表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの世界  作者: 若槻風亜
始まりは選択から
17/21

始まりは選択から 2

「じゃあ、僕のこと運んでくれたのガーリッドさんだったんですね」


 ようやく父の言っていた「あの子」が分かってトーキは抱いていた疑問を解消させる。確かに彼なら父が「子」と称してもおかしくない年齢だ。


「ああ。宴会始まってものの5分でお前潰れてな。レイギアのおっさん達はみーんな酒飲むのに夢中だしマリーの姉さんはおっさん達の相手しなくちゃいけないしで手ぇ空かなかったからよ」


 パレラが新たに運び入れた椅子に腰かけながら、ガーリッドは簡単にそう説明した。それで話を切るつもりだったらしく「ところで……」と続いたのだが、そうはさせぬとばかりにパレラが口を挟む。


「めう。ガーリ優しいネ。パレラが運ぶって言ったら『俺が運んでやるよ』って名乗り上げたね。ちなみにレイギアたちはガン無視だったヨ」


 後でシメとくネ☆ と軽やかな笑顔で宣言する親友に、笑っているが実はかなり怒っていることを悟るトーキ。自分のためにと考えると嬉しいが彼が本気でキレたらさすがにレイギアたちでもまずいと冷や汗が流れる。


「やっちゃえやっちゃえあんな主役がいなくなっても平気で飲んだくれてるような意地悪オヤジども」

「ミヤコさん煽らないでください! パレラ本当にやりますからっ」


 洒落じゃ済まない。本当に済まない。


 トーキがかなり本気で止めに入るので、そんな大げさなと思いながらもこれ以上興奮させてまた熱がぶり返したら困りものなので、ミヤコは手を軽く振って了承を示した。


 代わりに、隣に座る少年に目を向ける。


「それに引き換えガーリッド君は優しいよね。自分だって怪我してるのにトーキ君のことおうちまで連れてってあげちゃうし。あ、あと力持ちだよね。軽々持ち上げるからびっくりしちゃった」


 純粋な尊敬できらきらしている眼差しを向けられ、ガーリッドは組んだ足に肘を突き頬杖をついて彼女から目を逸らした。


「や、優しいとかじゃねーっつーの。ただ女子供に運ばせるわけにいかねーだろ。力は、まあ、剣振るうのにはある程度必要だからな」


 素っ気ない態度を取っているが、真正面にいるトーキの目には彼の頬がひくついているのがよく見える。恐らく褒められて嬉しいのを我慢しているのだろう。あまりの分かりやすさに思わず笑いが浮かんでしまった。見れば斜め前ではパレラもニヤニヤしている。


「おや、楽しそうですね」


 風通しのために開けっ放しだったドアの向こうから4つのコップを乗せたお盆を手にしたヴィンセントが顔を出す。どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。パレラが受け取ろうとベッドから立ち上がろうとすると、それに先んじて来訪者の一人が立ち上がりそれを受け取った。――――目を輝かせた、ガーリッドが。


「お気遣いなさらないでくださいヴィンセントさん。こんなこと俺がやります。いやむしろやらせてください。そしてここに座って冒険譚を是非!」


 自らが座っていた椅子を譲ろうとしてくるガーリッドの押しに負けて、結局ヴィンセントは椅子に座らされてしまう。その様子にトーキは目をぱちくりさせ、トーキの知らない間に見慣れているのかミヤコとパレラはまるで動じていない。2人は勝手にガーリッドの持つお盆からそれぞれ飲み物を取っていき、トーキにはパレラが手渡してくれた。


「ガーリッド君、話をするのはいいですけど椅子は君が座っていてくれていいんですよ? 私は他の部屋から持ってきますから――――」

「とんでもないです! あの(・・)『ケンセイ』と謳われたヴィンセントさんのお話ですよ? 俺は床で聞きます!」


 言うなり真剣な顔で床に正座しだす始末。珍しく父が困っている(迷惑がっているというよりは申し訳なさそうな表情のようにトーキの目には映る)のに少々驚きながら、トーキは隣でおいしそうにミルクを飲んでいるパレラにこそっと声をかける。


「ねぇ、ガーリッドさんどうしたの?」


 あの様子を「おかしい」と断言できるほど彼を知っているわけではないが、明らかにあれは外で見た彼とは様子が違かった。


 トーキの困惑の深さに気付いてくれたのか、パレラはコップから口を離すと、縁の形にミルクで白くなった顔をそのままにそれに答える。


「ヴィンスパパとユーリママはガーリの憧れの人の1人だったらしいヨ。ん? この場合は2人ネ?? ……まぁとにかく、うちにトーキを運んできた日に2人のこと見た時からあんな感じネ」

「でも気持ち分かるよー。私もにわかだけどガーリッド君の話聞いてたらヴィンスさんたちのファンになっちゃったもん。ていうか、トーキ君のおとーさんたちいなかったら私今頃野ざらしだし?」


 こそっと椅子ごと前に乗り出し会話に参加してくるミヤコの表情はガーリッドほどではないにしても少し興奮気味だ。過去何度となく見てきた表情を目の当たりにして、トーキはようやくガーリッドの変化にも頷けた。


 トーキの父ヴィンセント・アーザならびに母ユーリキア・アーザ(旧姓:オルド)は、かつて名声をほしいままにした冒険者であり、現在大陸指折りの大規模ギルドになりつつあるエンデルギルド創設に尽力した一員である。「心技体揃いたり」と多くの冒険者達が敬意を称し呼んだその通り名(・・・)は引退して十年以上経つ今でも多くの冒険者達に畏敬の念を起こさせている。


 そんな両親であるため、彼らに憧れる者は昔から多く見てきた。中には憧れが長じてむしろ倒そうと試みる者いたが、やはり両親が周囲に尊敬されている人物と知れるのは大変誇らしい。


 ちなみにトーキがハンター(見習い)になる前からギルドに出入り出来たのは両親の偉業あってこそである。


「パレラー、ちょっと来てー。手伝ってちょうだーい」


 廊下の向こうからユーリキアの声がした。方向的に恐らく台所だろうとパレラがベッドを飛び降りようとすると、直前にミヤコがそれを止めた。


「私行ってくるからいいよ」

「? ミヤコはお客様ネ。パレラが行くヨ」


 首を傾げるパレラの頭を軽く撫でてミヤコは頬に指を一本当てて笑う。


「いいのいいの。私もちょっとユーリさんとお話したいなー、って思ってるだけだから。それに、パレラ君も久々のトーキ君でしょ? 今まで足りなかったトーキ分補給しなくちゃ」

「いや、トーキ分って」

「めう! 分かったネ」

「分かっちゃうの!? そんなポピュラーなのトーキ分?!」


 この後「常識常識」とステレオで返されてしまい引き下がる他なくなってしまったトーキに楽しげな笑い声を残し、ミヤコは部屋を出て行った。ふと気がつくとさらに押し負けたらしい父が椅子に座ったまま昔の話をしている。身を乗り出して一言一句聞き逃すまいとしているガーリッドはまるで紙芝居を聞く子供のようであった。


 トーキはふと視線を巡らせ、枕元の方に視線を落とす。


 途端に胸にこみ上げてきたのはどうしようもない寂しさと喪失感。


 いつも、トーキの部屋にいる時はここが彼女の席だった。トーキがベッドの真ん中辺りに座ると、自然にその隣に彼女は腰を下ろしていた。――人がひとり入れるくらい間は空くが、それでも、彼女は自然に、トーキの隣にいてくれた。


「――――っ」


 鼻の奥につんと走った痛みを紛らわすように短く鼻をすすってコップの中のジュースを一気に飲み干す。口の中に広がるオレンジの甘さとほのかな苦味が顔を出しかけた感情を心の奥に押し戻してくれた。


 気を取り直そうと頭を振ろうとすると、その寸前に小さな手が頭に乗せられ長い袖で視界が半分ふさがれた。ポンポンとまるで幼子をあやすようなその行為の主を、トーキは見透かされたかと少し気恥ずかしく思いながら見返す。


 目が合うと、パレラは太陽のように明るく笑った。


「弱気は駄目ヨ、トーキ。俯いてたら出来ることも出来なくなるネ。メルティ助けたいならネガティブ禁止ネ。さ、笑うヨ」


 まるで手本を見せるかのように明るい笑顔を示し続けるパレラ。トーキはまた、今度は違う意味で生じた鼻の痛みをごまかすように手で顔をもみ、幼馴染に笑い返した。思い込みかもしれないが、少しだけ、気が楽になった感じがする。


「それじゃあ、この3日間にあったことお話しするネ。長々いくから覚悟するヨ、トーキ」


 びしっと袖越しに指を突きつけられ、トーキは「お手柔らかに」と微苦笑を浮かべてその話に耳を傾けた。これは昔からの習慣のようなものだ。健康優良児のパレラと違いトーキは本当にたまにだが風邪を引いたり今回のように熱を出したりする。


 そのたびに彼はこうしてトーキが動けなかった間の話を細かく教えてくれる。何があったか。どんなものを見たか。どんな人に会ったか。どんなことをしたか。彼の話が終わる頃にはまるでトーキもそこにいたかのような錯覚に陥るほどだ。


 病気や怪我で動けないことはつまらないし辛いが、回復した時にそれほど周りに遅れを感じないのは大抵彼のおかげだ。ある意味、この思い出の共有が寝込んだ後最初の楽しみと言えるだろう。今回もそれは変わらず、トーキはその楽しみに素直に耳を傾ける。



 そうしてトーキとパレラ、ガーリッドとヴィンセントがそれぞれ話しこみはじめた頃、台所では女性二人が話しこんでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ