始まりは自覚から 6
「トーキ君危ないわっ!」
マリーニアの声と共に矢が数本飛んできた。するとその矢はトーキの背後にいたオオトカゲを射抜く。悲鳴を上げて絶命するオオトカゲを見下ろすトーキはその時自分が剣をおろしてしまっていたことをようやく気が付いた。
「トーキ君。どうしたの? 今日ずっとボーっとしてるわ。疲れてるの?」
気遣ってくるマリーニアの眼差しは優しく、心からトーキを心配してくれている。分かるからこそ、情けなくてトーキは黙りこくって俯いてしまった。言い訳も何も浮かんでこない。
返事をしないトーキを見たマリーニアは怒るよりも少し困ったような笑顔を浮かべる。
「……一通り片付いたし、少し休憩しましょうか」
片付けられた魔物たちはそこかしこに転がっているが、その大半がマリーニアの放った矢によってであり、今回の主役はまるで戦っていない。側の岩に座っていたパレラはそのことを分かっていたが敢えて揚げ足を取ることはしなかった。
今はからかっていい時ではない。どうやら久々に本気で落ち込んでいるようだ。今朝水汲みから帰ってきてからのようだから、恐らく朝食を取るや否やさっさと離れて行ってしまったガーリッドと何かあったのだろう。
(まったく、ガーリ意地悪よくないヨ。いっぺんシメとくカ?)
トーキの父親がよく言うので覚えた言葉を心の中で呟いたパレラは、風に乗って漂ってきた匂いに鼻を引くつかせた。金色の目が細まり匂いの流れてきた風上に向けられる。
「……トーキ、マリーニャ」
岩から飛び降りたパレラは側に座ったトーキ、マリーニアに呼びかける。反応を返したのはマリーニアだけだったが、パレラは気にせずにいつもの笑顔で用件を告げた。
「パレラおなか空いたから昨日の果物取り行って来るネ」
「あら、それなら私たちも――――」
「いいヨ、マリーニャ。パレラは1人で平気ネ。2人は休んでるヨ。2人の分も取ってくるから」
袖に隠れた腕を上下に振って遠慮を示され、マリーニアは頬に手を当てて考える。子供を1人で、とも思うが、正直パレラだとあまり心配はない。
マリーニアは小さい頃からトーキとパレラを知っている。だからこそ、年不相応に幼いところもあるが、こういう場ではトーキよりも彼の方が上手く立ち回れることも承知している。
それに、今は何よりトーキを休ませてやりたかった。理由は分からないがどうにも身が入っていない。理由を聞くのも含め、今彼には休みが必要だ。
少しの間考えて、マリーニアは結論を出す。
「いってらっしゃいパレラ君。危ないところに近付いちゃ駄目よ?」
許しを得たパレラは大きく返事をすると飛び跳ねるように風上に向かって駆け出した。
残されたマリーニアはその姿が茂みの向こうに消えるまで見送ってから、もう1人の少年を見下ろす。幼馴染が出かけるというのに見送りもしないし何の反応も見せないなんて珍しいことだ。
「ねぇ、トーキ君? 何かあったの? 私には話せないこと?」
幼い子供にするような優しく穏やかな声で問いかけると、トーキは唇を引き結んだ。毒でも含んで苦しんでいるようにも子供が言いたいことを言えずにもどかしがっているようにも見えるそんな表情。マリーニアは更に重ねた。
「トーキ君、私はあなたの味方だから。何か力になれるならなりたいわ」
幼い頃から落ち込むたびに何度も彼女が言ってくれた台詞を聞いて、トーキはそっとマリーニアを見上げる。血はつながらないが実の姉のように慕ってきた女性は、今も変わらず優しい眼差しをトーキに向けていた。
トーキは再び俯くと、少し考えてからもう一度顔を上げる。
「あの、マリーニアさん。少し話し聞いてもらえますか……?」
ようやく殻がはがれてくれたらしい。マリーニアは安堵して笑顔で頷いた。
* * *
朝起こったことを話し終えると、トーキはマリーニアを見上げる。
「僕何か間違ってますか? ガーリッドさんは『義務感で戦ってる奴なんて』、って言ってたけど、それって悪いことなんですか?」
「守らなきゃいけない」「助けなきゃいけない」。それは間違った理由なのだろうか。この世界にはそんな“義務”で戦っている人はたくさんいる。それが全て駄目だというのだろうか。
納得できない様子を見せるトーキの疑問に触れ、マリーニアはくすっと笑った。
「そうね。悪いことじゃないわ。『仕事をやり通さなきゃ』とか『大切な人を守らなくちゃ』で戦っている人はたくさんいるもの。……でも、もし私がメルティちゃんなら助けられて嬉しいのはガーリッド君の理由かしら」
「え――――?」
マリーニアもガーリッドの意見を立てた。その理由が分からないトーキの視線に疑問が混ざっていく。マリーニアは優しく笑いながらトーキの頭を撫でた。昔からちょくちょくやられていることとはいえこの年になるとさすがに恥ずかしい。
かといって彼女相手に避けるや跳ね除けるなどという行動が取れるはずもなく、トーキは結局それを受け入れる。頬が熱いのは我慢の結果だ。
「トーキ君、メルティちゃんを助けるのはあなたの義務じゃないのよ? あくまで権利。“助けない”っていう選択肢もあったのにあなたが選んだのは“助ける”だった。それを選んだのはどうして? それを選んだのは、あなたの義務感なのかしら?」
重ねられた問いかけ。向けられた蒼の眼差しはそれでも優しいままで、けれどトーキは目をそらせることが出来ない。
「…………だ、って、僕が助けなくちゃ、メルティは――――」
言い訳の声も凍る。マリーニアが怖いわけではない。怖いのは、決して揺るがないと思った自分の進むべき道が揺らいで見えてしまうこと。
「メルティちゃんの事を、誰も守ってくれないから、誰も助けてくれないから、だからトーキ君が助けなくちゃいけないの? じゃあ、誰かがメルティちゃんの事を守るならトーキ君はメルティちゃんのこと放っておくの?」
「そんなことしません!」
それだけはしない。それだけは、絶対にしない。トーキにとってメルティはとても大切な人だ。小さい頃のまだ笑顔が絶えなくて人懐っこかった頃から、今の笑顔が減ってすさんだ眼差しをするようになってからも、ずっと変わらない。
だから彼女が困っていたり苦しんでいたりしたら何があっても守ると決めたのだ。誰が側にいようがいまいが、そんなのは関係ない。
はっきりと言い切ったトーキの目が再び息を吹き返したように強い輝きを放つ。マリーニアは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、トーキ君はどうしたい?」
この問いかけの答えこそ、トーキが真に言うべき彼女を追う理由だ。マリーニアの笑顔にそれを感じたトーキは胸の上で拳を作った。
思い出す。笑顔も怒り顔も泣き顔も呆れ顔も無表情も、その全てを。
思い出す。笑い声も怒鳴り声も泣き声も歌声もトーキを呼ぶ声も、その全てを。
思い出す。パレラも交え3人で駆け回った日々を。学校にも行った。ギルドにも行った。買い物も行ったし、散歩もお祭りも、みんなで行った。
大切な人。大切な日々。思い出した時、トーキは自分が“したいこと”がようやく分かった。それはトーキが口にしていたこととは些細で、だが大きな違いを持つ。
「――――僕は――――」
答えを口にしようとした時、突然大きな音が響き地面が揺れた。近くの森の木から鳥たちが飛び立っていく。
トーキとマリーニアは反射的に立ち上がった。
考えてもみなかった。
誰かのためにを「義務」で語った瞬間に
それが“誰か”を傷付けるかもしれないなんて。
ガーリッド君を怒らせた理由をようやく
悟ることの出来たトーキ君。
だけど答えを口にする前に騒動が
起こった様子。
一体何が起こったのでしょう(´・∀・`;)?