をここまで大きくしたのは、間違いなくこの老獪な商人たちだ。

 有能な彼らは、自分の利にならない面倒ごとを回避することにも大層熱心なようだった。


(なるほどー。こんな感じかぁー)


 今回もカイルの仕事は、議事録の最後に署名することだけだった。


 貴方は座っているだけでよろしい。私どもが恙無くやっております。


 最初に五人の幹部たちに言われた通りだった。



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