職業:プロデューサー
藍色に近い鱗が、光沢をもって輝く。にもかかわらず、美しさというよりは禍々しいイメージがなだれ込んでくる。
『サファイアドラゴン』。通常は序盤には出会わない伝説級のモンスター。そういった意味で詳細は不明だ。
咆哮とともに吐き出される青い炎、それはまぎれもなく地獄の業火。
こちらが言葉を発しようにも、内臓が握りつぶされそうな感覚がそれを邪魔してくる。
それでも、目の前の敵を倒さなければならない。
激痛に耐えながら、激痛を利用しながら、叫ぶ。
「≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫!!!」
***
歩みを進めているのは、適度に踏み固められた道。両脇は木々に挟まれ、その隙間からは青空が開けている。いわゆる林道だ。
とりあえず、ここを道なりに進むのが正解らしい。ハイキングのような感覚で小一時間。木々の隙間から野生動物がいつでも現れそうな雰囲気が漂う。
実際は、
「ギャーウッ!」
けんかっ早い、それでいて見慣れない生き物たち——モンスターというらしい——が高頻度に襲い掛かってくる。
ともすれば、ハイキング気分はとうにそがれてしまいそうだが、
「ピィッ!」
僕の肩にとまる深紅の小鳥が、鳴き声とともにそれらモンスターを一掃してくれる。
小鳥らしい鳴き声とともに、似つかわしくない小さな火の玉を口から吐き出し、炎に包まれたモンスターたちはきれいな「石ころ」に変じていく。
「片っ端から攻撃するのは、やっぱりまだ気が引けちゃうな……本当にいいんだよね? モンスターといえど生き物だし……」
「ピィ(この世界では、モンスターは災害であり、資源でもあるの。振り払わなければ生命に関わるし、うまく活かせば生業になるのよ)」
はたから見れば小鳥のひと鳴きだが、立派な論説が僕の頭に流れ込んでくる。
小鳥の名はゲッカ。この世界に来たばかりの僕にあてがわれたガイド役だ。彼女は小鳥の風体だが、十年間ほど人生(この世界)の先輩であり、しかも、その十年間で休むことのない研鑽を積み、今に至っているとのことだ。
モンスターが変貌を遂げた「石ころ」——魔石というらしい——は、拾うや否やゲッカが飲み込み、処理してくれる。エネルギーとしての補給というわけではなく、≪収納≫なのだそうだ。小さな体の中に、物理法則を無視するほど大量のモノを蓄えられる、とのこと。
そんな強力なガイドのおかげで、モンスターたちがいくら襲ってこようが、虫を払うかのごとくそれら存在が、現れては消え、現れては消え。
これが、ハイキング気分になる、いや、そう思い込んで現実と向き合おうとせざるを得ない理由だ。
……まだ、この世界を受け入れるには早すぎる。
『君に、この世界の秩序を託したい!』
——この世界にたどり着く前に、いわゆる「女神様みたいな人」から言われた言葉だ。どこかわからない、真っ暗なのにお互いの存在ははっきり見える不思議な空間で、急に投げつけられたお願い。
理解が追い付かなかった。
『残念ながら、君は元の世界で死んでしまった。だけど、君のキャラクターはこのまま消滅してしまうのは口惜しい。別の世界で活かして欲しいんだ。うーんと、急に言われても困るよね。そうだな、君たちの世界でいうところのアクアリウム、これに例えるのはどうかな?』
説明が勝手気ままに続けられ、やっぱり理解が追い付かなかった。
『私はいくつかのアクアリウム(世界)を所有している。それぞれ、構成される生き物とか、水槽の大きさとか、いろいろ違う。こちらが熱心にお世話をすればおのずと生態系(秩序)が生まれ、それぞれのアクアリウムはそれぞれのホメオスタシスを営む。私も管理者だから、可能な限りきれいなアクアリウムを眺めていたい。……だけど、いろいろこちらが頑張っても、バランスが崩れて水槽が荒れ果ててしまうこともある。そんな時に、他の水槽から別の水槽に魚を移動させてみたら、どうだろう?』
キラキラとした目でこちらを見つめてくる、女神様らしき人。
『その魚はブラックバスのようにすべてを食い尽くしてしまうかもしれないし、ジンベエザメのようにその存在の大きさで秩序を生み出してくれるかもしれない。環境も違うから、移った途端に死んでしまうかもしれないし、前の水槽よりも生き生きとするかもしれない。……そういうこと』
ビシッ、と人差し指をこちらに向け、ニンマリした女神様。
『秩序を得るにはそれ相応の力が必要だよね。君には君のキャラクターにふさわしい力をあげる。それと、それを補う仲間も、ね。君が、絶大な力を悪用しないと信じて、ね——』
最後までよくわからなかったが、
(そうか……死んじゃったのか……)
「心当たり」もあり、納得するのは難しくなかった。
——それからいくつかの諸注意など説明の上、投げ出されたのがこの林道だ。
僕に与えられた力。まだ実感はないけど、女神様の口ぶりでは大層なものらしい。
それを補う仲間。言うまでもなくゲッカのことであり、間違いなく頼もしい。
「ピィッ!」
いくらモンスターがまとまってこようが、その都度彼らは殲滅させられている。
それを横目に、たまに体が急に軽くなる瞬間がある。
「……僕、またレベルアップしたの? 僕、何もしてないよ?」
「ピィ(同じパーティなら、手柄も一緒。パラメータ、見てみれば?)」
ゲッカに促され、自分自身を≪鑑定≫した。
≪鑑定≫は僕に与えられた能力のひとつだ。ゲッカにその存在を教えてもらい、試してみたのはつい先ほどが初めて。≪鑑定≫すれば、人やモンスターやモノも、どんな存在かが一目瞭然となる。プライバシー完全無視な能力のため、TPOをわきまえたいと誓う、今日この頃だった。
あらためて。
名前:ハオ イツキ
元の世界では、苗字が樹、名がハオだった。こちらの世界では名前の表記がすべてカタカナ、というところが相違点。言語体系は元の世界の感覚で踏襲できるとのこと(ゲッカ談)。
年齢:十六歳
厳密には元の世界と時間の尺度が違うようだが、これもおよそ踏襲できるらしい。そのうえで、元の世界よりも四歳ばかり若返っている。
性別:男
これも踏襲……ではなく、僕は実は元の世界では……女だったのに……。
女神様から新しい姿を与えられたとき、違和感があった。もともと髪はショートカットに近かったし、一人称も「僕」だった。……元の世界ではそれを変な目で見られたこともあったけど、今はそれを置いておく。
身体や顔は何となく若返った感じがして、ただそれ以上に……あまり言いたくないので割愛。
なんでそんな仕様にしたかはわからないけど、理由を聞こうとすると女神様はニヤニヤして教えてくれなかった。
……そんなこんなで性別が変わってしまった。ステータス画面を見るたびに、物思いにふける。
……気を取り直し、レベルに関連した情報を確認してみる。
テレビゲームをあまりやってこなかった僕だけど、ゲームの世界のシステムに近いことが、そのまま落とし込まれていることは容易に想像できた。いわゆる習熟度のようなものがこの世界には存在するようだ。
レベル:8
攻撃力 23、防御力 18、素早さ 32、魔力 45、……
さっき見た時よりもレベルが1上がり、パラメータも少しずつ伸びている。
だけど、数値の上ではかなり平凡かつ新米のようだ。
というのも、先ほどから見るも無残に砕けて散っていくモンスターたちでさえ、
≪コーンキャット≫、角の生えた猫型モンスター。レベル:16。攻撃力 89、……
≪グリーンスライム≫、緑色のゼリー型モンスター。レベル:13。攻撃力 58、……
≪ベビーベア≫、小さい熊型モンスター。レベル:19。攻撃力 135、……
など、少なくとも僕一人では太刀打ちできない面々だ。
それになにより、
≪ゲッカ≫、レベル:999。攻撃力 8471、防御力 7238、素早さ 9999、魔力 9999、……
などという、すさまじい存在が身近にいれば、なおさら自分が矮小に思えてしまうことこの上ない。
ゲッカが僕の肩にとまり、「ピィ」とひと鳴きして解説してくれる(以下、人のように話す)。
「そのステータスの差は、私の修業期間も加味してのものだから仕方ないわよ。ハオも今後どんどん伸びていくはずよ。それに、ハオの強みは≪職業≫とその≪能力≫だから」
「確かに、≪鑑定≫とかすごいと思うけど、実感がないんだよね……。これで女神様の期待に応えられるのかわからないし」
ゲッカは首を横に振る。
「≪鑑定≫は≪能力≫のうちのひとつに過ぎないし、≪職業≫——この世界でその人の人生を大きく左右してしまう天授——がとっておきなんだから」
——職業:≪プロデューサー≫。
「≪プロデューサー≫って、どういうことなの?」
「いずれわかるわよ」
ゲッカは含みを持ったまま、彼女にとっては何の障壁にもならないモンスターたちを倒し続ける。
ちなみに、ゲッカは≪魔導師≫だ。魔法を極めた存在、ということらしい。今までの実力を見れば、矛盾はみじんも感じない。
——元の世界では、僕は「アイドル」だった。しつこいようだが、女性アイドル、だ。
歌や踊りで華やかなイメージのあるアイドルだが、僕の場合は万年練習生のような立ち位置で、なかなか日の目を浴びることは無かった。一緒に上京した親友がトップアイドルに駆けあがっていく中、僕は気づいたら二十歳になっていた。
そんな僕からすれば、プロデューサーといえばミュージックリリースや企画立案までその手腕に成功如何がかかっているといっても過言ではない、責任の重い仕事、そう認識している。芸能活動などに深くかかわってくる重要ポジション、ということだ。
(この世界の≪プロデューサー≫って、何なんだろう)
頭の中がまとまらない中、またしても体が軽くなるのを感じた。
「……レベルアップしたよ」
「趣向を変えて、≪検索≫してみる?」
ゲッカのいう≪検索≫とは、僕の能力のひとつだ。ステータス画面には≪能力≫のひとつとして表示されているが、詳しい説明がないため使いどころがわからない。
「≪検索≫っていうくらいだから、何かを調べるられるの?」
「そうね、モンスターとか人とかの存在を検知するのに使えるの。私も≪検索≫できるから、それでモンスターの位置を把握してるの。結果、出会った瞬間がそのモンスターの最期なのよね」
「……そういうことだったのか。ん? 人の位置もわかるんだね」
「そうよ、とくに≪プロデューサー≫であるハオなら、私よりも広範囲に正確に≪検索≫できるはずよ」
気づいてみれば、この世界に来てから話し相手はゲッカだけで、あとはモンスターにしか出会えていない。
自分でいうのも恥ずかしいけど、実はおしゃべり好きの僕からしたら、食傷気味だ。
この世界の人たちに会ってみたい。
「≪検索≫、やってみるね」
周囲を≪検索≫——。
頭の中には魚群探知機のようなイメージが思い浮かんだ。
いわゆる魚群に相当するものがモンスターで、ゲッカの言う通り、僕の得意分野のせいなのか、モンスターの詳細までありありと見えてくる。
そうしてみると、先ほどまでの異常に高い遭遇率も納得できる。イメージの上ではかなりのモンスター密度だったからだ。
「こんなことまでできるんだね」
≪鑑定≫に引き続き、与えられた能力に感動する。
そんな中でイメージに浮かんだのは、
「感覚としては2㎞くらい先にはなるけど、1、2、……3人が、モンスターと戦っているみたい」
見えたのは、剣をふるうおじさん、杖を握るおねえさん、盾を構えるおにいさんのパーティだった。彼らはコーンキャット×2、グリーンスライム×3、ベビーベア×1と対峙していた。
「私にはぼんやりしかわからないけど……さすがね。どうする? 会いに行く?」
「うん。行ってみる!」
この世界のことをもっと知るため、それと、人恋しさが行動原理だった。
僕らは目標に近づくと、少し離れた木の陰に隠れて観察した。
ゲッカによるオートマチックな戦闘しか知らなかった僕には、彼らの戦い方は新鮮だった。
≪鑑定≫も交えて見学する。
≪戦士≫のオランザさん(四十五歳)がけん制も兼ねて攻撃を仕掛け、モンスターが攻め込んだときは≪騎士≫のグエンさん(二十七歳)が盾でしのぎ、その後方で詠唱を準備していた≪魔法使い≫のミラさん(二十二歳)が炎魔法を繰り出す。
さすがにゲッカよりは戦闘終了までに時間がかかるが、連携を取りながらの戦闘、これが王道なのは明らかだった。
彼らが心地よい汗をかいたところで、
「あ、あの、こんにちは」
「ん? なんだ、ボウズ。どこから現れた」
オランザさんがやや警戒を強め、こちらに向き直る。
ノープランで話しかけてしまったが、お近づきになりたい一心で、
「モンスター退治、お見事でした!」
「お? おう。見てたのか。6匹のモンスターをこの短時間でなぎ倒す……すごかったろ」
眉間の皺が和らぐ。怖い人ではないようだ。
「はい! オランザさんたちはいつもこんな感じで?」
「あれ? なんで俺の名前知ってるんだ?」
「あ……」
「ピィ(ふつうは≪鑑定≫とかできないのよ。限られた人だけ)」
小鳥に徹するゲッカが、ツッコミを入れてくれる。
「えっと……さっき、仲間内で呼んでるのが聞こえて……つい」
「そういうことか。ボウズの名前は? ここで何してたんだ? 一人で出歩くには物騒な場所だぞ。特に最近はモンスターの数が増えてるみたいだしな」
「モンスター、確かに多いですね。あ、名前はハオです。えーと……実は迷ってしまってこんなところに」
疑問に思われるということは、それが常識とは外れている、ということだ。
「そりゃ災難だったな。この辺で歩いてたってことは、俺らと同じ冒険者ってことか。仲間はどうした」
「えっと……仲間は……先に町に戻ってしまって(仲間はゲッカしかいないし、町がどこかもわからないけど)」
「理由は知らないが、薄情なお仲間だな。それとも、それだけボウズが信用されてるってことか? ≪職業≫は?」
ゲッカの言うように≪職業≫が諸々を左右するのだろう。
「えっと、≪プロデューサー≫です」
「「「≪プロデューサー≫???」」」
それまでオランザさんが中心にしゃべっていたが、残りの二人もこれには反応した。それだけ、彼らにとって奇妙な発言だったらしい。
ゲッカが助け舟をくれる。
「ピィ(確かに、一般的ではないわね。というか、ハオしかいないわよ、≪プロデューサー≫って)」
「(そうなの!? 先に言ってよ……)」
「ピィ(≪テイマー≫って言っておけば? 私がそばにいれば魔物を使役してると思ってくれるかも」
ゲッカとのひそひそ話ののち、言い直す。
「間違えました、≪テイマー≫(魔物を手懐ける≪職業≫だっけ?)……です。この子がゲッカで、彼女が優秀なので夜道も大丈夫です」
「ぴぃ」
ゲッカは「小鳥を演じるように」羽を広げる。
「言い間違いにしてはすげえけど、そっか、≪テイマー≫か、たしかに、見たことない魔物を連れてるもんな」
オランザさんはすんなり納得してくれた。
話を進めてわかったが、彼は実際にはすごく純粋で面倒見の良い人のようで、なかなか成果を上げられていなかったグエンさんとミラさんたちと組んで、冒険者として活動しているらしい。
オランザさんは「町に一緒に帰るか」と誘ってもくれたけど、その優しさに感謝しながら単独行動を続けることとし、三人の背中に手を振った。
ゲッカが口笛を吹くようにひと鳴きする。
「勉強になった?」
「うん。良い人との出会いにもなったし、この世界の常識に触れた気がする。常識を知らないと、動きづらいしね」
そのとき、ひゅーと風が吹いて、ふと我に返る。いつの間にか、頬に当たる風が冷たく感じるようになった。
青空は夜空とのバトンタッチの準備を徐々に進めていた。
「暗くなりすぎないうちに寝床を確保したほうが良いかな? それとも集落とか探したほうが良い?」
「もう数日この辺で粘りたいから、適当な場所で休みましょう。ふつうはモンスターが夜に活発になるから、冒険者は町に戻ることを選択するんだけど……ね?」
「ゲッカもいるしね」
夜であってもモンスターは恐るるに足らず、なのだろう。僕たちは野営することとした。そうはいっても、
「キャンプとか慣れてないんだけど……」
「おまかせあれ」
焚火を囲んで、地面のごつごつで背中が痛い、のような一夜……を想像していたが、いま僕は目の前に現れたログハウスに驚き、その玄関を眺めている。
ゲッカがあいかわらず物理法則を無視して一軒家を口から吐き出し、どうぞ、と。
「……失礼します」
中に入ると、木製のベッドや羽毛布団、近くの小川と連結して組み立てられた簡易的な水回りも完備されていた。
おかげさまで風情は無かったけど、快適に「住」を過ごせた。
一方で、ふかふかの布団という恵まれた状況にも関わらず、慣れない環境のせいかなかなか眠れずにいた。
(女神様は僕に何を求めているんだろう……プロデューサー≫ってなんだろう)
ゲッカは、木編みのバスケットにクッションが収まった簡易的なベッドで眠ってい……なかった。
「眠れないの? それなら、≪能力≫に≪音響≫っていうのがあるから、試してみて」
ゲッカに促されるがまま、≪音響≫を発動してみる。
五線譜のような、音符が流れるような、あふれる音楽のイメージが頭に湧いてくる。
「もしかして、音楽を奏でられるの!?」
「その通りよ」
僕の日課はピアノだった。
近所迷惑も気にせず、この世界なりの音楽を堪能し……ついつい夜更かしをしてしまった。
***
数日の「ヒモ生活」ののち、僕は文字通り、レベルアップを重ねていった。
ゲッカは「住」の他にも、「衣・食」もストレスフリーに給仕してくれ、また、持ち合わせていた生活便利アイテムを使うことで、細かなことにも手が届く、快適な異世界ライフを提供してくれていた。
レベル:26。現在の僕のレベルだ。レベルが上がるにつれてその上昇ペースは落ちてはいるが、僕はいまだにモンスターに触れたことがない中で、この数値。世間の冒険者様に申し訳ない。
≪鑑定≫でみる自分のパラメータにも慣れてきたところで、
——能力:≪プロデュース≫
これが目に留まった。正確には、能力欄のところに≪鑑定≫や≪検索≫の他に以前から存在していたのはわかっていた。日に日に「気になり度」が増している、というのが実際の所だ。
職業:≪プロデューサー≫に関連したことなのは間違いないのだろうけど、
『≪プロデュース≫!』
以前に試しに使ってみたらシーン……としてしまったので、それ以降使えないでいる。
ゲッカは見透かしたように、
「そろそろ使ってみる?」
「え!?」
驚いたのは、思考が読まれたことではなく、この前のシーン……としたときに珍しく助け舟を出してくれなかった彼女自らの発言だったからだ。
「レベルも上がって基礎力もついて、それに、この世界にも慣れてきたみたいだし、そろそろ次のステップかな、って」
「でも、この前はなにも起きなかったし……」
≪プロデュース≫という名前から、「なにかを生み出す」≪能力≫なのかと思ったら、そんなことは無かった。
「私は女神様に答えを聞いてるから正体はわかるけど、ヒントとするなら、≪能力≫が使えないのなら、理由は何かしらあるはずなの。力が足りないとか、タイミングや場所が悪いとか、ね」
「理由か……」
「答えを言っちゃうと、単独では発動できない、っていうこと」
「正解言うの早いって! 数日間もったいぶってたのに!」
「試してみて? 例えば、≪検索≫とか」
淡々と話を進めるゲッカに急かされ、
「……こうかな? ≪プロデュース≫・≪検索≫!」
いつものように辺りの生命反応がイメージとして湧いてくるが、
「なんだ……これ……」
いつもの≪検索≫とは明らかに違い、索敵範囲も広がって、対象の姿もより鮮明に浮かび上がってくる。
それだけでなく、
「どういうこと……?」
同じ場所に焦点を当ててみると、いくつかの場面が重なって浮かび上がる。同じ場所にもかかわらず、ある場面ではモンスターが複数いて、ある場面では冒険者が現れて、ある場面では冒険者たちがモンスターを退治し……。
「そうか……時間経過もわかるのか!」
4コマ漫画のように場面が進む様子で確信した。
≪検索≫に「時間軸が追加されている」のだ。
僕が感動していると、ゲッカが解説してくれる。
「反応を見る限りでは、≪プロデュース≫がうまく発動したみたいね。……≪プロデュース≫は≪能力を伸ばす能力≫ってことみたいよ」
「≪能力を伸ばす能力≫? そっか、だから、≪検索≫がいろいろとパワーアップしたのか。ただでさえ便利なのに、なんて過分なんだ」
ひとつ疑問。
「……こんな強力なのに、なんでもったいぶってたの?」
「まずは素の≪能力≫に慣れたところで、「強化」の存在を知る。その方が本質を捉えられるでしょう?」
「……そうかもしれない」
「それに、他人の≪能力≫にも使えるみたいよ。例えば、私の≪ネームレス≫とか」
≪ネームレス≫とは、ゲッカがピィッと鳴いて吐き出す、数多のモンスターを葬り去ってきた、あの小火球のことである。ゲッカのパラメータの高さからは強化不要に思えるが、鬼に金棒だ。
「どのくらい強くなるかわからないけど、試してみても良いかな?」
「やめておいたほうが良いかもね」
「え、なんで?」
好奇心が湧き上がってきたところに水を差され、子供みたいな反応をしてしまった。
「実は、≪ネームレス≫は手加減して使ってるの。普通に唱えたら、辺り一面が焦土と化すから」
さらっと恐ろしいワードが聞こえた。だが、納得。
「手加減してあれなのか……。確かに、手加減してるものを増幅したら元も子もないもんね」
「そういうこと」と、ゲッカは一度羽ばたいた。
≪プロデュース≫、かなり強力な≪能力≫であり、これを使う機会が訪れることがあるのだろうか。本当にそんな場面があるとすればどれだけの窮地なんだろう、と底の深さに寒気を感じた。
気を取り直し、
「さて、じゃあ、いつものように歩みを進めますか……ん?」
ここ数日のルーティーンに戻ろうとしたところで、違和感に気づいた。
それは、まだ効果の残っていた≪プロデュース≫済みの≪検索≫結果について。
本来だったら索敵範囲外のエリア、そこで今まで感じたことのないような禍々しいオーラを放つ存在を感じた。
それは、4コマ漫画でいうところの4コマ目にあたるような、時間軸の最後の場面。
存在が強すぎるのか、逆にぼやけて見える。ただ、物理的な大きさもさることながら、エネルギーの強さが類を見ないほどだ。
それに、
「そこには僕らがいて、他にも数人いて……ケガして倒れている人もいる……!」
背筋が凍るような感覚を受け、おそらく顔も青ざめている。
「何か見えたの?」
ゲッカが、僕の異変を見て怪訝そうな顔をする。
「≪プロデュース≫・≪検索≫で、未来の様子も見えたんだけど、信じられないほど大きな力を持つ『なにか』がいて……それと、僕らが戦っている……」
「未来が見えて、そこで大変なことになってるってこと?」
「……たぶん」
お試し感覚で使った≪能力≫でまさかの事態が発覚し、脈拍が速くなる。
「見えた未来が本当かはわからないけど、そこまで嫌な感じがするなら、そこに行かなければいいんじゃない?」
「いや、そこには、おそらく、『それ』に襲われている人がいるんだ。だから、放っておくわけにも……」
「……結果はわからないの? 私たちで後れを取ることはあまりなさそうだけど」
「そこまでは見えなくて」
「……不確定要素が強いってことかしら」
ゲッカの言う通りなのかもしれない。未来の出来事が見えるのであれば、それを知ってうまく活用すれば未来は変わるかもしれない。ただ、未来のビジョンがそこまでで止まっているということは、能力外だからなのか、それとも、そこから先はどうなるかわからないからなのか……。
「とにかく、行かなきゃ! 助けが必要な人がいるのは間違いなさそうだから」
「……わかった。全力で守るわ」
僕の様子を感じ取ってか、ゲッカもいつもの余裕を捨て去ったようだ。
「急ごう!」
≪検索≫で副次的に見えた、現場までの最短ルートに全速力で足を踏み入れる。
僕のペースに合わせて傍らを飛ぶゲッカが話しかける。
「私が生き物も≪収納≫できれば、ハオを連れてひとっとびなんだけど。ハオを置いてその道中でハオに何かあっても困るし」
つまり、走るしかない。ゲッカだけであれば現場まではものの数分で行ける距離のようだが、僕は移動に適した≪能力≫は持ち合わせておらず、原始的な方法をとるしかない。
さっきはゲッカの≪能力≫に対して≪プロデュース≫はしばらく不要だと思ったが、このあとおそらく必要になる、根拠の無い確信が足を急がせた。
「はぁ、はぁ……」
マラソンほどではないが、急な持久走、しかも、整備されていない道。
アイドル時代はダンスのための体力づくりでジョギングを日課としていたが、これがこんな形で活きるとは思わなかった。
「はぁ……この辺だ……」
現場はこの近く。確か、木々に囲まれ、そこを抜けたところだったはず。
「誰かいるわ」
僕とは対照的に体力の余っているゲッカは、周囲への観察力も上回っている。
「ほんとだ……あれって、ミラさん!?」
顔面蒼白で木々の隙間から飛び出してきたのは、先日、一緒になったオランザさんパーティのメンバー、≪魔法使い≫のミラさんだった。
「ミラさん! 僕です、この前お会いした、ハオです」
「≪テイマー≫の子……!? 逃げて! 私は町に助けを呼びに行ってくる!」
目には涙を浮かべ、誰が見ても慌てた様子のミラさん。走るのには不向きな漆黒のローブにも関わらず、今にも駈け出そうとしている。
「どうしたんですか!? 他のお二人は!?」
「『フィアスボア』が出たの! 商人の護衛の最中に急に表れて! グエンがやられちゃって、オランザが時間を稼ぐって居残って、だけど、私たちじゃどうにもならない!」
なかばパニックのミラさんの必死な姿に、状況を理解した。
「ミラさんは町に助けを呼んでください! 僕たちはオランザさんたちを助けに行きます!」
「え、ちょっと、危ないわよ!」
ミラさんの言葉をすべて耳に入れるのを待たずに、僕はミラさんが出てきた方向に飛び込んでいた。
≪検索≫で見えた「ケガをして倒れている人」、それがイコール知人だったのだから。
向かいながら、ゲッカがボソボソとつぶやく。
「『フィアスボア』……確かに、一般の冒険者には太刀打ちできないレベルのモンスターだけど、私なら苦労はしないし……。ハオが冷や汗をかくほどの相手じゃなさそうだけど……」
僕も、違和感はあった。
≪検索≫でみえたその存在は一般のそれではなく、ゲッカでも太刀打ちできないかもしれない——そんな存在だったからだ。
まもなく、木々の鬱そうから抜けると、そこには確かにモンスターがいた。
「でか……い……!」
例えるなら、ゾウよりも大きいイノシシのモンスターだった。いきり立ち、殺気をばらまき、鼻の両脇に抱えた立派な牙が、その攻撃性を物語る。
「オランザさん! グエンさん!」
うつ伏せでピクリとも動かない、騎士の鎧と盾が無残に砕かれた血まみれのグエンさん。
それと、
「……なんでボウズがここに!? ……逃げ……ろ……」
商人らしき少年に抱えられ、何とか言葉を絞り出す、満身創痍のオランザさんだった。
オランザさんを膝に抱える少年が、涙ながらの鼻声で訴えてくる。
「冒険者ザんです……か……ダズけてくだザい……!」
「ボウズ……たの……む……助けられそうなやつだけでいい……連れて逃げてくれ……!」
オランザさんはその言葉を最後にガクッと力を失う。
「オランザさん!」
周りを見れば、散乱した、おそらく輸送用の乗り物の破片と、乗客と思われる人の声なき姿もある。
唯一の意識清明、商人の少年が必死に訴える。
「冒険者ザん……急に表れたアイツに僕らの荷馬車ごと飛ばされて……父さんも大けがで……護衛の人たちが守ってくれたけど……」
悲惨な状況に説明が追い付いた。
「ぐぉォォぉぉ!!!!!!」
『フィアスボア』が新たな標的の出現に、興奮を仕切りなおす。
「蹴散らすわ!」
こちらの事情を気にしてはくれない相手に対してゲッカが叫び、≪ネームレス≫を発動する、その間際。
僕は、悲惨な現場を目の当たりにし、臆すでもなく、感情が複雑に巡っていた。
——僕は、幼い頃に両親を亡くした。
両親はともに、海外でも活躍して日々飛び回る、著名な音楽家だった。
僕は、家を留守にしがちな両親のことを嫌いになることもなく、むしろ尊敬して音楽に多大な興味を持ち、留守番中はずっとピアノを弾いていた。
そんなある日、海外の出張先で両親が強盗に襲われ、命を落としたと連絡が入った。
突然の悲しみに襲われ、悲しみの底にいる最中に追い打ちをかけるように、両親の遺した財産を親戚がかすめ取り、僕は体よく孤児院に追いやられた。
僕が九歳の頃の話だ。
目の前にいる震える少年に、僕は過去の自分を重ねていた。家族が襲われ、どん底に落とされそうになっている少年。重ねずにはいられなかった。
それに加えて、オランザさんたちも瀕死だ。
……もう、失わせない。失いたくない。
理性という概念が失われた瞬間があった。
「≪プロデュース≫・≪ネームレス≫!」
凄惨な現場を作り出した相手に、とことんまでトドメをさしたくなってしまったのがひとつ、≪検索≫で感じた不気味な感覚に油断できないという言い訳がひとつ、僕の冷静さを奪い去っていた。
「な……!」
突然の≪能力≫発動に反応しきれず、ゲッカは驚きのまま≪ネームレス≫を放った。
いつもは手加減していた≪ネームレス≫も、ゲッカは相手の力量を見てそのまま放ったのだろう。それに≪プロデュース≫が加わり、
『ゴォォォォ!!!』
音をかき鳴らし、巨大な火球となる。
スピードもすさまじく、音とその熱量に驚く間もなく、『フィアスボア』に打ち込まれる。
「ハオ! 何やってんのよ!」
珍しく、ゲッカが声を荒げる。その声にハッとなり、ついさっきの、
『実は、≪ネームレス≫は手加減して使ってるの。普通に使ったら、辺り一面が焦土と化すから』
という発言を思い出す。
『ゴォォォォ!!!』「ぐぉォォぉぉ!!!!!!」
弁明の余地もないまま、けたたましい音をまき散らす火球と、凶暴なモンスターとが激突する。
その瞬間、さらに大きな爆発音と衝撃が起き、
「……っ!」
他の人たちをかばうようにその場に踏ん張り、とどまろうと試みる。
「≪グレートウォール≫!」
ゲッカが叫び、僕たちを包むように重厚なバリアを生み出した。
衝撃は霧散し、僕たちは力を込めずとも吹き飛ばされることは無かった。一方で、≪グレートウォール≫の範囲外の木々が跡形もなく更地となっているのを見て、冷や水をさされて生唾を飲み込む自分がいた。
「ハオのバカ! ≪ネームレス≫に≪プロデュース≫を重ねたらダメだって言ったじゃない!」
防御に秀でた≪能力≫をゲッカが持ち合わせていることに驚きつつ、
「ごめん、つい……」
言い訳をする気力も起きないほど、反省していた。
「……思うところがあったんだろうけど、気を付けてね」
「……はい」
何となく察してくれたゲッカの懐の深さに、反省の色をより強める。
「とりあえず邪魔者は去ったから、ハオ、これをみんなに」
ゲッカはいつの間にかいくつかの瓶を取り出していた。
震えながら言葉をなくしていた少年が、やっと反応する。
「これはポーション! 使っていいんですか!」
「当たり前でしょ、早く手当てを」
回復用のアイテムで、僕も疲労(主に徒歩による)の際に与えられていた。
絶大な効果は期待できないが、応急処置としては十分らしい。
オランザさんやグエンさんに使用し、意識は戻らないが一定の効果が得られたことは傷のふさがる様子で確認できた。
同様に、父親に対してポーションを使用した少年は安心した表情となる。
僕は完全に冷静さを取り戻した。
少年の笑顔。
「何から何までありがとうございます!」
一方的に自分の境遇と重ねてしまったが、結果的に重なり合わなくて本当に良かった。「ピィ」
ゲッカが小鳥に戻る。
そういえば、他人の前では言葉のしゃべれない小鳥を演じていたのに、今回はさっきまで普通にしゃべっていた。少年は人語を話す小鳥を気にするほどの余裕がないみたいだが、ゲッカもそんな取り繕いよりも事態の収拾を優先したのだろう。
彼女を見習いたい僕は、状況を整理する。
「とりあえず、みんなを町に運ぼう」
そうはいっても、少年たちが乗っていた馬車は壊れ、引いていた馬たちも行方不明らしい。
「私の≪収納≫でちょうどいいのは例のログハウスくらいね、人を寝かせておくのは。タイヤみたいなものがあればそのまま移動もできるかもしれないけど、そもそも動力がないのよね……。やったことはないけど、魔法で爆発させれば推進力になるかしらね?」
「やらないほうがいいかも……」
ログハウスごと爆散するイメージが思い浮かぶ。
「変換機があれば魔石を適度なエネルギーに変えられるみたいだけど、そんなの王都にしかないし……方法は考えるとして、とりあえず、いつものように魔石を回収しておきましょう」
僕も、意識のない大人たちをどう運んだらよいか、と頭を悩ませつつ、応急処置はしたものの町に運ぶのは早いにこしたことはない、という当たり前の発想にせっつかれていた。
と、
——≪検索≫で見た、あの存在は?
冷静になってみると『フィアスボア』は、いくら凶暴だといってもそれに値しない。
「ということは……」
それに気づくのとほぼ同じタイミング、『フィアスボア』の「痕跡」へと向かったゲッカが小さく、
「え……」
とつぶやいた。
「ゲッカ?」
「魔石が粉々に砕けてる……」
ゲッカが驚いている理由がわからなかった。
「それだけ衝撃がすごかったってことじゃないの?」
「そうかもしれないけど、私がいままで倒してきたモンスターで、撃破後に魔石が砕けることはなかった……≪ネームレス≫でも、それより強い≪能力≫でも……ね」
「でも、さっき、変換機もあるって言ってたし、魔石が壊れることもあるんじゃ……」
「いや、変換機は特殊な魔力で魔石を徐々に溶かして、強大なエネルギーを得る仕組みよ。魔石はエネルギーの塊で、ほんのかけらでもほかのエネルギー資源の比じゃない。そんな代物だから、特殊な力がなきゃ加工もできないし、仮にそれが砕けたとなれば……!」
『フィアスボア』のパワーを反映してなのか、砕けたといっても魔石の総量は雑魚モンスター数十匹分に相当するように見える。
『……ゥゥゥン……』
砕けた魔石が震えはじめ、それを中心に、周りのすべてを引き込むような引力を孕む、よどんだ黒雲が広がり始めた。
ゲッカは距離をとり、警戒を強める。
『ゥゥゥゥゥゥンンン!!!』
黒雲は空間を捻じるような聞き慣れない音を立てながら、同心円状に広がる。
先ほどの『フィアスボア』の比ではないほどの大きさへ、あっという間に成長した。
言葉の出ない僕と少年を尻目に、僕らの方まで後ずさりしてきたゲッカは背中で語る。
「……あくまでも想像だけど、私たちは大変なことをしてしまったみたい」
「大変なこと……?」
ゲッカはちらっと振り返った。
「強大な力——オーバーキル——で、空間を歪ませてしまった可能性があるわ」
「!!!」
そういわれてよく見ると、目の前に現れた異質は、黒雲というよりは歪んだ黒い空間というのが正しい表現なのかもしれない。
「とにかく、どうにか逃げましょう!」
ゲッカが叫ぶも、異質な対象からいかに距離をとれるのか思考が巡らず、ただ後ずさりを数歩行うのみだった。
逡巡しているうちに、歪んだ空間は十数メートルにも及び、
そして——
『グァアアアアアアアアア』
歪みが広がる音ではなく、明らかな雄たけびが耳を貫いた。
——気づいた時には、巨大な青いドラゴンが姿を現していた。同等の大きさの歪んだ空間から抜け出したことを誇るかのように、鼓膜が破けるほどの咆哮でその存在を示してくる。
藍色に近い鱗が、光沢をもって輝く。にもかかわらず、美しさというよりは禍々しいイメージがなだれ込んでくる。
ドサッ。商人の少年は気圧され、気絶して倒れてしまった。
僕も何とか意識を保つが、膝を折って何とか向き合うのが関の山だ。気遣いの言葉や驚きの言葉を発する余裕がない。
ゲッカはいつも通りでいられるようだが、動揺は隠せない。
「ハオ、無理しないで。あのドラゴン、ハオとレベルが違いすぎるし、敵意の塊よ。ハオがそこの少年と同じ状態になっていてもおかしくないわ。青いドラゴン……感覚とすると、私と同じ……もしくは、パラメータでいえばそれ以上なのかも……」
吐き気が催される環境の中で、なんとか≪鑑定≫をしてみる。
『サファイアドラゴン』。詳細は不明。レベル:999。オールパラメータ9999!
異次元の強さと思っていたゲッカと比べても、レベルは同じだが、パラメータは上回っている。
こちらの心の準備を待たずに、
『グ……ガアアア!!!』
咆哮とともに、『サファイアドラゴン』が青い炎を吐き出してくる。炎に対する例えとしてはふさわしくないかもしれないが、すべてを飲み込む大波のような迫力だ。
「≪インフェルノ≫! ≪グレートウォール≫!」
ゲッカがそれに対抗するように、自分の体の何百倍もある紅い炎を放つ。火球というよりは火炎放射のような性状で、奇しくも、青い炎と規模は同等、色は真逆の強烈な炎だった。同時に、後方の僕らのためにバリアを構築する。
二つの炎が衝突し、閃光を生み出す。両者はほぼ互角。閃光をまき散らしながら対消滅し、衝撃の痕跡だけが残った。≪グレートウォール≫に守られているおかげで衝撃によるダメージは無かったが、威圧による萎縮については和らぐことはなかった。
「ジリ貧ね……。ドラゴンは炎耐性が高い。それは私も同じだけど、つまりは力をぶつけ合って、お互いを削りあう消耗戦……」
僕は言葉を発する余力もなく、ゲッカを一人語りにさせてしまう。
初見にして強大な威力を見せつけられた≪インフェルノ≫。≪プロデュース≫・≪ネームレス≫とどちらが強烈かは見た目で判断はつかなかったが、『フィアスボア』撃破後のゲッカの言葉、
『私がいままで倒してきたモンスターで、撃破後に魔石が砕けることはなかった……≪ネームレス≫でも、それより強い≪能力≫でも』
それによればすなわち、後者が≪インフェルノ≫ならば、≪プロデュース≫による≪能力≫の方が強力ということになる。
ということは、≪インフェルノ≫に≪プロデュース≫を重ねられれば、勝機が見えるかもしれない。
おそらく、ゲッカはそれをわかっていても言わないのだろう。
それは、オーバーキルで今回のような異常事態を引き起こすことを懸念してなのかもしれないし、動くも語るもできない情けない僕の姿を案じてなのかもしれない。
(後者の方かな……)
……思考を巡らせるのは、意識を飛ばさないようにするためだ。
油断をすれば、すぐに心が折り曲げられそうになる。
その間にも、青い炎と紅い炎が幾度もぶつかり合う。
≪鑑定≫とは違い、≪プロデュース≫は口に出さないと発動しないようだ。その証拠に、後先考えずに心の中で唱えてみても、≪インフェルノ≫の威力は変わらない。
言葉を発しようにも、内臓が握りつぶされそうな感覚がそれを邪魔してくる。
ゲッカは隙をみて、
「ハオ、ここは私に任せて、這ってでも逃げなさい! なんとか距離を取れれば身動き取れるようになるかもしれないし、十分に動けるようになったら、さらにここから少しでも離れなさい!」
ゲッカを置いてはいけない、そんな簡単なことも言えず、ただ僕は四つん這いで嘔気と戦っていた。
≪プロデュース≫と叫ぶだけでよいはずだ、それでも実現できない。
視線の先には、意識を失った人たち。僕のエゴが無ければ、今頃安全に眠れていたはずだ。
ゲッカと彼らの運命も背負っている。
どうすれば……!
——オランザさんの愛剣が目に入る。
僕は這いつくばりながら、近づき、射程圏内で手を伸ばし、何とかそれを拝借する。
そして、その剣を杖代わりに立ち上がり、そのまま剣を膝上まで何とか持ち上げた。
ゲッカが≪インフェルノ≫を唱えるのに合わせ、覚悟を決める。
倒れそうになる勢いで剣を自分の太ももに突き刺し、
「アァァァッッッ!!!」激痛の助けを借り、
「≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫!!!」
無理やり言葉を吐き出した。
ゲッカは振り向かず、≪インフェルノ≫が繰り出される。
≪プロデュース≫は……成功した!
≪インフェルノ≫が何倍にも膨れ上がり、勢いも手に入れて青い炎を簡単に飲み込み、角度としては『サファイアドラゴン』の顔をめがけて突き上げるように放たれた。
そのまま≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫は『サファイアドラゴン』に直撃し、
『グガアアアァァァ……!!!』
悲鳴のように聞こえる咆哮ごと、『サファイアドラゴン』は紅い炎の中に消え……。
「——ハオ!」
ゲッカがドアップで眼前に映る。
「ゲッカ……?」
「バカ! なんでそうやって無理するのよ!」
ゲッカが血相を変えてまくし立ててくる。
状況がつかめずに辺りを見渡すと、意識を失った人たちはそのままだ。
だが、その位置関係から導き出される、『サファイアドラゴン』の場所には……岩石と見間違うほど巨大な魔石が転がっていた。
「そうか……倒したんだ……」
記憶がよみがえる。
紅い炎に撃ち抜かれた『サファイアドラゴン』。炎と煙がしばらく居座り、次第に消えていくと、そこに残ったのは魔石だった。
それを見て、緊張の糸が途切れた僕は意識を失ったのだった。
自分の太ももを確認すると、痛みのトラウマは残るものの、応急処置がなされて決して苦ではない状態になっている。
「もう二度と! 自分を傷つけるような真似はしないで!」
大目玉を食らう。
「ごめん……でも、これで一件落着……かな?」
「……おそらくね」
不機嫌そうにゲッカは魔石の方へ向かう。
よく見ると、魔石から少し離れたところに、同じ大きさくらいの、原石ながら青く輝く宝石も転がっていた。
(『サファイアドラゴン』の冠名からして、サファイア、かな)
それらをゲッカは体内に≪収納≫し、戻ってくる。
あとで聞いた話だが、モンスターはたまに素材を落とすことがあるらしい。今回はサファイアがそれに当たる。
ゲッカは、巨石を二つ飲み込んだとは思えないほどすっきりとした表情で考察を述べる。
「魔石がきれいに残ってるってことは、オーバーキルにならなかったってことみたいね。ドラゴンの炎耐性がうまくバランスをとってくれたせいなのかも」
「力加減が難しいね」
「まったくよ……」
「ありがとう、守ってくれて」
「……」
機嫌が直ったかどうかわからないゲッカに気後れし、仰向けのまま空を眺める。
雲ひとつない青空。≪プロデュース≫・≪インフェルノ≫が空まで届いて雲を蹴散らしてしまったのかと思うくらいだ、
『——君が、絶大な力を悪用しないと信じて、ね』
女神様がそう言っていた。悪用するつもりは毛頭ないが、コントロールしないととんでもないことになる。
まさか、≪検索≫で見えた未来の危機が、自分自身のせいで遵守されてしまうだなんて思いもよらなかった。
ゲッカはそれ以上僕を責めなかったが、その優しさが余計に沁みた。
……今回の出来事を教訓として胸に。
その後、更地にポツンと建ったログハウスにみんなを移動させ、僕らも休憩をとった。
しばらくして、ミラさんが引き連れてきた仰々しい面々がログハウスの門をたたき、いろいろと事情聞取を受けることになったのは、言うまでもない。
『サファイアドラゴン』を倒した証拠はあるが、これを見せれば言い訳してもしきれない。
『フィアスボア』を倒した証拠は、(僕のせいで)存在しない。少年という証人はいるが、目配せして黙っていてもらうことにした。
たまたま駆け付けた僕らが、運よく『フィアスボア』を追い払った。
そんな落としどころで誤魔化し、みんなの無事を託してその場を去ることとした。