12 ガスマスクの女達
「ジャック・ジョンは捕まりました。能力の回収はできませんでした」
窓ガラスが飛び散った店内には一人の女が座席に座りながら。女は皿の上でフォークで遊びながら電話で報告していた。
店主はほうきで何度も床に飛び散ったガラスを塵取りで集めていた。
「ふざけるな!どうして、こうなるんだ」
店主はぶつくさ文句を言いながら掃除をしていた。
そうして、女に向かって睨みほうきで女の方を差した。
「おい!元はといえばお前のせいだろうが!! 弁償しろ、糞女」
女はそれを無視ながら、電話をつづけた。
「はい。ギルドの連中です。Cランク対ですが、多少危険な能力でした」
「聞いているのか!!」
店主はづかづか歩み寄り、女の手を掴んだ。
「払えないっていうなら、体で払ってもらってもいいんだぞ!」
女は店主を睨みつけた。その瞬間、店主は体中の血液が沸騰し爆発した。
声にならない言葉を発しながら店主の血肉は店中に飛び散った。
「はい。では今夜実行します」
そう言って、女は電話を切った。
「本当にここのパンケーキまじでまずい。あんたセンスないよ。あと、私に当たるのはお門違いだろうに」
そう言い残して、女は店を後にした。
私はいつも何を食べても満たされない。というより、味がしなかった。何もかもがガムを噛んでいるような感じがした。世界は無味乾燥で満たされない。ずっとモノクロのようでいつだって退屈で、自分だけ仲間外れにされたような疎外感を感じていた。
足元に飴玉が落ちてきた。女はふと昔の事を思い出した。
私は夜にふらっと、たまたま外出した時だった。
その時だ……私が”脳吸い”に初めて会ったのは。
公園のベンチの裏に彼と死体はいた。私はブランコに乗りながら彼の姿をぼーっと見つめていた。
彼は必死に死体の脳を啜っていた。ストローのような口で脳を突き刺し、まるでコーラでも飲むかのようだった。
私は思わず尋ねた。
「おいしい?」
”脳吸い”は静かに私を見た。でも何も答えなかった。
「いいね。美味しそう」
私は羨ましそうに言った。
”脳吸い”は何も言わず、立ち上がり私の頭をポンポンと叩いた。
そうして、ポケットから飴を取り出した。
「いいよ。私ね味がしないの。何を食べても味のしないガムを噛んでみたいなの」
「大丈夫だ。舐めてみろ」
”脳吸い”は静かに言った。
私はその飴を口に入れた。確かに甘い味がした。
「なんで?」
「私の力だ」
初めて人間として生まれた気がした。
食べるという事がこんなにも幸福感に包まれたものだとは思わな方た。
そんな事を考えていると、自然と頬から涙がこぼれ落ちていた。
「ありがとう。あなたのお名前は?」
私は感動して、思わず名前を聞いた。彼は私の救世主に思えた。
彼がやっている行為などどうでもよかった。
「ビル・サンダー」
これが、私とビルの出会いだ。
私は暗い路地裏をヒールの音を鳴らしながら進んでいく。この街は二分化されている。貧しいものと富を得たもの。その差ははっきりしている。そうして、その二面性はこの大きな都市にも影響を与えていた。きらびやかに見える中心部とは裏腹に薄汚い商売や汚れ仕事を請け負っている街も存在した。
そうして、そういった人間達は苦しみ、悲しみ悪意は膨れ上がっていた。声にしてはならない感情をため込みながら彼らは息を潜めてずっと待っていたのだ。
雑居ビルの隙間を抜けると大きな廃墟が姿を現した。昔使われていた病院であった。
1階の大広間の中心部にバラバラに人々が集まっている。誰も彼も見ず知らずの人間ばかりであった。
そうして、彼らは人を待っているのだ。
「待たせたな。今日集まってもらったのは他でもない。お前達はこれまで虐げられてきた。”思能”を持たないお前達にあいつらはお前達を人として扱ってこなかった。奴らが報いを受ける時がきたのだ。そのため、”脳吸い”様はお前達にチャンスを与えて下さった。そうして、お前達も報いるのだ。」
皆が静かに頷く。そのまなざしは私に向けていた。
「今からこのガスマスクを渡す。このガスマスクには口元に芳香剤のような物が入っている。それは疑似的に装着者には”思能”と似た能力を与える」
私は大きく息を吸い続ける。
「私の名前はアリアナ。お前達に力を与えるものだ。さあ、力を使って復讐しろ。お前達にはそれしかないのだから……」