私と貴方の解釈違いによる婚約解消騒動
ふわっと設定です。甘めで、短いです。
「先程、とても恐ろしい事を聞いてしまったんだ」
お茶会の席に着くなり、殿下はこの世の終わりの様な顔で口を開いた。
「まぁ、どうしましたの殿下」
「そうだ。それもだ。昔はちゃんとクロードと呼んでくれたじゃないか!殿下は尊称であって私の名ではない!」
こんな風にわがままを言う殿下はとても珍しくて私は驚いた。ただそれは王妃教育によって顔には出なかったと思うけれど。
「それは教育の賜物ではないでしょうか」
「その王妃教育すら辞退したいと言ったと聞いた…私の妃になるのはそんなに嫌か…?」
まるで捨てられた子犬の様。幼い頃に陛下に叱られたとしょんぼりしていた頃の殿下を思い出してしまう。
「嫌と申しますか…」
「なんだ、もうはっきり言ってくれ。真綿で首を絞められるのは辛い」
私は言おうか少し躊躇った。でももしかしたらこれが最後のお茶会かもしれないのだ。言いたい事は言ってしまおうと決めた。
「だって殿下、私に興味、ありませんよね?」
「は!?」
「幼い頃こそお互い良い仲を築けて居たと私は思っておりますけど、最近の殿下は決められたお茶会しか誘って下さいませんし」
このお茶会だって王妃様が決めた、公式のお茶会だ。個人的なお茶会なんてしばらくお誘いを受けていない。
「ちょっと待ってくれ、違う!まずフィラリアに興味が無い?無い訳ないだろ!聞いてお前が教えてくれるなら何でも知りたい!」
「それはちょっと難しいかと」
私にだって教えられないことくらいあるし。
今抱えている想いがまさにそれだ。
そんな私の事に気づかないのか、殿下は椅子から立ち上がると、悲しみ、怒り、戸惑い、そんな複雑な感情が混ざり合った様な表情で私を真っ直ぐに見つめた。
「そうだろ?お前はそう言うだろ?だからせめて少しでもお前が自由に過ごせれば喜ぶんじゃないかと思って誘うのだって我慢していたんだ。私はフィラリアを愛しているがお前はそうではないと薄々感じていたからな!」
殿下のその言葉が私に浸透して、私がそれを理解するまでしばらく時間がかかった。
そんな私を見て殿下は深いため息を吐いた。
「え…殿下、私の事愛していらっしゃるんですの?」
「愛してますけど!?めちゃくちゃ愛してますけどなにか!?」
「いえ、伝わって来なかったので驚いてしまって」
本当に、まさか殿下が私を愛して下さっていたなんて、露ほどにも…いえ、もしかしたら露くらいには心の何処かに滴っていたかもしれないれど。
「むしろ何で伝わらないのか私が知りたい!どうすればフィラリアに私の愛が伝わるか教えてくれませんか!?もう本当に切実に!!」
なんだか申し訳なくなった私はにこりと淑女らしい笑みを浮かべて一つ頷いた。
「……今、若干伝わってきてますよ?」
「若干!?」
殿下の鬼気迫る勢いに、私は思わず口が滑ってしまった。
「すみません。私本当に殿下に疎まれているんだとばかり思っていて」
「誰。お前にそんな有り得ない事吹き込んだのは」
その滑った言葉で色々察してしまう辺り、殿下はやっぱり優秀だなぁと実感してしまう。
しかしだ。
「…殺人はちょっと…」
「罪人は裁かれて然るべきなんだよフィラリア」
「重いです。笑顔が怖いです」
突然だ。殿下が顔をくしゃりと歪めた。他の人間は知らないだろう、殿下の素の表情に、胸がドキリと鳴った。
「約束したのに。大人になったら結婚してこの国を二人で良くして。仲の良い夫婦になろうって約束したのに」
その光景を思い出して、私は思わず笑顔になった。
「懐かしいですねぇ」
「良き思い出にしようとしないでくれないか!?私にとっては必ず実行する未来の約束なんだよ、今もな!」
あの頃、私が他の男の子と話しただけで、私の妻に何の用かな、なんて噛み付いていた可愛らしい殿下を思い出して胸が温かくなる。
「今日の殿下は昔に戻ったみたいですね。フフッ、なんか、可愛らしいと言っては失礼でしょうが、今の殿下のなら、私、あんな事言い出しませんでしたのに」
『殿下のお相手に私では役者不足だと思うのです。婚約を見直していただけませんか?』
私はそう陛下に進言してしまったのだ。
陛下はそれをどうやら殿下に伝えてしまったらしい。
「それを聞いたから恥を捨てて追い縋っているんだよ!私はフィラリアと絶対結婚すると思っていたのにフィラリアはそうじゃなかった。このショックを私は一生忘れられない!」
そんな泣きそうな顔をしないで欲しい。これは行き違いなんだと思う。多分。
「…私だって、寂しかったのですよ?クロードばかり王太子らしくなってしまって。約束だって、解釈違いですもの」
私の言葉にクロードがゆっくり顔を上げた。
「解釈違い…?」
「そうです。だって『二人で、良くしよう』と約束しましたのに。最近貴方は私にだけ楽をさせようとしたでしょう?貴方は頑張っているのに」
どうやらクロードは私に愛されていないから、せめて楽をさせてやりたいと思ったらしいけれど、本当に、勘違いも甚だしいです。
「フィラリア…それじゃあ!」
「私だって覚えておりました。だからこそ、クロードは忘れてしまったんだと私も思い込んでしまったのですわ。今度こそ約束して下さいますか?頑張るのは二人で、って」
私は席を立ってクロードの前に立ち、小指を差し出した。
「…では、仲の良い、想い合う婚約者である努力もすると、フィラリアも約束してくれるか?」
クロードが私の小指に自分の小指を絡める。
幼い頃に絡めた指とは全然違う。男の人の指だわ。
「クロードが約束して下さるなら」
クロードが突然私を抱え上げた。額に、頬に、鼻に口付けを落とす。
「勿論だ!もう我慢しないからな!今日から私はフィラリアを愛で倒す!もう誰が見ても私の愛を疑う事の無い様に!!」
私は真っ赤に染まってしまっているだろう頬を両手で隠しながら、小さな声で呟いた。
「……お手柔らかにお願いします」
読んで下さってありがとうございました!