いざ魔王城へ
人力車。その名の通り、人の力で人を輸送するための車だ。
元の世界の某門前町など、観光地で存在することは知っていたけど、僕自身は乗ったことは無かった。
なぜそんなことを考えているかというと、
「きゃあ!」
エルフの美少女、キノちゃんが僕の隣に座り、車の揺れに連動して小さな悲鳴を上げる。その都度、ぎゅっと僕の腕にしがみついてくるので、こみ上げてくるドキドキを抑えるのに必死だからだ。
四人ほどのキャパのある車内は、木造で簡素だ。
四方は幌、左右の壁には窓のような四角い穴があり、開け閉めできるカーテンでおおわれている。
それをめくると、電車くらいのスピードで景色が流れていく。
主に森林、時折岩地など。
ただし、この世界には高速で移動する人工的な乗り物は存在しない。
魔法が発達しているせいで、いわゆる科学が発展しなかったのがその理由だ。
かたや、飛翔魔法や、テイマーによる魔物の使役など、相応のスピードでの移動が可能な手段もある。
それらの中間のようなことを、いま行っているのだ。
この人力車——実際は馬車だけど——これをティアちゃんに引いてもらっている。
≪プロデュース≫・≪弾跳≫で高速かつ安定した跳躍が可能となり、そのスピードに耐えうるように、ゲッカが≪グレートウォール≫で馬車を補強している。
……目的地は「魔王城」。
かつてその近くまで修行に出向いていたゲッカは、地理に明るい。
ティアちゃんの肩にとまり、ナビゲーションしている。
「——そろそろ、魔王討伐に行こうと思う」
僕の突飛な発言に、キノちゃんとティアちゃんは目を丸くしていた。
「まままま、魔王!?」
「魔王って、すごい強いヤツだぞ!」
僕は申し訳なさそうにうなずく。一般の冒険者とは比べ物にならないレベルとパラメータとなった昨今、本来の目的に照準を合わせる時が来た。
「僕の、使命なんだ」
冗談ではないことを目で訴える。
「怖いけど……私、ハオ君のた……あわわ、世界平和のために、お供します」
「悪いヤツなら、倒さなきゃ!」
この世界にやってきてから数カ月。かなりのスピード攻略に挑むことになる。
ゲッカもこの計画には賛成してくれている。
≪プロデュース≫、これがやはりかなりのアドバンテージ、とのこと。
——子どものように無邪気に飛び跳ねる兎人族のティアちゃん。
「すげー! 海の上も跳べるんだ!」
「スピード緩めると沈むから気を付けるのよ。スピードが不安定なのも、車内の二人にとっては危ないから加減が大事よ」
揺れる車内で、僕とキノちゃんはひと塊になっていた。
女の子の柔らかさに脈拍が早まっているのは、僕が同じく女子だったことを忘れてしまった証拠なのだろうか。
ドキドキにはもう一つ理由がある。僕には魔王討伐以外に、もうひとつの目標ができていた。これを打ち明けるか否か。
ひとつの目標に集中するのが当然の姿勢なのだろうけど、ミリア姫の一件以降、強くなった想いがある。
「キノちゃん、聞いてほしいことがあるんだけど」
「え! な、なにかな?」
改まった僕。キノちゃんを身構えさせてしまう。
「魔王討伐が済んだら……僕の願いを聞いてほしい……んだ」
「願い!?(どうしよう、もしかして、デ、デートかな!? そういえば、闘技祭の埋め合わせに好きなことしてくれる、って言ってたし……魔王を一緒に倒すって、よっぽどのことだもんね。それの対価としたら、もしかして本当に……それ以上のことかも……きゃあぁぁ)」
キノちゃんがもじもじしながら顔を赤くしている。そうなるべきなのは僕の方だと思うけど。
「ちょっと恥ずかしいし、受け入れてもらえるか不安だから……その時になったら言うね」
ちょうど、加速度の不安定さで車体が大きく揺れる。
揺れに比例して、キノちゃんのつかまる力が強くなる。
「ティアったら、はしゃいじゃって。怖くないのかしら(ティアったら、なんて友達思いなの! ハオ君とこんな密着できるなんて。……告白されたらどうしよう!?)」
「(絶叫マシンは苦手なんだよなぁ)うう……キノちゃん、顔が赤いけど大丈夫?」
「え、あ、だいじょぶ、だよ」
なんだか急に静かになってしまったキノちゃん。話題を変えてみる。
「魔王討伐も、どうして受け入れてくれたの?」
「それは……」キノちゃんは少しかしこまって「私たちを救ってくれたハオ君たちに恩返しをしたくて」
「そんな、救ってくれた、なんて」
「前に進めたのはハオ君とゲッカちゃんのおかげだよ。ありがとう」
美少女のはにかみ笑顔は攻撃力抜群だ。
「きゅ、休憩地点はまだかな」
話題を逸らしつつも、危険に身を置いてくれる彼女たちにこちらも感謝を禁じ得ない。
さて、さすがに魔王城はひとっ走りで到着するような距離ではなく、この猛スピードをもってしても数日計画の道程が必要だ。
本来なら、何十日、何百日もかけて到達するような場所を、おそらく史上最速で踏破しようとしている。
ティアちゃんさまさまではあるけど、彼女は機械ではない。よきところで、久々のログハウスの登場だ。
僕たちにとってはすでに慣れっこであり、我が家のような感覚で羽を伸ばすことができる。これも、他の冒険者にはないメリットだ。
これを繰り返し、幾数日——。
「わあ! またぶつかったぞ!」
≪グレートウォール≫に包まれながらの全速力。モンスターと激突することもあるが、申し訳ないが、この勢いに勝てるモンスターはいない。
「モンスター交通事故」の頻度が多くなってきて、ぶつかる相手も徐々にレベルの高い相手になってきている。
目的地、魔王城が近づいている証拠だ。
副次的に、レベルも少し上がる。
そして——
「うわ! おっきなドラゴンがいるぞ!」
ゲッカ指示のもと、急ブレーキは回避されたようで、模範のように徐々に減速し、人力車は停止する。
ティアちゃんから「ドラゴン」という言葉が聞こえた。
窓からのぞいてみてみると、前方、感覚としては1km先に、シルエットとしては見覚えのあるドラゴンが目に入る。
離れていてもその大きさが明らかなそのドラゴンは、真っ赤な鱗で覆われ、薄暗い魔王城近くであっても、怪しい光を纏っている。
≪鑑定≫によれば、「ルビードラゴン」、レベル999、パラメータはオール9999。
かつて、がむしゃらに葬り去った「サファイアドラゴン」と対をなすかのような、強力な存在だ。
禍々しさは感じるが、かつてのそれとは違う。
僕たちもレベルアップし、仲間も得た。この世界の理にも慣れつつある。
——結果、
「すごい……私たちだけで倒せちゃった……」
「やったー!」
≪プロデュース≫で強化したキノちゃん・ティアちゃんのみで、「ルビードラゴン」は素材に成り果てた。
キノちゃんの≪絶唱≫の間に、ティアちゃんが≪弾跳≫で「ルビードラゴン」を弱らせ、牽制する。≪絶唱≫の副次的な小魔法の発動も、これを後押しする。
そして、結びの魔法で、「ルビードラゴン」は塵となる。
本来、ゲッカの「インフェルノ」が対単体魔法とすれば、キノちゃんの≪絶唱≫は対複数魔法だ。
一対一の時には、威力が分散してしまうことにはなるが、その上でも「ルビードラゴン」は敵ではなかった。
理想的な形での勝利。
「同じようなドラゴンをハオ君とゲッカちゃんでやっつけたことあるんだよね。少なくともそこには追い付いたのかな」
「ドラゴンより強いって、すごいな!」
キノちゃんは、自身の力が「ルビードラゴン」に通用するかどうか半信半疑で戦闘に向かったものの、無邪気に戦果を喜ぶティアちゃんとともに、勝利の余韻に浸っている。
ゲッカは相変わらず冷静に、ドロップ素材である巨大なルビーと、巨大な魔石を≪収納≫した。
この愚直な姿勢により、蓄えた財を有効に使えているため、何の文句もない。
この世界に来たばかりの時にゲッカが言っていた、『モンスターは資源でもあり災害でもある』という言葉。今となっては、僕も粛々と受け入れるに至っている。
体が軽くなる様な感覚——レベルアップ——も済み、気合を入れなおす。
「ルビードラゴン」跡地よりもさらに進行方向の奥。
洋城をほうふつとさせる巨大な建築が、特別な魔力によるものなのか、よく見ると宙に浮いている。
足元は荒れ果てた岩場、頭上は黒雲が埋め尽くす、おどろおどろしい雰囲気が漂う。
周囲にはモンスターの気配が無い。唯一の生命体が「ルビードラゴン」だったようだ。
ゲッカも緊張が隠せないようで、
「ハオ、≪検索≫で何かわかる?」
≪プロデュース≫・≪検索≫で確認してみる。
結論から言えば、何もわからなかった。
他者の存在や、時系列が確認できるはずのこの≪能力≫をもってしても、魔王城は「ブラックボックス」だ。
全体が黒くぼやけて何も見えない。魔王の姿も、僕らがどうなるかの予習も、ままならない。
それだけ、相手が強すぎるのか、それとも≪検索≫を邪魔する要素があるのか。
前者だとすれば、「ルビードラゴン」を瞬殺した僕らでさえ、かなわない相手なのかもしれない。
僕は念押しの確認をする。
「キノちゃん、ティアちゃん。ここから先はどんな危険があるかもわからない。引き返すなら、いつでもそうしてもらって構わないからね」
彼女たちはお互いを見合わせ、首を振る。
「どこまでもハオ君に着いていきます」
「みんなでやっつけよう!」
「ありがとう。全力で守るよ」
ゲッカは魔王城を見据えている。
「私もここから先は未知の領域よ。他人のことだけじゃなくて、ハオ自身も守るのよ。一番無茶するのはいつもあなたなんだから」
「ゲッカも、ね」
「……さあ、行きましょう」
再び最強人力車でそれぞれの位置につき、
「魔王城、突撃!」
戦国武将のように、僕は号令をかけた。
不思議な感覚だった。
明らかな門が無く、仕方なしに正面突破で突入した、僕ら。
城壁を突き破るかと身構えたものの、衝撃は無く、減速して停止して見えた景色は、まぎれもなく城内だった。
来るものを拒まないかのような甘々セキュリティに肩透かしを食らい、僕とキノちゃんは人力車から降り、外の二人と合流してみんなであたりを見渡した。
天井は高く、その高さは外から見たものと一致していた。シャンデリアなどはなく、簡素で薄暗い。
よく見れば、広間も余計な装飾もなく、唯一あるのは、奥の方に天蓋付きのベッド。
僕らがその異質さに気付いたのと同じくして、城内の壁際に設置された灯りがともり始め、空間の輪郭を把握するのには十分な明るさとなった。
ランプやろうそくとも言えない、おそらく魔法の類で点灯した灯りは、もうひとつの効果をもたらした。
「……ふぁ……お主らが侵入者か」
緊張感も無く、あくびがてらにベッドからゆっくり離床する、人影。
城内への侵入は思ったよりも無音だった分、変化とすれば場内の明るさ。これが彼女を目覚めさせたのだ。
≪鑑定≫によれば、ロフィーラ・ウィリアムシー、職業:≪魔王≫! レベル……は表示されなかった。
目的だったはずの相手……彼女を実際に目の前にすると、伝承上の生物を発見してしまったかのような、「実際にはどうしたらよいのだろうか」という感覚になった。
彼女は歩くというよりは、動く歩道に乗っているかのようなスムースな動きでこちらに近づき、次第に距離が詰まっていく。
見えてきたのは、身長は僕より高く、スラリと均整の取れた身体。ネグリジェのような露出と柔らかさをもつ衣服で身を包み、長い銀髪が腰まで伸びていた。
貴婦人が起き上がってきたかのようなその姿は、見とれてしまうほどの妖艶さを纏っていた。
「客人は初めてだ。うれしいぞ」
「!」
気づいた時には、井戸端会議をするかのような位置まで詰め寄られており、とっさに一歩あとずさりする。
「……身構えなくとも良いではないか。さて、客人に聞こう。まず、ペットと遊んでくれたのはお主らか?」
整った顔でのぞき込んでくる。魔王という響きから想像していたよりは見た目はずっと若く、同年齢でもおかしくないほどだった。
「……ドラゴンのこと?」
怒っているでもないような彼女の姿に、返事も湧き出てくる。
世間話のように淡々と会話が続く。
「そうだ、『ルビードラゴン』だ。まあ、聞かなくてもわかっているのだがな。それと、少し前までは『サファイアドラゴン』もいたが、ある日散歩に行ったまま戻らなくなってな……それもお主らだろう?」
心当たりがあり、うなずく。
「気にしなくても良いぞ。他のモンスターとは比べ物にならない強さだったからペットとして近くに置いておいたが、愛着があるわけではない。どちらかといえば、そんなペットたちを簡単に葬ってしまうお主らの方に興味がある」
表情は笑顔のまま崩れず、嘘ではないようだ。
魔王といっても、今のところ悪意も殺意も、微塵も感じられない。
「君は何がしたいんだ?」
自然と湧いてきた僕の発言が、みんなの視線を集める。
「わたしか? わたしは退屈をごまかしたいのだよ」
「退屈……?」
「こちらも質問の途中だったな。お主らは、わたしを亡き者にしようと乗り込んできたのだろう?」
彼女の表情は変わらない。無邪気な笑顔のままだ。
「……それが前提だけど、君次第だ。漠然と君を倒さなければならないと思っていたけど、君が戦う気が無いのなら、違う方法で解決策を……」
途端に彼女の表情が曇る。
「心外だな……、逆だよ、逆。ここまでたどり着いたお主らと戦いたくてしょうがないのだよ」
「! ……どうして」
「さっきも言っただろ? 退屈だからだよ」
「退屈だから戦うって、そんな……」
「わたしからすれば十分な理由だ。そうだな、それならお主らにも戦う理由を与えよう。わたしが魔王として存在する限り、わたしがこの城にいる限りは、お主らで言うところのこの世の混沌が続くぞ」
再び笑顔に戻る魔王に、思考がまとまらない。
「戦わなきゃいけない理由としては、よくわからないけど……」
「うーん……そもそもの話だが、この城は魔王を媒体にして魔力を世に放っている。それが魔石の元になったり、ひいてはモンスターの元になったり、な。つまりは、……自分で言うのもなんだが、魔王が強力なほど、世界はモンスターに貶められるのだ」
「そんな……」
彼女は嬉々として語っている。
「魔王は自死が許されず、城からの出奔も短距離短時間しか許されない。だからわたしは、客人を待つしか世間を知る術が無く、それが終わるのは次の魔王が現れた時、すなわち、代替わりで討たれたときだけだ」
魔王と戦わずとも解決を得る、そんな一筋の光は簡単に消え去った。
ゲッカは、ふう、と一息つく。
「ハオ、やはり戦わなければならないみたいよ。それならそれで気合を入れ直しなさい」
魔王は口角をさらに上げる。
「さあ、お主らの力を見せてくれ。油断してると……すぐ終わってしまうぞ!」
次の瞬間、≪ナイトメア≫と叫んだ魔王、その片手に黒いエネルギー体を握りこみ、ゲッカにめがけて掌底を放つ。
「く! ≪グレートウォール≫!」
負けじと反応したゲッカ。が、
「ぐ……」
拡大した黒い球体は≪グレートウォール≫を簡単にすり抜け、ゲッカに直撃した。
「ゲッカ!」「ゲッカちゃん!」「ゲッカっち!」
僕らの反応はことが起きてからのものであり、気付いた時にはゲッカは黒い球体に取り込まれ、溺れるようにもがいている状態だった。
「他人の心配をしている暇はないぞ」
魔王がゆっくりとティアちゃんに狙いを定めたのを感じ取り、
「≪プロデュース≫・≪弾跳≫!」
ティアちゃんもそれに反応し、目で追えないほどの速さで攻撃に転じる。
おそらく、ティアちゃんが魔王に拳を打ち込もうとしたとき……吹き飛んだのはティアちゃんの方だった。
「ティアちゃん!」「ティア」
ティアちゃんの軌道を目で追いかけるが、壁を破壊して衝突し、起き上がれなくなってしまった。
魔王は打って変わってゆっくりとキノちゃんに近づく。
「≪プロデュース≫・≪絶唱≫!」
キノちゃんは、恐怖に顔を引きつらせられそうになりながらも、。必死に詠唱した。
僕は、キノちゃんの前に立ちふさがる。
詠唱途中の小魔法がうまく僕を避けて魔王に向かっていくが、魔王はそよ風を受けているかのように歩みを止めない。
「変わった魔法だな……大丈夫だよ、最後まで邪魔はしないから、な!」
今まで感じたことの無いような衝撃が僕の左腕を襲う。
自分が吹き飛ばされていることに気付いたのは、壁の瓦礫に埋もれた時だった。
一瞬意識が飛んだようだが、状況は好転していない。
ゲッカは黒い球体に飲み込まれたまま、ティアちゃんは意識の所在すら不明で立ち上がれず、僕も全身が重さに負け、起き上がることを瓦礫に阻まれている。
キノちゃんは、気丈にも詠唱を続けている。
その至近距離で、魔王はニヤニヤと小魔法を払いのけている。
キノちゃんの歌声が涙で震えている。目の前で仲間がやられ、余裕満々の敵が目の前で待ち構えている。
次に攻撃を受けるのは自分、その威力も計り知れない。そんな恐怖と戦いながら、結びの魔法に賭けるかのごとく、歌詞を紡いでいく。
「——だから、私は歌う!」
力強く放たれた、結びの魔法。
小魔法とは比べ物にならない威力の魔法が、魔王に向かって解き放たれる。
「これはすごい……≪ナイトメア≫!」
恍惚の表情を浮かべる魔王が、相対するように黒い球体で応対する。
「キノちゃん!」
声を上げるのが精いっぱいだった。
キノちゃんの結びの魔法は黒い球体の勢いを弱めることにしか意味をなさず、そのまま彼女に黒い球体が直撃した。
「やあぁ……!」
キノちゃんの脇腹に当たったそれは、ゲッカに対するものよりは小さく、持続時間が短かった。
それでも床に打ち付けられながら吹き飛ばされ、傷害箇所が多重骨折したかのごとく、彼女は声なき声で悶絶している。
「うーん、さすがに本気を出しすぎたか。お主らには期待していたんだがな、まあ、生きてるだけでも十分か」
魔王は背伸びをしながら、寝床に戻っていった。
ゲッカの縛りが解け、自分のことを差し置いて満身創痍の僕らの救護に飛んだ。
持参の回復薬で救命し、事なきを得る。その間にも魔王は邪魔をするようなそぶりを見せない。
痛みの名残を引きずりながらも、僕らは五体満足で再集合した。
遠目でも魔王がニヤニヤしているのがわかる。こちらに向かって声を張り、
「わたしが本気なのはわかったろう? お主らも本気を出さないとすぐ終わってしまうぞ。かといって、よもや逃げたりはしないよな」
いつでも攻め込める余裕がありながら、僕らの様子を観察している。
ゲッカがため息を吐く。
「とんでもない強さね。≪プロデュース≫で強化した≪インフェルノ≫や≪グレートウォール≫が頼みの綱だけど……もしくは……」
作戦会議ののち、僕らは配置につく。
「≪プロデュース≫・≪絶唱≫! ≪プロデュース≫・≪グレートウォール≫!」
「お……始まったか」
のそのそとベッドから離れる魔王。
こちらの思惑通り、攻めては来ない。
彼女は遊んでいるのだ。
余裕もあるのだろうけど、単純に実力のある相手を目の当たりにし、その言葉通り、退屈から逃れようとしている。
それを利用し、予備時間の必要な≪絶唱≫の準備をし、途中で邪魔が入らないように≪グレートウォール≫で守備を固める。さっきは≪グレートウォール≫単独だと貫かれてしまったが、≪プロデュース≫によりこれが解決すれば、と賭けの部分もあった。
魔王は図らずも、プレゼントを待つ子どものように、ワクワクと待ち構えていた。
こちらは、仕掛けるしかない。
「——だから、私は歌う!」
キノちゃんの結びの魔法が放たれる。
「これだとさっきと変わらないじゃないか……」期待に添わない流れに、魔王がおざなりな≪ナイトメア≫を詠唱したところで「なっ!」
魔王の鼻を明かす一撃……奇襲!
≪プロデュース≫・≪グレートウォール≫は防御のためではなく、攻撃のため。
ヒントは人力車。
キノちゃんの結びの魔法、中からその勢いを借りて飛び出したのは、≪グレートウォール≫に身を包んだティアちゃんの≪弾跳≫だ。
「≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫!」
間髪入れず、≪インフェルノ≫も発動する。
ゲッカは魔王の背側に回り込み、≪絶唱≫+≪弾跳≫とは逆側から魔王を挟み込むようにして強大な炎を放出した。
魔王もこの挟み撃ちに危機感を感じたようで、
「ぐぅっ……!」
≪ナイトメア≫は≪インフェルノ≫との相殺に使われた。
とっさの判断で≪絶唱≫+≪弾跳≫の直撃を選んだ魔王は、勢いを殺せないまま壁に激突し、先ほどまでの僕らと立場が逆転する。
だが、今はチャンスではなく、ピンチだ。
この奇襲で決められなければ、次は同じことができる保証はないし、さすがに予防策を取られてしまうだろう。
魔王が沈んでいるうちに、二手目を打たなければ——
「なめていたのはわたしの方だったな」
不気味な気配に気づいた時にはもう遅かった。
僕は魔王に後ろを取られ、≪ナイトメア≫による拘束で身動きが取れなくなっていた。
ゲッカたちが声を上げるが、
「さすがにもう一度同じのを食らったら終わってしまうからな……もう少し遊ばせてくれよ」
後ろから聞こえる魔王の声には余裕が混じっていた。
「ぐ……声は出せるから≪プロデュース≫も使える……トドメを……」
ゲッカが≪インフェルノ≫を使ってくれれば、勝機があるかもしれない。
当のゲッカは納得してくれない。
「そんなことできるわけないでしょ! ハオが巻き込まれるか、避けられるかのどっちかにしかならないわよ! 二人が近接してたら≪グレートウォール≫でもハオを守れないし……」
魔王はすでに余裕の表情を取り戻している。
「いや、もし攻撃できるのなら、受けてやっても良いぞ」
「「「!」」」
魔王の意外な一言に、全員の思考が止まる。
彼女は真意を告げる。
「無防備に受ければ、わたしは死ぬだろう。ただ、そうなるときはお主らのエゴを見届けることができる。仲間を殺してでも目的を果たす、という、な」
≪ナイトメア≫による拘束は首を絞めれれているかのような息苦しさを催させる。
「君は……それでいいのか……?」
「お主らのチームワークでわたしは追い詰められた。そのチームワークを崩すことができれば、たとえわたしが死んでも引き分けだろう?」
涙ながらにキノちゃんが抵抗する。
「そんなの出まかせよ!」
僕を助けようと、物理的に特攻してくる。
「……浅慮だな」
魔王の≪ナイトメア≫でキノちゃんが吹き飛ばされ、
「キノっち! くそっ、てめえ!」
それに反応してとびかかるティアちゃんを、上段足払いで壁にたたきつける。
「キノ……ちゃん、ティア……ちゃん……」
二人は、またしても再起不能になってしまった。
魔王はゲッカに向けて語りかける。
「簡単な図式になったな。お主が炎を放てば、わたしと仲間が死ぬ。炎を放てなければみな死ぬ。さあ、どちらを選ぶ?」
にやりと笑う魔王と、対照的なゲッカ。
「選べるわけ……ないでしょうが……」
僕が同じ立場だったら、選べない。
ただ、みんなを救う方法がこれしかなければ、人質の僕からすれば苦渋の選択をしてほしい。
「さあ、どうする? 悩んでも時間は有限だぞ?」
何か、策はないか……!
そういえば、一度も試していなかった≪プロデュース≫・≪鑑定≫。
もしかしたら、相手の弱点もわかるかもしれない。
……見当違いだった。≪鑑定≫が強化された結果、得られたのは対象の適所、すなわち≪天職≫だった。
≪職業≫自体が天から授かったものなので、≪天職≫とすると混乱を招くが、最も適した≪職業≫という意味だ。
それにより見えたのは……。
「……君は≪教師≫に向いているらしい」
「は……?」
唐突だったが、魔王の天職は≪教師≫だった。
「僕の≪能力≫で……そう見えたんだ」
それを魔王に伝えてどうなるかはわからない。
何かの楔になれば、そう思って口走ったが……予想以上に魔王は動揺していた。
——魔族の少女は、必要以上に強大な力を持って生まれてしまった。
それを隠すことはできず、実力主義の社会では、親からも、同胞からも、その他大勢からも、嫉妬の対象になった。
時には命を狙われ、時には命を奪い……。人間社会ではせいぜい正当防衛になるだけかもしれないが、魔族社会では地位を固める方向に進んでしまった。
平和に暮らしたい、それだけが彼女の望みだったにも関わらず、現実との軋轢が増していった。
疲弊した彼女は、ある日ふと人間界を訪れた。
きっかけは興味本位だったが、出会ったのは奇妙な光景だった。
親が子を慈しみ、他人同士が手をつなぐ。
ときには魔族社会のような現場もあったが、彼女にとってはそれ以外の世界があること自体が新鮮で、衝撃だった。
人間社会の方が自身のマインドに合っている、そう感じた。
中でも興味を引いたのは、他人が他人に教示し、導く姿だった。
秀でた能力のある人間が、それを生かして後継を育てる。たまに後継が師を超えることもあり、そこには嫉妬ではなく祝福があった。
望んでもいない多大な才能に恵まれた彼女にとっては、理想の世界だった。
だが、現実は重くのしかかり、他人のために使いたいその力は、他者を退ける方向に作用した。
絶対値は大きく、気付けば魔王という立場になり、特性上その力は人間界への災害を大きくしてしまった。
「≪教師≫……まさか、わたしにそんな適性があるとはな」
光明、そして、仮説をぶつける。
「≪教師≫に向いている人が、本気で他人の未来を奪おうとはしないはず。……自分だけ、死ぬつもりだった……違うかい?」
どうしても、魔王が悪人には思えなかった。
≪プロデュース≫・≪鑑定≫の結果を見たからではなく、僕らを手のひらで転がしつつも悪意を感じられなかったからだ。
「そこまでわかっていれば話が早い……引導を渡してくれ」
≪ナイトメア≫から解放される。
「それなら、もっと違う方法があるはずだ!」
「急にこちらの心配か? お主は忙しいな。……他に方法はない」
「君は自分の運命に抗おうとしてただけなんだろう……」
自分の無力さが悔しくなる。
「お主らの登場も、運命だ。この城に到達できる時点で、それは最初で最後の訪問者なのだ」
「ルビードラゴン」を倒せる力があれば、無抵抗の魔王になら勝てる。そんな線引きがあったのだろう。
「それは君が本気を出してないからだ。本気を出せば僕たちのことはいつでも……」
憎まれ役を演じ、遊んでいる余裕を見せて、挑発により最大限の力を引き出させ、……最終的には僕を巻き込む気も無かったのだろう。
「それも実力の内だ。……最期にお主らに会えてよかった。わたしを葬ることができ、それを悔やんでくれる、お主らに」
ゲッカが構える。
「気が乗らない……けど、前に進むにはこうするしかないみたいね。ハオ、残念だけど、≪プロデュース≫を」
「でも……」
「間接的でも、スタンピードとかが起きてしまえば、私たちの手の届かないところではたくさんの被害者が出てしまう。あなたができないのなら、私が≪インフェルノ≫を打ち込み続けるしかない」
≪インフェルノ≫単独では、いくら連発しても解決につながらないことはわかっている。
女神様が僕に与えた≪能力≫は魔王討伐に導くためのもの。
「……ゲッカだけに背負わせるわけにもいかない」
僕はゲッカの傍らに歩み寄り、魔王と真正面で向き合う。
「こんな形でごめん……」
「余計な気を使わせて済まない」
魔王は優しい笑顔だ。
決意が鈍らないように、僕は深呼吸をする。
息を吸い終わり、そして、
「≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫! ——」
***
「——ヒナタは相変わらず輝いてるなぁ」
音楽番組の生放送。テレビスタジオに特設ステージが作られ、あるアイドルグループがパフォーマンスをしていた。
センターは「久慈ヒナタ」、僕の親友だ。
グループ創設当初からメインセンターを陣取り、人気も実力もピカイチ。
一方、僕は万年練習生。
プロデューサーからのゴーサインが出ればグループメンバーに昇格、といった図式だが、そこにはまらないまま早四年。
いま現在も勉強という体で、パフォーマンスの補佐などの雑務をこなしている。
ぱちぱちぱち……。
スタジオ観覧のお客さんの手拍子の中、舞台は暗転する。
スタジオに映像が戻り、パフォーマンスが終わったメンバーたちが舞台から降りてくる。
僕の仕事は、飲み物を渡したり、着替えの誘導をしたり。
「そんなの、ハオがやらなくていいって、いつも言ってるでしょ」
ヒナタはそう言ってくれるけど、実は嫌いじゃない。
輝いてるみんなの姿を近くで見られて、その代償とすれば安いものだ。
「あーら、あいかわらず『ステゴザウルス』たちが群れちゃって。邪魔だっていつも言ってるでしょ」
グループ二番人気のいけ好かないヤツ、「白貝ラム」だ。ヒナタと僕をいつも目の敵にしてくる。
僕たち二人は、同じ孤児院で育った。
僕の両親は事故(事件)で亡くなり、ヒナタは親の顔をみたことが無いらしい。
そんな僕らを揶揄して、特にヒナタに敵意を向けて、ステゴザウルスなんて平気な顔して言ってくる。
「——いつか絶対に地獄に落としてやりたいわね、あの女」
「まあまあまあ」
ヒナタは紅茶をすすりながら、先日のステージ終わりの出来事を思い返している。
僕はヒナタの住んでいるマンションによくお邪魔している。
高層マンションの一室、都心なのに3LDK。広い窓ガラスから見えるのは、成功者の景色だ。
ヒナタは、そんな景色に目もくれず、どうやって搬入したかもわからない、グランドピアノの音に耳を傾けている。
音の主は僕だ。
孤児院の時は、ここまで上等なピアノではなかったけど、ぜいたくに使わせてもらっている。
昔から、ヒナタは僕がピアノを弾くのを飽きずに聞いてくれていた。
僕の伴奏で彼女が歌ったりなんかもして。それが彼女の現在につながったのだとしたら、誇らしさこの上ない。
(彼女だけ)忙しくなった今も図式は変わらず、僕はそれが心地よい。
ピアノ伴奏をBGMにして、日常会話の場にもなる。
「今度ドラマの話が来てて、忙しくなりそうなの。クランクインする前に二人でどこかお出かけしない?」
「今でもヒナタは疲れもたまってるだろうから、ゆっくりできるところに行こうか」
彼女の頬がなぜか膨らんでいる。
「……二人の時は本名で呼んで。何回言ってもそうなんだから、まったく」
ヒナタは芸名。むしろ、プライベート以外は本名で呼ばないように気を付けているせいで、ついついそっちで呼んでしまう。
「ごめん、月下」
本名が月下で、その反対の意味になりそうな言葉を遊び心で芸名にしたのだそうだ。
「わかればよろしい。そしたら、温泉とかどうかしら」
「温泉! 良いね」
無邪気にはしゃぐ僕に、月下は急に顔を近づける。呼吸をするのが恥ずかしい距離だ。
ピアノの鍵盤も無作法に弾いてしまう。
「……間違いを起こしても良いんだからね」
「またそうやって! 僕が男だったら好きになってるよ!」
「……男じゃなくたって、良いんだけど」
「何か言った?」
「ううん、何も」
トップアイドルとしてたくさんの人を魅了する彼女が、おそらく僕だけに対してそんな戯れを仕掛けてくる。
本来の目標であるアイドルでの活躍を自分自身が成就できていないのは情けないけど、月下の存在は誇らしいし、親友としても唯一無二だ。
逃げというわけではないけれど、最近では作曲家のオータマさんに弟子入りまがいのことをしている。
彼がグループに楽曲提供をよくしてくれている都合で何度かかかわることがあり、ピアノ好きが伝わったら可愛がってくれるようになった。
いずれは自分で作曲して自分で歌えるのが理想……だけどどちらもまだまだ難しい。そのため、自分の曲ができたら当座は月下に聞いてもらったり歌ったりしてほしい、そんな風にも思うようになっていた。
アイドルとして芽が出ないけど、作曲という違う形での関わり方も胸に秘めながら、今の心地よさがいつまでも続いてくれれば……そう思っていた。
『超人気グループ・ネームレスの不動のセンターに熱愛発覚!?』
月下のことに間違いない。週刊誌に堂々と掲載された。
内容を見るに、いつも彼女の身近にいる僕からすれば「ないこと」だらけの嘘八白であり、ただ、普段の月下を知らない人からすればうまく信じ込まされてしまいそうな内容だった。
今度のドラマで共演するイケメン俳優とのツーショット写真も載っている。親密度はこれっぽっちも感じないが、二人がそろって写っているのが信憑性を増してしまう。
「信じてくれる人だけ信じてくれれば良いのよ。私の本命は、ハオだけなんだから」
「こんなときにまたそんな冗談言って! 事務所は結構大変らしいよ」
「関係者各所には申し訳ないけど、本当に根も葉もないことだし、それに相手の男、いろいろ悪いうわさがあって、この写真の時もたしか、テレビ局の駐車場まで追いかけてきて口説いてきたのよね」
「うぅ、月下は悪くないじゃないか……」
今回のことで大人たちは火消しに大わらわだったが、月下の言う通り、ファンは根強く月下を応援してくれ、次第に騒動は収束していった。
そんな中、いけ好かないでおなじみの白貝ラムが、グループからの卒業を発表した。
表向きは円満ソロデビューだが、裏では、グループのチーフプロデューサーをそのまま引き抜いていたため、残りのプロデューサー陣がネームレスの新体制について会議を重ねる事態となった。
これが、思ってもみない朗報を僕にもたらした。
「ハオ! おめでとう!」
「ありがとう!」
僕とゲッカはおしゃれで恐縮至極のフレンチレストランの窓際で、聞いたことのないカタカナの名前のシャンパンを乾杯していた。
お互い二十歳になったばかりで背伸びしまくっているようにも見えるが、月下は大人の付き合いでこういう店には慣れているらしい。予約も彼女がしてくれた。
誰かしらプロポーズでも始めそうな雰囲気が漂う。
急いでクリーニングに出した一張羅の少しえれがんとなワンピースを着て、むずがゆい。
誕生日のお祝いではここには来ないでもっとカジュアルに済ませたい。
「やっと同じグループだね。そしてなにより、ハオが一人前のアイドルとして認められたってことだよ」
「いやー、どんな風の吹き回しなんだろう」
「必然よ、必然。たくさん努力してたんだもの」
ネームレスのプロデューサー陣が下した采配は、ナンバー2が抜けた穴を僕で埋めるというものだった。厳密には同じ大きさの穴ではなくて持て余してしまうとは思うけど、今までの努力が一定の評価を受けたのは間違いではなかったようで。
月下の話では、白貝ラムとチーフプロデューサーはただならない関係で、いろいろと彼女に有利に運ぶよう、言い換えればワガママに応えるよう、あの手この手を行っていたらしい。
実は今までも僕を正規メンバーに昇格させる話は何度も出ていたらしいけど、その都度、白貝ラムの息のかかったチーフプロデューサーが待ったをかけていた、というのが内訳なのだそうだ。
月下は最初から正規メンバーになって、しかもすぐに人気が出たので、手出しはされ」ず。一方で、くすぶってた僕を踏みつけることは容易だったようだ。
そんな圧力が無くなったことで、僕を推す声はありがたくも強くなり、今回の抜擢に至ったのだ。
さらに驚いたのは、月下の熱愛ゴシップも彼女たちの差し金であった可能性が高いとのうわさだ。証拠がつかめていないだけで、かなりクロなのだそうだ。
つまり今回の顛末、白貝ラム劇場としては、僕への嫌がらせで僕は万年練習生→実力で勝てない月下にスキャンダル攻撃→それでも勝てずにグループ脱退(プロデューサー引き抜き)→どうでもよくなって僕の正規メンバー昇格、といった具合だ。
嬉しさと不安が入り混じるけど、
「ハオの夢、叶ったね」
「ありがとう。月下の応援のおかげだよ。でも正規メンバーになれたことに満足して終わりじゃなくて、ここからがスタートだからね。月下についていかなきゃ」
トップアイドルが頬を赤くして、優しく微笑んでくる。お酒が回ったのだろうか。
良い意味で歯車が回り、日常が変わる……そう思っていた。
僕たちは慣れないお酒もほどほどに、月下のマンションに向かうために、レストラン前でタクシーに乗ろうとしていた。
「——久慈ヒナタちゃん」
知らない男性の声に振り向いた。
そこにいたのは、高級レストランの店先には似合わず、フードを目深に被った人物だった。
「……だれ……かしら」
ほろよいの月下が尋ねると、
「ぼく、ヒナタちゃんの大ファンで、この辺のお店での目撃情報が出回ってたから、探してたんだ。やっと見つけた」
フード越しで表情が少しわかりづらいが、笑ってはいるようだ。だけど目が座っていて少し不気味だった。
「ありがとう、だけどごめんね、今はプライベートで——」
慣れないお酒で、僕も月下も冷静な判断力を失っていた。
普通に考えれば不審者だ。
気づいた時には、その男性はナイフを構え、月下に向かって突進してきていた。
「っ……!」
とっさに僕は月下の前に立ちふさがり、先行していた腕に電流の走るような激痛が襲った。
「え……ハオ!? ハオ!!」
幸いにも月下や僕の体幹にはダメージが無かった。
僕よりも反応が遅れたお見送りのレストラン店員やタクシー運転手が暴漢を取り押さえた。
彼はもがきながら、狂ったように、
「裏切りやがって!!! ウラギリヤガッテ!!!」
そう繰り返していた。
今回の凶行に及んだのは、月下の熱愛ゴシップに失望した熱狂的ファンだった。
それを知らされたのは、病院の個室だった。
命に別条がないのをいいことに、大人の人たちが出たり入ったり。おとなしく入院させておいてもらえない。
手術をしてくれた先生が、言いづらそうに教えてくれた。
……当たり所が悪かったため、指が今まで通り動くようになるかはわからない。
僕の中で時間が止まった。
つい利き腕を差し出してしまったこともあり、リハビリ頼りの運命になってしまったのは右手だった。
すぐに結びついたのは、ピアノのことだった。
ピアノを、今まで通りに弾けなくなってしまうかもしれない。その想像だけで背筋が冷たくなった。
「ピアノを弾けなくても、作曲はできるよ! 今はデジタルの時代だからね……あ……ごめん」
励まし方が下手なのは、作曲家のオータマさんだ。
まだ心の整理ができていない人間にとっては酷にも聞こえたけど、彼なりの応援だった。
僕は、時間をかけて少しずつ受容をしていった。
リハビリにより、軽いものなら右手でつかめるようにもなった。
……一方で、リハビリの限界についても、受け入れざるを得なかった。
粗大にしか動かない右手を眺めながら、リハビリも含めて少なくとも2週間は経った。
マスコミ対策も兼ねて入院生活が長くなっていたけど、事件以降、月下は一度も姿を現さなかった。
何度連絡をしてもつながらなかった。
事務所の人に聞いたら、憔悴しきって全部の仕事を休んで家にこもってしまっている、と。
自分が殺されそうになる経験をしたら、たいていの人間はそうなるだろう。月下がその例に漏れないのも不思議ではない。
悪い歯車は急に動きだした。
それはオータマさんからのメッセージがきっかけだった。
ケータイのメッセージ受付音に反応してみてみると、
オータマ「タイヘンだ! 月下ちゃんがラムをボコボコにしたらしい! そのあと、行方不明だ!」
こんなメッセージを僕に送ったらどうなるかも想像しないのは、作曲以外は無神経なオータマさんらしい。
だけど、僕が病院を抜け出すきっかけにはなった。
僕は心当たりの場所に一目散に向かった。
——事務所の屋上。
普段は進入禁止にはなっているが、僕と月下はたまに悪戯心で忍び込んでいた。
駆け出しの時は特に。
事務所は景気良好なため、立派なビルにフロアを構えている。
周りの建物よりも少し背が高く、夜空の満月には手が届きそうな勢いだ。
「……やっぱりここにいた」
「……ハオ」
遠いからではなく、ビル風に負けてかき消されるほどの弱弱しい声のせいで、かろうじて聞き取れるくらいだった。
僕は少しずつ、月下に近づいた。
彼女は、屋上の端を囲む金属製の柵にもたれかかり、斜め半分、空を見上げている。
「……よくわかったね」
「嫌なことがあったら、よくここに来てたでしょ?」
近づいてみると、髪はぼさぼさで、肌も荒れてやつれ、見る影もない月下の姿があった。月夜でも、その別人ぶりは明らかだった。
「……さい」
「大変だったね、ごめん、つらい思いをさせて」
「……なさい……めんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!」
「!!!」
月下は壊れた人形のように、頭を抱えて同じ言葉を繰り返す。
「……ごめんなさい! ……ごめんなさい! ……ごめんなさい! ……ごめんなさい! ……」
「お、落ちついて、月下、大丈夫だから、ね」
「……たしは、わたしは! ……ハオの大事なものを奪ってしまった!」
気迫に押されてしまうほど、月下は叫ぶように声を荒げる。
「月下……」
「せっかくの正規メンバー昇格も、水を差されてしまった! 事件の後じゃ、ありのままのハオを見てもらえなくなってしまう!」
「それは気にしなくても大丈夫だよ……」
「嘘よ! ハオの夢を汚したのよ!」
「それは……」
「それだけでも耐えられないのに! ……ピアノもその腕じゃ満足には弾けない!」
「簡単な曲の演奏とか、作曲なら……」
「ハオとの大事な思い出が! ハオの大好きなものが、すべて! ……崩れてしまった……」
月下は、僕と会話をしているようでしておらず、自分自身に叫び浴びせるように言葉を吐いていた。
「……大げさだよ、帰ろう、ね」
「もう、戻れない!」
嫌な予感が脳裏をよぎった。
「月下、話を聞いて」
「まずは今回のきっかけのゴシップを作り上げたあの女をボコボコにしてやった……」
「ラムには謝りに行こう」
「でも、一番罪深いのは、私よ!」
「月下!」
「私が居なければ、居なけれ、ば!!!」
「月下!!!」
月下は柵を勢いよく飛び越えた。
こういう時には物事はスローモーションになるようだ。
……いや、走馬灯だったのかもしれない。
自分でも不思議だったけど、柵を越えて月下を追いかけるのになんのためらいも無かった。
幸い、至近距離まで詰め寄っていたことで、空中ではすぐに月下を捕まえることができた。
「あ………あ……なんでハオまで落ちるのよ!!!」
「なんでだろね、大事な月下をほっとけなかったんだと思う」
「!!!……ハオ……」
落下中にしては、会話が長く続いていた。
どこまでが現実で、どこまでがそうじゃなかったのか……。
「高いビルから落ちたことなんてないから、怖いね。月下をぎゅっと抱きしめてれば、僕がクッションになってゲッカは助かるかな——」
衝撃は無かった。
死ぬときってこんな感じなのだろうか、ふわふわした気持ちと、ふわふわとした空間に浮かぶような感覚で、僕はまるで夢を見ているかのようだった。
明るいような暗いような、深海のような無重力のような、感覚が一定ではなかった。
(死後の世界ってこんな感じなのかな。月下がいない……ってことは、月下は助かったのかな)
『君に、この世界の秩序を託したい!』
突然の女神様の登場。
『残念ながら、君は元の世界で死んでしまった。だけど、君のキャラクターはこのまま消滅してしまうのは口惜しい。別の世界で活かして欲しいんだ』
ビシッ、と人差し指をこちらに向け、ニンマリした女神様。
『秩序を得るにはそれ相応の力が必要だよね。君には君のキャラクターにふさわしい力をあげる。それと、それを補う仲間も、ね。君が、絶大な力を悪用しないと信じて、ね』
理解がついていかないのに、説明は続く。
『実は、その仲間っていうのは、すでに準備万端でね。何を隠そう、君の親友、月下ちゃんだよ。彼女も残念ながら、君と一緒に死んでしまったからね、一緒に転生させてあげたんだ』
(そうか……月下も死んじゃったのか……)
僕はたぶん、うわの空みたいな状態なんだと思う。
『あれ、反応薄くない?』
(反応薄いというよりは、僕にとって大事なことのほうが気になっただけなんだけどな)
『ごめん、よく無神経って言われるんだ。心の声とか聞こえるのにそれを生かせないんだよね』
(……なんとなく、オータマさんに似てる)
『彼が私、ってオチはないから安心して。それでは、コホン。本題に戻すけど、実は月下ちゃんの方は、時系列で言うと君たちの感覚でいう十年くらい先回りしてもらっててね、理由として、ひとつは、君のガイド役として十分に機能するように世間を知っておいてもらうため、もうひとつは、贖罪のためさ』
頭はぼーっとしていても、回転する力はあった。
(……僕を巻き込んだから……ですか? 僕は勝手に巻き込まれたのに)
『君らしい表現だね。彼女がそれを聞いたら、きっと心が楽になると思うよ。……いま、女神様もまともなこと言うんだな、って思ったでしょ』
(当の月下は……)
『見事なスルー……。はいはい。そんなに心配なら、望みを叶えてあげましょう。それでは、月下ちゃんの登場です!』
女神様がじゃーん、と手をぴらぴらさせて視線を誘導した先には、深紅の小鳥がこじんまりとうつむいていた。
(え……?)
『驚くのは無理もないよ。贖罪パート2として、彼女はヒノトリの幼鳥になったのさ。本来の姿を失うことは、かなりの重荷だからね』
(よくわからないけど……)
『ちなみに、君は男の子になります』
(え、なんで)
『面白いから……とでも言っておきましょうか』
なにがなんだか、受け止め切れな過ぎて、どうでもよくなった。
『とにかく、ほら、月下ちゃんにとっては十年ぶりの再会だよ』
言われてみればそうだ。僕にとっては事件の直後くらいの感覚でも、月下にとっては罪を拭うための後ろめたい十年間を経ている……ということなら、僕らの再会の印象も、お互い全く変わってくることになる。
自分からは言葉を発さない月下に、僕は声をかける。
「……大変だったね、月下。つぐないなんて気にしなくてよかったのに……でも、その期間が、月下自身の心の整理には必要だったのかな」
小鳥の月下は、思ったよりも柔らかい表情で、僕を見上げてくる。
「……ハオは、やっぱりハオだね」
『積もる話タイムは十分に取っていいから、落ち着いたら、異世界へレッツゴーだよ!』
元の世界の話はほどほどに、月下の十年間を傾聴することを中心とした。
月下は、来るべき僕との冒険に向けて、慣れない世界で辛い思いをたくさんしたようだ。
彼女は苦労を美談のようには決して語らなかったが、愚直に時を費やす日々が彼女の心のリハビリにある程度寄与していることは間違いなかった。
そういった意味では、とぼけた女神様は本当に女神様なのだろう。
「女神様、ありがとう。僕たちにもう一度チャンスをくれて」
『て、照れる……言い忘れたけど、こっちもお願いしてる立場だから、もし目的達成できたらご褒美上げるね。それぞれ願い事をひとつずつ叶えてあげる』
***
『そんなこんなで久しぶり!』
久々のふわふわ空間に、僕と月下は呼び出された。
さっきまで、キノちゃん・ティアちゃんの手当てをし、魔王城を間借りして体制を整えていたところだったのに。
魔王は≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫で消滅した。
納得はしきれなかったが、そうなることを魔王自身が望んでいた。
自身の存在自体が世界に混沌をもたらす。だから、自分が居なくなることを選択した。究極の自己犠牲。
「……つらかったです」
『ごめんね……でも、君たちならやってくれると信じてたよ。ありがとう』
深々と頭を下げられ、言葉を紡がせてもらえない。
月下も何も言わずに頭を下げる。
お辞儀の終わった女神様は、打って変わっていつもの抜けた笑顔だ。
『そしたら、ご褒美タイムに突入だ。何をしたい? 何が欲しい?』
この世界に降り立つ前に言われていたことだったが、すっかり忘れていた。
当時考えていたのは、元の世界に戻ること、元の姿に戻ること……だったけど。
「ふたつ、お願いしても良いんですよね?」
『そうだよ。遠慮なくどうぞ』
月下の方を見ると、察したように、
「ハオの好きにお願いしてもらっていいわよ。私は……取り返しのつかないことをしたのに、ハオとの一緒の時間を与えてもらっただけで大満足だから」
女神様へのお辞儀の理由が述べられた。
「それなら、ひとつは、月下を元の姿に戻してください」
「ちょっと、ハオ、大事なお願いを私なんかに……」
「僕に任せてくれるんだよね」
「……うん」
『決定で良いかな? それでは、超絶美少女の復活です!』
演出なのか、月下が光を纏い、そして、輝きが収束して現れたのは……在りし日の、アイドルを目指して一緒に上京した十六歳くらいのときの、少し初々しい月下だった。
クールな瞳で、自然な赤い髪を肩まで伸ばし、僕よりも少し背が高い、たしかに超絶美少女だ。
「ハオ……」
自分の体に触れ、久々の感触に実感を徐々に取り戻す月下。
感極まり、僕の胸に飛びついて涙を流す。僕は彼女を優しく抱きしめ、とんとんと背中を優しく叩く。
特殊な空間だからか、僕より背の高いはずの月下の頭が、僕の胸元でちょうどよい。僕の方が少し浮いているような構図だ。
女神様はニヤニヤしている。
『そうなると、もうひとつの願いは、君が元に戻ることかな?』
「いえ、別のことにします」
『別のこと?』
「? 何にするの?」
月下はきょとんとした涙目の上目遣いで聞いてくる。
「だから! 僕が男だったら好きになっちゃうって言ってるのに!」
ついついこの表現を使ってしまうのが、僕の悪い癖だ。
「ハオは今は男の子だし、女に戻る気はないんでしょう?」
「何も言い返せない……」
「私が……本気になる権利……あるかな?」
超至近距離で聞かないでほしい。
「だから! 自分がカワイイのを自覚してってば。……月下は誰よりも親友で、誰よりも大切な人だよ。……それ以上は言わない」
照れた顔を隠せない。それが月下の笑いを誘う。
「ふふふ。そしたら、好きなように解釈するね」
女神様のニヤニヤも止まらない。
『なんか、男の子にしたの、グッジョブじゃない? 跡取りたくさん作って世界を安定させられるようにっていう、戦国武将的な発想に基づいてたのに』
「それが理由だったの!?」
「ハオは女たらしだから、気を付けないと正妻の座が危ないわね」
「月下ったらもう!」
月下との日常が戻った。僕が元の世界で突然失ってしまった、大事なものだ。
『ところで、もうひとつの願いって? ——』
僕たちは、帰路についた。
復活したティアちゃんが、≪プロデュース≫・≪弾跳≫で快速運転をしてくれる。
行きと違うのは、月下がティアちゃんの肩に小鳥としてとまっているのではなく、美少女の月下が御者の位置にいることだ。
それと、もうひとつ違うのは……。
(狭くなったからハオ君との密着度は高まったけど、ライバルが増えたのは……うぅ)
「キノちゃん大丈夫? 顔色悪いよ。やっぱり揺れが苦手かな?」
「ううん、大丈夫だよ……でも、しっかり、つかまらせてね」
女の子の体って柔らかいんだな、と、かつての自分を差し置いた感想を浮かべつつ、反対側の人物にも気を回す。
「あるじを誘惑か、お主、やるのう」
元魔王、ロフィーラ・ウィリアムシー、その人だ。
「しーっ、ばらさないで!」
キノちゃんは彼女とすでに打ち解けているようだ。
——ロフィーラの復活、それがもうひとつの願いだった。
魔王を倒したご褒美に魔王を復活させる。とんちみたいな願いだったが、女神様の懐は深く、受理された。
ただし、≪魔王≫としての力は失い、≪職業≫も≪教師≫となっている。
キノちゃんとティアちゃんも理解が追い付いていなかった。
気を失うまで戦っていた相手が、目を覚ましたら自分たちの陣営にいる。
加えて、小鳥だった月下も人の姿になっている。
結果、魔王戦後の二人(の美少女)の加入。魔王戦で仲間を失うどころか増やしたのだから、縁起の良い話だ。
彼女たちへの説明としては、ロフィーラに関しては、不本意で座っていた魔王という立場を捨てることができ、こちらに寝返った、と。月下に関しては、そもそも人だった、と。
強引な言い訳だったけど、キノちゃんは「大変だったんだね」と、ティアちゃんは「仲間が増えてうれしいぞ!」と、持ち前の素直さで受け入れてくれた。
『わたしはあるじに拾ってもらった命。あるじが求めることはすべて受け入れよう』
「あるじ」呼びの理由だ。
ロフィーラは和気あいあい自体が新鮮でうれしかったようで、溶け込むのも早かった。
みんなの元気な姿。キノちゃん、ロフィーラ、ティアちゃん、そして月下。
みんな、無事でよかった。
僕らは数日後、魔王討伐パーティとして王都に凱旋し、王への謁見を許された。
宮廷魔術士が魔王城付近のエネルギー量を常に観測しているらしく、得体のしれないドラゴンと魔王の気配が無くなったのを確認し、魔王消滅については信憑性を担保してもらった。
魔王討伐の証拠として「魔王の首を差し出せ」とはならなかったが、月下が≪収納≫(人の姿のときは口から吐き出さない)で巨大なルビー・サファイア・魔石をひけらかし、類を見ない大きさに「首」代わりとしては十分だった。
王座の傍らにいるのはミリア姫。
彼女を先日大臣の魔手から守ったこと、また、彼女の存在自体も、僕らの偉業証明の後押しになっている。
現国王——ミリア姫曰く、王たる器が少し足りない実の父——がお言葉を下さる。
「ハオとやら、魔王討伐、ご苦労だった」
「僕だけの力ではありません。皆で勝ち取った勝利です」
王の前で僕、というのは失礼かもしれないが、難しい敬語もわからないので、これで通してみる。
元魔王のロフィーラはバツが悪そうによそ見している。
ティアちゃんが「魔王倒したのに、魔王がここにいるなんて変だな!」と言いかけるのを、キノちゃんが必死に止めていた。
「褒美を授けよう。ただ、その前にひとつ。ミリア姫をそなたの妃としてくれないか」
「「「!!!」」」
僕も含め大勢が驚いた。
月下とロフィーラ、ミリア姫本人と、臣下の一部は納得顔だ。
うろたえるキノちゃんに、月下が耳打ちする。
「王様にとっては、魔王討伐の英雄は、自分の地位を脅かす存在なのよ。かといって、亡き者にするのは難しい、だったらいっそ、身内に取り込んだ方が賢明、といったところよ」
僕にも少し聞こえてきたので理屈はわかった。
ミリア姫の気持ちを差し置いて、勝手に政略結婚させるなんて……と思っていると、彼女が一歩前に出て、王に向かってお辞儀をした。
次いで彼女は僕の方に向き直って、丁寧なお辞儀をしてくる。
所作としてはさすがと言わざるを得ない。
高貴で美しく、ドキッとしてしまうほど表情まで繊細だ。
「ハオ……あなたの気持ちもないがしろにしたまま、勝手な話で申し訳ありません。あくまでも婚約として、いつでも破棄してもらってかまいません」
「いや、あの、婚約とかそういうのは経験がないぶん、ちょっとまだわからなくて、その……」
わかりやすく動揺する僕に、ミリア姫は優しく微笑んでくれる。
「これだけは知っておいてください。私は純粋に……あなたと添い遂げたい、それだけです」
「「「!!!」」」
どこかで「公開逆プロポーズだぁっ!」と聞こえてきた。
僕は背中まで熱くなって、顔も真っ赤に違いない。
仲間に助けを求めようとするも、
キノちゃんは「お姫様までライバル!?」と気を失い、ティアちゃんは「添い遂げたいってどういう意味だ?」とハテナ顔でそれを介抱し、ロフィーラは「あるじの甲斐性ならば」うんうんとうなずき、月下は「女たらし」と僕をにらみつけている。
「ゴホン」
王の咳払いが静粛を促す。王は静かになったのを見計らい、
「娘をよろしく頼む。さて、父としてはそれだけでも褒美なのだがな、何かほかに望むものはあるか?」
「そうしましたら、ひとつお願いが」
ミリア姫への楽曲提供(作曲、オータマさん)の頃から、抱いていた計画がある。
魔王討伐へ向かう道中『キノちゃん、聞いてほしいことがあるんだけど……魔王討伐が済んだら……僕の願いを聞いてほしい』と、言っておきつつ彼女や他の人たちにはまだ言ってなかったけど。
幸いにも、ロフィーラも加わり、何より月下が本来の姿に戻ったことも追い風となって。
所望するのは、
「僕に『音楽祭』を≪プロデュース≫させてください」
「「「音楽祭?」」」