19 ギルド編⑦ ~Sランククエスト~
俺達が到着した時、病院内では殺し合いが行われていた。ある場所では医者や看護師がひたすら、患者を殴り続け、患者の顔からは血が噴き出し、青く腫れている。またある場所ではまた、患者が医者や看護師を殴り殺そうとしている光景もある。互いに汚い言葉を吐き、互いに罵り合い憎しみ合っていた。
窓ガラスは割れ、床に飛び散っている。建物内部は破壊され、所々床に患者の死体があった。おおよそ、そこは病院と言えない程荒れていた。そこはまるで戦場のようであった。
「大丈夫か?」
チャルノさんが床に倒れている患者に声を掛けた。
「た、助けて」
患者はそういうと、チャルノさん後ろを指さした。そうして、倒れ込んだ。
チャルノさんが振り返るとそこには黒い獣のような四足歩行の生物が肩で大きく息をしながら、涎を垂らしている。
黒い獣は大きな雄叫びを上げると近くに転がっている死体を喰い漁り始めた。血が飛び散り、肉が引き裂かれる音がする。
しかし、周りの人間達は気にも留めず殺し合いをしているのだ。まるで気づいていないかのようである。
「どうして、こんな事が起きてるんだ」
俺は思わず、口元に手を当てながら絶句する。
「おそらく、”思能”の仕業だ。操ってる奴がいるはずだ。そうして、あの黒い獣は多分ジルの”思能”だろう」
「ジルちゃんの?」
「多分な」
すると、医者の一人がこちらに気づき、向かってきた。
「殺す。ぶっ殺してやる」
その男の目は血走っており、焦点が合ってるのかも怪しい。
手にはメスを持っており、力強く握りすぎて筋肉の筋が見える程だ。そうして、こっちに向かって走ってきた。明確な殺意を感じた。
チャルノさんはまるで赤子でもあやすかのように軽く相手をいなしながら、”思能”を使い相手を感電させ気を失わせた。
「気をつけろ。こいつらまともじゃない」
「はい」
黒い獣はこちらに気づき、また雄叫びを上げた。そうして、暫く俺達を眺めていた。そうして、歯をガタガタ鳴らし何かを伝えようとしていた。
「く……くじ……さん」
「くじさん?」
と俺は聞き返す。
しかし、黒い獣は体を震わせ、また大きな雄たけびを上げてこちらに走って来た。
「くるぞ!!」
チャルノさんの言葉を合図に俺は戦闘態勢に入る。
黒い獣は大きな爪を引っ掻くようにに飛び掛かってきた。俺は横に飛び何とかかわすが、チャルノさんはやすやすとかわしていた。
俺とチャルノさんは左右に分かれていた。
チャルノさんの方は、医者や看護師などの数が多く、チャルノさんに群がっていた。
「くっそ、数が多いな」
「大丈夫ですか?」
と俺が尋ねる。
「こっちは処理はする。その黒い獣を頼めるか?」
「こいつを?」
「丁度いい、これも訓練の一つとしよう。あいつを倒してみれくれ。実戦の方が使えるようになるかもな。任せるよ」
そ……そんな無茶なと俺は心の中で呟いた。
でも、これをやらなきゃいけない。やらなきゃ死ぬだけなのだ。
「分かりました」
俺はそう言うと、大きく深呼吸をした。大丈夫。やれる。今までだって何とかなってきた。
まずは落ち着く事だ。
呼吸を落ち着かせながら、俺は一人だと少し心細いなと思った。
そういえばいつも隣には朝日がいてくれた。
今は一人だ。一人で何とかしなくてはならない。
”フェードアウト”(視界に入った対象の物だけを消滅させる)を発動する準備をする。まだ、こんな大きな対象物を消した事はない。でもやらなきゃ死ぬだけだ。”デリート”(接触している感覚があるも物を消滅させる)だと黒い獣に触らなきゃならない。
しかし、近寄っただけで八つ裂きにされるのがオチだ。クマと対峙しているのと大して変わらないのだ。
黒い獣はまた雄叫びをあげる。そうして、爪で床のタイルを剥がし、こちらに投げつけるかのように破片が飛んでくる。
俺はそれでも変わらず、”フェードアウト”の発動に集中する。
その時、破片が右目を霞めた。思わず俺は右目を瞑る。
すると、獣の右腕は一瞬で消滅した。
「は?なんで今できた?」
俺は今の状況を振り返る。何が違う? いつもと何が違うんだ?
俺はその時はっと気づく。
そうか……効き目だ。
俺の効き目は左目なんだ。
ここに焦点がいってる時に対象の物が消せるのだ。
俺は右手で右目を抑えて、両目を閉じた。
そうして、肩を上げながら大きく深呼吸をして左目を開けた。
『来い』
俺は心の中でそう呟くと、黒い獣が口を大きく開け、走り出した、獣から飛び散る涎がスローモーションのように感じる。
ああ、今俺は集中できている。
冷静に頭の中で情報が整理されている。とても頭の中がクリアだ。
周りの状況がまるでゆっくりに感じ、空気の流れすら感じ取れる。
そうして、俺は黒い獣を左目の対象に入れ、”デリート”を発動させた。
黒い獣はまるでブラックホールに吸い込まれたかのように半時計回りに回転をしながら、圧縮し最後には消えてなくなった。
「で、できた」
と俺は思わず歓喜の声を上げた。
「な、やっぱり実戦が一番だろ?」
振り向くとそこにはチャルノさんが立っていた。医者も看護師もすべて床に倒れていた。
「本番に強いタイプなのかもしれません」
「いい事よ」
「でも、少し気になります。あの黒い獣何か言いたそうにしてたんです」
すると、奥から拍手が聞こえた。そうして奥から一人のガスマスクを付けた人間と”脳吸い”が現れた。
「”脳吸い”!?」
と俺は思わず叫んだ。
「知ってるのか?」
とチャルノさんが尋ねた。
「ええ、Aランクの討伐対象です」
「”思能”の成長は素晴らしい」
そう言って”脳吸い”は嬉しそうに微笑んでいた。
「何がだよ」
と俺はぶっきらぼうに叫んだ。
「お礼に一ついい事を教えてやろう」
そうして、”脳吸い”は俺を指さす。
「君が消した”黒い獣”はジルちゃんだよ」
「は?」
と俺は声を上げる?何を言ってるこいつは?
「私が解放してあげたんだ」
「どういう事だ?」
チャルノさんも割って入る。
「私が脳を吸って、”思能”貰ったんだ。それでね、生きてる人間の脳を吸うと廃人になってしまうんだ。だから、私はテストしてみたんだ彼女でね」
「証拠は?」
俺はぎりぎりの理性で尋ねた。
「証拠かい?これでどうかな?」
そう言って、地面に横たわっている看護師の頭を掴み、ジルちゃんの”思能”を発動させた。
そうして、看護師は白い獣に変えた。
「う、嘘だろ」
俺は膝から崩れ落ちる。
「ああ、いいね。やっぱり」
”脳吸い”はうっとりしていた。
「立て九条君、まだ全部終わった訳じゃない」
「で、でもジルちゃんを俺は……」
「分かってる。でも、まずはこいつらを殺すのが先だ。だから立て」
俺は頷き、立ち上がる。
「俺は”脳吸い”を相手する。九条君、君はあのガスマスクを頼む」
「はい」
「死ぬなよ」
そう言って、チャルノさんは歩き出した。
「”脳吸い”とか言ったか?お前、生きてここを出れると思うなよ」
チャルノさんは首を鳴らしながら、準備運動をしている
「どうかな?」
”脳吸い”は笑いながら挑発する。
「出すわけねえだろ?皆殺しだよ」
その時、頭上で落雷が落ちる音がした。