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僕らの世界  作者: 若槻風亜
始まりは自覚から
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始まりは自覚から 2

『どうしてよっ!』


 泣き叫んだ彼女の声に答えることが出来なかった。


『どうして、あたしばっかりこんな目に遭うの!? あたしが、あたしたちが何やったって言うのよ……っ』


 彼女が縋るその人は、もうこれ以上何の言葉も発さない。


 ひたすら恨みを口にして、ただ泣き続ける彼女に、何も言うことができなかった。


 思えばこの時から、何かが狂い始めていたのかもしれない――――。



     *     *     *



「トーキ君、トーキ君起きて」

「う……マリーニアさん? もう朝ですか?」


 いつも彼女より遅い起床ではあるが起こされるのはこれがはじめてだ。疲れがたまっていたのだろうかと考えながらも、手を煩わせてしまったことを謝ろうとしっかり目を開ける。


 だが、目の前のマリーニアの姿は暗闇の中でよく見えない。見渡せば辺りもまだ夜の時間から離れていないように見える。トーキはすぐに異変があったことに気付いた。


「何があったんですか?」


 何()あったかではなく、何()あったかと訊いたトーキに、マリーニアは話が早いと言うようにその頭の方を指差したようだった。そちらには確かパレラがいるはず。


 トーキはすぐに体を起こしてそちらを向き、絶句する。そこで寝ているはずのパレラの姿が、そこにはなかった。


「パレラ!?」


 思わず大声を出して立ち上がったその瞬間に、マリーニアに腕をつかまれ無理やり引き倒される。地面につく前に抱えてくれたおかげで地面とぶつかることはなかったが、彼女らしからぬ乱暴な行動にトーキは女性に支えられているという情けない現状も忘れ目をぱちくりさせた。


 だが、その疑問もすぐに消え失せる。マリーニアがトーキに答えずに腕につけた小さなボウガンから放った矢が、暗闇に(うごめ)いていた影に直撃し、その影が奇声を上げたために。


 トーキはようやく自分達が魔物に囲まれていることに気付いた。しかし闇に慣れてきた目に映る2本足で立つ影の輪郭は、この3日で見慣れたオオトカゲのものではない。


「マリーニアさん、アレは?」

「タチトカゲよ。オオトカゲの仲間で、アレよりも1つ上のランク。私たちにこびりついたオオトカゲの血の匂いに引かれたのね。……今のトーキ君には荷が重いかしら。私が何とかするから、私の後ろにいて、離れないでね」


 返事をするより早く後ろに追いやられたトーキの目には映ったのは、今のトーキでは敵わないと判断された魔物を各1本の矢で素早く倒していくマリーニアの姿。ささやかな月光に照らされた金糸の髪はまるで不思議な輝きを放っているようだった。


 タチトカゲと呼ばれた2本足で立つトカゲの――――小型の恐竜にも似た魔物が難なく片付けられつつあるのを見て落ち着きだしたトーキは、辺りを見回して姿の見えない友人を探す。


(パレラ、どこ行ったんだ――――?)


 一度寝たら朝までぐっすり寝てしまって起きない類だというのに、何故、こんな時に限って姿が見えなくなってしまうのか。彼の能力(ちから)を考えれば心配は無用かもしれないが、万が一を考えると体の心が冷えるようだ。


「トーキ君っ!」


 厳しい――というより焦ったマリーニアの声を遠くに聞いて、トーキははっとして彼女がいるはずの正面を見る。目の前にあった彼女の背中はずっと前にあった。どうやらパレラを探すのに必死で彼女の「前に出る」という声を聞いていなかったらしい。


 トーキは慌ててその背中を覆うと駆け出す。だが、その行動にマリーニアはぎょっとしたようだった。


「トーキ君っ、走っちゃダメッ!!」


 その警告が聞こえるが早いか、トーキが立ち止まるよりも突然駆け出したトーキを標的に移した何匹かのタチトカゲが襲い掛かってくる。


 咄嗟のことに思わず足を止めてしまうと、引き返してきたマリーニアが飛びつくように強張った体を押し倒した。おかげで背中を打つだけに留まったトーキだが、庇ったマリーニアはそうはいかなかったらしい。この3日で嗅ぎ慣れてしまった血の匂いと聞こえてきた小さな悲鳴にトーキは目を見開く。


「マリーニアさん!?」

「大丈夫よ! それよりも、立ってトーキ君。次が来るわ」


 マリーニアはトーキの上からどきながらその腕を引っ張って立ち上がらせると、すぐに駆け出した。その言葉通り、2人が先ほどいた場所を鋭い爪が襲い掛かるのが目に映る。


「ここに背中をつけてじっとしていて!」


 押し付けられたのは大きな岩だった。トーキは今度はパレラのことに頭を回す余裕もなく、べったりと背中をその岩につける。剣を抜こうかと鞘に手をかけるが、その音が聞こえたらしいマリーニアに止められてしまった。


「今は駄目よトーキ君。錯乱状態で剣を使ったら怪我する可能性が高いから、ここは私に任せて。ね?」


 錯乱状態、と言われて改めて自分の手を見たトーキはすぐにその言葉を納得する。情けないことに手は振るえて、とてもではないがまともに剣が触れる状態ではなかった。


 恐怖で身動きが出来なくなってしまう自分に追い払っていた情けなさが再び甦ってくる。


 悔しそうに唇を真一文字に引き結んだその時、頭上から影が落ちてきた。突然月の光が遮られて驚いたトーキが上を向くと、岩の上に立つマントをはためかせた人影が目に映る。


「大量の魔物プラス足手まといプラス肩の怪我。これじゃあいくら『エンデルのルナティアス』でも無理だろ」


 はっきりと響く男の声。その主は言うや否や岩から飛び降り、マリーニアの前に降り立つと目前にいたタチトカゲを一太刀で切り伏せた。


「手伝ってやるよ」


 手にされているのはバスタードソード。片手・両手で使える、斬りと刺しの両方が出来る剣だ。重量がありトーキでは決して持てないと、武器を買いに行くのだけ付き合ってくれたレイギアに馬鹿にされた代物なのでよく覚えている。


「あら、あなた……」


 マリーニアは見知った人物なのかすぐに彼を受け入れたようだった。説明を求めたかったがそれは後からでも出来ると我慢し、トーキは勢いに乗る2人の邪魔をしないようにじっと動かずに耐えることを選ぶ。


 今は彼らの邪魔にしかならないことを、はっきりと自覚していたから。


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