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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 別れの日 §
23/24

帰宅


 領境から二日間馬車に揺られ、カイルは久しぶりの我が家の門を潜った。


 見慣れた石造りの庭園に、無骨な城。


 慣れ親しんだ廊下を歩いて談話室へ向かう。


 談話室には家族が集まっていた。

 父であるオリバー・グランフォードが、入ってきたカイルを見て立ちあがる。


「待っていたぞ、我が息子よ……!

 よくぞ、生きて帰ってきた!」


 涙ぐむ母とふたりで、駆け寄ってきてカイルを抱きしめる。


「カイル。よかったわ、本当によかった。

 元気なのね? しっかり顔を見せてちょうだい」

「ただいま戻りました。ご心配をおかけしてすみません」


 何年振りかの抱擁に、少し気恥ずかしくなる。


 熱の高いふたりと違い、落ち着いた様子の祖母が、ソファに座ったままカイルを労ってくれた。


「大変だったわね。

 貴方のことだから、きっと最善を尽くしたのでしょう。

 オリバー、カイルは疲れているわ。

 話を早めに切り上げなさい」


 頷いたオリバーは、真っ直ぐにカイルと向き合い、曇りなき目で言った。


「すまん、カイル。明後日、お前の葬式だ!」

「…………なにて????」



 詳細はこうだ。


 隣接した領同士というのは、仲がいいか険悪かのどちらかであることが多い。

 オリバーの代で商業的に成功を収めたグランフォードは、歴史を重んじる風潮のバルモアと反りが合わない。

 グランフォードとバルモアは、明確に後者であった。


 オリバーは領自治に興味が薄く、家令にほぼ丸投げしている。

 本来バルモアを気にする質ではない。

 彼をうんざりさせていたのは、バルモア伯爵の地道な嫌がらせだ。


 荷物検査と称して荷車を止める。

 通行証の発行を遅らせる。

 適当な口実でグランフォードへの道を閉鎖する。


 商売熱心なオリバーにとって、東からの運輸全てが機能不全になるのは不愉快極まりなかった。


「それでな、そんなところにちょうどお前が誘拐されたもんだから」

「ほう」

「王都の商人がな、お前のカフリンクスを見つけたと連絡をくれたんだ。売っていた人間を捕まえてみたら、バルモア領で買ったと証言がとれた」


 ラタが奪われたカフリンクスだ。

 どうやら家に仕舞い込まず、すぐに売ってくれたらしい。


「それで、なんと素敵なタイミング、と思い」

「ほほう」

「バルモア伯爵がうちの大事な息子を誘拐したと、王に裁定を求めた。

 でもお前は次男だろ。

 だからちょっと、被害を盛ろうと思ってな」


 ことを有利に進めるため、父はカイルを「行方不明(のちの死亡扱い)」として処理していた。


 暖炉のソファで祖母が深い溜め息をついた。


「ごめんなさいね、カイル。

 気づいたときには、議会に提出された後だったの」


 山の中を彷徨ったであろう貴族の青年は、苦しみの末にその若すぎる命を儚くしたのだと、子爵家は深い同情を誘った。

 現在、王の判決待ちらしい。


「これで東のルートが開くかもしれない。

 分かってくれるか、我が息子よ」

「あんたが人の親としてアウトだということだけは分かったよ」

「すまぬ。

 ほとぼりが冷めるまで、最低二年くらい、死んでてくれ」

「ひでぇ」

「アランにふたりめの息子が生まれたからな。

 お前が子爵家の次男である必要はもうないだろ」

「そうだけどさぁ……」


 呆れ果てたカイルに、祖母がフォローを入れる。


「オリバーも、貴方からの手紙が届くまでは、それなりに動揺していたのよ」

「そんなことはない!

 俺の息子が簡単に死ぬわけがないと信じていた!」


 カイルは白けた目で父親を見た。


 あの尊敬する優しい祖父の血や、常識人の祖母の血は、いったいどこへ消えてしまったのだろう。


「……そういえば、アランは?」


 あまりの父親の暴挙に、優しく常識人の兄の姿がないことに気が付かなかった。


「アランは最近口をきいてくれないから、知らん」

「お前が馬鹿なことをしでかすからよ」

「そうよ。カイルを死んだことにするなんて……

 カイル、アランは王都の会合に行ってるの。

 貴方のことをずっと心配しているわ」


 議会に提出した報告を今更撤回はできない。

 カイルの死が虚偽だと知れれば、今度はグランフォードがバルモアを嵌めようとしたのだと立場がひっくり返ってしまう。


 元々貴族の次男などという立場は長男のスペアのようなものだ。

 カイルはその不安定な立場と引き換えに随分と自由な時間をもらっていた。


 アランの長男が無事に三歳を迎え、次男が生まれた今、身の振り方を決める時期でもある。

 貴族の息子というだけの身分が惜しいわけでもなかった。


「……バルモア伯爵とは、どうなりそうなの?」

「隣接領地を一部割譲ということで落ち着きそうだ」


 カイルは少し考えて、条件を出す。


「……分かった。大人しく家を出るよ。

 その代わり、伯爵から取り上げるのは俺がいた山の一帯にして」

「山か……うん、いいよ」


 あっさりと呑んだ父にカイルは拍子抜けする。


「……父上のことだから、もうちょっと、金になる土地を考えてるかと」

「うん、まあ……でも山も今、魅力的だしな!

 お前も生きていたし、喧嘩をしたいわけじゃない。

 今回は伯爵様に反省していただければ、とりあえず手打ちだ」


 グランフォードの山の民との交渉は順調に済み、収穫期に高山ナッツを仕入れることになったらしい。


「ナッツなんかそんなに買ってどうするの」

「お前も懐いてた時計工房の爺さんが、潤滑油の材料として欲しがってるんだ。

 高い山のやつほど良いらしい。

 とうとう、うちの時計師が天下をとるかもしれないぞ!

 山の管理は大変だが、それも山の民がいりゃあタダでやってくれるしなぁ!」


 ありがたい存在だなぁ、とオリバーは上機嫌で笑う。

 本当に差別などという感情からは対極にいる人だ。

 この男にとっては、全ての人間が利用価値で測られるのだ。


 ラタの住む山の一帯がグランフォード領に組み込まれる。


 これでラタが理不尽な仕事に駆り出されることはなくなるはずだ。

 もちろんグランフォードでも山の民を駆り出すことはあるが、働きに応じた対価を出している。


 ――それに、領内になれば、ラタに堂々と会いに行ける。


 冬になる前に、手土産を持って遊びに行こう。


 草の渋が取れきれていない自分の指先を見ながら、カイルは遠い山に思いを馳せた。



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