奪われたカフリンクス
日が暮れる頃、ラタが村から帰ってくる。
ラタの背負子は麻袋でいっぱいになっている。
交換はうまくいったようだ。
だが、心なしかラタの表情が暗い。
カイルは作りかけの紐を置いて、寝台から身を乗りだす。
しばらくの沈黙のあと、ラタがぽつりと呟いた。
「……ごめん。ボタン、とられた」
胸の奥が、ひやりとした。
「紙がありそうなところ聞いて、行ってみたんだ。拾ったって言ったんだけど、盗んだんだろうって言われて……」
頭に一瞬で血がのぼる。
「――なんてやつ?」
自分でも驚くほどの低い――静かな声が小屋に響く。
「店の名前とか、分かる?
あ、いいや、調べる。村で貴金属扱うところなんか限られてるもんな。
無事に帰れたら必ず報いを受けさせる。
俺が、伊達にボンボンやってると思うなよ」
許さない。
ラタはそんな嘘などつかない。
貧しそうに見えるからといって、盗人だと疑うなんて。
どうしてくれようかと考えていると、困ったような声がした。
「……やめてほしい」
顔を上げると、ラタは目を伏せ、口を引き結んでいる。
「ボタンをちゃんと交換できなくて、悪かった。
……村と、揉めると、困る……」
その言葉で、カイルは理解する。
ラタは疑われたのではない。
ラタが村と揉めるわけにはいかないことを見越して、ただ奪われたのだ。――山の民が、銀製品を持つのは不相応だ、と。
更に怒りが湧いたが、それ以上に重たい後悔が押し寄せた。
「――ラタ」
喉が詰まる。
「ごめん、ラタ。
俺のせいで嫌な思いをさせた。
――ほんとにごめん……」
頭を下げるカイルに、ラタが不思議そうに言った。
「なんでおまえが謝るんだ」
ラタは背負子を下ろして、暖炉の鍋を見た。
昨日は罠に何もかかっていなかったので、今日の食事は、干し肉と野草を入れた粥。
干し肉自体はぼそぼそでとても美味しいとは言えないが、その強すぎる塩味が粥の調味料として優秀だ。
「……ごはん、できてる」
「あ、うん。入れて煮ただけだけど」
「助かる」
ラタが嬉しそうにしたので、カイルの心は少しだけ軽くなった。
夜、カイルは寝台で毛布に包まって考えた。
カフリンクスはもうひとつあるが、ラタに同じことを頼んでも、また同じ結果になるだろう。
ラタと二人で山で暮らすうちに忘れていた。
人間の中には、立場で人を測り、踏みにじっていい相手を選ぶ者がいることを。
考えてみれば別に紙に拘る必要はなかった。
書くものは布でも、それこそラタの祖父のように白樺の樹皮でもいいのだ。
だが配達は誰かに依頼するしかない。
見知らぬ相手に手紙を託すなら、相手の良心に依存しない方法を考えなくては。
そういう意味では今回失敗したことは寧ろ運が良かった。
手紙を誰かに託す前にそのことに気づけたのだから。




