2 始まり②
彼女は何度か口を開こうとしたが、戸惑いそうして止めた。
「ちょっと電話をしてもいいですか?」
「え? あ、どうぞ」
そう俺が答えると彼女はまた電話をし始めた。
どうやら彼女は誰かに報告しているらしい。
時折、激しい言い争いのような声がした。
しばらくして、彼女は電話を止めてこちらに戻ってきた。
「誰に電話していたんですか?」
「上の人です」
「上の人? どうして?」
俺がそう尋ねると彼女は口を開いた。
「あ、私人材派遣をやってる者でしてね。 ここで”思能”を得た方をスカウトしているんです。それでちょっとあなたの”思能”に関して上の者と相談しておりました」
「それで俺の”思能”って何なんですか?」
「話が脱線してしまいましたね。あなた”思能”のは触った物を透明にする能力です」
「透明にする能力?」
「そうです。そこの石を拾ってみてください」
彼女は浜辺に落ちている石を指差した。俺はそれを拾いあげ右手のひらに載せた。
「そしたら、それを握って下さい。右手で、力一杯!」
俺は力強く握った。
「じゃあ、ゆっくり開いて」
ゆっくり手を開くと、手の平から石は消えていた。
「本当だ…… 消えている」
本当に石は手の平にない。
「もう一度握ってみて下さい。また力強く!」
彼女の言う通りやってみると、再び石が姿を現した。
「ま……まじかよ」
俺は黙って暫く考えていた。というのも、何か頭の隅で引っかかる感覚がしたのだ。
違和感の正体を紐解こうと俺は頭の中を整理していた。
石は確かに彼女の言う通り、消えた。でもなぜだろう。そうだ、石の重さまでなかったのだ。
透明になるのはあくまで見えなくなるだけではないのか?
重さまで全くなくなったのはそれはもう消滅したのと変わらないのではないか?
俺がこんなに引っかかるのは彼女の電話のせいなのかもしれない。
彼女は人材派遣とかも言っていた。もしかしたら、俺の能力に何か価値を見いだし何か一儲けしようとしているのではないか?
自分で言うのもなんだが俺は割と疑い深い性格なのかもしれない。
まだ、この女を信用するには早すぎる気がする。そもそも俺は彼女の名前すら知らないのだ。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかった。名前は何て言うんですか?」
「私は朝日霊と言います。私もお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「自分は九条流と言います」
「なるほど、じゃあ九条さんと呼ばせて頂きます。」
そう言って彼女は深々とお辞儀した。
朝日霊と俺は彼女の名前を心の中で繰り返した。彼女は日本人なのだろうか?普通に日本人の名前に聞こえる。
そうなると一体全体ここはどこなのだろうか。
異世界なのだろうか?まあ、異世界なのだろう。何せ、”思能”などという不思議な力があるのだ。それは確定なのだ。やれやれ、俺はとんだ所に来てしまった。わざわざこんな訳の分からない場所に来てしまって……
そう思うと、無性に俺を井戸に落とした奴にムカついた。
「九条さんはとっても素晴らしい”思能”をお持ちです! 私どもですとかなりの金額を提示させて頂きたいと思います。私共のコネクションをうまく活用して頂ければ、かなり稼げるかと」
「あの……俺別に大丈夫です。そんな事よりここに来てよくあまり分かってないし、とりあえずこの世界がどこかも分かってないんです。多分俺がいた日本とはまた違った場所なのは分かります。なので、まずは街に行って情報を得ようと思ってます。こんな力も手に入れたし」
「それは止めた方がいいです」
と朝日は静止した。
「なぜですか?」
俺はちょっとむっとして食い気味に尋ねた。
「思能者狩りに遭うからです」
「思能者狩り?」
「”思能”を狙ってる輩は多いんです。特に奴らは”思海”付近でうろついています。能力を得たばかりの人間を狙って、下手したら奴隷にされてしまうかもしれません。しかも九条さんのようなレアものだとなおさら」
いや、あんたも同じようなもんだろと俺は心の中で思っていた。
「俺の”思能”ってそんなにレアものなの?ただ物を透明にする能力なのに?」
俺が不思議そうに彼女に問いかけると、朝日はしまったというような表情をしたがすぐに別の表情で上書きした。
やはりこいつは何かを隠している……
「ええ!それはもちろん!」
「へえ、そうなんすか。でも俺はやっぱりいいや。自由に旅をしてゆっくりしたいんでね。お断りさせて頂きます」
俺の言葉を聞き、朝日霊は顔をみるみる険しくなった。
「ちょっと待ちなさいよ! こっちが良くしてやるって言ってんのよ!」
「いや、だからいらないって」
「だめだめ! あんたに拒否権なんてないのよ!」
「は?」
「あーもう、ちょっと待っててください!」
そう言ってまた彼女は遠くに行って電話を始めた。また上司とやらに電話しているのだろう。
俺はもう一度地面に落ちている石を拾った。もう一度”思能”を確認しようとした。
右手で強く握ると、またしても石は消えた。何度も手を開いたり閉じたりしたがそこに石がある気配はしない。俺はもう一度手を強く握って、イメージした。石が元に戻るイメージを。
すると、手の平の中に石の感触がどこからともなく現れた。
やっぱり……これは透明にする能力じゃない。
これは物を消したり出したりする事ができる力だ。
ただし、これが石だけなのだろうか?もしかしたら、これは人にも通用するのではないのだろうか?
試してみる……価値はある。
朝日霊は暫くして俺の元に戻ってきた。
わざとらし笑みを浮かべながらにやにやしていた。
試してやる。
「朝日さんもしかして俺……気づいてしまったかもしれません」
「え? 何がですか?」
「ちょっといいですか?」
そう言って俺は彼女も右手を取る。
「はい!?」
彼女は驚いて後ろに飛び退いた。
「何するんですか?」
「いい事を思いついたんです」
「何がですか?」
「嘘発見機ですよ」
そう言って俺は力一杯彼女の右手を握った。そうしてイメージした。彼女の右手が俺の手のひらに吸い込まれていくイメージを……
「ちょっと、やめて」
「大丈夫。腕が透明になるだけですから。すぐに戻しますよ。それとも何ですか?俺の”思能”は別の能力だと?」
「あんた本気でいかれてるわ」
「それで?俺の”思能”は?」
「分かった。言うから。やめて」
彼女は俺の腕を振りほどこうとしたが俺はそれを静止させた。
「いや、このまま話せ」
「分かったわよ。あんたの”思能”は物を消す能力よ。私の”思能”で確認したから間違いないわ」
「何で嘘ついたんだ?」
「物を消したりする能力はかなり高く売れるのよ。私は今の会社に借金抱えててどうしても数字出したかった。そしたら、レアもののあんた見つけたから金にしようとした。それだけよ」
「なんでそんな所で働いてるわけ?」
「私だってこんな所で働きたくないけど、しょうがないのよ」
そう言って彼女は首を指さした。
するとそこには透明な鎖につながれていた。
「私の”思能”は便利だからね。目利きに使うには丁度いいんでしょうね。この鎖の”思能”で逆らえないのよ」
「俺が消してやろうか?そしたら、自由になれる」
「無理よ」
彼女はぶっきらぼうに叫んだ。
「どうして?」
「あいつが来るから……」
彼女がそう叫ぶと、後方で爆発音がした。
砂煙の中から毛むくじゃらの大男が現れた。
「よう、朝日 助けにきたぜ」
「グリム……」
彼女はその大男の顔を見ると体を震わせていた。
「お前分かってるよな、裏切ろうとしたらただじゃおかねえ」
「わ、分かってるわよ」
「こいつが諸悪の根源てわけ?」
俺が朝日に問いかけると彼女は首を振った。
「違う。グリムは……」
「おい、朝日!余計な事言うんじゃねえぞ」
朝日はそれから口を閉じた。