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僕らの世界  作者: 若槻風亜
始まりは自覚から
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始まりは自覚から 1

始まりは自覚から


**********************



 森から鳥たちがあわただしく飛び立っていく。休息していた彼らをそうさせたのは、地上で繰り広げられる無粋な剣戟の音と獰猛な唸り声が争う音だ。


 その音の中心で、群青の髪の少年――――トーキは、次から次に襲い掛かってくるオオトカゲの猛攻に耐えながらがむしゃらに剣を振っている。


「トーキ、後ろネ後ろ」

「っ!?」


 岩の上からパレラの助言を受け振り返ろうとするが、剣の重さ、そして慣れない戦闘に疲れた体は意思に反して軽やかな動きを拒否した。


 その隙にオオトカゲは大きな口を開け鋭い牙でトーキに噛みつこうとする。あわやその牙がトーキのふくらはぎを食いちぎろうとしたその時、高音を立てて何かが飛来した。


 何かはオオトカゲの頭に深々と突き刺さると、あっけなくその命を奪い去る。


「あらあら駄目よトーキ君。減点ね」


 いっぱいいっぱいなトーキの心情と確実に正反対の位置にある穏やかさを携えた声に、トーキはちらりとパレラの隣に目をやった。そこにいるのは装飾の施された長弓を構えたマリーニア。


 マリーニアはトーキと目が合うと仕方ないと言うように優しく微笑んだ。


「でも、今日はもう無理そうかしら。ちょっと待っててね、すぐに片付けるから」


 言うや否やその手にされた長弓から次から次へと矢が放たれる。それは一本も外れることなくトーキの周りに群がっていたオオトカゲたちに命中し、ものの2・3分で10匹以上のオオトカゲが物言わぬ塊となって転がることになった。


「……これが、シルバーランクのハンター……」


 分かりきっていることではあった。だがこうも大きな実力の差を見せられたトーキは、筋肉の疲労のため小刻みに震える腕に視線を落としもどかしそうな表情(かお)をする。



     *     *     *



 木々が爆ぜる小さな音を断続的に響かせる焚き火の前に座りながら、トーキは沈んだ表情を隠せなかった。


 目の中では赤い火が大小に姿を変えながらゆらゆらと揺れている。


「トーキ、そんなに落ち込むよくない。はじめて外に出て3匹狩れたなら上出来ネ」

「……うん、ありがとうパレラ。でも……」


 慰めてくるパレラに力なく微笑みを返したトーキだが、その慰めは今のトーキの胸には届かない。


 すると、沈み込むトーキの頭を細い手が撫でてきた。顔を上げると木の枝を片手に抱えたマリーニアが微笑んでいるのが目に入る。


 いつも背中に流していた金色の髪は今は頭の高いところで結われている。動きやすいように、と言っていたが、町を出てから今日までの3日間。そんなことをする必要がどこにあるのかと言いたくなるほど彼女は余裕だった。


 トーキが1匹倒すのに要した時間があれば彼女は50匹は平気で狩っているだろう。


 分かってはいるが、その力量の差がますますトーキを惨めにさせた。


「あらあら。そんな泣きそうな顔しないでトーキ君。パレラ君の言う通りよ。初めて魔物と戦って3匹も倒せたのなら凄いことよ」


 トーキたちの向かい側に座りながらマリーニアは笑顔を絶やさない。トーキは視線を硬く握り合わせた両手に落とす。


「……でも、早く強くならなくちゃいけないのに……」

「めう。焦りは禁物ネ、トーキ。トーキは素人。〈コンダクター〉であること以外は一般人の町人Aだったヨ。それがいきなりハンターやるって言っても無理ネ。ゆっくり確実に強くなるのが一番。どんよりしてないで前を見るネ」


 余りまくった袖に隠れた腕で強めに叩かれ、トーキはその背中に手を回し長い髪をまとめた三つ編みを引っ張った。パレラは予測していたのかあっさりとそれに引かれて後ろに倒れこむ。


 それでもしっかりトーキを見る目はちゃんと自分の言葉を聞けと言っているようで、トーキは少しだけ考え込んでから頷いた。


「分かったよパレラ。君の言う通りだ。今までやったことなかったことをしようとしてるんだ。すぐに出来なくても仕方ないもんね。地道に頑張るよ」

「めう。それでいいネ。トーキ・アーザは地道な努力の積み重ねこそネ。今は力も使えないんだからじっくりやるヨ」


 寝転がりながら腕を垂直に上げて拍手するパレラ。しかし布越しのせいでその音はひどくくぐもっていて、あまり喝采の感じはない。トーキは苦笑して首にかけられた文様の刻まれたトップのついたネックレスをいじった。


 これは町を出る時に付けられた〈コンダクター〉の力を封じるための拘束具だ。封じた本人の許可がなくては外すことが出来ない代物で、紐を切ることも頭から先に抜くことも出来ない。


 今回は修行のためにということで合意の下マリーニアにつけてもらった。なので、マリーニアの許可がないと外せない。よって今のトーキはノーマル同然である。


「ふふ、立ち直ってくれてよかったわ。やっぱりパレラ君を連れてきて正解ね」


 笑顔のマリーニアに、トーキは改めて申し訳なくなって頭を下げる。


「すみません、マリーニアさん。僕の修行のために付き合ってくれてるのにすねたりして……」

「あら、いいのよ。誰だって自分の駄目なところを自覚したら落ち込みたくなるわ」

「でも」

「いいの。自覚したならもっと強くなれるから」


 有無を言わせぬ優しい笑顔。寛容を前に声が出なくなることもあるのだと知りトーキは言葉の続かなくなった自分に驚いた。


「メルティちゃんを助けるのを焦る気持ちは分かるわ。でも、今パレラ君も言ったけど焦っちゃ駄目。人を()とすほどの力を持つ〈リーブズ〉は本当に強いわ。今のトーキ君じゃ絶対に敵わない。たとえ〈堕ちた者〉を救う手立てが見つかっても、その前にその〈リーブズ〉に殺されてしまっては意味がないでしょう?」


 言いづらい真実を、しかしきっぱりと口にするマリーニア。その言葉にこめられているのはハンターとしての厳しさと姉貴分としての優しさ。


 トーキが反論できずに頷くと、マリーニアは優しく微笑んだ。


「だから確実に強くなりましょうね。ちょうどいいところにオオトカゲの退治依頼も来たしね」


 ちょうどいい、というのは、オオトカゲがこの辺りで発生する魔物の中でもっとも弱い部類に属するからだ。もっとも、獰猛でかつ群れでの行動が多いので戦う術のない一般人にとっては危険以外の何者でもないが。


 それにしても皮肉だと、トーキは小さな息を吐く。


 魔物は、太古の昔は存在しなかった。その存在が出現しだしたのは〈リーブズ〉と同時期――――つまり大戦の最中だ。


 当時国と研究者達は人と〈リーブズ〉との契約を一人余さず行い、さらにそれだけでは飽き足らず動物達にも無理やり契約させた。結果、適合できなかった人や動物は闇堕ちし、野に生き人を害するようになったのだ。


 それの血を引継ぎ(のち)に生きる、人と動物、そして〈リーブズ〉以外の生き物。それが『魔物』だ。


 かつての人間の業が人を襲う。これを皮肉と言わずになんと言うのだろう。


「……それにしても、〈リーブズ〉の力を借りずに魔物と戦うのがこんなに大変だったなんて、思いもしませんでした」


 生まれた時から〈リーブズ〉と隣り合って生きてきた。それでも、今回の依頼では一度も彼らの力を借りていない。というのも、マリーニアにそれを禁じられたからだ。


「〈リーブズ〉の力はとても便利だけど、その反面とても精神力を使うでしょう? 短期集中ならいいけど乱戦になったり長期戦になった時いつ使えなくなるか分からないわ。だから〈コンダクター〉の初心者ハンターの方が死亡率が高いのよ」

「〈リーブズ〉の力に頼りきって自分の戦闘力がないから、ですか?」


 まさに今の自分の状況を口にすると、マリーニアは少し悲しげな顔で頷いた。彼女は元ハンターで、今もギルドのカウンターガールの職についている。きっとトーキが想像できないほどの別れもあったことだろう。


「そうね。慢心の結果、ね。――――それが分かってるトーキ君ならきっと大丈夫よ」


 トーキを励ますようで、それはまるで自分に言い聞かせているようにも思えた。それでも余計なことは言わず、トーキは笑顔で頷いてみせる。


「さ、じゃあ今夜はもう寝ましょう。明日もまたオオトカゲ狩りよ」

「はい」

「めう」


 火を囲むように横になる。その際に剣を隣におくことも忘れない。この3日で確かに身についた習慣だ。


「おやすみなさい、トーキ君パレラ君」


 言葉の終わりと共に火に砂がかけられて消される。最初の頃は戸惑ったそれにももうなれた。


 マリーニア曰く、獣は火を恐れず、むしろ好奇心を誘われて寄ってくるらしい。それは人が明るい所に寄る習性や、子供がはじめて見る物を触ったり口に含めようとするのと同じことだという。


 火を恐れる獣――もしくは魔者――は、火の恐怖を知るもののみだ。そして野にいる多くの生き物は火の恐怖を知らない。追い払う役と引き付ける役。この火がどちらの役を果たす可能性が高いかは、今のトーキならよく分かる。


 トーキは暗闇に包まれた中で静かに目を閉じた。


 そうすると、指先に触れる鞘の冷たさが寄り鮮明に伝わってくるようだった。



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