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アイドルをプロデュース

 魔王討伐から、およそ三か月。

 闘技場の修復は着々と進んだ。

 建物の本幹にダメージが無かったのが幸いし、元通りにすること自体は一ヵ月ほどで終わっていた。

ある筋(月下)からの寄付により余剰金もあったことから、バックスクリーンの巨大化や、特別観覧席の増築、全天候に対応するための屋根の設置など、機能面の充実が図られた。

 屋根を付けたことで照明が必要になったが、これは魔石をエネルギー源とした照明器具の設置により滞りなし。パワーアップ前の闘技場は昼間しか利用できなかったが、これからは夜も営業可能となった。

もともと闘技場は、闘技祭を筆頭とした国家レベルの大イベントの会場として使われてきた。

今回、修繕改築後初にして、グラシリス王国初の催しが間近に迫っていた。

それは、「音楽祭」。

 僕が企画立案し、魔王討伐のご褒美として創設されたイベントだ。

 元の世界で言うところの音楽フェス。

 こちらの世界では、音楽や歌を主役としたイベントが存在しないようで、国民全員が免疫を持ち合わせていない。

 ともすれば、観客がイベント自体になじめないまま、大失敗に終わってしまうかもしれない。

 しかし、闘技祭でのミリア姫の歌唱に対する観客のリアクションを見ていれば、本能的に人々が音楽を欲していることは明らかだし、好みとしても元の世界から外れていない。

 僕は、アイドル(主に裏方)として培ったノウハウを、今回のイベントに全力でつぎ込もうとしている。

 準備期間は三か月。

 闘技場のこけら落とし公演として、恥ずかしくないセットリストにしなくてはならない。

 ≪音響魔術士≫や≪映像魔術士≫の方々とも綿密な打ち合わせを進め、僕は≪音響≫により、元の世界の持ち歌を複数再現した。

 

 ——そして迎えた「音楽祭」当日。

 闘技祭のやり直しのように、たくさんの人がワクワクを胸に抱いて会場に押し寄せてくる。実は、今回の観客たちは闘技祭の時とほぼ同じ構成となっている。

それもそのはず、闘技祭が大臣の暴挙で中断してしまったため、そのときの観客を振り替え公演の要領で再招待したからだ。

これの狙いとしては、観客たちのフラストレーション解消の意味合いももちろんある。けれど一番は、未知のイベントにイチから人を集めようとするとどのくらい集まってくれるかわからないため、客層・客数をそのまま頂いてしまおう、という魂胆があったからだ。

参加してしまえば、きっと盛り上がってくれる。

そう信じて。


——いよいよ、幕が上がる。

闘技場内は突然暗転し、オーバーチュアが響く。

一瞬静まった観客たちは、すぐに興奮を取り戻してくれる。

 観客たちは、事前配布されたケミカルライト(魔石による小型照明器具)をふりかざし、会場は細かな光の残像が飛び交う。

トップバッターは……ミリア姫!

スポットライトがステージ上の彼女を照らし、前奏なしの歌唱が会場に響き渡る。

結果から見ても、彼女に場の空気を任せたのは、間違いなかった。

 皆が彼女の魅力を知っていて、彼女を欲している。

 歌はあっという間に三曲終わり、全力歌唱後に居残っているミリア姫に皆の視線が集中する。

「皆様、本日は『音楽祭』にお越しいただき、誠にありがとうございます。先日の闘技祭では、心を痛めた方、体を痛めた方、たくさんいらっしゃったかと思います。本日は、それのお詫び……いえ、それを超えて楽しんで頂けるよう盛り上げますので、よろしくお願いします」

 観客たちはすでにミリア姫のとりこになっていた。

 冒険者A「ミリア姫……あなたは女神様に違いない」

 商人A「今日は店を閉めて正解だった。我々にとっての商売、それよりも大事なものがここにはあった」

そう語る声も聞かれる中、ミリア姫が「次の歌姫の登場です」の一言で退場し、舞台は再び暗転する。

 観客たちが次の展開に緊張を取り戻している。

 ネクストバッター……月下!

 観客たちにとっては初見な分、ハードルも高い。

 だが、そのハードルを越えてくるのが、元トップアイドル・久慈月下だ。

 月下は、自身のソロ曲である「インフェルノ」という曲を歌い上げた。

 元の世界では、グループからの派生曲という枠を超えて、世間に広く浸透した名曲。

 バックスクリーンにも彼女の振り付きの姿が大きく映し出され、見た目や動きとしてもインパクトが強い。

 冒険者B「今日俺、天使を見つけたんだ……」

 魔法使いA「これは雷の魔法なのだろうか!? 体中に電撃が走る! だが心地よい。彼女の歌に揺さぶられて立っているのがやっとだ」

 二曲続け、多くのファンを獲得した月下は「ありがとうございました」と手を振りながらその場を去る。

 観客たちの期待のリズムを作るのに、月下のパフォーマンスは十分だった。

 暗転が期待を呼ぶ。

今度は……キノちゃん&ティアちゃん!

グループの曲を二人用にアレンジし、鮮やかな衣装とキャッチ—なダンスは、事前にみっちり稽古済みだ。

本番前まではキノちゃんは恥ずかしがっていたけれど、ティアちゃんの奔放さを見てあきらめたようだった。

キノちゃんはやはり歌唱、ティアちゃんはダンスが得意分野だったけど、二人ともそれぞれもう一方も十分合格点に達するほどの完成度になっていた。

 冒険者C「どっちをお嫁さんにしたらいいんだろう……」

 女格闘家「わたしもかわいい服着て歌って踊りたい!」

 キノちゃんの透き通る歌声が観客の耳を潤し、ティアちゃんのハイジャンプが観客の度肝を抜いたところで、舞台は暗転する。

 続いては……元魔王、ロフィーラ!

 セットリスト考案中、もしかしてとロフィーラに歌声を聞かせてもらったら、艶っぽく、聞き惚れてしまった。元魔族だからなのか、それとも彼女の実力なのか、いずれにせよ抜擢以外考えられなかった。

 若輩者の僕には理解がしきれていないのではないかと不安になるような、どこか懐かしい、どこか官能的な歌声が、心の奥底に沁み入ってくる。

 次第に心地よさに変わり、欲するようになる……危険だ。

 冒険者D「心臓がドキドキしすぎて……止まりそうだ」

 老僧侶A「わしは……このために生きてきたんじゃな」

 ロフィーラの退場は暗転がよく似合う。

『お料理対決ゥ!』

 バックスクリーンに映像が流れる。

 事前に撮影していた、幕間を埋めるためのお楽しみ動画だ。

 ≪映像魔術士≫をもってすれば、記録媒体のように過去の映像をストックしておくことも可能であり、これを利用するほかなかった。

 音楽祭出演者のプライベートな表情が覗けるように、月並みだが料理対決という企画にしてみた。

 撮影時は、みなあまり乗り気じゃなかったが、審査員が僕ということになったら、やる気を出してくれた。

 ……乗り気じゃなかった理由は、料理の家庭や完成形を見たら明らかだった。

 天は二物を与えず。

みんな、料理が下手だった。

 月下とミリア姫は、給仕される側が長かった影響で、給仕する側に慣れていなかった、

 キノちゃんとティアちゃんは、貧乏生活が長かったせいで、料理という概念が無かった。

 ロフィーラは、吸い取ったことしかない、と言っていた。……何を?

 映像を見ながら、ところどころ観客の笑いが起こる。

 料理でドジを踏む姿は、アイドルとしては鉄板だ、

 ただし、食べ物は大事にしなければならない。

 ゴブリンの着ぐるみを着た僕が、審査員として食材を無駄にはしない。

 それぞれが恐る恐る提供してくれる料理。

 少なくとも見た目では食欲は湧かないが、一口食べて震えながらニコリとしたら、みんな喜んでくれた。

 優勝は……僕だった。

 長年下積みをしていた僕が、平均を少し超えてこしらえるだけで十分だった。

 オチがついたところで、バックスクリーンとともに照明は暗転した。

 映像を流している間に、みんな着替えを済ませ……五人そろっての登場だ!

アイドルグループ「ネームレス」のメンバー配置、これを五人用に落とし込み、ステージを輝かせる。

全員の一斉登場に、観客たちの熱狂は最高潮となる。

皆が楽しそうに歌って踊り、観客の反応でさらに勢いを増す。

僕が理想としていた姿を体現してくれていた。

僕自身がアイドルとして輝けなくても、≪プロデュース≫したみんなが輝いてくれれば大満足だ。

この場合の≪プロデュース≫は、元の世界でいうところの「プロデュース」の方だ。

世界平和は、必ずしも魔王討伐だけでは成り立たない。

人々の心の支えになる存在——僕にとってはアイドル——が必要なんだと思う。

僕はこの世界で、みんなと一緒に生きていく。

≪プロデューサー≫として。

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