婚約を解消された令嬢は不器用な辺境伯に大切にされる
「リゼすまない。君との婚約を解消したい」
その一言でリゼの婚約は解消された。
婚約者のそばにいた年月は10年だ。
関係は悪くなかったとリゼは思っていたが、元婚約者はそうではなかったようだ。
「その代わり、君には新しい縁談話を用意してある」
引き攣った顔をして笑う元婚約者にリゼは嫌な予感がした。
「相手は、北の狼。ルイス様だ。君にとてもお似合いだと思う」
ルイスは、北の地を治める辺境伯だ。
あまりいい話はない。
王室主催の夜会に参加するたびに、不機嫌そうな顔をしてワイングラスを粉々にしたり、壁に穴をあけたりすると聞いたことがある。
(そんな相手との婚姻を勧めてくるなんて、私は嫌われていたのね……)
リゼは目を伏せて、新しい縁談に不安を感じていた。
「あちらには、すぐに、とにかく早く、めちゃくちゃ早く、向かってくれ」
どうやら、リゼの知らないところで全てが決まっていたようだ。
卑屈そうに笑う元婚約者に、リゼは「かしこまりました」と返事をした。
屋敷に帰りすぐに支度をすると、家族との挨拶もそこそこに辺境の地へとリゼは向かった。
「リゼ様!待っておりました!」
屋敷に到着するなり、かなりの歓迎ムードで使用人たちが出迎えてくれた。
「えっと、その」
満面の笑みで出迎えられてリゼは面食らっていた。
「歓迎会なら準備できております!」
「へっ?」
ポカンとするリゼを引きずるように、使用人は歓迎会会場に案内した。
そこにいたのは、ルイスだ。
彼は悪巧みをしているかのような笑みを浮かべていた。
リゼは、何かされると反射的に思ったが、それはすぐに杞憂になった。
「リゼ、ようこそ辺境の地へ!!!まっていたぞ!」
ルイスの口から出たのは鼓膜が破裂しそうなほどの大きな声。
ルイスが全身全霊で歓迎しているのが、リゼには伝わってきた。
「ルイス様!何をしているのですか!」
「リゼが来るって聞いたから!準備を手伝いたくて」
「不器用なんだからやめてください!」
使用人が顔色を変えて必死な顔で止めに入るが、ルイスは照れ臭そうに笑うだけで手を怪しげに動かしている。
「見てくれ!リゼ!ケーキだ!」
ルイスの手元にあるのは、どこからどう見てもお排泄物にしか見えない物だった。
「えっと、ケーキ?」
「チョコレートケーキだ!」
なぜ、チョコレートケーキにしたのだろう。茶色のトグロを巻いたクリームはどう見ても食べるのに躊躇するブツにしか見えない。
似ているだけで臭ってくるような気すらする。
「あ、ありがとうございます」
リゼは、悪気はないのだと言い聞かせてブラウントグロクリームが乗ったケーキを受け取る。
「さあ!乾杯だ!」
ルイスが鼓膜を破裂させるような叫び声と共に、ワイングラスを掴むと粉々に砕け散った。
「……!」
リゼはその物騒な光景に言葉を失った。
明日は我が身だと言われているような気がしたからだ。
「す、すまない不器用なんだ。力の使い方が下手でいつも物を壊してしまうんだ」
「大丈夫ですよ。ゆっくり慣れていきましょう」
「君は本当に素晴らしいんだな。婚約者がいたから諦めていたが、僕はとても運がいい」
ルイスはうっとりと微笑む。
「はあ」
「君の元婚約者も素晴らしい男だ。僕が壁を壊しても笑って許してくれたんだ」
リゼはそれを聞いて元婚約者は身の危険を感じて婚約を解消したのではないのかと思った。
「リゼ、君を大切にする」
リゼはルイスにとても大切にされ、幸せな結婚生活を送ったそうだ。
たまに、地面で見かけるブツがどう見てもソフトクリームにしか見えなくて
書きました