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僕らの世界  作者: 若槻風亜
始まりは選択から
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始まりは選択から 4

 パレラから寝込んでいた間の話を聞き終わるころ、ちょうど母とミヤコが、切り分けたフルーツケーキを持ってきてくれた。ミヤコに渡されたそれを受け取りながらちらりと視線を父とガーリッドに向ける。父の話も終わったようだ。トーキは少し間を空け、ガーリッドもケーキを受け取ってから彼に声をかけた。


「あの、ガーリッドさん。次の仕事ってもう入ってますか?」


 体の調子もよくなってきたのでそろそろ剣の稽古をつけて欲しいところなのだが、彼とてハンター。もしも仕事が入っているのだとしたら邪魔をするわけにはいかない。そんな思いで問いかけると、床に正座したままだったガーリッドはその思いを過不足なく汲み取ってくれた。


「ああ、稽古か? 大丈夫だぞ。マリーの姉さんに怪我が完全に治るまで仕事禁止って言われてるからな」


 さも仕方なさそうに肩をすくめて笑うガーリッドに、トーキはこちらに帰ってくる前の――リザードソルジャーと戦っていた時の彼の状態を思い出してはっとする。自分のことでいっぱいでつい忘れてしまっていたが、彼はあの時満身創痍だった。それこそ熱を出しただけのトーキよりも重症患者扱いされてもおかしくないはずだ。


 しかし、目の前の彼はあまりに平然としている。よくよく見れば服の端から白い布が覗いているので、腕や胸から胴体など服の下に包帯を巻いているのが分かった。しかし細かい傷は姿を消していた。


「――レナードさんに治してもらったんですか?」


 この恐ろしいほどの回復速度が彼の自前でないならば、思い至るのはエンデルギルド所属のコンダクターのひとりであるレナード・ジャックマンという男だ。彼のは回復系の能力を持っており、怪我の治療など朝飯前だ。全力で使えば怪我の完治などあっという間だが、如何せん守銭奴な男であり、多少の傷はサービスということで無料で行ってくれるが完治させるには相応の金銭を要求する。しかしリーブズの使用は精神力を使うのは周知の事実だし、すぐにでも仕事に行きたい衝動もあるためか金を払う者も少なくはない。


「ああ。いきなり現れたと思ったら新人だから1回は無料(タダ)だとかなんとか言って。お前が倒れるちょっと前だな」


 出会い頭からかなりのハイテンションで接されて戸惑いはしたが、レイチェルにも「やってもらえ」と勧められたので治療を受けることになったのだ。そして結果がこれ。なるほど人外の力とは傷付けるだけではないらしいと感心したものだ。医者に診せるよりよっぽど早くに傷は塞がった。


「でもあの人ひどいよね。トーキ君が倒れた時助けてくれなかったし」


 その時のことを思い出したのか憤慨した様子を見せるミヤコに首を傾げていると、ガーリッドがかの男があっさり「いや無理」と言い放ったことを教えてくれた。トーキはレナードが金にならないことをするのを嫌がったのだと判断したが、そばにいたその両親は彼――レナードがトーキの急な発熱の理由を分かっていたことを悟った。


 確かに今回のトーキの理由(・・・・・・・・・)ではレナードのリーブズの力は意味がない。……が、それならそうと教えてくれればいいものをと思わずにいられないのが親心だ。多分彼にそう言うと「親心が金になるのか」と返されるだろうが。

 

「ま、あんま深く気にすんなよ。で、いつからはじめる?」

「え、っと……」


 問われてトーキはちらりと両親を伺い見る。視線に気付いた両親は顔を見合わせ頷き合う。


「明日からでも大丈夫ですよ。ガーリッド君、息子をよろしくお願いします」

「ばしばし鍛えちゃってね」

「はい! どんとお任せくださいお二人とも!! 必ず一流のハンターにしてみせます!!」


 そこまで面倒見(てくれ)るつもりか。図らずとも部屋にいた全員の意見が一致するが、憧れの人物たちを前に舞い上がっている彼にわざわざつっこみを入れる意地悪な人間はここにはいない。


「ねえねえガーリッド君。修行っていうけど実際何するの? やっぱお約束でひたすら剣ふりまくるとか尋常じゃない体力づくりとか?」


 漫画やゲームでしか知識のないミヤコの頭には朝から晩までずっと剣を振ったり走りこみや重量挙げなどの肉体作りなどしか想像がつかない。


「いや。とりあえずはこいつの腕がどれくらいか確かめて、あとは基本の体力づくりだな。まだ14歳だし体なんて全然出来てないも同然だからな。そこら辺も考えねぇと。下手にやるとすぐにガタがきちまう」


 事実ガーリッドは、ハンターになったが無理をしたため稼業を捨てざるを得なかった同年代の者たちをたくさん見てきている。頭は心次第で無理が出来るかもしれないが、体は本当には無理をすることが出来ないものだ。


 己の未熟さを自覚する身ではあるが、教える側になった以上その辺りもしっかり見ることは当然の義務だと、ガーリッドはそう思っている。


「あとは実戦だな。形だけ分かってても実際に戦う時に使えないんじゃ意味ねぇから」


 きっぱり言い切るガーリッドに歴戦のハンター二人はうんうんと頷いている。若いながらよく分かっているらしい彼を選ぶとは、我が子の目も捨てたものではない。


「めう? 実戦って言ってもどうするネ? ガーリのランクじゃ戦い目的でトーキは外いけないヨ。ガーリが相手するカ?」


 町の出入りは自由であるが、戦いが目的――つまりハンターとして外に出る場合、ハンターライセンスのないトーキは同行者をつけなくてはいけない。そしてその同行者も、高ランクのシルバー以上の者でなくてはいけないのだ。残念ながらガーリッドはまだパールランクのハンター。彼の同行者にはなりえない。


 それに、そもそも彼は今マリーニアに仕事を、もっと言うならば戦うことを禁止されている。たとえランクが問題なくても外にはいけないはずだ。


「いや。外には行かねーし、俺相手は最初と時々だけ。他の時はミミックマン(・・・・・・)が相手する。正直俺より練習になるぞ」


 当然のように言い切られ、トーキとパレラ、そしてミヤコは聞き慣れない単語に首を傾げる。一体何なのかと問いかけたかったのだが、それよりも懐かしそうな顔をしたヴィンセントの方が「おやあれですか」とガーリッドに話しかける方が早かった。当然だが、両親はそれが何なのか分かっているようだ。


 それを悟ってトーキは問いかけることをやめる。両親が認める方法が駄目なはずがないし、正直後のお楽しみという考えがないわけではないのだ。そして後者の意見はどうやらトーキよりもパレラとミヤコの方が強いようだ。彼らは顔を近付けあって「楽しみだね」と言い合っている。どうやら二人とも見学に来る気満々らしい。


 授業参観の前のような気恥ずかしさを覚えながら、トーキは改めてベッドの頭側の枠ににもたれかかった。渡されたケーキをひとかけら口に運び入れると、口の中ではオレンジの酸味がはじける。これは彼女(・・)の好きな味だと、ふとよぎった寂しさごと、トーキはそれを喉の奥に飲み落とした。



     *      *      *      *

    

「火炎石を入れりゃあ動く。以上」


 面倒くさがりな男の簡潔すぎるにもほどがある説明に、生徒の面々からブーイングが起こる。


「そ、それじゃ分かりませんよっ」

「レイギアちゃんとやるネ! 職務怠慢は駄目ヨ!!」

「説明くらいならしてやるって自分で言ったんでしょこのものぐさオヤジー!」

「おっさん分からねぇなら最初(ハナ)からそう言えよっ」


 口々に文句を放ってくるトーキたちにレイギアは両耳をふさいでそれらに背中を向けた。


「あー、ガキが揃うとうるせぇなぁ。わーったわーった。ったく年上を敬えお前ら」


 だったら敬いたくなるようなことをしろとはあえて誰も言わない。言ってもこの男が聞くわけないのは皆すでに分かりきっている。


 トーキの回復から一夜明けたこの日、トーキとガーリッド、そして予想通り見学に来たパレラとミヤコは、マリーニアに言われしぶしぶ同行したレイギアとともにギルド近くにあるギルド所有の修練所にきていた。といっても、野ざらしにされ柵で境界を区切ってあるだけの場所だ。基本は草原(くさはら)であるようだが、ところどころがはげて土が見えている。おそらくハンターたちの修練中に自然と刈り取られてしまっているのだろう。


 そして今、トーキたちはレイギアが隣に置いている妙な威圧感を放っている機械人形を取り囲んでいた。それはパレラよりも若干背が低く、ブリキの人形を思わせる見た目をしている。レイギアはそれの頭――正確には兜に手を乗せた。


「こいつの名前はミミックマン。『真似する者』って意味だ。こいつは俺たちハンターの模擬戦の相手として造られたもんでな、昔はぜんまい式だったが今は炉で動いてる。その燃料が火炎石だ。火炎石の説明はしねぇぞミヤコ」


 ミヤコの質問癖を知っているレイギアがすかさず釘を刺すと、ミヤコは舌を出して「訊きませんよーだっ」と強気に返す。彼女はすでに火炎石――アルプレイトについては学習済みだ。



「こいつはこのまんまでも燃料入れれば動くが、真価はそこじゃねぇ。おい小僧。記憶石出しな」


 説明に使う、と手を伸ばされたガーリッドは、一端は「自分の使え」と強く出るも、問答無用に「出せ」と繰り返されて仕方なくそれに従った。尊敬するには難しい相手だがそれでも明らかに目上な者にしつこく逆らう趣味もない。


 ガーリッドが腰に下げていた小さな直方体の機械の脇についていたボタンを押すと、それの蓋が開き、中から直径5センチほどの半透明の赤い石が顔を出す。そして躊躇なく石を指先で摘み上げたガーリッドは、差し出されていたレイギアの手にそれを渡した。


「ほぉ。その年にしちゃ染まってんじゃねぇかよ。頑張ってるねぇ少年」


 渡された石を光にかざし透かし見ながら、レイギアはあごをさすってニヤニヤと口元に笑みを刻む。褒められたはずなのだがその小馬鹿にしたような態度にどうも素直に喜べないガーリッドであった。


 レイギアは取り出した赤い石をトーキたちに示す。


「トーキは親父たちのを見たことねぇか? こいつは"記憶石"っつってな、名前の通り自分の周囲で起こったことを自分の中に記憶するアルプレイトだ。俺たちハンターにとっては自分の戦跡を証明する手段でもある。ハンター協会から支給されるもんでな、記憶を溜めるごとに透明の姿は赤く染まってく。小僧のはこの年にしちゃ染まってる方だぜ」


 父たちのものを、と言われてトーキは母が大切なものをしまっている小箱にしまい、父が時折腰に下げているホルダーを思い出した。幼い頃に見せてもらった物が深い深い赤で、日差しに当てた時の多彩な色合いの印象が強すぎて一見ではそれと同一の物とは気付けなかったが、なるほどそう言われると納得出来る。


「で、それはどうやって使うヨ?」


 パレラが本筋を忘れずに袖に隠れた腕でミミックマンを指した。レイギアは「分かってる」と言いたげに手を払い、ミミックマンを180度くるりと回す。そして、首の後ろの小さな戸に指をかけそれを開いた。


 中には上下につながった筒が1本あり、それの蓋も開けるとレイギアはガーリッドから受け取った記憶石を一切の躊躇なく放り込んだ。あまりにぞんざいな扱いをするのでガーリッドが苦い顔をしているが、レイギアに気にする様子は、やはりない。


「この記憶石をこの筒に入れると、機械が作動して記憶石からそいつが刻んでる魔物の記憶を引っ張り出す。するとだ、こいつは"ミミックマン"の名前の通り、引っ張り出した記憶を元にその魔物の能力を使えるようになる。分かりやすく言うなら、小僧が今まで戦った魔物と擬似的に戦えるようになるってことだ。分かったか?」


 そう問いかけていながらもレイギアの表情は完全にこれで終わりと告げている。もし分からないと言われても恐らくこれ以上の説明がされることはないだろう。そう判断した少年たちは特にないという返答で一致した。


 その横では異世界からやって来た少女がひとり口元を隠しながらニマニマしている。他の誰も悟りようがないが、彼女は今己の世界で言うところの「ゲーム」にありそうな状況をこっそりと楽しんでいた。


「んじゃ俺はもう行くぜ。火炎石はギルドに行きゃいくらでも貰えるから貰ってこい。ああ後、火炎石を入れるのは1個ずつやれよ。トーキの今の体力じゃもたねえからな」


 どうでもよさげに最後の忠告を残すと、レイギアは振り向くことなくその場を離れていってしまった。

残された子供たちはどこまでも面倒くさがりな男の後ろ姿を見送りながら「ああはなるまい」と図らずして同様に心に誓う。





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