始まりは自覚から 終
「朝はきついこと言って悪かった。あんな偉そうなこと言っといて助けられてちゃ世話ねぇよ。ほんとにありがとな」
帰り道でガーリッドに再び笑顔を向けられたトーキは、安心を感じる反面彼の発言に驚き慌ててしまう。
「そんな。ガーリッドさんがああやって言ってくれたから僕は自分が本当に馬鹿な理由で戦おうとしてたんだって分かったんです。むしろお礼を言うのは僕のほうですよ。ありがとうございます、ガーリッドさん」
トーキが深く頭を下げると、今は許してもらう側で礼を言う側のはずのガーリッドは面食らった顔をする。このいい子ぶりはガーリッドの人生の中でもはじめて出会うの部類に入るものだ。
「お前ってなんつーか本当にいい子ちゃんだなー……」
騙したり蹴落としたりなど黒い面が多少なりともついて回るハンターは向いてないんじゃないかと言いたくなったがそれは言わずにおいた。今さら彼の覚悟に水をかけるつもりはない。
「ああ、そうだトーキ。お前俺に剣教えてくれって言ってたよな?」
今朝にべもなく断られた件を話題に出されトーキはすぐに頷いた。覚悟が決まった以上トーキの思いは朝以上だ。いつどうやって切り出そうか迷っていたのだが、彼から話題に出してくれるとは好都合である。
「俺でよければ教えてやるよ。ただし優しく教えてやるってことはしねーから、覚悟しとけよ。俺もいつまでもここにいるわけじゃねぇからあんまゆっくりやってらんねーしな」
歯を見せて快活に笑ったガーリッドに、トーキは表情を明るくして元気に返事をした。きっと辛い修行が待っているだろう。だがトーキはメルティを助けるためならどんな修行でも耐えて見せるつもりだ。
やり通すだけの意思を、トーキは自覚した。自分が何をしたいのか、トーキは自覚した。ここから改めて、トーキの未来は始まるのだ。
「――――待っててメルティ」
必ず、助けて見せるから。
小さく小さく呟かれた言葉は、しかし大きな大きな決意を秘めて世界に放たれる。
その2人の様子を後ろを歩くパレラはニコニコと眺めていた。するとその頭を隣に歩いていたマリーニアが撫でてくる。彼女を見上げると、ぶつかったのは心配そうな眼差しだった。パレラはその眼差しにいつも通りの笑顔を向ける。
言いたいことはいっぱいあったが、その笑顔を見ると何も言えなくなってしまい、マリーニアもまた彼に笑顔を返した。
彼女は気付いている。一滴も浴びていないが彼から消せないほどの血の匂いがこびりついていることに。そしてそこから、予想通り彼が“指揮官”を倒したことも、分かっていた。
けれど笑顔を向けられると何も言えなくなってしまう。彼が、どんな考えを持って戦っているか。幼い頃から彼らを知るマリーニアは、知っているから。
だから、笑顔を返し、小さな頭を撫でることで全てを終わりにする。彼の気持ちを慮って。
* * *
その後の話……。
エンデル・ギルドに帰ったトーキたちを迎えてくれたのはギルドの手伝いでウェイトレスをしていたミヤコだった。
「あ。おっかえりー」
「めう。ただいまネ、ミヤコ」
「ただいまミヤコちゃん」
迎えの挨拶と戻りの挨拶を交わすとミヤコとパレラたちは楽しそうに話し出す。トーキも加わろうかと思ったが、ガーリッドを1人置いていくわけにもいかないのでその場に残った。ミヤコと話す機会はたくさんある。別に今急ぐ必要もない。
そんなことを考えていると、隣に立っていたガーリッドがポツリと呟いた。
「……トーキ、修行ゆっくりでいいぞ」
帰り道で自ら口にした言葉を撤回するというらしからぬ発言に驚いてガーリッドを見上げ、トーキはその理由を一瞬で悟る。
ガーリッドが赤い顔で見つめる先にあるのは明るい笑顔で喋っているミヤコの姿。
自分の恋が前途多難なすぐ横で、剣の師匠(予定)に春到来。トーキは乾いた笑顔で、しかし素直に心の中で彼を応援した。恋する乙女のみならず、恋する男も同類には優しいものだ。
(――――ガーリッドさんも、十分前途多難な気がするしね)
何と言っても相手はあのミヤコ。ライバルは少ないだろうが最大の難関がどうしたって立ちはだかる。彼が勝つか負けるかは神のみぞ知るのだろう。
こうして剣の師匠(兼前途多難のお仲間)を得たトーキ。“意思”を自覚した彼が歩き出したのは、間違いなくこの出会いからであっただろう。
第1話 完