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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山と、村と、白樺の手紙 §
12/24

吊るしざる


 二日後、ラタが「明日は朝から村へ下りる」というので、カイルは荷造りを手伝っていた。


 棚に並ぶざるの中から乾燥できている薬草を選んで同じ大きさに束ね、それをさらに五束ずつにまとめる。


 ただでさえ小さな小屋は、野草を置くために棚から下ろした荷物でますます手狭になってしまっている。


(……俺がいるせいで余計に狭いんだよなぁ……)


 ふと視線が棚の上の梁へと移る。


 以前、航海中に見かけた光景が頭に浮かぶ。


「ねえ、ラタ。そのざる、縦に並べて、梁から吊るすといいんじゃない?」


 ラタは手を止め、黙ったまま持っているざるを見下ろした。


「……重ねたら乾燥しないし、草が傷む」

「違う違う。重ねるんじゃなくて、一つずつ間を空けるんだよ」


 カイルは指で空中に円を縦にみっつ描いてみせた。

 ラタはその指先を目で追い、それから梁を見上げる。もう一度ざるを見て、納得のいかない様子でカイルに視線を戻した。


「……そんなことしたら、ざるが斜めになって中身がこぼれるだろ」

「うーん、説明するの難しいな」


 カイルは寝台から足を下ろした。棚の隅に丸められている白い紐を見る。


「これ、使ってもいい?」


 ラタが頷いたので、その不揃いな紐と、壁際の空いているざるを手繰り寄せる。


「このざる使って、やってみていい?」

「いいけど、ざるは、壊れるとすごく困る」


 真面目な顔で釘をさされてカイルは手を止めた。

 ざるの縁に紐を結んで吊り下げようと思ったが、そこから折れてしまうかもしれない。


 少し考えて、カイルは短い紐をいくつか繋いで太い十字を作り、それをベースに粗い網を組みはじめる。


 ラタは少しの間それを見ていたが、時間が惜しかったようで、小屋の裏手に薪割りをしに行った。


 ぽつぽつと雨が庇を叩く音が聞こえ始める。

 薪を割る音がくぐもり、もう六月だというのに小屋の室温がぐっと下がる。


(外にいるラタは、きっと寒いだろうな……)


 カイルは時折、手や肩をほぐしながら、黙々と網を作った。


 船で見た網はもっと細かく整っていたが、素人の自分にそんなレベルを求めてはいない。要は、ざるが落ちなければいいのだ。


 ざるの底よりふた回りほど大きい網ができる。

 網の端の三箇所、だいたい正三角形の頂点のあたりを軽く束ね、吊り紐で縛る。

 上にざるを乗せ、慎重に紐の長さを整えて、ざるの上でまとめると、ざるのためのハンモックが完成した。


「これは、なかなかいい出来なのでは」


 自分の仕事に満足して、カイルはにやりと笑った。

 同じものをあと三つ、せっせと拵える。

 ハンモックの底に、別のハンモックの吊り紐を連結させれば、「吊るしざる」の完成である。


 足を庇いながら立ち上がり、ゆっくりと紐を引き上げる。

 四つのざるは水平を保ったまま、ふわりと持ち上がった。


「っしゃあ!!」


 何度か上げたり下げたりして、安定を確かめる。


 野草を盛っても安定しているだろうか。安定していろ。していてください、と手をこすり合わせてざるを拝む。


 後ろで物音がして振り向くと、薪割りを終えたラタが変人を見る目でカイルを見ていた。


「ラタ! ちょっとこれ見て!」


 得意満面で吊りざるを上下させる。

 吊られたざるが、ラタの目の高さで静かに揺れる。


「これなら場所も取らないし、床とか壁際より乾燥しやすいし、おまけにネズミも手が出せない。どう?」


 ラタは黙って宙に浮くざるを見つめる。


 指先で軽く突くと、それはくるりと回転した。


「……すごい。これ、いいな。金持ちは、頭いいんだなぁ」

「ブブー。頭の悪い金持ちは沢山いまーす。それにこれは、俺が発明したものじゃないよ」


 ラタは子どもが遊ぶように、梁に吊るしたざるを何度も突いて回す。


「……じいちゃんも、こういう、工夫するの好きだった、気がする」


 心なしかラタの声が柔らかくて、カイルは無性に嬉しくなってしまう。

 うっかり右足に体重をかけて痛みに蹲り、呆れた顔の家主に見下ろされる。


「……足」

「治す! 治します! ごめん、今のは失敗した!」


 吊るしざるが微かに揺れる下で、悶えながら、カイルは枕元の袋からカフリンクスを一つ取り出した。


「ラタ、面倒で悪いんだけど、村に行ったら紙とペンとインクを探してきてほしいんだ。難しかったら、紙だけでもいい」


 片方だけのカフリンクスをラタに差し出す。


「もし俺の足が治るまでにラタがもう一回村へ降りることがあれば、その方が早く手紙を出せるからさ」

「……おれがこんなの持ってたら、どうしたんだって聞かれる」

「山に落ちてたって言えばいいよ。初日に頑張って彷徨ったから、あの辺に落ちててもおかしくない」


 カイルを拐った連中はこれを奪っていかなかった。

 その時点で、やはり後ろに誰かいるのだと思う。


 カイルのカフリンクスには家紋が彫り込まれている。

 銀の装飾品は高価なものだ。

 それを扱うような商人なら、どこの家のものか特定できることも多い。


 グランフォード子爵家の者がバルモア伯爵領の山にいることは、カイルにとっては広まってほしい事実でも、犯人にとっては隠したい事実だろう。


「村の状況が分かんないけど、俺のいた町なら、これで余裕で足りる。

 もし他にも何かもらえそうだったら、ラタの好きなものに替えてくるといいよ」

「……塩でも?」


 てっきり自分用の筆記具か服などを望むかと思っていたカイルは首を傾げた。


「全然いいよ。塩、なくて困ってるのか?

 ……俺が使っちゃったから?」

「あれは、去年の残りだからいい。秋までに、もっとたくさん、いる」


 冬越えの保存食を作るのに塩が大量に必要なのだと、ラタは言った。

 春から半年かけて少しずつ交換していく。

 調味料として使うなどということは普段はしないということだった。



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