始まりは決意から 2
始まりは決意から
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「やがて時が経ち、当時「戦えるものは老若男女問わず」と言えるほど多かった契約者達は、次第にその数を減らしていきました。現在では〈リーブズ〉との契約を結べる者は極少数となっています」
「そうなの? 私、そういう人たくさんいるのかと思ってた」
驚いた様子を隠さないミヤコの発言に言葉を返したのはトーキに面倒ごとを丸投げしたレイギアだった。
「オメーがそう思うのも仕方ねぇな。オメーがこっちに来てから最初に会ったのは俺で、次がエヴァンチェル。その次はここの連中とトーキたちだからな。この世界のノーマルの連中よりよっぽどそういうのと面識がある。――――俺たちみたいなのが一般になんて呼ばれてるか知ってるか?」
「え? 契約者――――〈コンダクター〉じゃないんですか?」
目をぱちくりさせる彼女は、真実それ以外にトーキたちを表す言葉を知らないらしい。そんな彼女にわざわざその言葉を教えるのかと、トーキは軽く暗い気持ちになった。
けれど何も教えないまま彼女がそれを憎しみを持って使う者と出会ってしまうのを避けるためにも必要なことだと思い、とめる言葉を呑み込んだ。
「昔なら、それが正解だな。けど今は違う。今は、その稀少性、そして契約を結べぬ者たち――まあつまりノーマルだな――との圧倒的な力の差のせいで、過去〈コンダクター〉と謳われた者たちは、今や「化け物」と同義語の存在となっちまった」
レイギアは顔を向けてきた大猫――――ベルルの頭を指で撫でる。ベルルはうっとうしそうな目をしたが、顔を背けるだけでその歯牙を彼に向けることはしなかった。
「今ノーマルたちが俺たちを呼ぶ時は、こう呼ぶ」
蔑称し、〈異端者〉と。
「ハリティック……?」
「異端者って意味だ。普通の人間じゃあ扱いきれねー力を生まれた時――――正確には生まれた直後から持つ奴なんざ危なっかしくて同じ扱いしたかねーだろ?」
「……そりゃ、自分と全然違う相手ってのは受け入れがたいかもですけど……」
「それが普通なんだよ」
普通って……。ミヤコは何か文句を言いたげだったが、結局何も言わずに眉を寄せた。
「……じゃあ、みんなとそのノーマルの人たちを分けるのは何なの? 今の言い方だと生まれながらじゃないんだよね? レイギアさんも言い直してたし」
ミヤコの視線が再びトーキに向けられる。そのはっきりとした視線は「異端」扱いされているトーキたちを恐れても同情してもいない。純粋に知識欲のために言葉を紡いでいるらしい彼女にトーキは自然と頬が緩んだ。
「〈リーブズ〉は約束を忘れてないヨ。約束通り、波長の合う人間が生まれたらその人間の所に行って契約を交わすネ。〈リーブズ〉は人間よりずっと多く存在するからそれこそ全部の人間は生まれた時に〈リーブズ〉に会ってるヨ」
出遅れたトーキの代わりにパレラが両袖を振り回してミヤコの問いに答える。口の周りがジョッキの縁の跡を残して白くなっているが、気にしてもいない。
「え? でもそれおかしくない? それなら「のーまる」なんていないはずでしょ?」
「おかしくないネ。〈リーブズ〉行く。けど、〈リーブズ〉の声聞こえない人間多い。声聞こえなかったら契約も出来ない。ミヤコは言葉の通じない人と約束できるカ?」
首を傾げられ、ミヤコはそれを否定してから納得したように頷く。今パレラは大変分かりやすいたとえをしてくれた。
確かにミヤコも、元の世界で外国人に話しかけられたらパニックになってしまって何も出来なかった。そんな状態で、まして約束など出来ようはずがない。
つまりこういうことだ。人間を日本人、〈リーブズ〉をアメリカ人としたら、トーキたち〈コンダクター〉は日本語と英語の両方を話せるから会話が成立したが、ノーマルの人々は日本語しか話せないから会話が成立しなかった。
そのように独自の解釈で人間と〈リーブズ〉の関係を整理したミヤコだが、それらとの大きな違いにもすぐに気が付く。
英語くらいなら(ミヤコにとっては熱を出しても仕方ないくらい難関だが)勉強すれば身についていくだろう。けれど〈リーブズ〉との意思疎通は1回目が駄目なら永劫不可能なことのはずだ。そうでないのなら、「ノーマル」が多い理由にならない。
つまりこの世界の人たちは生まれたその瞬間にノーマルとハリティックに分けられる。そしてこの括りは死ぬまで変わることがない。ノーマルは死ぬまでノーマルで、ハリティックは死ぬまでハリティックだ。
「……えーっと、ところでそれはいつになったら私の最初の疑問につながるのかなぁ??」
最初の疑問。それは「闇堕ち」が何たるものか、と言うもの。改めた説明のために忘れられてしまったのではないかと言う不安からそう尋ねると、ちゃんと覚えている、と言うようにトーキが苦笑しながら手のひらをミヤコに向ける。
「おまたせしました。ここでつながります。――――生まれた時にノーマルとハリティックは完全に区別されますけど、極稀に、この常識を覆すノーマルが現れるんです」
そのノーマルたちの最大の特徴にして唯一の共通点。それは、怒りや悲しみ、絶望などありとあらゆる「負の感情」に支配されてしまうこと。
「負の感情?」
「はい。彼らの抱く負の感情は〈リーブズ〉の中でも特に気性の荒いものや残酷なものを呼び寄せてしまうんです。それらは通常の〈リーブズ〉よりも人間に対する影響力が強く、本来なら自然と合うべき波長を強制的に合わせてしまいます」
ミヤコは首を傾げた。強制的に、と言う悪印象の言葉を使っている以上よくないことなのは分かる。けれど、何故いけないのかが分からない。
結局、考えるよりもミヤコはどういうことかと尋ねあっさり答えを求めた。
「歯車にたとえりゃ分かるか? 歯車ってのは歯があってりゃキレイにはまって回るだろ?」
言葉を引き取ったレイギアの例えを基にして、ミヤコはイメージを膨らませる。
「けど合わねーもん無理に合わせたら動かねーかどっか別のところがずれちまうな」
「はい」
「闇堕ちも同じもんだ。合わねー歯を無理やり合わせるから動かなくなるか別のところが外れちまう。この場合は、理性がなくなっちまうんだな」
悪意ある〈リーブズ〉が増長させるのは人の「本能」。そして本能の間逆にあるのが「理性」。闇堕ちは「本能」の歯を無理やりあわせるために、真逆の歯である「理性」がずれ、「理性」のずれた人間は「本能」のままに負の感情で世界に牙を剥く。
彼らを総称し、〈堕ちた者〉と呼ぶ。
「そして〈堕ちた者〉は全人類・全〈リーブズ〉からの排除対象となり、その命を狙われる。つまり、賞金首、っていったところだな。俺も含め、奴らを狙ったハンター職を稼業とする奴も少なくない。ここもそんな奴らの集まりだしな」
ここ、と言って足の裏で床を叩きレイギアが示したのは、彼らが今いるこの建物。この町・エンデルのハンターズギルドだ。ここにはこの町を活動の拠点とするハンターやこの付近で仕事をするハンターの拠り場所となっている。
「全部、敵? なんかかわいそ……」
哀れと口にするミヤコにレイギアは首を振った。
何も知らないものなら、彼女のように哀れと言う者もいる。しかし多くの人々が口にするのは「仕方ない」という言葉だった。
〈堕ちた者〉が世界に絶望したが故に堕ちた者たちだということはこの世の誰もが知っている。けれど、それに哀れめば最後、自らがその歯牙にかかることとなる。自らの命を懸けてまで彼らを庇える者などそうはいない。
結局、多次元のモノと共生することの出来た人類ですら、堕ちた同胞と共生することは出来ないのだ。
〈堕ちた者〉を追う者は誰もいない。無駄であると知れているから。
〈堕ちた者〉に手を差し出すものは誰もいない。危険であると知れているから。
堕ちれば――――それで終わりだ。
これまで多くの〈堕ちた者〉を狩ってきたレイギアはそれをすでに「当たり前のこと」として知っている。だからこそ、素性も人柄も知る少女が堕ちてしまったことが何より心苦しい。もう二度と彼女と言葉を交わすことがないのかと思うと胸が痛くなる。
もしも出会ったのならば苦しまぬよう葬ってやるのが彼女に出来る最後の優しさだろう。
レイギアはそう思い深いため息をついた。
すると、今この場でレイギアがもっとも哀れと思っている少年の声が、珍しく強い色でその場に蔓延する絶望の空気を貫いた。
「終わりなんかじゃありません」
揺るぎない群青の眼差しが確かに希望を見据えていることに、レイギアは驚きを隠せない。