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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山と、村と、白樺の手紙 §
15/24

狩猟罠


 カイルが足を捻ってから半月が経ち、暦も六月を半分終えようとしていた。


 ラタの作ってくれた松葉杖で、短い時間なら歩けるようになってきた。


 ラタが狩りに出ていった後、小屋でひとり足を引き摺りながら歩く練習をしている。

 十分ほど歩くだけで汗だくになる。

 小屋の中を行ったり来たりするのにも流石に飽きてきて、カイルは初めて小屋の外に出てみた。


 足の鈍い痛みに耐えながら空気を深く吸い込む。


 人の気配はなく、遠くから小川の流れや鳥の囀りが聞こえる。

 木漏れ日が目に眩しく、緑の美しさに目を細める。

 ゆっくりと踏み出す。

 やはり屋内よりも歩きにくい。

 それでも、歩けるようになってきた喜びが勝る。


 出来るだけ平たい場所を選んで地面に伸びる枝を避け、石を跨ぎ、慎重に足を運ぶ。


 小屋の裏手の倉庫の横に薪が積まれている。

 緩い坂の下に作業場らしき屋根が見える。


 白い小さな蝶が二匹、戯れるように連れだってカイルの隣を舞う。

 石に乗った苔が水滴を弾いて光っていた。


(こんな感じだったんだなぁ)


 バルモア領の山なら、おそらくグランフォード城の物見台から遠く見える辺りだ。


 グランフォード城は城としては小さいが、昔は国境だった歴史から、物見台が高い。

 幼いカイルはそこから山や町を見下ろすのが好きだった。


 家族の顔が思い浮かぶ。

 きっと皆、心配している。

 ラタのおかげで小屋の生活は苦ではないが、やはり早く帰らなければ。

 そんなことを考えながら一歩ずつ歩く。


 途端、しゅるり、と足元で何かが擦れる音がした。


「え?」


 内臓が浮くような感覚と共に、左足が引き上げられ、視界が逆さまになる。


「うわわわ!?」


 上体が中途半端に振り回され、逃げ場のない茂みに放り込まれる。

 痛みが収まってそっと目を開くと、青い空の中に、皮紐が巻きついた自分の左足が見えた。


「……え? どゆこと?」


 もがいてみるが、茂みの中に沈みこむばかりで身動きがとれない。

 動くほどに左足に皮紐が食い込む。


 だんだんと状況が掴めてくる。

 ラタの狩猟罠にかかってしまったのだ。


 さぞ間抜けであろう今の姿に焦る。

 皮紐を解こうともがいても、逆さまにされて手が届かない。


(……こんなとこ、ラタに、見られたら……)


 ――追い出されちゃう。


 そんな予感に冷や汗が流れた時、後ろから声がした。


「……思ったより、でかいのがかかってるな」


 低く、淡々とした声。


 顔を向けると逆さまの視界の端に野草を抱えたラタが立っていた。


 黒曜石のような目がすっと細くなる。


「今日のばんごはんはおまえだな」

「いやいやいや! ラタ君! 怖い冗談やめて!」


 騒ぐカイルを無視してラタは腰のナイフを抜き、近寄ってくる。


「え? 待って、待って、ラタ様? 本気? 本気で俺を食べちゃうの!?」


 呆れたように眉を寄せたラタは、カイルの肩を片手で支えながら、足首の皮紐を器用に切った。


 カイルはどさりと地面に落ちる。

 ラタは無言でカイルの足を見て軽く触る。


「痛みは?」

「ごっ、ごめんなさい、食べないで」

「ほんとに食うわけないだろ。捻ってないか」

「大丈夫。……右足じゃなくて、良かった……」


 右足が吊られていたら、安静にしていた半月が丸ごと無駄になる。「もう無理」と森に捨てられてしまったかもしれない。


 ラタはカイルの腕を引き起こし、小屋へ戻っていく。

 カイルは遅れて、ひょこひょことその後を追った。


 小屋に戻って窓を開け放し、ラタはライチョウの卵とラムソンのスープを作る。


「あんなところで、何してたんだ」

「少しずつ歩く練習しなきゃと思って」


 この半月は横になっていることが多く、体力が落ちている。

 なんとなく右足が細くなってしまった気がする。


「捻挫は治っても、歩けなくなってたら、しょうがないからさ」

「小屋ですればいいだろ」

「……ほんと、ほんと我儘かもしれないんだけど……いい加減、外に出たい」


 カイルは怒られるかもしれない覚悟で本音を言う。

 半月も同じ部屋に篭りきりで、このごろはひとりでいると叫び出したくなる。


「そうか。家が見える辺りで我慢しろ。

 迷子になっても捜さない」


 いつもの素っ気ない言葉。

 きっとそれは、本当のことなのだろうと、カイルは肝に銘じる。


「気をつけるよ」

「迎え、いつ来るんだ」

「聖アルドゥインの日……えっと、次の次の満月くらい。

 ラタが教えてくれた昔の礼拝堂で待ち合わせしようって手紙に書いたんだ」

「次の次の満月……」


 復唱するラタが少し考えるようにする。

 カイルはラタがずっと「ひと月」と言っていたのを思い出して、慌てて説明した。


「大丈夫!

 足が治ったら、ちゃんと村に降りるよ。

 うちの紋章のメダルを持ってればツケでどこかには泊めてもらえると思うんだよね」

「……次の次の満月までなら、いてもいい」


 ラタが褐色の手で顎を摩る。


「おまえがそうしたいなら」

「え?」

「おまえ、金持ちなのに、色々手伝うだろ。大丈夫だと思う」


 予想外の提案に、カイルは目を瞬く。


「ほんと? 無理してない?」


 ラタが頷く。


「――やった! ありがとう!」


 おそらラタにとって、カイルの存在が不愉快ではないということだ。

 カイルは嬉しさのあまり右手の拳を掲げた。


 まさかこんな譲歩が引き出せるなんて。

 腐らずに、やれることを頑張ってよかった。



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