第三十九話 娘の報告
午後11時が迫ると、明日奈は急いで父・雄司の部屋に向かった。何度ドアを叩いても返事はなく、好奇心からドアを開けてみると、部屋には誰もいないことに気づいた。
「いない?それは変ね。」
まだ寝ていないはずだが、と思いつつ通りがかった使用人に尋ねてみると、予期せぬ事態が起きているという。父を始めとする倉科家の男性陣が、祖父の部屋に集まっているとのことだった。
明日奈は詳細を尋ねたが、使用人も詳しくはわからないという。そうなると、自分で見に行くしかない。
明日奈の祖父であり、倉科家の現当主・倉科源太郎の部屋は、この時間になっても明かりがついており、中からは激しい議論の声が聞こえてきた。ドアの外からでも、部屋全体の異常な緊張感が伝わる。
この時間に、当主がすぐに全ての息子を集めて緊急会議を開くということは、何か重大なことが起きたとしか考えられない。
明日奈は倉科家の次期当主として内定しているが、現当主の源太郎はこの情報を限られた数の人々にしか知らせていない。このような状況では彼女がその場に出るべきではないのだが、何が起こったのかを知りたいという好奇心が働いた。
「手塚さん。」
明日奈は、部屋の外にいた手塚に、父への伝言を頼んだのだ。
手塚は倉科家の執事であり、源太郎から深い信頼を受けていた。彼に部屋に入り、情報を迅速に伝えてもらうことにした。
「明日奈様、こんな時間に何しているの?」
「はい、重要なことを父に伝えなければならないのです。」
もし相手が普通の子どもであれば、こんな時間にはとっとと寝るように言うだろう。
「どいてほしいんだ。雄司様と当主様は大事な話をしているのだから。早く寝て、明日にでも話しましょう。」
しかし、手塚は明日奈が次期当主であることを知っていたから、その言葉を真剣に受け止めた。
「わかりました。すぐに雄司様に伝えます。」
手塚は部屋に入り、すぐに雄司を連れてきた。
「明日奈?」
「すみません、少しお話ができますか?」
娘の言葉に対し、雄司は静かにうなずき、明日奈と共に自身の部屋へ戻った。
「やはり明日奈には隠せないんだな。」
「何?」
雄司がドアを閉めると、その不思議な言葉を口にした。
「明日奈が、威凰丸の事故について詳細を尋ねに来たと思ったんだ。」
突如として明日奈は困惑した。
彼女は父の言葉を理解できる。
威凰丸は倉科グループ傘下の倉科海運が所有する貨物船で、それなりに認識している。
しかし、全体を組み合わせた疑問文に対して、彼女は頭を抱え、どこから手をつければいいのか分からない。
「威凰丸が事故に遭ったの?何?」
「それについて話すために、わざとパパのところに来たんじゃないのか?」
「いいえ、そんなことはないよ。」
二人の間には何かの誤解が生じているようだ。
「そうか……パパは、明日奈がまた何か重要な情報を提供してくれると思っていたんだ。」
「そんなすごい能力は私にはない。」
倉科グループが危機に直面するたびに、明日奈はショーンと杏珠を送り込んで敵の陣地から情報を探し出し、倉科家は何度も窮地を脱してきた。
父は今回も、明日奈が情報を提供するために来たと思い込んでいたのだろう。しかし、明日奈は神ではなく、なぜ毎回、適切な情報を正確に提供できると思うのだろうか?
「もしかして……威凰丸に何か問題があったの?」
「うん、先ほど緊急報告があったんだ。東の太平洋を横断中に、突如として連絡が途絶えた。」
現在、ショーンと杏珠は茜のもとにいる。明日奈が彼らを呼び出すとしても、広大な太平洋で貨物船を探すのは困難だろう。
「ごめんなさい、今回はお力になれないと思います。」
「いいんだよ、何とかなるさ。」
雄司は明日奈の「超能力」のことを、それほど理解しているわけではない。
幼い頃から異常な知性を発揮し、どこから得たのかわからない情報を提供して、これまで何度ものピンチを救ってきた。
学校の健康診断では、明日奈に超能力は検出されないものの、幼馴染の藤原雅はこの子に特別な力があると断言している。誤りがあるはずがない。
能力について口を閉ざす明日奈だが、雄司や源太郎は絶対的に信頼している。
威凰丸の件は一旦脇に置き、明日奈は涼宮和樹からこっそり聞いた情報を雄司に詳細に報告した。
娘の報告を聞くと、雄司は眉をひそめた。
「日本の特殊能力者登録法は、このような武装組織を個人で保有することを禁止している。和樹さんは海外での登録を目指していて、外国の保険会社と協力する必要があるのだろう。」
雄司自身が天才的なので、娘から少しのヒントを得るだけで、すぐに状況を把握し、適切な判断ができた。
「わかった。明日奈は早く休んでくれ。あとは僕たちが対処するから。」
父に別れを告げて自室に戻ると、明日奈はショーンからの念話を受信した。杏珠が和樹に疑問を抱き、しばらくの間、密かに監視を続けたいという内容だ。
ジェスチャーによって、相手に的確に別の意図を伝えることができるのか。杏珠の言葉で、明日奈はその重要性に気づかされた。確かに、そんな可能性がある。
もしこの推測が正しければ、和樹は第三者に聞き取られないよう、ある秘密の計画を実行しようとしているのだろう。
明日奈は頷いて、杏珠の提案に同意した。つまり、これからはショーン一人が茜の監視を続けることになる。




