18 ~修行編②~
最初の2,3日は基礎能力の向上であった。
とりあえず、手当り次第に物を消滅させていった。
そうすることで、俺のこの”思能”の能力の解像度が増していった。
まず、消滅させる対象の物によって能力の発動時間が異なっていた。
例えば小石やペン、消しゴムなどはコンマ数秒で発動できる。ただし、自動車、木、建物など対象物が大きくなってくると、発動までに10秒程かかることがあった。
しかし、例えばグリムを消した時などはそこまでの発動時間は掛からなかった気がした。
俺は(流石に人を消した事は濁したが……)以前の経験をチャルノさんに相談してみた。
「それは事前にセットアップしてたんじゃないかな?」
とチャルノさんは教えてくれた。
「セットアップ?」
「つまり、九条君が”思能”を発動させたいタイミング前に発動までのフロー、が準備出来ていて、どこから消して、どのくらい”思能”を使うかなど対象物に対しての最適化が済んでいたんじゃないか?」
「でもそんなの意識してませんよ」
「たまに無意識にできてしまう事はあるよ。だから、それを今から意識的に訓練して無意識で8割ぐらいできるようになれば実戦でかなり役立つはずだ」
つまり、事前に”思能”を発動させる前にある程度の”思能”発動までのプロセスのフローを準備できていると、”思能”発動までの時間を短縮できるということであった。
チャルノさんの助言の通り、できるだけ対象物が大きなものでトライし、事前に頭の中でどういった物で、どこから消していくのかというのを俺はひたすら続けた。
また、俺はその訓練の合間で”倉庫の力”を得た。
一度消した物はどうやら一定期間内であれば、再出現させる事は可能であるようだった。
というのも、夜中に一度以前消したグリムを出してみようとトライしてみたがうまくいかなかった。グリムと会ったのは、3か月も前なので多く見積もっても3か月がデッドラインになる。もしくは、死んでしまったからダメなのかもしれないと思ったが、近くにいたねずみを捕まえて確かめてみたところ、特に問題なく再出現させる事はできた。
つまりこれは、特定の人物を持ち運ぶことも可能である事を意味していた。(その分かなり体力の消耗をするが……)
ある程度、”思能”の発動時間が短縮してきたので、メモリ管理と派生能力を鍛える事にした。
「例えば、俺は”放電”、”蓄電”、”帯電”の主に三つにメモリ分けしている。基本3つくらいだよ。あまり多くしたところで、管理できないからね」
「難しいですね」
俺はまず、メモリを2つに分ける事にした。いきなり3つはさすがに難しい。
まず”デリート”(接触している感覚があるも物を消滅させる)というのと、”フェードアウト”(視界に入った対象の物だけを消滅させる)”という二つに絞った。
そうして、これらのイメージを練り上げていった。
「大事なのはイメージだ。俺の”放電”もこのようにイメージすれば、形を保てる」
チャルノさんはそう言って、電気をに鞭のような形で形成した。
「大事なのはイメージする事だ」
俺もイメージをしてみる。デリートの方は既に身に付いているため、まずは”フェードアウト”の方から試してみる。
5m程先に小石とペンと竹刀を乱雑に重ねて置き、小石だけを消すようにする。
しかし、これは難しい。何も感覚がない状態で対象の物を消すのだ。イメージはできるが、上手く消せない。というか、何も起こらない。
時間ばかりが過ぎていく。一度だけ、たまたまであるが小石を消すことができた。しかし、その1回きりであった。
「どう?上手くいってる?」
「いえ、全然。イメージは出来ていると思うんですけど、なかなか」
「まあ、そうだろうね。俺も半年くらいかかったし。普通できないよ」
そう言って、チャルノさんは缶コーヒーを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
と言って俺は受け取った。
「九条君、この国の歴史を知ってる?」
「いえ、知りません」
チャルノさんはそれから話をしてくれた。
「思惑の海、”思海”。あそこは昔こう言われていた、空から死体が落ちてくる場所と。
そのため、昔の人々はそこに死体を捨てていた。そうして、捨てられた死体を魚が食べ、また捨てられた死体を食べと繰り返し行われ、その人々は近寄る事もしなかった。でもある時、空から光る物体が落ちてきた。あるものは隕石だと言ったり、あるものは光る死体が落ちてきたと言っていた。真実は分からない。でもまた別のある時、一人の男がその”思海”を訪れた。そうして、その魚を食べた。そう、それが僕らが知っている”思魚だ”。そうして、男は不思議な力を手に入れた。彼は”釣り士”と呼ばれた。その男はその不思議な力を手に入れ、幾度となく戦争をし、国を統一した。そうして、この国を建国した」
空から降ってくる死体、光る死体、釣り士など気になるワードがたくさん出てきた。俺もこの世界に来たのは井戸の中から落ちてやってきたのをすっかり忘れていた。慣れというのは本当に怖い。
俺がここに来たことも何か関係しているのだろうか?そういえば、以前戸籍を作ってもらった時に、同じように戸籍を持っておらず井戸の中から来たという男がいたというのを耳にした。
そうなるとやはり、俺以外にもここに来た人間は多いのかもしれない。
「初耳です。その釣り師の人の名前は何と言うんですか?」
と俺は尋ねた。
「分からないんだ」
「分からない?」
「この国、いやアップルタウンはどこかおかしいんだ」
「何がおかしいんですか?」
「誰もこの国のトップの人間の顔を見た事がないんだ」
「え?」
と俺は尋ねた。
「その釣り師と呼ばれた人間は今もこの国の頂点にいる。九条君も気をつけろよ」
チャルノさんの顔はどこか不安毛であった。
それから二日後、訓練は進展がないまま進んだある時、チャルノさんが険しい表情をして出てきた。
「すまないが、訓練は中止だ」
「え?」
「ジルがさらわれた。九条君も来て欲しい」
「ジルちゃんが……」
俺は茫然と立ち尽くしていた。
「言っておくがこれはSランククエストになる。ギルドからの連絡だが、病院が乗取られたらしい」
こうして、俺は唐突にSランククエストに向かう事になった。