婚約解消を求めたら「私の相手を見つけてください」と言われてしまった。
パチパチと瞬きを繰り返している彼女は私、ダンティ・コンスタンの婚約者のシスラウ・アルチーノだった。
「えっ?今なんと?」
「婚約を解消して欲しいと言ったんだ」
「どっ、どうしてですか?」
シスラウの挙動が変だ。オロオロ・オタオタと言ったらいいのだろうか?とにかく変だ。
「他に好きな人ができたんだ。元々親達が友人だからという理由だけの婚約だから、婚約を解消しても何の問題もないだろう?!」
シスラウはバッン!!とテーブルを叩いて、茶器が浮いて落ちた。カチャンと音を立てて。
「えっ?!問題だらけですよ!!私の結婚相手がいなくなるんですよ!!もう十七なのに!!絶対婚約解消しませんよ!婚約解消してほしいというのなら、私の婚約相手を探してきてからにしてください!!」
シスラウが開き直ったように椅子の背もたれにもたれて、肩を怒らせている。
「なっ!何を言っているんだ?!」
「ダンティだけ好きな人を見つけて幸せになろうなんて言い分、聞いたりしませんよ。浮気されようが、愛されなかろうが、私の十八歳の誕生日の一ヶ月後の四月末日に、絶対結婚しますよ!!それが嫌なら私に婚約者を〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
好きな人ができたからと婚約解消を申し出て断られるとは思わなかった。
両親はシスラウが了承するなら婚約解消をしてもいいと言っていたが、シスラウが婚約解消を認めない以上、婚約は継続だと言われてしまった。
両親にとってはシスラウは小さな頃から知っている可愛い子だと認識されているので、これをひっくり返すのは難しそうだった。
ならば、シスラウの婚約者を探すしかない。
・・・のだがこれが難しい。
シスラウが婚約解消しないと言った理由が嫌でも理解できてしまった。
十四〜五歳ならまだ婚約していない相手も居るので、婚約者を探すこともできるが、十七歳以上の男性となると、婚約をしていない者がほとんどいない。
婚約していない男も居るには居たが、問題がある男ばかりだった。
シスラウは私にとっても幼馴染で長い間、婚約者として大事にしてきた相手だったので、問題のある男にシスラウを預けるわけにはいかなかった。
シスラウも嫌がるだろうしな・・・。
友人知人に当たって、親族、そのまた遠縁に当たっても十七歳以上でシスラウを預けてもいいと思える男がいなかった。
いや、実際は一人いた。何の問題もない男が。
ただ辺境伯の息子で嫁ぎ先が今住んでいる場所から片道三週間も掛かる辺境だった。
シスラウにお伺いを立てると最初は渋っていたが会ってみてもいいと言ったので、ちょうど中間の地で会わせることになった。
それはもう本当に凄い大移動だった。
俺の両親からシスラウの両親、兄弟姉妹にその面倒を見るメイド達に、シスラウの結婚に付き従って行く事になっているメイド二人の大移動で、その予算は私の小遣いから出すように言われて、愕然としてしまった。
それでも、私は愛するメイビーナと一緒になるためとガンガン減っていく小遣いに涙しながら、中間の地へとたどり着いた。
俺たちの両親やシスラウと兄弟姉妹達は観光気分で楽しんでいたが、辺境伯の息子と会う日はさすがに皆緊張していた。
相手の第一印象は悔しいけれど、いい男だった。
ガッシリした体躯に高い身長、厚い胸板に大きな手、顔は男前ではないが、精悍で意思の強いことが現れていた。
流石辺境の漢!!って感じがした。
自分の体と見比べてちょっと自信を喪失してしまった。
シスラウはポーッとしていて、シスラウの両親兄弟姉妹もいい印象を持ったようだった。
「ハウスツール辺境伯嫡男、ダンベルトと申します」
「私はアルチーノ伯爵家の次女シスラウと申します。よろしくお願いいたします」
「そちらの状況は聞いております。私がこの年まで婚約していない理由は、近隣に同世代の女性がいなかったことと、学園ではハウスツール辺境伯の地は遠すぎると敬遠されたからです。まぁ、私が気付いていないだけで、人として駄目なところがあるせいかもしれませんが」
そう言って快活に笑っていた。
お見合いの定番、ご趣味は?から始まって両親同士の話し合いもして、とりあえずは問題ないことは解った。
後は当人同士の問題だと言うことになり、一週間ほど毎日デートをして結論を出すことに決まった。
シスラウは一目惚れしているような雰囲気になっているが、実家から三週間も掛かる場所へと移動しなければならないというマイナス要因がある。真剣にダンベルト様を見極めようとしていた。
三日目のデートから帰ってきて、全員が集まって中間報告を聞くことになった。
「凄くいい人。あんなに大きな体をしているから大雑把で乱暴なのかと思っていたけれど、女性をエスコートしなれていて、その理由はお母様や姉妹が徹底的に仕込まれたからだと言っていました」
シスラウのおじさんが「そうか。ダンベルト様もデートを断ってこないということはシスラウのことを結婚相手にしてもいいと思っていてくれている。と思っていいのかが問題だな」
「結論は一週間経ってからにします。嫁いだら次にお父様達に会えるのはいつになるか解りません」
「そうよねぇ・・・」
おばさんとおじさんが寂しそうに言った。
私はすごい罪悪感を感じて、私との婚約を解消することが酷いことをしているような気がしてしまった。
いや、まぁ、本当に酷いことではあるんだが、私は自分のことばかりを考えていたことを恥じた。
シスラウの両親達はハウスツール辺境伯と一緒に観光をしたりしながら、交流をしていた。
滞在の最終日、ダンベルト様とシスラウは二人で話し合って結論を出した。
私と婚約解消してダンベルト様と婚約することに決まった。
卒業と同時に辺境へと移動して、卒業の一ヶ月後では辺境の地に馴染めているかも判らないので、もうちょっと期間を空けて、シスラウが馴染めると決断してから三〜五ヶ月後に結婚することが決まった。
この地で私との婚約解消がされ、新たにダンベルト様とシスラウの婚約届が出された。
シスラウが学園を卒業したら直ぐに辺境伯家へ行くことになった。
シスラウとダンベルト様はさっぱりしていて「手紙を書きます」と約束をして別れていた。
私は肩の荷が下りた気分でホッとしたけれど、寂しさも確かに感じていた。
それからパッタリとシスラウとの交流がなくなってしまって、シスラウの状況は解らなくなってしまった。
私はメイビーナとの婚約が成立して、メイビーナが卒業後に結婚することが決まった。
メイビーナが二歳年下なので私にとってちょうどいい頃だろうと思っている。
シスラウと私の卒業祝いと送別会が一緒に行われることになった。
ちょっと見なかったシスラウはどこか女性らしいまろやかさが出ていて、ダンベルト様にやるのは少し惜しいような気持ちになったのはどういった感情なのか解らなかった。
卒業式が終わり、シスラウが旅立つ日、私は早朝からアルチーノ家へと来ていた。
私とはよほどのことがない限り会うことはないだろうと思うと凄く寂しく思えてしまう。
シスラウの気持ちはどんな気持ちなのだろうと想像して、きっと寂しいだろうなと想像がついてやっぱり私は人でなしだと思った。
「元気でな」
「ありがとう」
たったそれだけの会話でシスラウは旅立っていった。
四ヶ月後、シスラウが結婚したと連絡が来た。
とても美しい花嫁だったらしい。
二年後、今度は私がメイビーナと結婚した。
シスラウが子供を産んだと手紙が来た。それを聞いて私も幸せな気持ちを味わった。
私にも子供が出来たと手紙を送った。
チラリと子供同士が仲良くなれるなら結婚させてもいいかもしれないと思って、この考えが失敗を招くのだと思い出して、なるようになるのだから手を出さないことが一番だと、我が子の頬を突っついた。