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リビングデッド・シンドローム

作者: 西順

(今、何時だ?)


 遮光カーテンで光を遮断された暗い部屋で、目を覚ましても冴えない頭を働かせて、ベッドの中でもぞもぞしながら、俺は電源ケーブルに繋ぎっぱなしのスマホに手を伸ばした。


(13時28分……。いつも通りと言うべきか、呆れ果てて言葉もないと言うべきか。なんか一日の半分を寝て過ごしているな、俺)


 こうなったのはいつからだったか。初めは風邪で学校を休んだのが事の始まりだった。風邪を拗らせ長期の休みを謳歌した俺は、その環境に身体が馴れて、当然のように風邪から回復しても学校へ行かなくなっていた。


 両親は共働きで家に寄り付かず、一人っ子の俺の行動を咎める人間がいなかったのも要因だろう。学校から両親に連絡は言っているはずだが、うちの親は仕事人間で俺に興味がなかったらしく、今日まで学校へ通うように言われた事がない。そもそも顔を合わせる事が月に一、二度のうえ、まるで俺が見えないかのように、仕方なくトイレへ行く俺とすれ違うくらいの接触で、声を掛けられる事などない。それもこの数ヶ月途絶えている。


 そんな訳で、学校へ行かなくなると、生活リズムと言うものは乱れる訳で、ゲームにマンガ、アニメと、夜中に活動するようになれば、起きるのも昼を過ぎて当たり前になる。


「はあ……」


 仕方なしと身体を起こすと、俺は腹を擦りながら部屋を出た。目的地はキッチンの冷蔵庫だ。それを開けて中にずらりと揃えられた、ゼリー飲料の一つを手に取ると、チューチュー吸って、近くのゴミ箱に投げ捨てる。そこは捨てられたゼリー飲料の空きパックが山となり、俺が投げ捨てた空きパックが山からこぼれ落ちて雪崩を起こしたが、まあ、どうでも良いか。


 ひきこもり生活を始めた当初は、デリバリーで色々食べていたのだが、いつからかそれをするのが面倒臭くなって、ECサイトで完全栄養食のパンなんかを定期購入していたのだが、そのパンを食べるのも面倒になって、最終的にゼリー飲料に落ち着いた。今では一日一食、ゼリー飲料を摂取するだけだ。腹は減らない。一日の半分を寝て過ごす俺には、このくらいのカロリーで十分らしい。


(今日は、何をするか)


 ゲーム? 飽きた。マンガ? 飽きた。アニメ? 飽きた。新しい何かを探す? 何もやる気が湧かない。


(…………寝よう)


 やる事がないのだ。なら起きている事に何の意味があると言うのか。それに最近、どうにも眠くて仕方がない。いくらでも寝られる気がする。この罪深い行いを、神に感謝しながら、俺は眠りについた。


 ▷▷


(……今、何時だ?)


 スマホを見ると、夜中である。寝よう。


 ▷▷


 目が覚めた。スマホを確認する。夕方だ。寝よう。


 ▷▷


 目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。目が覚めた。また寝る。また寝るまた寝るまた寝るまた寝るまた寝る…………━━━━


 ▷▷▷▷


 目が覚めた。どこだここは? 天井が白いし、何より部屋が明るい。白が基調の清潔な部屋。明らかに俺の部屋じゃない。何が起こったのか理解出来ず、身体を起こそうとするが起こす事が出来ない。身体に力が入らないのだ。かろうじて手を眼前まで持ってくれば、それは節くれだった細い枝のようだった。もし全身がこうなっているなら、起きられないのも不思議ではない。


 しかしどこだここは? 自らの身体の状態は理解したが、自分がどこにいるのか分からない。無理して横を見れば、ベッドが並んでいて、今にも死にそうな人たちが眠っていた。


「目を覚ましたんですね!」


 いきなりの大声に耳がキーンとなり、否が応でもそちらを見遣れば、看護師と思しき人が出入り口からこちらを見ていた。看護師か。それならここは病院か。それを理解して、俺がまた寝ようとしたら、その看護師に身体を揺すられて無理矢理意識を覚醒させられた。


「なん……です……か?」


「絶対に寝ないでください! 今、先生を呼びますから!」


 看護師はそう言ってナースコールを押す。俺は寝たいのに、看護師は医者が来るまで俺に話し掛け続けてくるので、煩くて眠れなかった。


 ▷▷


 駆けつけた医者の話によると、俺が罹ったのは、そもそも風邪ではなかったらしい。未知のウイルスによる病気で、これに罹ると段々と無気力になっていき、最終的には眠り続ける事になる恐ろしい病気だったそうだ。


 24時間眠り続けるようになると、俺のように一瞬でも目を覚ますのは稀で、そのまま眠り続ける人間が99%だと言う。なので、俺のように目を覚ました人間がいたら、また眠りに落ちないように、話し掛け続けるのが見回り看護師の仕事だったらしい。煩いとか思ってごめんなさい。


「それで……俺は……どうすれば……?」


「大丈夫です。23世紀の現在では、治療法が確立していますから、目を覚ましさえすれば、元の生活に戻れますよ」


 医者も横の看護師も、本当に嬉しそうに俺にそう語った。そうか。俺は1世紀以上眠っていたのか。現在では俺が眠る前よりもテクノロジーが飛躍的に発達したので、世界人口の99%が眠っている今の状況でも、文明は問題なく活動しているのだと、人と見分けのつかないアンドロイドの医者と看護師は嬉しそうであった。


 はあ……。これからの憂鬱に目を背けて眠りたいが、医者も看護師も、それを許してくれそうにない。99%の人類が眠る中、起きて活動するとは、なんと罪深い行いだろう。神よ、赦し給え。


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