候補のふたり
僕らは王都に辿り着いた。
その名に恥じない、栄えた城下が広がっている。
隅まで整備された都市と活気のある人々。一見近づき難いが、実のところ余所者でも心地よく感じられる環境を作ってくれている。
——王都、グラシリス。
この世界の代表的な国家のひとつ、グラシリス王国の首都だ。
国内外の貿易、文明の発展、冒険者の管理、モンスターの統制など、要所を押さえて非の打ちどころがなく、国民も愛国心が強く、幸福度が高い。
それらが良い循環となり、国家としてはさらに勢力を広げつつある。
……グラシリスに向かう道中で受けた、ゲッカによる講義内容、その引用だ。
グラシリスは『サファイアドラゴン』の現場からさほど離れておらず、実際、ミラさんはここに助けを呼びに来て、ほどなく到着した。
僕らも、逃げるように去った現場から、野営しないで済む程度の旅路で王都の関所をくぐった。
そのあと、王都観光を数日。
人々や食事などの文化を学んだ有意義な日々だった。
ゲッカは、他人がいるところでは「小鳥語」、僕だけしかいないところでは「普通に」しゃべっている。
「そろそろギルドに行きましょうか」
ギルド。それは冒険者が登録する、労働組合のようなところらしい。元アイドルの僕からすれば「芸能プロダクション」といったところか。
「そこでパーティを組んで、魔王を倒すんだよね」
「ええ、簡単に言うとそうなるわね」
『——君に、この世界の秩序を託したい!』
女神様のこの発言、突き詰めれば「魔王討伐」に結び付くらしい。
この世界には魔族という凶悪かつ強大な種族が存在し、人類と相対している。そして、その魔族たちの頂点に立つのが、魔王だ。
魔王の力が、魔族やその配下であるモンスターたちの総合力に直結している。魔王が強ければ、魔族やモンスターたちが活性化し、その勢力を拡大する。
人類はそれらと対峙し、パワーバランスが生じる。
適度な均衡は秩序を生み出すため、魔族側も必要悪だ。
だが、現魔王は過去になく強大な力をもち、結果、このバランスが崩れ、女神様のいうところの「秩序」が乱れかかっている。
直近では、魔物の数や質が増大傾向であり、人類側が押されている。
そのため、この世界の秩序を守る=魔王討伐、といった図式になる。
一方で、魔王は倒したとしても、別の魔王が生まれる、もしくはなり替わる。イタチごっこにはなるが、少なくとも現魔王を超える魔王はなかなか現れないだろう、との目算だ。それだけ、現魔王の力は奇跡的に絶大らしい。
……これも、ゲッカによる講義内容の引用だ。
「そんなすごい相手を倒さなきゃいけないのか……。当たり前だけど、『サファイアドラゴン』よりも強いってことだよね?」
「そうでしょうね。私も魔王の姿や実力を見たことはないけど、伝聞から推測するとそうなるわね。≪プロデュース≫があれば不可能ではない……んだと思う。そのためには、私以外にも仲間を集めて、ハオ自身も心身ともに強くならなきゃ」
レベル:561。現在の僕のレベルだ。桁を間違えていると思うほど、『サファイアドラゴン』以後で跳ね上がっている。ここまでくれば『サファイアドラゴン』に気圧された時のようにレベル差で苦労することはないし、人類の中でも最強クラスらしい。
相変わらず自分自身で戦っていないために実感はないが、数字の上では王都内であっても、僕以上のレベルを見かけない(ゲッカを除く)。
一見は順風満帆に見えるが、おそらく、目標——魔王討伐——のためには足らないのだ。慢心せずに歩みを進めるしかない。
大通りに面したギルドに到着した。王都に複数あるギルドの中で、有名どころのひとつ。元アイドルとしては、「大手芸能プロダクション」と例えるとわかりやすい。
とりあえず、門を叩いてみる。
中に入ると、屈強な冒険者たちであふれている。
武勇伝を語り合ったり、掲示された依頼書を眺めたり、スカウトや共闘を申し込んだり、さまさまだ。
「えっと、冒険者登録をしたいんですが……」
「……どうぞ」
受付の女性に声をかけると、おそらく登録用紙と思われる紙を渡された……というよりは、投げつけられて床に落ちた。
まぎれもない塩対応だった。
経験上、大手となると両極端だ。悪い方となると、殿様商売でサービスはないがしろ、コストを削り利益を絞り上げる。善い方となると、福利厚生も十分配慮して求心力を増し、薄利多売ながら協力して利益を生む。
僕が求めていたのは後者であったが、目の前に置かれた状況は前者のそれだ。
心が折れそうになりつつも、めげない。
なぜなら、≪検索≫と≪鑑定≫の組み合わせにより、このギルドに出入りしている人物の中に、類を見ないステータス保持者が二人も確認できたからだ。
その二人を見つけて仲間になってもらうのが、このギルドを選んだ目的だ。
(この場にはいないみたいだけど)
「ピィ(ハオの実力を知れば引く手あまたなのにね。人の良さを正当に評価できないなんて、残念ね)」
僕はうなずき、例の登録用紙を拾い上げて必要事項を記載した。
「お願いします」
開いている受付がひとつしかなかったので、仕方なく先ほどの塩対応窓口に提出する。
「……」無言で受け取ると、記載内容を目で追いつつ、時折こちらをにらみつつ。
「不備でもありますか?」
「いい加減なこと書いてんじゃねえぞ、カス」
あまり聞きたくない乱暴な言葉が聞こえ、一瞬、反応が遅れた。
「いや、嘘じゃなくて」
「レベルが561で、職業が≪プロデューサー≫? 馬鹿にすんじゃねえよ!」
ざわ、ざわ。受付女性が声を荒げたせいで、注目の的になってしまう。
ゲッカから事前に言われていたが、ギルド登録時に嘘を書いても≪鑑定≫でバレてしまう。だから、オランザさんと会った時のように≪テイマー≫としてはいずれバレるし、レベルも≪鑑定≫における基本事項であり数字もごまかせない。
「本当なんです。≪鑑定≫してもらえればわかります」
「てめえみたいなガキが伝説級のレベルで、しかも聞いたこともねえ≪職業≫なわけねえだろうが! 。≪鑑定≫するまでもねえよ! 消えろ!」
あまりにも乱暴なため、涙目になる。
「ピィ(さすがにむかつくから、実力見せちゃう?)」
ゲッカが機嫌悪そうに≪ネームレス≫を放ちそうになっており、僕は慌てて、
「す、すみませんでした」
むしろこの場の人たちのために撤退する。
野次馬からの嘲笑を受けながらの、ギルドからの退却。
空は、無神経なほどに青かった。
(どうしよう……)
涙を拭きながら仕切りなおそうとしたその時、
「どうしたの?」
透き通った声が、僕の心を潤す。
顔を上げ、声の方を向くと、
「かわいい……」
僕と同い年くらいの女の子二人組だった。
つい「かわいい」と漏れてしまうくらい、二人とも群を抜いていた。
つい≪鑑定≫を使ってしまい、人となりが判明してしまう。
声をかけてくれたのは、種族:エルフの「キノ・セレウス」という女の子だった。日光を反射して輝く金色の髪を程よく風になびかせ、顔立ちは幼さと上品さをあわせもつ。スラリとした華奢な肢体は、どことなく気品が漂う。
本気で心配してくれていた顔が、「え……!」と赤く染まる。もとが雪のような白い肌だったため、なおさら目立つ。
「あ、すみません、つい……」
初対面でとんでもないことを口ずさんでしまって慌てる僕に対し、もう一人の美少女が口を開く。
「泣き真似してナンパだ! たぶんワルいヤツだ!」
彼女は、種族:兎人の「ティア・ビスピナ」。エルフ美少女とは対照的に、腹筋が健康的に引き締まり、胸のあたりは豊満な身体と、やや露出の多い衣装が特徴だ。その割には、口ぶりは少し幼い。
「いや、あの……」と僕が困っていると、
「ぴぃ(なんとかごまかしなさい)」
ゲッカが渾身の小鳥を演じる。
「きゃあ、かわいい!」
「見たことない鳥だ! すげえ!」
頭をフル回転させる。たしかに見ず知らずの男にいきなりカワイイと言われたら、それは事案だ。女の子同士ではカワイイの言い合いはよくあるけど、僕は男でした、申し訳ありません。苦し紛れに、
「……実は、泣いていたのは本当なんですけど、えっと、この子を見てカワイイって言ったんです」
「ぴぃ(……ヘタな言い訳ね)」
表向きはかわいらしい小鳥を演じているが、ゲッカの言葉がわかる僕にはその不機嫌さが如実に伝わってきた。
エルフの美少女の赤く染まった肌が、さらに赤くなる。
「私ったら、私たちに言われたもんだと思っちゃって……恥ずかしい……」
「動物好きはイイヤツだ!」
本当はあなたたちに対してなんです、とはつゆも言えず、賞賛どころか無駄に辱めを与えてしまったことを猛省する。
結果、なんとかお茶を濁すことができ、そのまま挨拶がてらの自己紹介となった。
相手の情報は≪鑑定≫でわかっているので、その上で名乗ってもらうときはポーカーフェイスだ。
——動揺をごまかすのに精一杯でいったん置いていたが、実は、この二人が≪鑑定≫で見つけた「類を見ないステータス保持者」だったのだ。
種族:エルフ、名前:キノ・セレウス、年齢:十七歳、職業:≪歌い手≫、レベル:52、平均的なパラメータの中、特筆すべきは、魔力:3809!
桁を間違えたと思うほど、レベルに似つかわしくない数値を持っている。
種族:兎人、名前:ティア・ビスピナ、年齢:十七歳、職業:≪ジャンパー≫、レベル:56、平均的なパラメータの中、特筆すべきは、攻撃力:2174!、素早さ:3329!
こちらも、異常なステータスを持っている。
それぞれ、≪職業≫が一般的でないのも稀有だ。
(こんな形で目的の二人に出会えるなんて……しかも美少女で、いい子っぽいし)
キノちゃん(ちゃん付け、敬語なしで接することにした。キノちゃんはハオ君、ティアちゃんはハオっちと呼んでくれることになった)が本題に戻してくれる。
「泣いてたのはなんでなの?」
「冒険者登録しようと思ってここを訪ねたら、門前払いになってしまって」
「ひどい……あいかわらずね」
「ハオっちも災難だな! どうせ受付のヤツだろ!」
このギルドに所属する二人にとっては自明なのだろう。それぞれの方法で同情してくれる。
「二人のおかげで気持ちが落ち着いたよ、ありがとう。もう一度チャレンジしてみるね」
一瞬、二人の顔が曇り、お互いに目配せしてからキノちゃんが申し訳なさそうにこちらに向き直る。
「……ハオ君、違うギルドにしてみたほうが良いかも」
「え、どうして?」
このギルドを選んだ理由——二人を勧誘——を大っぴらにするのは今は得策ではないのかもしれないけど、少なくとも、違うギルドを勧められては目的が遠くなる。
意外な一言に驚いていると、
「あっれー、かわいこちゃんたち、相変わらずだねぇ、無駄に新人勧誘なんかしてさぁ」
冒険者と思われる若者が、僕らの輪の中に入ってきた。数人の、おそらくパーティメンバーを従えて、ニヤニヤとこちらをのぞいてくる。
キノちゃんたちの顔が途端に硬直する。
彼女たちの顔を不思議そうに眺めていると、僕の前髪の辺りが急につかまれて首が持ち上がり、何が起こったかわからない。
「んん? まだガキじゃねぇか。新人じゃなくて、迷子か? ママを探してあげましょうか? なはは、おりゃ」
乱暴に解放された。レベルアップの影響か、髪の毛は引っ張られても痛くなかった。
ただ、心はむかむかする。声色だけでもこちらの神経を逆なでしてくる。なにより、キノちゃんが小刻みに震え、ティアちゃんが歯を食いしばっているのを見るといたたまれない。
「なんですか、あなたは。初対面でいきなり失礼ですよ」
発言の途中でティアちゃんが無言のまま僕を止めようとしたが、僕は自分を曲げられなかった。
「なんだ、てめえ……」
途端に目つきが鋭くなる若者。
≪鑑定≫によれば、名前:ヤトリ・アキア、年齢:二十一歳、職業:≪剣士≫、レベル:185、パラメータもレベルに準じて高い。周囲の人たちと比べて群を抜いている。目の前のギルド所属のエース冒険者、らしい。
ただ、僕やゲッカにはさすがに劣り、なにより≪鑑定≫しなくても、いけ好かない人間で、いつもこんな態度で他人を嘲っているであろうことは、まるわかりだ。
「僕は二人にアドバイスをもらっていただけです。用が無ければ邪魔をしないでください」
キノちゃんたちが血相を変えて僕を引っ張り、この場から連れ出そうとする。
彼女がヤトリの方を振り返り、
「ヤ、ヤトリさん、すみません、あとで謝りますので、し、失礼します(ハオ君! あの人には逆らっちゃダメ!)」
キノちゃんの小声の訴えで、なんとなく図式がわかる。
パラメータは優秀な冒険者が、その力を鼻にかけて弱者をいたぶる……ありそうなことだ。
「あぁ? 謝ってもおせぇんだよ! それともなにか? おめえらが女をつかって謝るのか!」
最低な発言……芸能界でも、そういう輩はしょっちゅういた。
「キノちゃん、ティアちゃん、彼はいつもああなの?」
二人は気まずそうにうなずく。僕は小さくため息を吐き、
「ああいう人がいるから、別のギルドを勧めてくれたの?」
同じく、うなずく。もう一度小さくため息を吐き、
「そうか……ありがとう」
「てめぇ、なにごちゃごちゃ言ってんだよ!」
僕はキノちゃんたちの手からそっとおいとまし、コンプライアンス完全無視の冒険者に物申す。
「いつもそうやってわがまま放題が通ってるかもしれないけど、世の中そうしてばかりではいられないよ」
「黙れ! クソ生意気なガキと、『女』しか取り柄がないメスどものくせによぉ……」
「そういうのをやめろって言ってんの!」
失礼すぎる発言の数々に、語気を荒げてしまった。
なめていた相手からの思いもよらないラッシュに、彼は見るからに怒りで震えている。持っていた剣を地面に突き刺し、群衆を煽る。
「……実力を確認するための手合わせで『もし』大けがしても……仕方ねえよな」
『『『オォー!』』』
周りはほとんどが彼の息のかかったものか、彼に恐れをなしているもののようだ。
「だから、戦うとかそういうことじゃなくて……」
「ハ、ハオ君、ダメだよ、とりあえず逃げよう」
キノちゃんに引っ張られ、決闘相手と少し距離が生まれる。
キノちゃんたちだけでなく、この場にいるほかの人たちにとっては、僕が一方的にやられる未来が見えているのだろう。
僕は≪鑑定≫結果も相まって、違う未来を見ていた。
いままで黙って聞いていたゲッカも、満を持して「手加減しないと、彼、死ぬわよ」と物騒なことを言ってくる。
「そうだよね……どうしよう」
傍から見れば、性悪エース冒険者からの決闘申し入れに乗らず、肩の小鳥とひそひそ話をしている命知らずな新人冒険者。
「十秒数えてやるよ……10……9……」
キノちゃんとティアちゃんはこの隙に僕を引っ張って逃がそうとしてくれる。
「僕は大丈夫だから二人は逃げて!」
「そんなことできないよ!」「ハオっち! はやく逃げろ!」
必死な二人の気持ちを無下にはできず、引っ張られる方に向かう。一方、二人はそれに必死で自分たちが逃げるのを忘れてしまっている。
自分の身を顧みない健気な二人に申し訳ない気持ちで一杯になりつつ、ただ、状況を説明するには十秒は短く、
「2……1……死ねぇぇっ!!!」
ヤトリは、躊躇なく剣を振りかぶりながら突進してくる。
「「あぶない!!」」
キノちゃん、ティアちゃんは僕をかばおうと、身を挺して間に立とうとする。
「二人の方があぶないって!」
僕は二人のさらに前に回り込み、ヤトリの矢面となる。
——極端なレベルアップの影響で、ヤトリの踏み込みもスローモーションに見える。まるで、相手だけ水中にいるかのような感覚。武道の達人はこう見えるのだろうか……そんなことを考える余裕すらある。
それにしても、少女二人の勇敢さに対しても遠慮なしに、ヤトリは振り切ってくる。
「二人に当たったらどうするの!」
僕は喧嘩慣れしていないせいで、向かってくるヤトリを振り払うようにビンタをかました。
「ぐぶがぁぁぁ……!!!」
断末魔が響く。
「ピィ(あちゃー……)」
警告を無視した一打に、ゲッカが目を覆っている。
気づいた時には、ビンタの衝撃を受けたヤトリはギルドに突っ込むロケットのような動線となり、ギルドの壁を破壊し、建て物奥の壁に激突した。砕けて降り積もる壁材に、からだ全体が埋もれてしまった。
「ハオ……君?」「ハオ……っち?」
予想だにしない展開に、僕とゲッカ以外は驚きを隠せない。
「だ、大丈夫かな!?」
さっきまでいがみ合っていた相手だけど、心配の方が勝ってしまう。
「が……く……そが……」
剣を支えにしながら、遠くでヤトリが立ち上がったようだ。
「……なにしやがったぁ!!!」
幸いにも致命傷にはならなかったようで、ボロボロになりながらも懲りずに突進してくる。
「どうしよう……」
さっきはとっさに手が出てしまったが、元来は非戦闘員。
そんな僕を察してか、ゲッカはヤトリをにらみつける。
「ピィ(≪威圧≫)」
ゲッカの眼光に当てられ、ヤトリはその勢いを殺して急停止し、足腰を震わせ……白目を向いて……失禁して……その場に受け身を取らずに倒れた。
≪威圧≫……高レベルのものが使える≪能力≫のひとつで、低レベルのものを萎縮させる効果がある。実は『サファイアドラゴン』もこれを常時発動していたようで、ゲッカは他の≪能力≫同様に任意で、かつ相手を絞り使用できるとのことだ。
群衆はあっけない幕切れにざわつく。「あのヤトリが簡単に吹き飛ばされた!?」「魔法……?」「にらんだだけで!?」「何者なんだ……」
「ハオ君?」「ハオっち?」
混乱したままの二人。現実に戻す意味も込めて、御礼を言う。
「守ってくれて、ありがとう」
きょとん顔の両名。
「え? 守ってくれたのは、ハオ君の方だよ?」「ハオっち……変なヤツだな」
混乱を助長させてしまった。
——その数分前。
商人の少年と、魔法使いのミラさんは、同じ診療所に運ばれたそれぞれの身内のお見舞い帰りに、王都の町なかを歩いていた。
「ミラさん、大変な時なのに引き続き護衛をしていただき、ありがとうございます」
「大変な時なのはお互い様でしょ。それにいまは護衛というよりは付き添い、って感じね」
先の『サファイアドラゴン』事案で、商人の少年は父親になり替わり、事態の収拾に努めなければならなかった。
「命を救っていただいて皆さんには感謝はしきれません」
「私は助けを呼びに行っただけだし、一番の功労者はあの子たちよね。どうやって『フィアスボア』を追い払ったか知らないけど」
商人の少年は、そそくさといなくなってしまった英雄に思いを馳せる。
(ハオさんとゲッカさんにも何と御礼を言っていいやら。巨大な魔石もいただいて……)
ゲッカは商人の少年が≪収納≫を使えることを知り、『サファイアドラゴン』のドロップしたサファイアか魔石かどちらかを受け取るように促し、遠慮する少年に半ば強引に魔石を渡して去っていったのだった。
(キャラバンが壊滅状態になったのに、今回の行商が結果的に黒字になってしまった……感謝してもしきれない……いったい、あの人たちは何者だったんだろう……ん?)
開けた通りに人が集まり、いわゆる野次馬として騒いでいる。
「ハオさんとゲッカさんだ!」
命の恩人がその中心を構成しており、思わず声を上げる。
「噂をすれば、≪テイマー≫の子じゃない。相対しているのは……! まさか、ヤトリ!?」
群衆の隙間から、情報を仕入れる。
「なんだか不穏な感じですね。喧嘩……ですかね?」
「そうだとしたら大変! 相手のヤトリは性格は最悪だけど実力は半端ないっていう、タチの悪いやつよ!」
「え……でも、ハオさんたちの方が圧倒的に……」
商人の少年は幼いながらも商人としては必要不可欠な≪鑑定≫を使用できた。
「ヤトリは確か、レベル200近いって噂よ! ≪テイマー≫の子じゃかなわない!」
「大丈夫だと思います。≪鑑定≫が間違いでなければ、レベルだけでも、ハオさんはその人のおよそ3倍です」
「3倍!?」
驚きの声とほぼ同時、ヤトリがギルドの建物にたたきつけられた衝撃音があたりに響き渡った——。
「とりあえず、落ち着いたところで説明させてもらっても良いかな?」
僕は必死に状況を立て直そうとする。
群衆の興奮が冷めやらぬまま、一方で急な大騒動を収拾する旗手も現れないまま、混沌とした時間が流れる。
そこへ、
「ハオさん! ゲッカさん!」
商人の少年が群衆をかき分け手を振りながら参上した。
「あれ、また会ったね。お父さん、大丈夫だったかな?」
「おかげさまで、もう数日休めば普段通りに戻れるみたいです。本当にありがとうございました」
隣にはミラさんもいるようだ。彼女は丁寧にお辞儀をし、
「御礼を言う間もないままいなくなっちゃうから……ありがとう。オランザもグエンも命に別状は無いって。応急処置が良かったって言われたわ。……君って、すごく強いのね」
色々と察したような口ぶりだった。
とにかくみんな大事に至らず。あとでお見舞いに行かせてもらおう。
流れについていけないキノちゃんとティアちゃん。
「ハオ君のお知り合い?」
商人の少年は待ってましたとばかりに声を張る。
「命の恩人です! 『フィアスボア』から僕たちを救ってくれたんです」
「「『フィアスボア』!?」」
討伐困難なモンスターの代表格であるその名前が登場し、二人は目を丸くする。
「ハオ君って、実はすごい人……?」
「そ、そんなことないよ、たまたまだよ」
説明が難しい状況でしどろもどろになっていると、ミラさんが美少女二人をじろじろと見ながら、
「ところで、どういう状況かはわからないけど、もしかして、ギルドメンバー同士で喧嘩しちゃったの? ヤトリの噂を聞く分にはあっちが悪いんだろうけど……想像するに、女の子を巡るいざこざ?」
「当たらずも遠からずで。僕がギルドに登録できずに困っているところに二人が助け舟を出してくれて、そんな二人に失礼な言葉を浴びせかけるやつがいて、って感じです」
「そうだったの……ん? ギルドに所属してなかったの!?」
ゲッカが教えてくれたが、新米以外でのフリーランスの冒険者は珍しく、登録できないほどの犯罪者か、よっぽどの実力者か、といった感じらしい。
「(事情はないけど)事情があって……」
「……もしよかったら、私たちのギルドに入らない? 登録しようとしてたってことは、ギルド探してたってことでしょ? 弱小だけど、福利厚生はしっかりしてるわよ」
「! その手がありましたか」
大手ギルドの雰囲気の悪さに辟易としていたところ、そこに差し込んだ光明。
……! ひとつ妙案が思い浮かんだ。
「ちなみに、移籍ってできますか?」
「ギルドを移るってこと? うーん、前のギルドににらまれちゃうことがあるみたいだけど、できないわけではないわね」
「キノちゃん! ティアちゃん! どうかな?」
「「!……」」
二人は驚いたままお互いの顔を見合わせた。
ミラさんはニコッとして、
「とりあえず、ギルドに行ってみましょう。オランザとグエンの恩人を、ギルドマスターに会わせたいしね」
キノちゃんとティアちゃんは戸惑ってはいたが、次第に柔らかい表情となった。
キノちゃんの優しい笑顔と、ティアちゃんの明るい笑顔。おせっかいながら、守ってあげたいと思った。
……ヤトリはその仲間が介抱に向かっているようだ。彼自身が『……実力を確認するための手合わせで『もし』大けがしても……仕方ねえよな』って言っていたし、許してもらおう。
「うぅ……そんなことあっていいのかよ」
筋骨隆々の壮年男性。その風体にあわず号泣している。男泣きというやつだ
メインストリートの外れの外れの外れ。
隠れ家的な立地条件であるが、ここは王都から正式に認可を受けている歴としたギルド。
そこの一室で面接という名目で生い立ちなどを話しているのが、僕とキノちゃん、ティアちゃんの三人。そして、その面接官が、先述の男泣きのお方、ギルドマスターのラモンさんだ。
僕は、転生したことを明かすと複雑になってしまうと判断し、田舎から出てきたという月並みの設定にした。ほか、その道中でオランザさんと出会い、『フィアスボア』をなんとか「追い払い」、大手ギルドからは門前払いを食らい、美少女二人に出会い、輩に絡まれ……、といった感じに。
ラモンさんが泣いているのは僕のエピソードではなく、キノちゃんとティアちゃんのそれが原因だ。
二人とも、パラメータからは恵まれた道を歩んできたと勝手に思ってしまっていたが、実はかなりの苦労人だった。
キノちゃんは、エルフの国で生まれ育ち、幼いころから魔力が秀でていた。ただし、そのように≪鑑定≫されるも、その力をどのように応用したらよいかがわからなかった。≪歌い手≫として魔法を唱えてみようにもうまくいかなかった。≪鑑定≫結果が重宝される中、エリート街道として王都に送られた。
通常は王都の冒険者養成学院に入学し、諸々を学んで社会に出るが、前例のないほどの魔力値だったこともあり、いきなり冒険者ギルドに登録するように、故郷からのお達しがあった。
言われるがまま登録したのが先のギルドだった。最初は寄ってきた冒険者もいたが、魔力や≪職業≫をうまく活かせないことが知られると、間もなく孤立していった。
モンスターとの戦い方もわからず、苦戦しながらも持ち前の真面目さで少しずつ経験値を得た。……ただし、かなりペースは遅かった。パーティを組んで効率的にモンスター討伐を行う他の冒険者と比べれば、いくら時間を費やしても追いつけるものではなかった。
そんな中、出会ったのがティアちゃんだった。
ティアちゃんは兎人族の町で生まれ育ち、幼いころから攻撃力や素早さが抜きんでていた。
パラメータは高かったがあまり勉強が得意ではなく、一般常識を学ぶ意味も含め、王都の冒険者養成学院に入学するように故郷から指示されていた。
その通りに入学試験を受けたが、そもそも読み書きが満足にはできず、答案用紙は白紙+落書きで提出し、結果は明白、落ちてしまった。
どうしようかと困っていたところ、たまたま安売りのパンを買おうとしたときにタイミングがぴったり被ってしまったのが、キノちゃんだった、
食費にも困るほどお互いが苦労していることを知り、二人だけながらパーティを組むこととなった。
なんとか補い合えればよかったのだが、ティアちゃんも≪ジャンパー≫であることを活かす方法がわからず、モンスター討伐第一主義の世の中では肩身が狭かった。
二人とも実直さはあるものの結果に結びつかず、細々と経験値や冒険者報酬を得ながら一年以上過ごしてきた、
周りからいくら冷ややかな目で見られても、いくら心無い言葉を浴びせられても、めげずに頑張ってきた。
ギルドを移ることも考えなかったわけではないが、基本的にはご法度。そんなことをすれば、実力者ならまだしも、半端な冒険者ならばまともに依頼も回せてもらえず、そもそも受け入れてくれるお人よしギルドもない、というのが通例だ。
——涙と鼻水を拭う、ギルドマスターのラモンさん。
彼は「よし!」と一言、さらに続ける。
「ギルド移るのは大変かもしれねえがな、俺が何とかしてやるから安心しろ。三人とも、合格だ! うちのギルドで汗を流してくれ!」
オランザさん同様に、男気が筋肉をしょって歩いている、そんな感じだ。
ゲッカ情報では、ギルドを移ることはギルド側にはメリットがあまりないそうだ。
働き手がちょくちょく職場を変えられては、収支の安定性の点では困る。引き抜きが許されれば人員が大手に偏ってしまう。ギルド同士も依頼を共有したり、調整しあったり、他のギルドと良好な関係でありたい。そんな諸々あり、暗黙の了解として移籍を禁じているとのことだ。
この辺は芸能プロダクションと似ていて、元アイドルの僕としては思ったよりもしっくりきた。
——元の世界では、僕も地方組だった。親友と二人で上京し、右も左もわからないまま田舎者でも聞いたことがあるような大手の芸能プロダクションの門を叩き、アイドルとしての一歩を歩みだした。
……親友だけが花開いてトップアイドルになり、僕は万年練習生。
二人ともに境遇が恵まれないキノちゃん・ティアちゃんと、そこは異なるけど。
リスク——大手のいやがらせ——を背負うことになると想像がつく中で、移籍を受け入れるのは紛れもなく男気だ。
「「「ありがとうございます」」」
そして、僕は目的を果たすことも忘れない。
「僕と、パーティを組んでくれるかな?」
「え、私たち、戦うの苦手だけど……いいの?」
「同じギルドにお世話になることにしたのは、そのためだよ」
「ありがとう……」「ありがとな!」
僕らは手を取り合い喜んだ。
キノちゃんは触れた手をさっとしまって顔を赤らめていた。僕は同世代女子で喜びを分かち合ったつもりでいたが、やはり僕は男で、手を握るのは早かったかもしれないと反省した。
キノちゃんはこちらの申し訳なさそうな顔をみて、それを和ますためなのか、
「ティアと一緒に居られて、それが支えにはなっていたけど、最近は『また今日も前に進めないのかな』って思うようになって。実際に今日も満足のいく成果はでなくて……とぼとぼ帰ってきたら、泣いてる子……ハオ君に出会って。そのあと、まさかこんなことになるなんて……思いもしなかった」
突然素敵な笑顔が向けられ、突然こちらの話題が出てビクリとした。
彼女たちの背景を知り、僕は余計に感謝の思いが強くなる。
「そんな大変な中なのに、困っている人に手を差し伸べてくれたんだね」
「……同情もあったかも。泣きたい気持ち……わかるなぁ、って」
「キノっちは優しいんだぞ! キノっちがいなかったら、ティアは今頃、干し兎になってたかもしれない!」
二人の友情に間違いはないようだ。
キノちゃんは恥ずかしそうに、
「でも勘違いばっかりだったかな。ハオ君はすごく強くて涙の原因も自分で解決しちゃったし、……『かわいい』っていうのも……喜んじゃった」
はにかむ彼女に僕も精一杯応える。
「勘違いじゃないよ。泣いてたのは本当に悲しくて、だけどそれは僕が解決したんじゃなくて、二人の優しさに触れたから最終的な解決につながったんだよ」
彼女たちの笑顔に向かって続ける。
「『カワイイ』っていうのも、あの時は恥ずかしくてごまかしちゃったけど、本当は二人を見てつい口から出ちゃったんだよね。僕が男の子だったら絶対惚れちゃってたよ」
「「……え!?」」
「……あ!」
赤面してうつむくキノちゃんと、「ハオっちは男だろ?」とよくわかっていないティアちゃん。彼女たちを見てコトの重大さに気付く。
僕はまだ、「自分が男であること」に慣れていない。
ゲッカは呆れてしまったのか、窓際に飛んで行ってしまった。
……ここは強引にまとめてしまおう。
「……これからよろしくね」
「「うん、よろしく!」」
余談だが、ラモンさんはラブコメも好きらしく、僕らをみて目を輝かせていた。
***
「二人の順風満帆な冒険者ライフを≪プロデュース≫するね!」
そう言い放ち、僕はパーティでの冒険をスタートさせた。
ゲッカにおんぶにだっこの状態から、今度は僕が主体となってキノちゃんとティアちゃんを立派な冒険者に育て上げる。
魔王討伐のため……とはまだ打ち明けられてはいないけど、今はそれ以上に、彼女たちの今までの苦労が報われることを応援したい気持ちの方が強い。
彼女たちが成長し、結果的に魔王討伐に結びつけば誰も文句はないだろう。
僕たちは、僕にとっては慣れ親しんだ林道——異世界の始まり——に戻ってきた。
初心者から中級者向けのエリアだったようで、実力を把握するにはうってつけの場所だ。
相変わらず、モンスターとのエンカウント率は高め。
僕は、当初は散々苦労していたモンスターたちを『サファイアドラゴン』以後、軽く払いのけるだけで対処できるようになっていた。
そのため、今は≪プロデューサー≫として彼女たち二人の動向確認に徹している。
……納得した。
パラメータが高いにも関わらず、戦闘に苦労していた理由。
まず、キノちゃん。職業:≪歌い手≫というものがどんなものか想像つかなかったが、ゲッカの解説も含めて表現するなら「詠唱の長い魔法使い」らしい。
戦闘スタイルとすると、モンスターが現れると、歌唱(詠唱)を始める。≪絶唱≫という≪能力≫なのだそうだ。
歌詞はなんだかポエムのような感じで、あとで聞いたところによると、メロディも含めてそのときに思い浮かんだことを歌っているとのことで。
歌唱中はきれいな歌声が響くだけで、特に何も起こらない。歌い終えると、ここでやっと魔法が発動する。
さすがに詠唱が長いぶん、それは強力であり、ゲッカの≪インフェルノ≫に相当するような威力が発揮される。属性は歌の内容に依存するようで、いくつかの属性がミックスされ、その点では≪インフェルノ≫より強力な側面もあるらしい。
ただし、その間にモンスターに攻撃されることがほとんどで、歌唱が一からやり直しになるため、魔法の発動まではなかなかたどり着けない。
その威力がお目見えしたのは、モンスターが近づかないように僕がフォローして辿り着いた一撃だった。
欠点はすなわち、発動までに時間がかかり、フォローなしでは表にはまず出てこない、というところだ。いくら強力な魔法でも、発動しなければ意味がない。
一方ティアちゃんだが、≪ジャンパー≫という職業の持ち主であり、やはりせっかくの類まれな攻撃力と素早さを、持て余していた。
戦闘スタイルとしては≪ジャンパー≫の名の通り、跳躍で得た勢いそのままに体当たりや正拳突きで攻撃を行うようだが、これがうまくいかない。
例えるなら、バネの壊れたおもちゃだ。おそらく、ためをつくって方向性や勢いを生み出すのが正しいはずだが、モンスターと対峙して構えると、あさっての方向に飛び跳ねてしまうのだ。
戦闘態勢になると自動で≪弾跳≫が発動してしまうようで、待ち構えることができない。
その結果、意図せず戦闘離脱状態になってしまい、時には歌唱中のキノちゃんにぶつかってしまうこともあるほどだ。
そんな彼女たちは、今まではラッキーパンチ(たまたま歌い終えるまで邪魔が入らない、たまたま敵に向かって飛んでいく)のみで経験値を稼いできたとのことだ。
運任せの戦闘のため、戦闘の分母を増やすしかなく、それでも今のレベルに到達したのはそれだけ数をこなしてきた、ということなのだろう。
そんな健気な二人の姿からは、理想的な戦闘スタイルが簡単に思い浮かぶ。
……ティアちゃんが雑魚を蹴散らし、大物をキノちゃんが仕留める。
言うは易し、行うは難し。先ほどの理由から、理想のスタイルと真逆の状態に陥ってしまっており、もちろん彼女たちもそのことには気づいている。
僕がお手伝いするとすれば、ティアちゃんの代わりにモンスターを蹴散らすことだが、これではティアちゃんの出番がなくなってしまう。
そこで、
「≪プロデュース≫を試してみようかと思うんだけど……どうかな」
ゲッカに助言を求める。
「そうね、詠唱後の魔法に≪プロデュース≫の効果が付与されない限りは、先の事案(魔石破壊によるサファイアドラゴン召喚)のようなことにはならないだろうけど、まあ、仮に同じ事態になっても今度は楽勝だから大丈夫かも」
さらっと傷口に塩を塗ってくる。反省を生かし、
「保険のために、少し強いモンスターの方が良いかな? 魔石破壊予防と経験値稼ぎも兼ねて」
ぶつぶつと作戦会議中の僕らを見て、いつの間にかキノちゃんが泣きそうになっている。
「……やっぱり、私たち、ダメかな?」
ティアちゃんも触発され、
「悔しいけど、どうしてもうまくいかない!」
岩石をパンチして砕き割っている。これが戦闘にも活かすことができれば良いのだけれど。
「そんなことないよ、方法考えるね」と二人を慰め、作戦会議を続ける。
「『フィアスボア』みたいなのがいればな……」
「探しましょうか」
ゲッカのお許しも得たところで、僕は≪検索≫を使う。
……大物は検知せず。
僕の様子を見て、ゲッカは「それなら今日はもう休みましょう」と手じまいを告げ、少し舞い上がってから川辺を見つけ、そこにログハウスを吐き出した。
僕もこの世界に来た当初は驚いていたが、もう慣れてしまっている。
初見の二人は口をぽかーんとして、解説を求めるような顔をしていた。
よく考えたら、健全な男女がひとつ屋根の下で寝泊まりするのは、許されないことなのかもしれない。
自分が男であることを今日は失念しなかったので、そのぶん困っていた。
ゲッカが出してくれた寝袋を自分用として、床に寝ることとした。
遠慮したキノちゃんたちが寝袋睡眠を買って出てくれたが、美少女二人にはふかふかのベッドを押し付けた。紳士のたしなみだ。
消灯の時間。
お風呂タイムは最大限の配慮を行い、今に至る。
彼女たちと同じ空間にいることには変わりないので、ベッドに背中を向けて目を閉じる。
「……zzz」
静かな寝息が聞こえる。寝入ったようだ。
と、
「……ハオ君、起きてる?」
眠っていたのはティアちゃんだけだった。キノちゃんの声には眠さが感じられない。
「起きてるよ」
「……幻滅しちゃったかな」
彼女が寂しそうにつぶやく。
消灯までの間も、どこか遠慮がちに、どこか歯痒そうに見えた。紳士を徹するあまり、声をかけずにここまできてしまった。
「幻滅なんかしてないよ。本当かどうか疑問に思うかもしれないけど、本当だよ」
「……ハオ君って、優しいね」
僕はかつての自分と重ねているのかもしれない。
「僕もさ、努力しても報われない時期が何年もあってね」
「ハオ君も? すごく強いのに……」
「説明が難しいんだけど、えーっと、田舎(元の世界)の話でさ。親友はどんどん評価が上がってくけど、僕は努力をしてもそれについていけなかった。心が折れそうになったこともあるけど、その親友はいくら忙しくなっても、僕との関係を大事にしてくれて、誰よりも応援してくれたんだ」
「……いい人だね」
「彼女は自分自身のことを驕らなかったし、素直な気持ちで僕と向き合ってくれたから、僕は心を強く持てたんだ。だから……ね」
「ありがとう……」
鼻をすするような音が聞こえたけど、そこから先は記憶にない。気付いたら朝だった。
≪プロデュース≫・≪検索≫でも、なかなかおあつらえ向きのお相手に出会えないまま数日が経過し、ついに。
≪検索≫——
旅路を進めて王都からは少し離れ、冒険者があまり踏み入れない領域に近づこうとしてた、そのとき。
少し離れてはいるが、『フィアスボア』には劣るものの周囲の中ではとりわけ強そうなモンスターが、洞窟のようなところから複数這い出てくるイメージが思い浮かぶ。
念のため≪プロデュース≫も重ねてみる。
四コマ漫画のように時間軸が加わる。
すると——
「こんなこともあるんだね」
「何が見えたの?」
僕はゲッカにありのままを話す。
「≪プロデュース≫なしでは強そうなモンスターが数体見えるだけなんだけど、≪プロデュース≫で時間を追うと、同じ場所からもっと強いモンスター……それも含めて、数十、もっとかな、とにかくたくさん湧いて出てきてるみたい」
「……それって、『スタンピード』なんじゃない? モンスターの大量発生よ」
「でも、大丈夫みたい」
「そうね、私たちで殲滅できると思うけど」
「いや、戦闘の中心はゲッカじゃなくて、あの二人みたいだよ」
作戦会議の全貌が聞き取れていないせいで、不安顔のキノちゃんとティアちゃん。
ゲッカはくすりと笑う。
「便利な≪能力≫だこと」
「ちょうど、ここを通過するみたいだ」
「待ち構えて、一網打尽ね」
僕には二人の活躍がありありと見えていた。つまり、≪プロデュース≫がうまいこと作用してくれる、ということだ。
≪プロデュース≫の特性と今回の大まかな計画については、彼女たちには事前に伝えていた。
自分たちにそんなことができるのか半信半疑、加えて、いざという時がいつ来るのかわからない不安、それらと戦っていた二人。
僕は「その時」を告げる。
「あっちの方……耳をすますと木々をなぎ倒す音が聞こえてくるかもしれないけど、あともう少ししたら、ここにスタンピードが到着する」
「「スタンピード!?」」
事前の計画では、強いモンスターを練習相手にする、ということだったが、それが大量の相手になるとは思いもよらなかったようだ。
「だ、だ、だ、大丈夫かな……」「つぶされちゃうんじゃないのか!?」
不安になるのは仕方ない。そのままでは一体でも苦戦するであろう相手を、大群、しかもぶっつけ本番で立ち向かわなければならないのだから。
僕も、≪プロデュース≫・≪検索≫でいくら良いイメージがつかめたからといって、それを本当に信用してよいのか一抹の不安がよぎる。
でも。
「僕を、信じてほしい。それ以上に自分たちを信じてほしい」
「……うん!」「……わかった!」
その時は確実に近づく。
けたたましい音が、遠くでもうるさく聞こえるのに、それがどんどん近づいてくる。
そして——
「≪プロデュース≫・≪絶唱≫!」「≪プロデュース≫・≪弾跳≫!」
キノちゃんの≪絶唱≫、ティアちゃんの≪弾跳≫の発動にかぶせ、≪プロデュース≫を叫ぶ。
雪崩のように押し寄せてくる、多種多様、いずれも凶暴なことは間違いないモンスターたち。
まずはティアちゃんが突っ込む。≪プロデュース≫なしではコントロールの悪かった≪弾跳≫が、見事にモンスターを蹴散らす。
膝を曲げてためをしっかりつくり、こぶしを突き上げ特攻する。
モンスター密度も高いせいで、自分の体の何倍もあるモンスターでさえも、一体に当たれば複数を巻き込んで衝撃波のように弾き飛ばしていく。
それが連弾可能なため、瞬く間に衝撃の震央が複数生じていく。
「すごいぞ! すごいぞ!」本人はノーダメージで生き生きとしている。
それだけでも十分押し勝っているが、キノちゃんも躍動する。
歌唱についてはティアちゃんのアドリブなのは変わりなさそうだが、歌い切らないと発動しなかった魔法が、歌唱途中からあふれるように発動する。
あたかも溶岩が天高く噴き出すように。
あたかも大波が飲み込もうとするように。
あたかも台風がすべてをなぎ倒すように。
あたかも大樹が優しく搾り取るように。
あたかも地震が有を無に崩すように。
ちょうど、ティアちゃんを内円とするなら、キノちゃんの魔法が外円に向かって襲い掛かる。
取りこぼしもないため、ゲッカが出る幕もない。
スタンピードの呼び声むなしく、たった二人の美少女に前線を押し下げられ、
「ティアちゃん! 避けて!」
「わかった!」
僕の呼びかけで、すでにだいぶ押し込んでいたティアちゃんがこちらにひとっとびで帰着する。
「——だから私は歌う!」
キノちゃんの終止形。これが歌唱の終わりであり、結びの魔法の発動トリガーだ。
以前に確認した結びの魔法よりも数倍強力な、そして、全属性をまんべんなく相乗した一撃が解き放たれる。≪プロデュース≫の効果は、威力の強化だったようだ。
モンスターたちにとっては地獄のようだっだと思う。光のようなスピードで結びの魔法がモンスターたちを飲み込み、
『ドゴォォォォォ!!!』
衝撃音と閃光の後に残ったのは、生命の痕跡もない、更地だった。
「すごい威力ね」
前科のあるゲッカは「魔石の破壊による第二波」を想定して身構える……が杞憂に終わる。
辺りには、キラキラと輝く大小の魔石や、ドロップ素材が点在している。
≪プロデュース≫も他の魔法と同様に手加減ができるようであり、今回は最小限での表出とした。
ギャンブルのような方法だったが、≪プロデュース≫・≪検索≫で見えていたヴィジョン、それに向かって導かれると想定し、これに賭けた。
キノちゃんとティアちゃんは自分たちの功績をまだ実感しきれないまま、息を切らしていた。
二人へ祝福の声をかける。
「すごいよ、キノちゃん、ティアちゃん、スタンピードをものの見事に……!」
ドサッ、二人とも気を失ってヒザから崩れる。とっさに二人を両手で支え、事なきを得る。
「キノちゃん!? ティアちゃん!?」
緊張の糸が切れたせいなのか。
「急激なレベルアップのせいね」
ゲッカに速攻で否定された。
僕は二人をそっと寝かせ、≪鑑定≫する。
キノ・セレウス、レベル:52 → 452!
ティア・ビスピナ、レベル:56 → 453!
「体がついていけないってこと? そういえば僕も、『サファイアドラゴン』を倒したあとに、意識を失ったっけ」
ちなみに僕も、レベル:561 → 627とおこぼれをもらっている。
心強い仲間を得、僕の目的は一歩進んだ。
それにしても、レベル:999のゲッカって、どれだけ修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
そんな彼女がいつものようにログハウスを設置してくれたので、戦闘功労者の二人をベッドに寝かせてあげた。
広大な更地にポツンとログハウス、その中にはレベル三桁越えの猛者たちが四人(ゲッカ含む)。
僕たちが唯一無二のパーティであるのは間違いない。