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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山と、村と、白樺の手紙 §
14/24

リトル・ロビンから、スリーピー・グースへ


 何に使うのかと首を傾げるラタに頼んで、白樺の樹皮と鳥の風切り羽、松脂をとってきてもらう。

 その翌日、カイルは紐の制作を休んで、筆記具作りに取り組んだ。


 白樺の樹皮の内側の淡い黄色の薄皮に切り込みを入れ、慎重に剥がす。

 鍋で煮て、反りがとれたら板に挟んで重石を乗せる。


 拾ってきてもらった鳥の風切り羽の先を、暖炉の灰に突っ込んで熱を加え、ナイフで先を切り落とす。


 最後はインクだ。

 松脂を小さな皿に入れて湯煎で溶かす。黒い塊が溶けて甘い香りが漂い始めたら、暖炉の炭を砕いた粉を少しずつ混ぜていく。


 試し書きをしてみると手紙を書くには十分だった。


「聞き齧りの知識でも、なんとかなるもんだな」


 さて、とカイルは文面を考え始める。


 伝えなければならないのは、差出人がカイルであること、待ち合わせの日時と場所。


 ラタに相談したら、山の麓に古い礼拝堂があり、新しい礼拝堂が村の中心にできてから使われていないという。

 来月の聖アルドゥインの日にその礼拝堂で待ち合わせて拾ってもらおう。


(……空振ったら、次はどうしようかなぁ……)


 カイルが持っているのは、あとは家紋入りのメダル。

 これはカイルの信用を保証するものだが、小さな村では通用しない場合もある。


(足が治ってるはずだし、なんとか後払いで誰か雇って、……いや、今はそれは考えない)


 文面は、万が一誘拐犯の目についても差出人がカイルだと分からないようにした方がいい。


 カイルは少し考えて、おそらくカイルを心配しておろおろしているであろう兄アランを思い浮かべ、ふと笑った。


『リトル・ロビンから、スリーピー・グースへ。

 えーん、足を怪我しちゃったよ!

 聖アルドゥインの日に、山の麓の礼拝堂に助けにきて!』


 リトル・ロビンとスリーピー・グース。


 子どもの頃に母が、落ち着きのないカイルとぼんやりしがちな兄アランを揶揄ってつけたあだ名だ。


 続けてもう一通。


『バルモア領、ルーエンの村、司祭殿

 この二通の手紙を、グランフォード城の家令へお届け願いたい。

 無事に届けば銀を一粒、もしふたつめの安息日までに届いたなら、さらにもう一粒、領主家よりお礼申し上げる』


 バルモア領はグランフォード領と同じ宗派だ。

 司祭なら経路を持っているし、関所にも止められない。


 手紙の配達一回で銀二粒だ。

 司祭が更に誰かに託すにしても普通なら最速で届けてくれるだろう。


 カイルはあまり教会が好きではない。

 子どもの頃に散々脅かされたからだ。


 神を信じないと地獄に行くだとか、悪いことをすると鱗持ちになって人間の心がなくなるだとか、献金を惜しむと貧乏になるだとか。


 子どもの頃に母に嘘をついてしまった日の夜は、寝ている間に鱗が生えてくるんじゃないかと不安で泣いてしまった。

 個人的には、信仰ってそうやって得るものなのだろうかと、疑問に思う。


 教会は一応、慈悲の心を掲げている。

 ラタが訪れても大っぴらに虐げることはないと信じたい。


 手紙のインクを乾かしていると、外からラタが帰ってくる。

 魚を抱えたラタは荷物を下ろし、カイルの手元を覗き込む。


 薄い紙と、羽ペンと、インク。


 それらをじっと見つめ、納得のいかない声を落とした。


「……おれには、石だったのに」

「えっ? ごめん!

 こういうの興味あった?

 俺も、昨日思いついたんだよ。

 もう終わったから、あとラタが使って良いよ!」


 筆記具を渡されて試し書きをしてみたラタは、三秒で羽ペンを折ってしまい、「石の方がいい」と言って壊れた羽ペンを暖炉に捨てた。


 今日の夕食は小魚のスープ。

 ぶつ切りにした魚の鍋が沸騰してくると、細かく裂いた野草や乾燥ハーブの香りがたつ。


 火のそばで、鍋から漂う湯気に顔を寄せながら、ラタが振り向く。


「……また、ボタン、持っていくのか?

 もう紙はいらないのに?」

「俺の足が治るまでに、ラタが村に行くことがあれば、でいいんだ。

 今度は交換するんじゃなくて、渡すだけ。

 手紙と一緒に教会の司祭に渡してほしい。

 大丈夫。人間は、くれると言うものを、わざわざ奪ったりはしない」


 ラタは少し俯いてから、カイルに向き直る。


「分かった。明日、行ってくる」

「えっ? 明日?」

「また、ごはん、粥だけになるけど。それでもよければ」


 わざわざカイルのために一日を潰そうとしているのが分かって、カイルは断ろうとして、思い止まった。


(もしかして、カフリンクス奪られたの、気にしてるのか?)


 あれはカイルの思慮が足りなかったせいだ。

 だが罪悪感というのは理屈ではない。

 カイルは、あんなことでラタに罪悪感など感じてほしくなかった。


「……そんなに続けて村に行って、体力、しんどくない?」

「そんなに」

「そっか。……じゃあ、お願いしていい?」

「ん」

「ありがとう。助かる」



 翌日、ラタが戻ってきたのは、まだ日が高い時間だった。


「おかえり」


 カイルはラタの顔を見る。

 いつも通りの、仕事をして帰ってきた顔にほっとする。


「司祭様には会えたか?」


 ラタは頷いた。


「手紙ふたつと、ボタン、渡してきた」


 それだけで半分は目標達成だ。


「司祭様、どんな様子だった? 何か話した?」

「手紙の内容を知ってるかって聞かれた」


 それは聞かれるだろうと予測していた。

 ラタはおそらく嘘をつくことに慣れていない。

 だからカイルはラタに「通りすがりの金持ちに頼まれたと言え」と教え、手紙の内容は話していなかった。


「知らないって答えたら、嬉しそうに『そうか、そうか』って言って、くれた」


 ラタがポケットから出した包みを開く。


「わぉ。ビスケットじゃん」

「オーツケーキじゃないのか?」

「食べてみたら分かるよ」


 ラタはビスケットを何度か裏返して眺めてから口に入れる。

 黒い目が大きく開く。


「甘い……」

「だろ。多分司祭様のおやつだ。

 相当喜んでいただけたようで良かったよ。

 他に何か言ってた?」


 ラタはビスケットに持っていかれた意識を引き上げるようにして言う。


「これを預かったのはいつだって聞かれて、昨日、って答えた。

 そしたら急いでどっか行った」

「っしゃ」


 ラタは少し首を傾げる。


「いいことか?」

「うん。多分、手紙は十日以内にうちに届く」


 おそらく他の人間には黙ってひとりで行くつもりだ。

 司祭という職は現金収入が少なく、現金支出のたびにそれなりに苦労しているのだ。


 ルーエン村の司祭は善人かもしれないし、そうでないかもしれない。


 だがそれはどうでもいい。


 カイルはラタを見る。


「ありがとう。

 ラタのおかげで、きっと俺は、生きて家族のところに帰れる」


 ラタは小さく頷いた。


 カイルは東へ運ばれているであろう白樺の樹皮に思いを馳せる。


 リトル・ロビンからの手紙は、きっと届く。

 お城でおろおろと待っている、スリーピー・グースのもとへ。



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