ジャワ・カリーと夏野菜
知っての通りボン・カリーには三人の兄が居る。
そして他の兄たちの婚約者と元婚約者候補たちもまた、何というか、美味しいのである。
今度は次男を紹介しよう。ジャワ・カリーお兄様は24歳の文官。金色の髪は私と同じですけれども、サラサラのストレート。文官のお仕事が忙しすぎて、髪の毛を伸ばしたままにされているのですが、それがまた、人気になってしまうのです。切れ長の目は鮮やかな緑色の瞳。
まあ、我がカリー伯爵家の一番の美形です。
そんなジャワお兄様はちょっと、元婚約者候補たちの系統が違います。
ジャワお兄様はある家の4姉妹から猛烈アタックを受けておられました。
それがサウスフライ伯爵家でありました。
4姉妹は誰がサウスフライ伯爵家の家督を継ぐかで揉めていたそうです。
え?誰が継ぐって、ああ、失礼。誰に継がせるかでもめていたそうで、誰も継ぎたくなかったそうです。
ところがそこに現れた優秀な文官。美形。ついでに家同士の結婚としても有益!
4姉妹は次兄を落とした人間が妻ともなり、サウスフライ伯爵家を継ぐということになったそうです。
長女のオニオン・サウスフライ伯爵令嬢。辛口なお姉さまで、亜麻色に近い金のサラスト髪と、緑の瞳が美しいボンキュッボンのお姉さま。はっきりと話されるとても快活なお姉さまです。家庭教師としても優秀で、彼女に指導されたい令嬢はひっきりなしとか。
次女がパンプ・サウスフライ伯爵令嬢。ゆったりとした口調で喋られる少しオレンジっぽい金髪に、緑色の瞳のこれまたボンキュッボンのお姉さま。とってもおっとりされた方で、他3人のお姉さまたちに比べると、積極性の無いかたでした。
三女がズッキー・サウスフライ伯爵令嬢。金髪というよりはシルバーブロンドの髪と、緑色の瞳で、これまたボンキュッボンのお姉さまです。銀縁メガネが非情に魅力的です。こちらはジャワお兄様と同じ文官で、会計関連のお仕事をされる才女であります。特に計算には強いらしく、日々、数字の合わない書類をビシバシ精査されているお姉さまです。
四女がナスビ・サウスフライ伯爵令嬢。姉妹で唯一の紫の艶のある黒髪に、緑色の瞳を持つ、姉妹最大のボンキュッボンのお姉さまです。こちらはモード商として活発に活動されるお姉さまです。
まあ、今の説明で何となく、察していただけたでしょう。
ジャワお兄様はパンプ・サウスフライ伯爵令嬢と結婚なさいました。
聞けば、姉妹たちはジャワお兄様をパンプさまがずっと想っていたのを知って、姉妹揃って一芝居を打ったらしいです。
なんという姉妹愛でしょう!
まあ、皆様、領地が田舎過ぎるサウスフライ伯爵家を継ぎたくなかったらしく、それも相まって、必死だとか?
ジャワお兄様はパンプさまを最初から気に入っていたらしいですが、何せ避けられるので、物凄い落ち込んだとか……。
まあ、そこはサウスフライ伯爵家の姉妹たちが、ジャワお兄様に発破をかけて、パンプさまとのデートを仕組んだり、一緒に食事をさせたり、ナイスです、サウスフライ伯爵家のお姉様方!
まあ、最後はジャワお兄様が花束と指輪を持って求婚。
持っていった花はパンプさまが好きと言ったチューリップの花束で、ジャワお兄様の苦労と、サウスフライ伯爵家のお姉さま方の連係プレーでパンプさまを落としました!
ついでなので、この夏野菜……。げふん、げふん。
魅力的なお姉さま方がどうなったかご紹介いたしましょう。
まず長女のオニオン・サウスフライ伯爵令嬢ですが、家庭教師として働いていて参いりました。
その中で受け持ったのは幼くして母を無くした、3歳のコンソメ・ブイオン公爵令嬢。3歳のお子様は母もなく、父からは興味を向けられないというお寂しい生活を送られておりました。
ましてや、そのお父上が求められる勉強内容が3歳の子供に課すには高度過ぎるのです。
オニオン様はお嬢様のコンソメ・ブイオン公爵令嬢の扱いに怒り、烈火の如き勢いでブイオン公爵に直談判。
『情操教育も終わっていないのにこんな知識だけ詰め込ませるようなことをすれば、将来コンソメお嬢様は人の痛みを知らない冷酷な大人になります!貴方は子供が勝手に育つものだと思っているのですか!』
あまりに苛烈な言葉だと思いますが、コンソメ嬢のお父上フォンダン・ブイオン公爵様には目から鱗となったそうです。
そしてご自身が『冷酷人形』と呼ばれたのはこの教育方法が問題だったのでは?と考えるように……。そこから不器用ながらもコンソメ嬢と親子の愛情を少しずつ育みだしたのです。
ただ、そうなるとコンソメ嬢は父を変えたオニオンさまを『母』と呼びたいと考えます。3歳児って凄いですね。屋敷中の人間を味方につけて、オニオンさまとブイオン公爵をくっつけようとしはじめました。ブイオン公爵も自分の感情というものが育ち始めてオニオンさまに心を向けられ始めたそうです。
ちょうどその時期にジャワお兄様との婚姻話が急浮上!ジャワお兄様!いい仕事ですわ!
オニオンさまは帰るたびに楽しそうな笑顔を浮かべるので、気が気でなくなるブイオン公爵、とブイオン公爵邸の皆様。
コンソメ嬢はこうなったら!とオニオンさまに『結婚なさるの?』と悲し気な表情で尋ねます。するとオニオンさまは笑いながら事情をお話しされました。妹のためと知ったブイオン公爵と使用人たちはホッとしたとも束の間、オニオンさまは爆弾を落とされます。
『まあ、妹の婚姻がまとまりましたら、どこかの商家の後妻にでもなろうかと……。つきましてはご紹介願えませんか?』
まさかのまさか、ブイオン公爵に見合いの斡旋を頼むではありませんか!ブイオン公爵、その場でプロポーズをなさり、全くその考えが無かったオニオンさまは驚きすぎて淑女にあるまじき顔をなさってしまったとか……。
そこから始まったフォンダン・ブイオン公爵の猛攻にオニオンさまは最終的にどろどろに煮込まれてしまわれました。ブイオン色に染まりましたね、オニオンさま。
コンソメ嬢のアシストもありオニオンさまはブイオン公爵夫人となられました。
現在は公爵夫人の傍らあちこちでマナー教師の講義をしておられます。
もう、ブイオンとオニオンって、美味しいしか言えないですね!
続きまして三女のズッキー・サウスフライ伯爵令嬢。
彼女は文官として、日々数字とにらめっこして会計の誤差ないか目を光らせる毎日を送っておりました。その忙しい中、騎士団の会計金額が合わないとイライラしている所に、影が掛ります。見上げれば、申し訳なさそうに立っている騎士がいました。
『申し訳ありません。部下が書類を1枚出し忘れていたそうです。』
頭を下げて謝ってきたのは魔法騎士団の副団長様。渡された書類を確認するれば、頭を悩ましていた数字が一致して、ホッとしました。
『大変申し訳ない』
『いえ、遅れてでも出してくださってありがとうございます。』
ぶっきらぼうであありますが、そう返事したそうです。ジャワお兄様の話ですが、そういう時に書類を勝手に破棄される騎士は多いらしく、特にズッキーさまの会計部署ではその証拠隠滅に泣かされることが多々あるそうです。イライラしてはいましたが、持ってきていただけるだけありがたい、とのことでした。
ただ、何故か副団長様はズッキーさまをじっと見つめて帰ろうとなさいません。計算する手を止めずズッキーさまは尋ねたそうです。
『なにか?』
『いや、怒られると思ったので、少々驚いた』
『持ってきてくださっただけましです。』
『そうか……。お詫びと言ってはアレだが、食事でもどうだ?』
『いえ、仕事ですのでお気になさらず』
まあ、こんな感じで始まったそうですが、それから副団長様はことあるごとに会計室を訪ねてはズッキーさまを食事に誘うそうです。加えて、彼のおかげで、騎士団からの書類が抜けていても、謝りつつ持ってきてくれるようになりました。
聞けば魔法騎士団の副団長様が『誠意をもって謝れば怒られないからちゃんと持っていくように』と通達してくれたそうだ。
そうなると同僚たちは食事を断られ続ける副団長様の方を哀れに思ってくるようになります。それもそうです、彼のおかげで、会計室の文官は定時に帰れることが多くなったからです。一回ぐらい行ってあげたらどうだ?と同僚たちはズッキーさまを説得するのです。
確かに余裕が出来た……。と渋々、食事に行くことを了承されたズッキーさま。
その時の副団長様はとても嬉しそうに笑われていたとか……。
その副団長は烈火のように燃える赤髪と、太陽のように明るく光る金の目。屈強な夏の男のような副団長様がフロマージュ辺境伯爵家のポモドーロさま【チーズ・トマト】。
それからことあるごとに食事に誘い、少しずつ距離を縮めたポモドーロさま。1年かけてやっと軽口を叩き合えるぐらいの友人になったところで、またまたジャワお兄様が良き仕事を成されました!
ええ、ええ!ジャワお兄様との婚姻話です!
ポモドーロさまは焦ったでしょう。何せ、毎週、毎週、楽しそうに実家に帰られるズッキーさま。ちなみにジャワお兄様は睨まれて背筋が伸びたとか?ズッキーさまはお姉さまの恋路を本気で応援されておりまして、上手くいけばウキウキで帰ってくる。
ただ、気が気ではないのはポモドーロさまとズッキーさまの同僚の方々。
ズッキーさまはルンルンで、乙女の顔をして帰ってくるのです。
痺れを切らせたポモドーロさまが壁ドンからの告白!
会計室の同僚の皆様は思わずガッツポーズ!
ズッキーさまはそんな風に見ていなかった!と脱兎のごとく逃亡!
そこからポモドーロさまが粘りに粘りまして、ズッキーさまが柔らかくなるまで真剣に口説いて、お二人は婚約成されました。
お二人はその後ご成婚!フロマージュ辺境領の最高級レースで作られた花嫁衣装はもう、俺のもの!感満載だったとジャワお兄様が遠い目で言っておられました。今ではポモドーロさまとジャワお兄様は飲み友達だそうです。
ポモドーロさまがフロマージュ辺境伯爵を継ぐと同時にお二人はフロマージュ辺境伯爵領に移り住まわれております。王都の会計室と魔法騎士団は泣く泣くお二人を見送ったそうです。お仕事、頑張ってください。
ズッキーさまはフロマージュ辺境伯爵領で、ポモドーロさまの補佐……と言う名の領地改革に励んでおります。
トマトでじっくり煮たズッキーニにトロトロチーズがけ……美味しいに決まっているよね!
さて、大トリは四女ナスビ・サウスフライ伯爵令嬢。モード商として働いていた彼女はまさかのまさかで、超大物を釣り上げられました。
なんと我が国の王弟殿下であるリガトーニさまです。王弟と言われましても、先王の末っ子で、国王陛下とは異母兄弟で年齢も20離れておる方です。
ちなみに、26歳で王太子殿下と同じ年です。
リガトーニさまは金髪のストレートツンツン頭の、赤っぽい茶色い瞳を持たれるお方で、いつも張り詰めた表情をなさっているイメージです。
さて、何故ナスビさまが見初められたかというと、リガトーニ王弟殿下の実母様がやらかしました事件が発端でした。先王の最期の寵姫であり、まだお若い前側妃さまはまあ、リガトーニ王弟殿下を秘かに国王陛下したいという野心がございました。
リガトーニ王弟殿下にそのお気持ちはなく、むしろ王太子殿下の御代を捧げるおつもりでいたにもかかわらず、やらかす自分の母親。ええ、その立場であられたらぶち殺したくなりますね……。おっと口が悪うございました。
ちょうどその頃、王太子妃殿下のドレスをモード商として彼女が仕立てていたナスビさま。
ナスビさまは王太子妃殿下命を受け、国家プロジェクトに近いドレスの仕立てを命じられました。エキゾチックな異国の衣装はわが国では少々過激に見えてしまいます。しかし、レースや布などはわが国とは比べられないほど質が良いのです。
王太子妃殿下はその布を使い、わが国の女性たちが身に付けやすいデザインとすれば、新たな産業となって、両国の交流となると考えたのです。ナスビさまはその王太子妃殿下の意気込みに共感され、自分のデザイン、工房、お針子、お抱えデザイナー、全てを駆使して最高の逸品を作り上げました。
まあ、出来上がったドレスの美しいこと!
ただ、面白くないのは王弟殿下のお母さまであられる元側妃さま。
侍女たちやメイドたちがことあるごとに出来上がったドレスの美しさを語るので、それを見に行こうとしたところで、王太子妃殿下の侍女たちに止められます。癇癪を起しますが、最終的には王太子妃殿下の護衛騎士に側妃さまの住まわれる離宮へ連れ帰られます。
ただ、側妃さまは怒りが収まらず、あることを決行することにしました。
あろうことか、王太子妃殿下のドレスを異国の王子がいらっしゃるその日に汚そうとされたのです。
異国の使節団がいらっしゃる日、異国の王子をはじめとした皆様方は王太子妃殿下の両国の架け橋となるドレスを見るのを心待ちにされておりました。誰もがその素晴らしいドレスが両国の絆となると分かっていたのです。
ただ、そのドレスを纏い、会場に向かわれる王太子妃殿下の前に側妃様が立ちふさがれました。
そこで側妃さまが王太子妃殿下に投げつけたのは赤い液体。誰もが動けない中、その真っ赤な液体を被ったのはナスビさまでした。
ナスビさまも、周りに控える侍女のご令嬢たちも王太子妃殿下の意図をくみ取り、皆揃えて架け橋のドレスを纏われておりました。
王太子妃殿下の逸品に比べれば安いかもしれませんが、量産体制が整っていない完全オーダーメイドの一級品。その高価なドレスをナスビさまは迷うことなく自分の御身体ごと犠牲になされました。
『王太子妃殿下のドレスはご無事ですか!?』
身を挺して王太子妃殿下のドレスを守れたナスビさまは真っ先にそう叫んだそうです。真っ赤な液体は家畜の血あったそうで、匂いも凄かったとか……。
『王太子妃殿下、会場にてこちらのドレスのお披露目にお付き合いできず申し訳ございません。ですが、王太子妃殿下ならば、私が説明せずとも、このドレスのすばらしさをお伝えいただけると信じております』
真っ赤な血に染まった架け橋のドレス。その状態で綺麗なカーテシーを見せたナスビさまに、王太子妃殿下も侍女の皆様も表情を引き締めます。
優雅な足取りで皆様が会場に向かいます。
ドレスを汚すことを諦めずに暴れようとする側妃さまを騎士の皆様が取り押さえます。
そこへ騒ぎを聞いた王弟殿下が訪れました。自分の母親の愚行を聞いた王弟殿下は母を離宮ではなく、牢に入れるように指示をしました。側妃さまは酷い言葉を散々王弟殿下に投げつけましたが、王弟殿下は冷たく自分の母親を見ていたそうです。
同時に母の愚行を防いでくれた令嬢に感謝と、尊敬の念があふれ出しました。真っ赤に染まってしまったドレスを纏いつつも背筋を伸ばされている姿に王弟殿下は感激したとか……。
王弟殿下は血まみれのナスビさまを汚れるのを気にすることなく、姫抱きで王妃様の所へ連れて行き、着替えを頼むのでした。
王弟殿下はそのまま実母であられせられる側妃さまを修道院へ即刻追放。
側妃さまを騙して甘い蜜を吸おうとしたものたちを粛清の後、自らも王位継承権を放棄なさい臣籍降下いたすことになりました。元々妃さまは公爵家の令嬢でしたので、その家も没落することとなり、領地は王弟殿下が引き継がれることになりました。
王弟殿下は名を改められ、リガトーニ・ボロネーゼさまとなられました。
その際にリガトーニさまが一つだけワガママを通されました。本来であれば、中央に近い家柄から嫁を取って、安定させるべきなのでしたが、リガトーニさまが妻に臨まれたのがナスビさまでした。
ナスビさまは青天の霹靂だったそうです。
しかし周りはリガトーニさまの選択を大歓迎!
皆様、ナスビさまが架け橋のドレスを守られた勇敢なご令嬢だと知っていますし、何より、彼女の勇気が、リガトーニさまの決意にも繋がりました。
特にリガトーニさまと仲のよろしい王太子殿下と、ナスビさまと仲がよろしい王太子妃殿下のご夫婦は猛プッシュだったとか!
現在、ナスビさまはご成婚なされて、社交界の流行を作り出される公爵夫人となっております。
ナスのボロネーゼって感じ全勝利ですね。美味しいに決まっています。
正直に言えば夏野菜ハーレムのジャワカレーも捨て難かったですが、ジャワお兄様はそう言うことが出来ない人ですので諦めます。姉妹愛は今でも健在です。
【本日のお品書き】
1.甘さ抜群、トロ甘カボチャのジャワカレー
2.オニオンたっぷりのとろけるコンソメスープ
3.トマトでじっくり煮込んだズッキーニのとろ~りチーズがけ
4.トロ旨ナスのボロネーゼとショートパスタ