ショウ・コブラーの苦い祝杯
まあ、前に話した通り、私、ボン・カリー伯爵令嬢はもうすぐ結婚すします。
その前に、私の親戚について紹介しないとならないですわね。
私には三人の叔父さまがいる。
お父様は一人っ子なので、母方の三人の弟が叔父さまなのだけれども、母を含めて叔父さまたちコブラー男爵家の四兄弟はなかなか立場の難しい方々でした。
何せ父がやらかしたとはいえ、王族の血を濃厚に引いている『男爵家』だ。つまり、上手くすればその高貴な血を得家に入れ込めると思う馬鹿も多かった。ええ、子爵家以下ならその判断も間違えではない。
しかし、伯爵家以上はそんな博打のような真似を出来ず、自らの家門に爆弾を持ち込まないように通達していた。
そしてこれから語るのは、地位も与えられず、愛する婚約者とも別れを選び、それでも自らの家を守り続けようとした一人の男の話だ。
前述したとおり、母の生まれは少々独特だ。
ただ、そんな母や叔父たちを守るために奮闘した2人がいるのを知って欲しい。
1人はショウ・コブラー男爵令息。
本来ならばコブラー男爵家を継ぐべき母の叔父。私たちの祖父母がやらかしたために、継ぐべき男爵家も、決められていた婚約者も、確実に積み上げた友人関係も、一夜にしてすべて失った哀れな人。
でもね、私はこの大伯父さまを取っても尊敬しておりますの!
これはショウ・コブラーという私の大伯父さまのお話ですわ!
さて、はじまりは大伯父さまの妹、ヴェニソン・コブラー男爵令嬢が第一王子を籠絡したことにはじまります。
大伯父さまは王都の国王陛下主催の舞踏会で、第一王子が婚約者候補に『お前たちと結婚することはない!』と大々的に宣言成された事件の時、その会場に居られました。
ええ、妹の腰を抱いて、大々的に宣言なさる馬……第一王子に冷や汗をかきながら見ていたそうです。
その瞬間、隣に居た婚約者は父親に慌てふためいて連れて行かれ、友人たちは一気に距離を置いたのです。
そうして次期男爵という地位まで奪われた大伯父さまは失意の中、コブラー男爵領へ帰られました。そこで待っていたのは父から第一王子への強制的な家督受け渡し。第一王子が傍若無人にひいお爺さまと大伯父さまを離れに追い出し、妹と暮らしだしたそうです。
大伯父さまは時の国王陛下に御許しを願う手紙を何通も出したことが分かっております。
ええ、その涙にぬれた手紙は、現在でも司法裁判所の入口に飾られております。
『罪なき者に救済を』
大伯父さまが後に書かれたこの手紙を、司法官になられる方は何通もお読みなるそうです。この手紙を読んだ司法官の卵たちは王権・権力に屈してはいけないと心に刻むのです。
ちなみに、少し前に司法官になった長兄、ゴールデンお兄様は大伯父さまの手紙を読んで涙を溢されたらしいです。
さて、何通も、何通も、大伯父さまは手紙を書きましたが、残念ながら国王陛下からも、司法院からも返事はございませんでした。失意に暮れていくうちに、ひいお爺様は身罷られ、大伯父さまは一人ぼっちになってしまわれました。
ただ、悲しむ間もなく、自らが愛し、発展させるつもりでいたコブラー男爵領が荒廃していく。妹夫婦は全く仕事をしない。大伯父さまは一大決心をなさいました。元第一王子と妹に判を押させ、領地代行業務を請負うようになられました。
ええ、大伯父さまはコブラー男爵領を心の底から愛しておりました。
大伯父さまの手腕か、領民たちの努力か、どちらとは言えませんが、コブラー男爵領は豊かな地へと戻り始めました。
しかし、元第一王子は王族であった頃の暮らしから質を落とせず、妹も同じ基準を求めます。
あっという間にコブラー男爵家は火の車。そこで大伯父さまは二人が使う分のお金を制限し、それ以外は必要経費として残すようになさいました。使用人たちは当たり散らされ、残ったのは先代から残る使用人たちは忠誠心の高い者だけ。
大伯父さまはその使用人たちと協力して、どうにかコブラー男爵家を存続されました。
しかし、元第一王子という肩書は思わぬところで負の遺産を生み出します。
ええ、保証人なしで借金が出来てしまったのです!
何かあったら王家が補填してくれるだろうという、あくどい考え方ですが、この時には娘……つまりは私のお母様が生まれておりましたので、王族の血を引く娘を高く売れるという算段もあったのでしょう。
ただ、妹夫婦は全くと言っていいほど子供に関心が無く、大伯父さまは領地経営の傍ら、母や、叔父さまたちに最低限の教育を施していたそうです。特に母には『妹と同じ失敗をしないように』と令嬢としての常識も教えてくださったそうです。
ただ、大伯父さまが元第一王子の莫大な借金に気が付いたのは、お母様の学園への入学金がないと気が付かれた時でした。
大伯父さま絶望なさったそうです。
母をどうにか学園に入学できないかと伝手を辿りましたが、みんな門前払い!借りられる場所は犯罪組織のような裏社会ぐらいだったのです。
大伯父さまはそれでもお母様を学園に入学させようとしました。
大伯父さまは気が付かれていたのです。母の類まれなる美貌に……。ええ、私の次兄であるジャワお兄様はその血を色濃く受け継いでおります。その当時のお母様の美貌は危険であるからこそ、何としても学園に入学させて、正しい知識を付けさせて、高位の令息に嫁がせれば、この両親から逃げさせてあげられると思っていたそうです。
『伯父さま……入学金を二年かけて貯めましょう。ポールが学園を卒業しないとコブラー男爵家が存続できなくなります。それだけは避けないとなりません』
大伯父さまは母のこの言葉に涙を溢されたそうです。この時、大伯父さまが時の国王陛下に送られたのが、今なお、司法裁判所に飾られる『罪なき者に救済を』のお手紙です。
しかし返答などあるはずもなく、大伯父さまはお母様の入学を断念されました。
大伯父さまは諦めるわけにはいきませんでした。叔父さまたちは男であるから文官でも、なんとでも逃げ道がある。ですが、女である母はそうはいかないと、ひしひしと感じていたそうです。
そして大伯父さまは罵倒される覚悟で、ある教会に足を運びました。
そこは行き場を失った女性たちが最後に逃げ込む場所。その教会で大伯父さまはある女性とお会いになりました。
『……お久しぶりです、ショウさま』
シスター服に身を包んだその人、ルミエール・トローサシ元伯爵令嬢。藍色の髪と、ピンク色の瞳を持たれる小柄な女性です。大伯父さまの婚約者だったお方です。
ちょっと、あの、とっても元日本人の私は惹かれましたわ。あれ、そう言えば大伯父さまショウ……ユ……ええ、いけませんわ、話が脱線しますわ。
とりあえず、大伯父さまはルミエールさまと再会なさりました。
『ルミエール……婚約も無くなった平民同然の私に会ってくれてありがとう』
『何をおっしゃいますか!悪いのはショウさまではございません!それに、ここに逃げ込んだのは私の意志ですわ!』
そう、ルミエールさまは大伯父さまとの婚約が白紙になった後、60以上も年の離れた元公爵に後妻として嫁がされそうになり、家から逃げ出して教会に駆けこんだそうです。その時のルミエールさまは20歳。それから11年の月日が過ぎておりました。
『このままでは姪が無知のまま売られてしまう。私を憎んでくれても、罵ってくれてもいい……姪に教育を施してくれないだろうか?』
大伯父さまは土下座してルミエールさまにお願いされたそうです。ルミエールさまはふわりと笑われて、そして大伯父さまと同じく床に膝を付かれて大伯父さまと同じ目線になられたそうです。
『ええ、私も売られそうになった身。わかりましたわ、そのお嬢様の教育承ります……と、言いたいところですが……さすがに還俗しない訳にはいきませんね』
その言葉に大伯父さまはハッとなされました。ええ、その言葉を正しく訳すならば……。
『ルミエール……私には、今なにもない』
『ええ、私にもありませんわ』
『それでもいいのか?この先、苦労させることしかできない』
『分かっていますわ。それでも、あなたの隣に居たいというのは、ワガママでしょうか?』
『いや……ルミエール……男爵でもなく、継ぐ爵位もない……でも君を今も変わらず愛している。どうか私の妻になってくれ』
ルミエールさまはそのまま大伯父さまを抱き締めたそうです。
『ええ、その言葉を待っておりましたわ』
同じ教会のシスターたちは、大伯父さまとルミエールさまのその姿を見守られていたそうです。ええ、熱心に祈りを捧げ、それでもなお大伯父さまを思い続けたルミエールさまを皆さま、見守っておられたのです。
大伯父さまはすぐさまルミエールさまの還俗の申し出を教会に出しました。教会の方は大伯父さまの境遇を知っておられ、王家に対して憤りを感じておられました!……あと、元第一王子が男爵令嬢を勝手に『聖女』と称したこともありまして、王家と教会は完全に不仲になっていたという経緯もあります。
どうにもできないが、せめても!という当時の教皇様がルミエールさまの還俗をお認めになりました。
ええ、この還俗されたルミエール・トローサシ……ことルミエール・コブラーがお母様と叔父さまたちを守ってくださったもう一人です。
大伯父さまとルミエールさまは身内が一切居ない、たった二人で結婚式を上げたそうです。幸いにして、ルミエールさまの所属した教会の皆様が祝福を送ってくれました。司祭様から祝福の言葉と、ルミエールさまと苦楽を共にしたシスターの皆さまが集めてくださった野花のブーケ。ヴェールの代わりに、白い布を刺繍したものをお送りくださったと聞いております。
教会の皆様に祝福された大伯父さまとルミエールさまはコブラー男爵領へ参りました。
ルミエールさまが目の当たりにしたのは、子供たちの絶望した目だった、と伺っております。
学園時代、ルミエールさまは事あるごとに、私たちの祖母……名前も呼びたくないので祖母としておきます。祖母に令嬢の在り方をご注意なされていたそうです。そうして今は、男爵夫人としての在り方を解かれたそうです。
しかし、全く聞く耳を持たない祖母。
これ以上は言っても無駄だと気が付かれ、子供たちを全員、大伯父さまの住まわれる別邸に連れ帰りました。ええ、お母様、叔父さまたちを一気にお引き取りになりました。
全く教育されていない四兄弟を養育することになったルミエールさまは大変だっただろうと、母は話しておりました。
特にお母様に関しては祖母の件もありましたので、人一倍、厳しいマナー、一般常識、基礎教育を施したとのことです。母は、『厳しいと思ったこともあるけれども、今、伯爵夫人として何一つ不自由なく生活できるのは伯母さまのおかげだわ』と懐かしそうに笑っていました。
お母様は学園を卒業なされていなですが、上位貴族との茶会でも全くと言っていいほど粗雑さを感じず、むしろ母をお手本とする令嬢も居られるくらいです。そう考えると、ルミエールさまの教育というものが、どれほど素晴らしいかよくわかると思います。
こうして大伯母様が根気よく、マナー、常識、知識と教え込んだおかげもあり、四兄弟とも素晴らしい人間へと成長しました。
ルミエールさまがコブラー男爵家領においでになってから二年後。私の叔父、ポール・コブラー男爵令息が学園に入学なさりました。
入学金もギリギリなため、誰一人王都に付き添いできない状態であったそうです。
ただ、屋敷を出るときにポール叔父さまはルミエールさまからかけられた言葉が今でも心に残っているとのことでした。
『ポール。貴方の言動が、コブラー男爵家を左右します。貴方が素晴らしければ、姉であるアイリスにも良き話が来ます。貴方のような子供に我が家の運命を背負わせるのは酷と分かっております。ですが、未来を掴んでくるのですよ』
ポール叔父さまは、ルミエールさまから痛いほど強く抱きしめられたのを忘れられないそうです。また、ルミエールさまはポール叔父様が苦労しないように知っている限りの友人に手紙を送りました。
この手紙が、母たちを救う一手でもあったと言っておきましょう。
ポール叔父さまは学園生活を始めたところ、まずはその優秀な成績と、真面目な人柄で多くの友人を得ました。その中には高位令息もいれば、目を掛けてくれる先輩もいたそうです。
私の親友、サラの父親、グラン・ダポテート伯爵……当時は伯爵令息ですが、グランさまもその一人でいらっしゃったそうです。
ルミエールさまが送られた手紙で、ポール叔父さまが真面目な少年であると半信半疑であった大人たちも、ポール叔父さまの人となり……何よりも貧困生活を送りながらも廃れずに、しかも学年主席を取ったポール叔父さまに誰もが協力したくなったのです。
……まあ、その裏に『優秀な人材を青田買いしたい』という大人の事情もありますが、そこは純粋に善意だけを見ておきましょう。
ポール叔父さまの態度に大人たちは文官の雑務など、積極的にポール叔父さまがお金を稼げるように協力してくださったそうです。ポール叔父さまはその自分の稼いだお金で、コブラー男爵家へ帰省しようと考えていたそうです。
ところが、進級間際の長期休みの寸前に届いた手紙は、ポール叔父さまを絶望の淵に突き落とされました。
お母様が15歳、
ポール叔父さまが13歳、
ペコロス叔父さまが7歳
キャロット叔父さまが5歳。
これだけ聞けばまだ幼い……親にも甘えたいばかりの頃でしょう。
祖母……お母様やポール叔父さまたちからすれば母でありますが、祖母がやらかしました。
なんと、大伯父の金を盗もうと、別邸に忍び込んだのです!
別邸に保管されていたお金はペコロス叔父さまやキャロット叔父さまの為の入学金!たまたま屋敷に居られたルミエールさまは必死でそのお金を守られたそうです……。
しかし、祖母と奪い合いになった時、運悪くルミエールさまは階段から落ちられてしまったそうです。
頭を打ち、そのまま意識が戻らない……生きる屍となられてしまわれました。
『私は悪くないわ!お金を渡さないルミエールが悪いのよ!』
祖母はそう叫んだと言います。大伯父さまは祖母と酒の溺れる元第一王子……祖父を屋敷に軟禁することで事態を納めようとしました。しかし、そこにのしかかるのはルミエールさまの看病するためのお金、ポール叔父さまの学費、そしてペコロス叔父さま、キャロット叔父さまの入学金と学費。
大伯父さまは絶望なさったそうです。最初の一週間ほどは食事も喉を通らず、茫然自失となられたそうです。
ただ、大伯父さまを現実に引き戻したのはお母様をはじめとする姪甥たちだったそうです。ペコロス叔父さまがスープを持って毎日、毎食、大伯父さまのところで、なんとかご飯を食べさせようとスプーンで口にスープを運んでいたそうです。
ハッとなさった大伯父さまは泣きながら自分にスープを飲ませるペコロス叔父さまを見たそうです。また、子供たちが絶望の顔に戻られているのに気が付いた大伯父さまは慌てるようにルミエールさまの寝室に向かったそうです。
そこでは小さな体で、なんとかルミエールさまを看病しようとしている姪……私のお母様の姿。
ベッドサイドに置かれた手紙はポール叔父さまからのものでした。
『学費は自分で何とかします。僕の学費はルミエール伯母さまの看病に当ててください。大丈夫です。事情を説明して、仕事を沢山もらいました。』
ポール叔父さまの手紙には涙の痕もあったそうです。送られてきた手紙の質も、市民が使うレベルでも、最安値に近い紙質でした。
大伯父さまは涙が零れたそうです。
『大丈夫ですわ、ショウ伯父さま……ルミエール伯母さまはまだ生きています。私が看病いたしますわ。』
そう母が泣きそうな顔で笑ったのを見て、絶望している暇はないと、大伯父さまは決心なされたそうです。
『アイリス……あと五年耐えてくれ……五年経てばポールが学園を卒業する。お前の父の『男爵の継続不可』を申し出て、ポールにコブラー男爵を継がせる。そうすれば、お前の両親を病院に送ることが出来る。それまで耐えてくれっ!』
大伯父さまは強い視線でそう言われたそうです。
『……伯父さま……ルミエール伯母さまをこんなことにした両親が、私は許せません。ええ、耐えますわ。五年ぐらい、耐えてみせますわ』
そう言った母の目にも涙が浮かんでいたそうです。
大伯父さまは着実に、祖父の『男爵にあるまじき』証拠を集めておりました。そう言った積み重ねが祖父を破滅に追い込み、ポール叔父さまの光になると信じて。
ただ、大伯父さまは必ず朝と夜に眠るルミエールさまを見に来られたそうです。あまり得意では無いのですが、回復魔法をお持ちになっていた大伯父さまは朝に魔法を掛けてお仕事に行かれ、夜はその藍色の髪を櫛で梳かれていたそうです。
『今日はポールから手紙が来たよ』
そうやって日々のことを話しかけ続けていたそうです。
そんな必死な毎日に大きな変化が訪れました。
ええ、我が父コクマロ・カリー伯爵令息が、母アイリス・コブラー男爵令嬢に求婚いたしました。大伯父さまは驚かれたそうです。
何せ『法の番人』と名高いカリー伯爵家の一人息子が、よりによって罪人の娘でもあるアイリスに求婚。
大伯父さまは慎重に父を見極めようとしたらしいです。
ただ、母を無理やり手籠めにしようだとか、そう言った雰囲気は一切無く、父は母に寄り添おうとするのが分かっておりました。
『ルミエール……アイリスに求婚する令息が来たんだよ。カリー伯爵家の令息だ……びっくりだよね……ポールの評判からアイリスを知ったんだって。君が言った通り、努力したポールの評判が、良縁を呼んだ……私も、最期の仕事をしないとね』
大伯父さまは最期の博打を打つことにしたそうです。
この頃に王家が祖父母の借金返すことはないと通達が回りました。
ええ、大伯父さまが送った手紙で王家は慌てふためいてその通達を出されたそうです。
大伯父さまの読み通り、借金取りがアイリスを借金の肩にしようとしに来ました。同時に司法裁判所へ『コブラー男爵への告訴状』も送りました。
どうか、子供たちに負の遺産が行かないように……そう願っていたことでしょう。
読み通り、コブラー男爵は夫人とともに人身売買に関する法律違反で捉えられ、アイリスを安心して任せられる令息が来た。
お母様がお父様の腕の中で泣く姿。大伯父さまが初めて見た母の涙だったそうです。
それを確認した大伯父さまは別邸に静かに帰られたそうです。
『ルミエール……こんな不甲斐ない男でごめんな。ただ、子供には『負の遺産』は残さないでおきたい……一緒に逝こう』
元々小柄だったのにさらに軽くなったルミエールさまを大伯父さまは軽々抱き上げそうです。別邸の裏。男爵領の広大な麦畑を望める崖。金色の麦が凍てつく寒さの中、強く伸びていたそうです。
『借金を返すために年に二回の麦の収穫……領民たちには苦労を掛けたね。もうこれで終わりだ。』
大伯父さまが一歩、また一歩とその崖に進んでいたそうです。その瞬間に、ドンッと腰にしがみつく感覚が来ました。続けて、ドンッ、ドンッっと二回。
驚きながら見れば、必死に抱き着いているポール叔父さま、ペコロス叔父さま、キャロット叔父さまがいるではありませんか!
大伯父さまが驚かれていれば、崖と大伯父さまの目の前にお母様が立ちふさがったそうです。両手を広げて、涙を流しながら。
黄金の髪が風に流されて、麦畑の色と同化する様子に、大伯父さまはハッと息を呑まれたそうです。
『伯父さまが、居なくなったら、私の、バージンロードは誰が、歩くのですか』
お母様の声は本当に震えていたそうです。それでもお母様は両手を広げて、前に行かせまいと泣きながら大伯父さまを見ていたそうです。
『伯母さまを連れて行ったら、誰が、私にヴェールを掛けるのですか!』
我が国では花嫁は母親からヴェールを貰い、父親に手を引かれて花婿の所に連れて行かれます。母の言葉に大伯父さまは膝から崩れ落ちて泣いたそうです。
でも、奇跡って言葉は、この後にありました。
『そうよ……ヴェールを、編まないと……』
かすれる声が響きました。大伯父さまは恐る恐る自分の腕の中を見ました。ピンク色の目がゆっくりと開くのです。
この瞬間、コブラー男爵家の人たちはみんな止まることのない涙を流しました。
『お帰り……ルミエール』
大伯父さまはこの日ほど、神に感謝した日はないとおっしゃっていました。
目を覚まされた大伯母さまですが、昏睡している間、皆様の語りかけが耳に届いていたそうです。ただお母様のヴェールを自分が掛けないと!と思った瞬間、目が冷めたらしいですわ!
お医者様のお話ですと、毎朝大伯父さまが掛けられた回復魔法が徐々に大伯母さまを回復されたのではないか?とのことでした。
大伯父さまやお母様たちが諦めなかったことが奇跡を呼び起こしたのかもしれませんね!
まあ、それからにつきましては我が父、カリー伯爵が……当時は伯爵令息ですが、もう言うなれば無双です。
ええ、前述しておりますが、王家から迷惑料、見舞金、あとは持参金?色々引き出しますわ、一番すごいのは祖父母を送り込んだ場所ですわね。一生出られないという強制労働の鉱山。借金は本人たちに完済させるようになさったそうでして、母たちや大伯父夫婦には一切かかわりが無いように手続きをなさいました。
ええ、この間、大伯父さまは開いた口が塞がらなかったらしいです。お父様の手際の良さに。
ああ、大伯父さまだけでなく、ポール叔父さまは自らも司法官なこともあって、お父様が次々に荒探しをして王家に対して賠償金を増やしている様子に思わず『あの、王家に恨みでもあるのですか?』と聞いてしまったそうです。
どちらかというとその言葉はポール叔父さまが聞かれるべき言葉なような気がします。
ついでに先王陛下……当時の国王陛下ですが、大伯父さまの処遇を聞き、自分の兄が1人の令息の未来を奪った現実を知りました。まあ、市民からの抗議やデモも凄かったこともあって、大伯父さまに『準男爵』をお与えになりました。一代限りのものではなく永代のものです。
ちょっと、聞きたいのですが、そのデモって誰が……ええ、知らない方がいいこともありますわね。たた、お父様は懐に入れた人間をとことん守られる方です。その中に大伯父さまと大伯母さまも入っていた、と言っておきましょう。
現在はお母様の弟、ペコロス叔父さまがコブラー準男爵をお継ぎになりましたが、大伯父さま……こと『清廉なるコブラー準男爵』というお話は巷で語り継がれております。
私が生まれてすぐに天に逝かれてしまった大伯父さま。亡くなったのはベッドの上で、穏やかな顔で大伯母さまに手を握られながら旅立たれました。
先日、三男のバーモンドお兄様の結婚式を見届けた大伯母さまも、旅立たれました。
「麦畑に向かって墓石が立てられているのだな」
そう呟かれたのは私の婚約者で、もうすぐ旦那様になられるノーザン・ルビー公爵令息。ノーザンは崖にポツンと二つ建てられた墓石を見て、その後ろに広がる広大な金の麦畑を見た。
「ええ、大伯父さまと大伯母さまがお守りなった場所をずっと見守られるようになさったそうです。」
「綺麗な場所だ」
そう言ったノーザンは百合の花束を各々の墓石に置いた。
「初めまして、コブラー卿、コブラー夫人。この度、お二人のお孫さんと結婚することになりましたノーザン・ルビーと申します。お二人の功績は今の世でも語り継がれております」
堅苦しい挨拶をするノーザンだが、思わず私は笑う。
「ふふっ、大伯父さま、大伯母さま、カッコいいでしょう?私の旦那様!大伯母さまが作られたヴェールは花嫁衣装の後ろのレースに使わせてもらいましたわ!」
「まて、ボン。私の挨拶が終わっていない!?」
「気になさいませんよ!私が幸せなら、お二人とも笑ってくださいますわ!」
ちょっとだけ母の結婚式の前後の話に戻ろう。
ルミエールさまは勘当状態でありましたが、兄上とは仲が良かったそうです。それに、ルミエールさまの兄上は大伯父さまと学園の親友同士。家督を父親から奪い取ったルミエールさまの兄上が一番に手を付けられたのはルミエールの籍をトローサシ家にお戻しなり、そこからコブラー家に嫁がれたことになさったそうです。
なので、現在もトローサシ家とは仲良くさせていただいております。
しかしトローサシとはなんともまあ……美味しそうな……失敬。
清廉なる準男爵ショウ・コブラー。
慈愛深き準男爵夫人ルミエール・コブラー。
……光り輝くトロの刺身と醤油。
お酒に合う大人なお味ですわ!
ああ、でもマグロ出汁と醤油と考えて、お母様と叔父さまたち
――家族で揃えば肉じゃが、とっても家庭の味ですわね!
【本日のお品書き】
1、家族みんな大好き肉じゃが!
2、大人の時間にトロの刺身を熟成醤油で一杯!




