王子の運命の人だと勘違いされ全力で否定した話
「貴女に全てを背負う覚悟があるとは思えません。潔く身を引きなさい」
「えっと、承知いたしました」
畑仕事を終え帰宅すると家の前に紋章入りの豪奢な馬車が止められていた。その横には護衛の騎士が数人いて、私を見つけるや否や「待たせるではない!」と叱られた。
理不尽、と心で思っていても口にしてはならない。それが身分の差だと両親からことあるごとに教えられている。だから家の扉を開けて早々に、身をひけと言われ「えっと、承知いたしました」と即答してしまうのは条件反射みたいなものだ。
目の前にいる見たこともない豪華なドレスを身に纏った女性は、筆頭公爵のご令嬢だと騎士から教えられた。
(うわー、髪が絹みたい……肌もシミひとつなくて陶器のよう! 怒っていらっしゃるようだけれどお顔もキレイ)
思わず見惚れてしまうが、自分自身が服だけでなく顔にも土がついた状態であることを思い出し、視線から逃れるように頭を下げる。
「あら、あっさりと了承しましたが、何も話さないうちから用件をおわかりに?」
「……たぶん……レイ様……グレイジード殿下のこと……ですよね」
「驚きましたわ。グレイジード様が殿下だとご存知でしたのね。わたくしは殿下の婚約者のエリメイラ・アナモダです。殿下の運命の人という貴女にお話があって参りました」
「運命の人……?」
「太陽のように朗らかで心が安らぎ、自分の立場を忘れることができるそうですわ。わたくしとの婚約を破棄し、身分を捨てる覚悟もおありだと。それについて貴女はどう思われて?」
(やっぱりこんなことになったじゃない! 何が大丈夫よ。お父さん、私に何かあったら死ぬまで呪ってやる!)
私はずっと溜め込んでいた思いを吐き出すのは今しかないと思い顔を上げる。エリメイラ様の視線とぶつかったけれど、今度は逸らさない。
「私だって迷惑してるんです。私は私の望む人生があったのに」
私の返答がエリメイラ様には予想外だったのか、ここに来て初めて驚いた表情を見せる。
「お話を……伺いましょう」
「私は殿下の素性を知らないと思われていたようですが、そんなわけありません。お忍びの数日前に王城の使者が知らせに来ましたから。だから村長が村人全員に気づかないフリをしろと命令をしたんです。王命だから決して命令に背かぬようにと」
「まあ……」
「殿下は旅人に扮していて、水を分けて欲しいと訪ねてきました。その時間、家には私しかいなかったので玄関先で水を渡しました。そうしたら無理矢理家にあがりこんできたんです。普通なら扉だって開けません。殿下だから仕方なく開けました」
私より頭ひとつ背が高く、体格も立派な男が突然家に入ってきたら殿下だとわかっていても恐ろしかった。そのときのことを思い出すと身がすくむほどに。
「飲み終えたら帰ると思っていたんです。そうしたら両親が帰ってきて、いつのまにか殿下が泊まることになっていました。村に宿屋だってあるのに、年頃の娘がいる家に泊めるとか正気の沙汰じゃないですよね。父は村長の弟だから押しつけられたんです、きっと。
話は終わりじゃありません。翌日、殿下が世話になった礼に畑の手伝いをしたいと言い出しました。この収穫期で忙しい時期に。作業を教える役目は当然私が選ばれました。私が前日に足を挫いて収穫に参加できず手が空いていたからです」
私が息継ぎをしたタイミングで、エリメイラ様がコホンと咳払いをした。落ち着けと言われた気がして、ようやく我にかえる。思った以上に興奮してたようだ。
「も、申し訳ありません、感情的になりすぎました」
「構いません。それで、貴女の望む人生とはどんなものだったのでしょう」
「……幼馴染のバジャと一年後に結婚の約束をしていました。けれど昨日バジャから婚約を破棄したいと言われました。殿下と幸せになれって。殿下が私を気に入ったからそうするしかないって」
「……なんということ……」
「太陽だかなんだか知りませんが、私は何度も村長に言いました。私は婚約者がいるのだから勘違いされるようなことはしたくないと。でも村のためだからと説得されたら殿下を無下に扱うわけにもいかなくて」
エリメイラ様は小さく「可哀想に」とつぶやき哀れみの表情をうかべる。
「家に泊めたあげく懐かれたとくれば、当然何かあったのではと邪推されます。現に私から誘ったのではと噂をする人もいました。村長からは一生安泰だなんて言われましたよ。私には迷惑でしかないのに」
「知らぬこととはいえ、殿下の言葉だけを信じて貴女を貶めるようなことを申しました。たいへん恥ずかしく思います」
エリメイラ様が胸に手を当て頭を下げた。背後に控えていた護衛たちも頭を下げる。
「あ、頭をあげてください! エリメイラ様は私のようなものにも名を名乗り、話を聞き、頭を下げられました。何も恥ずべきことなどありません」
「ハンナさまはお優しいのですね」
エリメイラ様が目を潤ませながら私の手を握った。綺麗に整えられた爪や、傷一つない指。やはり住む世界が違うと改めて思う。
(殿下は身分がわかっていてもそんな風に思わなかったけど、エリメイラ様は気高さがおありになる。それにしてもこのお方にこんなところまで来させた殿下は今頃何をしているの!?)
「すまぬ! エリメイラ!!」
突然護衛の後ろから男が飛び出してきた。男は地面に頭をつける勢いで頭を下げる。一瞬見えた顔は今まで話題にしていた者だった。
「……誰かと思えば、殿下ではありませんか。わたくしの跡をつけてきたのですね。それで、何がすまぬなのですか」
「僕はいつも王になることや王太子の重責から逃げたがり君に迷惑ばかりかけていた。けれど僕は何もわかっていなかったことにようやく気づいた。エリメイラ、もし僕を見放していないのなら、これからも共にいてほしい」
頭を下げたまま謝罪する殿下を冷めた目で見つめていたエリメイラ様が、共にいてほしいという言葉で表情を和らげた。
「わたくしは最後まで殿下のおそばにおりますと約束したではありませんか。それに今回のことでわたくしも殿下を甘やかしすぎたと反省しました。共に精進しながらより良い国をつくれるよう努力をしてまいりましょう」
(なんだかエリメイラ様の方が王様のような威厳がある気がするけど、この二人はきっとこんな感じなんだろうな……)
なんとなく丸くおさまり、殿下の釈明を聞くところによると、そもそも私を運命の人と言ったのは、恋とか愛とかの話ではなかった。
殿下の知る令嬢達と違い、土にまみれて大口を開けて笑う私を見て太陽のように明るいと新鮮にうつったのは確かだけれど、そこから幼い頃のエリメイラ様の屈託のない笑顔を思い出したという。
それで自分と結ばれて本当に幸せなのかと悩んだ末におこした婚約破棄騒動だったらしい。
結論は、殿下の愛情確認に巻き込まれただけの話。
「ハンナも本当にすまなかった。僕が目を覚ませたのは君のおかげだ。僕にできることがあればなんでもする」
殿下の反省した様子に、私はまぁいいかとあっさり許した。
「もし村にいづらくなったなら、わたくしの屋敷で働くといいわ。貴女なら歓迎します」
エリメイラ様からは嬉しいお誘いが。これには少し心惹かれるけれど……
「ありがとうございます。でも私は大丈夫ですから」
華やかな世界に憧れがないわけじゃないけど、私は陽の下で土に触れて暮らしたい。今回のことで失ったものはあるけれど、これからまた得るものもきっとある。
「お二人とも、お幸せに」
半年後、私は結婚した。
相手は幼馴染のバジャ。
あの日、殿下たちが帰ろうとして表に出ると、バジャがいた。事情がわかっていなかった彼は、私が殿下に連れていかれると思い、私を引き止めるつもりで待っていた。
「俺のハンナを連れて行かないでくれ!」と涙を流しながら殿下に頭をさげたバジャに、私は「馬鹿!」と言って飛びついた。
それからたびたび、殿下たちは遊びにくるようになった。王と王妃になっても。私たちは運命の友人かもしれないなんて笑い合い、幸せに暮らしている。
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