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僕らの世界  作者: 若槻風亜
始まりは自覚から
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始まりは自覚から 4

 治療が終わり、マリーニアが互いの紹介の仲介に立った。


「彼はガーリッド・グリフ君。バラグ・ギルド所属のハンターよ」

「バラグ? じゃあ隣の町のハンターさんネ」


 ハンターにはそれぞれ所属というものがあり、それはハンターライセンスを取得した場所を指す。たとえばマリーニアはエンデルの町でハンターライセンスを取得したのでエンデル・ギルド所属になり、この先トーキがハンターライセンスを取るとしたらエンデルになるであろうから、トーキの所属もまたエンデルになる。


「あっちこっちを旅して回っていて、今はエンデルを拠点にしてるの。こっちに来たのは1週間前だったかしら? 来たと同時に依頼を受けて出て行っちゃったから私も会うのはこれが2回目ね」


 微笑みかけると、男性――――ガーリッドは肯定の意味を込めて頷いた。


「その依頼を終わらしたのがあんたがこいつらと出かけた後だったからな。今は別の依頼受けてここに来た」

「あら? こっちにあなたがやりそうな依頼あったかしら」


 トーキに合わせてもっとも低いランクの依頼を受けてきたマリーニアは首を傾げる。ギルドに来る依頼をすべて把握していると自負している彼女であるから余計にその疑問が強いらしい。


 ガーリッドは軽く肩を竦めた。


「あんたが出てから入った依頼だってレイチェルが言ってたよ。――――俺が受けた依頼は、この辺りにリザードソルジャーが出没したってことで、それの退治だ」


 聞き慣れない名前が出て、トーキはこっそりとマリーニアの表情を覗き見る。常に穏やかなその表情がわずかに強張っていた。そのわけを隣に座るパレラが口にする。


「めうー。オオトカゲとかの上ーのランクの魔物ね。遭遇したら今のトーキが一緒じゃ勝てないどころかマリーニャも危ないネ」


 無邪気な友人から告げられたぐさりと来る真実のダメージに胸を痛めたトーキは、しかしその通りだと自覚してマリーニアに向き直る。


「マリーニアさん、帰りますか?」


 突然の提案にマリーニアは驚いた様子で顔を上げた。


「僕がいる状態でそんな強い魔物と遭遇したらパレラの言う通りあなたも危ないですし、同じ系統の魔物ならさっきのタチトカゲみたいに仲間の血に引かれてくる可能性だってありますし……」


 諦めるなんて口にしたくなかった。けれど自分のわがままのせいで彼女まで危険に晒すわけにはいかない。


 悔しいという感情を押し込めてトーキが正論の(てい)をとるとマリーニアは困った表情をする。それが見ていられずに視線を落とすと、ガーリッドが沈黙を割った。


「必要ねぇよ。俺がすぐに退治する。それまでじっとしてりゃあいい」


 きっぱり言い切ったその言葉の自信のあふれていること。トーキはレイギアと似た、しかし彼よりも傲岸さの少ないガーリッドの発言に視線を上げ彼に向ける。焚き火の明かりを前に、トーキははじめてじっくりとその姿を見た。


 火に照らされているので正確な色はよく分からないが、バンダナで前髪を上げた髪とそれに隠れがちな目は同じ色をしているようだ。三白眼が鋭い印象を与えるが、浮かべる表情は比較的穏やかさを感じさせる。


 しかしその穏やかさを判別するより早く、一般の人間を怖がらせる理由が彼にはあった。それは、右頬から目のすぐ下、鼻の筋まで入った大きな傷。3本並んだそれは獣の爪によるものに酷似している。――――それが獣によるものか魔物によるものかは、今のトーキには判らないし、聞くことも出来ず、ただ沈黙を守った。


「……そうね、あなたの腕前ならすぐかもしれないわね。でも、油断は禁物よ?」

「分かってるよ、マリーの姉さん。俺だって勇敢と命知らずがイコールだとは思ってねーって。判別つくくらいの経験は積んでるつもりだ」

「めう。ガーリは強そうに見える。強いカ?」


 先ほど自分で取ってきた果実にかぶりついていたパレラが口にそれを含めたまま問いかける。ガーリッドはいきなりおかしなあだ名を付けられ「何だそれは」と疑問を口にするが、特別怒った様子もなく問いかけに応じた。


「おう。強いぜ」


 あだ名に怒らなかったのは「強そうだ」と言われたためらしいことを、その機嫌の良い返答が教えてくれる。心が広いと言うより――――単純、に、近いのかもしれない。


「ガーリッド君はパールランクのハンターなのよ」


 マリーニアが教えてくれた情報にパレラは首を傾げた。


「パール? じゃあリザードソルジャーは同じのランクの魔物ネ」

「お前見かけによらずよく知ってんな……まあそうだけど、俺の実力はランク以上だし、問題ねーよ」

「めう。ガーリは自信家ネ」


 ともすれば嫌味に聞こえる台詞もパレラの感心した様子のおかげでその影すら感じさせない。ガーリッドはその頭をガシガシと撫でる。


「言うじゃねーのちび助。ま、でも別に否定はしねーよ。俺はこれだけ言えるくらい強いつもりだからな」


 三白眼が強く輝いた。それが決して向こう見ずな自信ではないのだと、トーキは黙って笑っているマリーニアを見て悟る。


 町にいた――――パレラと彼女(・・)とギルドに遊びに行くだけだった頃、彼女のカウンターガールとしての仕事はよく見ていた。彼女は実力と合わない依頼を受けようとするハンターを必ず止め、何があっても受け入れることはなかった。


 その彼女が止めない。それだけ彼は実力のある人物なのだ。


 ミヤコよりは上だろうが、それでも自分とさほど年の離れていないように見えるこの青年は、その言葉通りランク以上の能力を有しているのだろう。トーキは、まだ何も出来ないのに。


 トーキは陰鬱な気分になって視線を落とす。すると、マリーニアが声をかけてきた。


「トーキ君、もう寝た方がいいわ。さっきのことで余計疲れたでしょう?」


 気遣わしげな優しい言葉はトーキにだけ向けられていた。それに気付いてしまい、トーキは情けなさからそれに反発する。


「……いえ! いいです。皆さんが起きている間は起きてます」

「もうパレラも寝るヨ?」

「寝とけよ。素人だろお前」


 隣に座るパレラに腕を掴んで揺さぶられ、向かいに座るガーリッドに勧められ、それでもトーキは頑なにその言葉を拒んだ。気が(たかぶ)っていて寝られる気分ではない、というのもある。だがそれ以上に何へともつかない苛立ちが周りへの反発精神を生んでいた。


 パレラが困った顔をし、ガーリッドは肩を竦める。マリーニアは少し眉を八の字にしながらも微笑を絶やさず、腰につけていたポーチを探った。すぐにその細い指がつまみ出したのは茶色の殻に包まれた植物の実だ。


「トーキ君」

「はい――――っ!?」


 呼ばれて顔を上げマリーニアの方に向けると、目の前でその実を割られる。そうすると顔の周りに薄茶色い粉末が広がった。


 咄嗟のことに息を止められなかったトーキはその粉末を吸い込んでしまう。途端に襲い掛かってきたのは、強烈な眠気。


 抗いがたいそれにトーキの体が大きく(かし)ぐ。それをパレラが小さな体で支えた。


「――――眠りの実かよ。あんた意外と力ずくなのな」


 話を聞かないと見るや睡眠作用のある植物の実で教え子とも言うべき少年を眠らせたマリーニアの行動を揶揄(やゆ)するようにガーリッドは笑う。マリーニアは困ったように笑い返した。


「ええ、分かってはいるんだけどね? 興奮状態だったからこれ以上何言っても無駄かなって。だって殴るわけにはいかないじゃない?」

「マリーニア正解ネ。トーキ意地になると絶対引かないヨ。小さい頃から変わらないネ」


 すっかり寝入ってしまったトーキをゆっくりと地面に寝かせてから彼女の行動の正しさを賞賛するパレラ。その彼の発言にガーリッドは眉を上げる。


「随分分かってんだな、そいつのこと。幼馴染かなんかか?」

「その通りネ。パレラはここに生まれた時からトーキの家にいる。生まれた時からずっと一緒ネ」

「ほー……って、そりゃ家族って言わねぇか?」


 納得しかけるが生まれた時から同じ家にいるのならばそのくくりは「家族」でもいいだろう。それなのにトーキは彼を「友達」と呼びパレラもまた「幼馴染」と――――幼い頃からの友人であるという。


 その感覚についていけずに思わず口を出すが、パレラは笑顔で首を振った。


「違うヨ。パレラとトーキは友達(・・)。家族じゃないヨ」


 先ほどまでとまるで変わらない笑顔。だが何一つ変わらないからこそ、ガーリッドは驚きを隠せない。


 彼が次の句を告げなくなると、パレラはまたにっこりと笑い、自分も寝ると言って深く寝入っている幼馴染(・・・)と頭をつき合わせるように寝転がる。すぐに、彼からも小さな寝息が聞こえ始めた。


「……マリーの姉さん、こいつら……いや、何でもない。あんたも寝ろよ。俺が見張りやっといてやるから」


 何かを聞きかけ、ガーリッドはすぐに自分でそれを引っ込める。彼もハンター。自分の立ち入っていい範疇か否かは判断出来るだろう。そしてこの結論は、賢明だ。


 マリーニアは答える代わりに微笑んだ。


 マリーニアも、今夜はすぐに眠れそうにない。



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