始まりは自覚から 3
かの人物の登場からタチトカゲの群れが駆逐されるまでに大した時間は要さなかった。
彼が前線で次から次へと敵を斬り捨て、切り損ねたものはマリーニアが仕留める。本来はこれが彼女の戦い方であると説明されずとも分かってしまったトーキは軽く落ち込むが、すぐに気持ちを切り替えた。
落ち込んでいる暇はない。
「ありがとう、助かったわ」
「どーも。あんたには世話になってるからなるな、マリーの姉さん」
2人の間で交わされる会話は予想通り顔見知りだということを示している。トーキは恐る恐る背の高い男性に声をかけた。
「あ、あの」
「ん? ああ、こっちか。何?」
マリーニアの視線の高さに合わせて首をめぐらせた男性はすぐに首を少し傾ける。トーキの身長は155センチでマリーニアは確か163センチ。視線の位置がずれるには十分な差だ。さらにこの人物、トーキとは20センチ以上差があるように見える。隣に立つと視線が一回で交わらないのは目に見えて分かった。
成長中とはいえ同じ男でこれほどの差が出るのを心の隅で悔しく思いながら、トーキはそんなことよりずっと大切なことを尋ねる。
「あの、どこかで男の子見ませんでしたか? えっと、白茶が三つ編みで袖の目が金の」
「いや落ち着け。分かんねーよそれどんな生き物だ」
額に手刀を落とされたトーキは乱暴なやり方ながら落ち着かされて深呼吸をした。そして、頭の中で見慣れたパレラの姿を思い浮かべて男性を真っ直ぐに見上げる。
「白茶色の髪と金の目の男の子を見ませんでしたか? 髪は長くて三つ編みにしていて、編み始めのところに赤いリボンをしてます。大きなヘッドホンをしてて、頬の所に縦に長い長方形のペイントがあって。あと、えっと、丈が短いんだけど袖の長い上着着てて、それから」
「あー、ストップストップ。もう分かったからいいって。てかこの暗いのに色言われても分かんねーよ」
「あ、すみません……」
それはそうだとトーキはまだ考えの至らなかった自分を軽く非難した。目の前の人物の色彩どころか見慣れたマリーニアの髪色とてこの暗い世界では分からない。そんなところで色をたとえても確かに意味はない。
「でも三つ編みでヘッドホンした袖の長い奴だろ? さっき見たな、そいつ」
「そうですかやっぱり――――え!?」
見なかった、と言う返事を予測していたトーキは「見ませんでしたか」と言う言葉を引っ込めて驚いた顔で男性を見上げ直す。
「だから見たって。ぴょんぴょん飛び跳ねながら機嫌良さそうに茂み入ってったから覚えてる」
「茂み? っていうかぴょんぴょんって……」
その様子がいとも簡単に想像ついてしまいトーキは頭を抱えた。そういう時の彼は大抵帰ってくると手に土産を持っているものだ。
予想するとそれに答えるように近くの茂みから掻き分けて進んでくる音がする。少しもせずに頭に葉っぱをつけたパレラが顔を出した。
「めうー? 何でみんなおきてるネ? めう、その人誰カ?」
「パレラ君! よかったわ、無事だったのね」
「ああ、こいつだこいつ。俺がさっき見たの」
まるで緊迫感のない声が彼の元で危険がなかったことを教えてくれたのか、その前に膝をついたマリーニアはほっとしたように彼を抱き締める。「どうしたネ?」と問いかけながらもマリーニアを抱き締め返すその手にはトーキの予想通りのものがあった。
「………………パレラ、おいしそうだね」
パレラの手にあるもの。それはよく熟した赤い果実。小さなその手に収まりきらない大きなそれを褒めるトーキの声は空々しい。しかし気付かないのかパレラはマリーニアを離すとトーキに駆け寄り嬉しそうな顔でそれを差し出した。
「お目が高いヨ、トーキ! これ美味しいネ! ちゃんと他にもあるからこれあげるヨ」
「あ・り・が・と・う」
「め、めううううううう!?」
果実を受け取らずにパレラの両頬を引っ張るトーキ。両腕をパタパタさせて逃れようとするパレラだが逃げられない。
「ど・う・し・て! 君はいつもそうやって美味しそうなものがあるとこっそり抜け出すのかなぁ? 僕昔から心配するからやめてって言ってるよね?」
「ひゃ、ひゃってぇぇぇ」
「だってじゃないの! 町にいるわけじゃないんだから、いくら君でも危ないからやめてよ!」
「ひょめんほーきぃぃ」
「……まったく」
呆れたため息をついて手を放すと、パレラは涙目で頬をさする。彼は昔からこうだ。夜中にいなくなったと思ったら台所で何か物色して、美味しそうなものがあるとこっそりそれを持ってくる。一体何度トーキまで母に怒られたことか。
「パレラ君も見つかったし、一回落ち着きましょうか? 彼のことも紹介したいしね」
「俺の紹介よりあんたの怪我の手当てだろ。おいお前、火ぃ起こすから薪持って来い」
「あ、はい」
男性に引き連れられ火を起こしていた場所に進もうとすると、その瞬間に彼の背中にぶつかった。いきなり立ち止まられたため対応できなかったのだ。
男性はトーキに「悪い」と言ってからパレラに目を向ける。
「おい、どっか怪我してねぇか? お前からも血の匂いがする」
「めう、鼻いいネ。さっき転んですりむいたヨ」
パレラが示した左膝は確かに赤く滲んでいた。それに、よく見ると服や足も砂だらけだ。目の前にいながら気付かなかった自分の余裕のなさにトーキは改めて恥ずかしくなる。