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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山と、村と、白樺の手紙 §
13/24

奪われたカフリンクス


 日が暮れる頃、ラタが村から帰ってくる。


 ラタの背負子は麻袋でいっぱいになっている。

 交換はうまくいったようだ。

 だが、心なしかラタの表情が暗い。


 カイルは作りかけの紐を置いて、寝台から身を乗りだす。

 しばらくの沈黙のあと、ラタがぽつりと呟いた。


「……ごめん。ボタン、とられた」


 胸の奥が、ひやりとした。


「紙がありそうなところ聞いて、行ってみたんだ。拾ったって言ったんだけど、盗んだんだろうって言われて……」

 頭に一瞬で血がのぼる。

「――なんてやつ?」


 自分でも驚くほどの低い――静かな声が小屋に響く。


「店の名前とか、分かる?

 あ、いいや、調べる。村で貴金属扱うところなんか限られてるもんな。

 無事に帰れたら必ず報いを受けさせる。

 俺が、伊達にボンボンやってると思うなよ」


 許さない。

 ラタはそんな嘘などつかない。

 貧しそうに見えるからといって、盗人だと疑うなんて。


 どうしてくれようかと考えていると、困ったような声がした。


「……やめてほしい」


 顔を上げると、ラタは目を伏せ、口を引き結んでいる。


「ボタンをちゃんと交換できなくて、悪かった。

 ……村と、揉めると、困る……」


 その言葉で、カイルは理解する。


 ラタは疑われたのではない。

 ラタが村と揉めるわけにはいかないことを見越して、ただ奪われたのだ。――山の民が、銀製品を持つのは不相応だ、と。


 更に怒りが湧いたが、それ以上に重たい後悔が押し寄せた。


「――ラタ」


 喉が詰まる。


「ごめん、ラタ。

 俺のせいで嫌な思いをさせた。

 ――ほんとにごめん……」


 頭を下げるカイルに、ラタが不思議そうに言った。


「なんでおまえが謝るんだ」


 ラタは背負子を下ろして、暖炉の鍋を見た。


 昨日は罠に何もかかっていなかったので、今日の食事は、干し肉と野草を入れた粥。

 干し肉自体はぼそぼそでとても美味しいとは言えないが、その強すぎる塩味が粥の調味料として優秀だ。


「……ごはん、できてる」

「あ、うん。入れて煮ただけだけど」

「助かる」


 ラタが嬉しそうにしたので、カイルの心は少しだけ軽くなった。


 夜、カイルは寝台で毛布に包まって考えた。


 カフリンクスはもうひとつあるが、ラタに同じことを頼んでも、また同じ結果になるだろう。


 ラタと二人で山で暮らすうちに忘れていた。

 人間の中には、立場で人を測り、踏みにじっていい相手を選ぶ者がいることを。


 考えてみれば別に紙に拘る必要はなかった。

 書くものは布でも、それこそラタの祖父のように白樺の樹皮でもいいのだ。


 だが配達は誰かに依頼するしかない。


 見知らぬ相手に手紙を託すなら、相手の良心に依存しない方法を考えなくては。


 そういう意味では今回失敗したことは寧ろ運が良かった。

 手紙を誰かに託す前にそのことに気づけたのだから。



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