4 アップルタウン①~死体探し編~
暗い酒場の隅の席で一人の男が酒を飲んでいた。身長は190㎝を超える程の大男であったが、酒はちびちびと飲み全くグラスは減っていなかった。男は人を待っていた。
「よう。ジェイコブ」
男の前に一人の男が現れた。茶色のトレンチコートを脱ぎながら席に座った。そうして、アイスコーヒーを注文した。
「酒は飲まないのか?」
とジェイコブは尋ねた。
「ああ、今日は車で来たんだ」
「そうか」
「相変わらずお前はちまちま飲んでいるんだな」
「俺のペースだ。ほっとけ」
「そうだったな。まあいいや、本題に入ろう」
「頼まれてたものだ」
そう言って男は茶色の封筒をジェイコブに渡した。
ジェイコブはそのまま封筒を受け取り中を確認した。その中には人名と思能が記載されたリストだった。
ジェイコブは何も言わず、そのまま茶封筒に戻し懐にしまった。
「一人うちの社員を失ったよ。まあ逃げられたんだけどな」
「お前は人を締め付けすぎるんだよ。だから逃げられる」
「良く言うぜお前が」
「ふん」
そう言って、ジェイコブが左腕を触りカチカチとい音を立てて左腕を外した。
「あーやだやだ。もういくぜ。俺は」
そう言って男は店を後にした。
男がさってもジェイコブはちびちび酒を飲んでいた。
少ししてから、ジェイコブは立ち上がり会計を済ませ店を出た。
それから店が爆破したのは数分後であった。炎に包まれた店内で8名の焼死体が発見された。
俺と朝日は静かに揺れる馬車の中にいた。
「今時、馬車って何なんだよ。聞いた事ねえよ」
「街に行きたいって言ったのはあんたでしょ?」
「でもさ、普通車じゃん。どうなってんだよ馬車って。めちゃくちゃ揺れるし、しかも操作する人もいないじゃん。自動運転じゃん」
「ここら辺は動物操術系の“ネクスト”が強いのよ。自動車より馬車が多いから仕方ないじゃない」
「ネクスト?」
と俺は尋ねた。
「“思能“てのはそんなに社会に馴染んでいるのか?そんなお金儲けできるもんなの?」
「そうね。“思能“で一儲けしてるのは多いんじゃない?億稼いでいる人も結構いるわよ」
そりゃそうか…… 便利な能力だといくらでもお金稼ぎできる能力はありそうだ。
「“思能“てのは能力の使い方とかあるの?例えばトレーニングすることで能力を育成したり成長させたりすることはできるの?」
「そういえば、まだ“思能“の説明を何もしてなかったわね。あんたみたいに発動したばっかの“思能“はまだ、細かなコントロールできていない状況ね。端的に言うならゼロか百かのどっちかって感じ?でも訓練すると、より細かく能力を細分化したり、拡張したりできるわよ」
「例えば、どんな感じでやるんだ?」
「そうね。例えば私だったら、“思能“の発動前提条件をいくつかに分けてる。手の形で能力の概要が少し変わる。開いてる状態だと、相手の“思能“を確認できるけど、例えばこういう風に・・・」
そう言って彼女は手で筒の形を作り、右目で覗いた。
「相手の設定している能力情報の詳細を盗み見る事ができる。メモリの使用状況や、発動条件などね」
「メモリ?」
と俺が尋ねた。聞きなれない言葉だ。
「あくまで処理しているのは脳だから複雑化した処理や細分化されすぎたりすると処理できなくなるわけ。そうして処理はメモリに依存するから大事なのよ」
「例えばこの動物操術だと多分事前に指定さたルートを走っているだけ。ルートのマッピングとかは別の“思能“でインプトしてるはずだから、処理としてはそんな負荷は課されてないはず」
朝日は馬の方を手の筒で覗きながら話した。
「なるほど、メモリね」
「なんか考えはあるわけ?」
「俺の“思能“は物を消す能力ってわけだろ?でも石を消した時、もっかい出てきたよな?」
「そうね」
「1回消したとしてもその消したという事象を消すと物は復活するってことだと思うんだ。だから正確にはこの世界から消すだけでそのもの自体を完全に消滅させるわけじゃないってことだよな?だとしたら、倉庫としての役割もできたりしないかなっと思ってね」
「確かに。でも倉庫に仕舞えるものに制限がかかりそうね。重量とか高さとか、それか期間とかも」
「期間?」
「倉庫に入れて置ける時間とかね」
「そういえば俺、さっきグリムに能力使ったけど…… 人でもいけるのか?てかあいつもう一回出せるってこと?」
「やめときましょう」
「うん……」
「まあ、いいや俺達が行く街ってどこだっけ?」
「アップルタウンの事?」
「そう」
と俺は頷いた。
「仕事を探すならまずそこになるわ。ここら辺じゃ一番栄えている街なの。私の知り合いもそこにいるからまず仕事探すならそこよ。それにあんた普通の仕事もらえないでしょ?」
「え?なんで?」
「だってここの人間じゃないんでしょ?井戸の中から降ってきたって言ってたじゃない。だから、戸籍とかもないんだし普通に働けないわよ」
確かに朝日の言う通りだ。俺はそもそも個々の世界の住人でもないし、てか俺は高校生だから働いた事もないのだ。ただの学生なのだ。そう思うと、話の展開が進みな気もする。
「てか、あんたいくつなの?」
「え?17歳」
と俺は答えた。
「は?17? まじ?」
俺は黙って頷く。
「私より3つ下なんだ……」
「20なの?」
と俺が尋ねると、朝日はすかさず右ストレートを繰り出してきた。
「計算すんなよ」
「はい」
「まあいいわ。じゃあ、とりあえず私の知り合いの店に行くわよ。まずはそれから」
そうこうすると場所は目的地に辿りついた。
ネオンの怪しい光に彩どられた都会の街に俺達は足を踏み入れた。
この街にはネズミが多い。それは街に散りばめられたごみの多さを物語っている。
何か物音がしたと思えば、逃げ去っていくねずみばかりだった。ただ、一匹にねずみは俺の方をじっと見つめていた。それはまるで監視されているかのようであった。
「とりあえず、サムバアの店に行きましょう」
俺は朝日の言う通りに従った。サムバアって誰だ?と思ったが聞くのは止めた。どうせ聞いても分からないので時間の無駄だ。
狭い路地裏を抜けていく。そこには浮浪者なのか、酔っぱらいなのか分からないが路地に人が眠っている。散らばったごみの悪臭で思わず鼻を摘まみながら、まるで森の奥にでもいくように進む朝日に付いていった。しばらくして、傾いた看板のバーにたどり着いた。
「ここよ」
彼女は慣れた手つきドアを開け入っていた。
薄汚れた店のカウンターに一人の老婆が座っていた。
「朝日か。今更何しに来た?」
「サムばあ、久しぶり。泊めて欲しいんだけど……」
「うちは宿屋じゃないよ。それに店の人間でいっぱいだよ。他をあたりな」
「本当にお願い」
「やれやれ、追い返したいところだけど、お前、九条流だね」
そう言ってサムばあは俺を指した。
「なんで俺の事を?」
「私の“思能“さ。全部見てたからね。あんたが物を消す“思能”ってこともね。そうだね、泊めてやってもいいよ。でもただじゃ泊めないよ。うちも厳しいんだ。あんたらに仕事をやってもらう」
そう言って、サムバアの手元には一匹のねずみが乗っていた。
「サムバアはあのねずみやカラスで大体情報収取しているから全部筒抜けなの」
「あんたらに依頼するのはとある死体の回収だ。簡単な仕事だよ。くれぐれも見つかるんじゃないよ。仕事は明日の夜だ。適当に店の中で眠る所は探しな」
「ありがとう」
そう言って朝日は笑いかけたが、サムバアは鬱陶しそうな顔して奥に去っていた。