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第44話 エルフとゴーレムと料理教室

 ベルはテオを引っ掴むように抱きしめると、そのまま駆け出した。

 ガラス戸を勢いよく開け放ち、夜気を切るように外へ飛び出す。

 そんな二人へ、眩い逆光の中、四角い影がゆっくりと近づいてくる。


「ロイっ!」


 呼びかけと同時に、ベルは足を止める。

 四角い影──ロイの姿が光の中から現れ、機械音声が闇夜に響いた。


「ベル様、ご無事で何よりです」


 その一言を聞いた途端、張り詰めていたものが弾けるように、ベルの目から涙がこぼれ落ちる。

 ベルは駆け出しながら、ロイの足元に飛び込むように抱きついた。

 その隣では、テオが全身で喜びを表すように尻尾をぶんぶんと振り、ロイの脚部にじゃれつく。


「ロイ! ほんとにロイだ! 動けるようになったのね!?」


「お迎えが遅くなり、申し訳ありません」


 淡々とした声で謝罪するロイに、ベルは思わず首を横に振る。


「遅くなんかないよ! 来てくれたんだもん……ありがとう!」


 嬉しさが込み上げ、ベルの目尻が熱くなる。

 やがて落ち着くと、今度はふと疑問が浮かんだようにロイを見上げる。


「……でも、どうしてここが分かったの?」


「バスの行き先や、標識と、ベル様の──」


 そこでロイは一度言葉を止める。


「ん?」


「──ベル様のお腹具合を元に」


 ロイの淡々とした答えに、ベルは一瞬ぽかんとしたあと、へらっと笑った。


「そっか……やっぱりロイは頼りになるね」


「恐れ入ります」


 そこで会話が途切れ、静寂が辺りを包む。遠くでは小さく虫の声が聞こえていた。

 いつもなら、そろそろ静けさを切り裂いて、お腹が鳴るところ──


「……あ、あのね、色々聞きたい事も、言いたい事もあるんだけど……」


 ベルはそっとテオを拾い上げ、抱きしめながら、おずおずと視線を逸らす。


「まずは、ロイのごはんが──食べたいなぁ……って」


 表情の無いガラスの様な目が一瞬、輝いたように見えた。


「かしこまりました、お任せください!」


「やったぁ! それじゃ、こっちに来て!食材は集めてあるの!」


 ロイの言葉に目を輝かせたベルは、機械の腕を引いて、またガラス戸をくぐっていく。




「ど、どうかしら……?」


 テーブルの上には、ベルが先ほどまで頭を抱えて眺めていた戦利品が、ずらりと並べられている。

 カチコチに凍った肉、野菜。小麦粉らしき白い粉の入った袋、やたら匂いの強い調味料らしき液体……。


「コレとかも……鍋に入れて煮ちゃえば食べられるとは思ったんだけど……」


 ベルはお米の袋を指差して、言い訳のように口を尖らせる。


「ほんとはね? 火をおこす道具さえあれば、ちょっとは料理できるのよ? ほんとよ?」


 ロイの体の中の何かが、微かに笑ったような音を立てる。

 その音にベルは一瞬、胸の奥がきゅっとなる。ついさっきまで声も出せず、動けなかったロイの姿が脳裏に蘇った。


「……あ、でも、無理はしなくていいからね? まだ調子悪かったりしない?」


 ベルの心配を受け、ロイは一拍置いてから静かに首を横に振る。


「それより、せっかくの豊富な食材ですので──」


「──じゃあ!」


 ベルは勢いよく身を乗り出した。


「ここの道具の使い方、教えて頂戴! 私の料理の腕を証明して見せるわ!」


「いえ、先日の包丁さばきを見るに、別に疑ってはおりませんが──そうですね、料理教室ライブラリも役立ちそうですし、お手伝い頂いても?」


「えぇ、任せて! ロイは指示だけしてくれれば、私が完璧に調理してみせるわ!」


 そう言ってベルは上着の袖を捲りながら調理場へと向かっていった。その背中をロイの言葉だけが追いかけてくる。


「ベル様、まずは着替えを済ませた方が衛生的です」


 意気揚々と調理場へ乗り込むつもりだったベルの足がピタリと止まる。改めて自分の身体を足元まで見下ろすと、お気に入りの白い服は泥でまだら模様になってしまっていた。


「あちゃあ……確かに、ちょっとドロドロだね。車に戻れば──」


「いえ、こちらに丁度良い物がありました」


 そう言ってロイが差し出したのは、これまた真っ白な服。しかし、その胸の中央には真っ赤なハートと見慣れない文字が大きく描かれている。


「なにこれ?」


「アイラブ茨城、と書いてあります。この地への愛を示す衣服のようですね。サイズも大きいですし、これ一枚でワンピースのように着られるかと」


「へぇ、ここの人達は服でまで郷土愛を示してたのね……まあ、すぐ着替えられるなら何でもいいや!」


 ベルは汚れた服を脱ぎ、新しい服を着込むと、満足げに腰に手を当てた。


「ほら、どう? 似合うでしょ!」


「ええ、とてもお似合いです」


 ロイの声は淡々としていたが、どこか楽しげだった。

 まだ暫く時間が掛かりそうと判断したテオは、テーブルの脇で丸くなって休み始めていた。




「ふっふっふ……綺麗になったし、あとは調理場の使い方さえ分かれば、私にだって美味しい料理が作れるんだから!」


 着替えを済ませ意気込むベルをよそに、まずロイが取り出したのは、凍ったままの食材の袋だった。


「まずはこれらの食材を温めて解凍しましょう」


「それなら、まずはコレね!」


 ベルは勢いよくフライパンを掴み、袋ごと中へ置く。


「……ベル様」


 背後から静かな声。ほんのわずかに間を置いて──


「色々と問題があるので、こちらをお使いください」


 ロイはすっと、調理場の脇にあった一抱えほどの大きさの銀色の箱を指し示した。

 ベルは首をかしげながらも、興味津々で近寄る。


「え、何?何?」


「この箱は電子レンジという食材を加熱する機器です。オーブンのような物ですが、凍った物なども適度に解凍できます──ただし、特定の食材や金属製の容器を入れるのは危険ですので、これらの──」


 適した容器を取り出そうと、ロイは背中を向けた。


「へぇ! すごーい!」


 ベルは言葉半ばで、手近にあった金属容器へと袋を放り込み、扉を閉めて適当に出っ張りを押した。


「えい」


 次の瞬間、扉の窓を覗いていたベルの目の前でバチッと青白い光が弾け、短く悲鳴を上げる。

 飛び上がったベルの横から、すかさずロイの腕が伸びてきて機械を止めてくれた。


「ベル様、その器は先ほど危険と説明した金属製です。あと食材は袋から出しましょう」


「はい……すいません……」




 やがて、どうにかこうにか、食材たちの解凍が終わり、ベルは達成感に満ちた顔で額を拭った。


「ふぅ……でんしれんじ……使い方は完璧に理解したわ」


「それは──何よりでございます。では次に……」


 ロイはわずかに間を置き、調理場の一番使いやすい位置に鎮座した機械を指し示した。


「コチラのコンロで火を使い、食材を炒めましょう」


「へぇ! これで火がおこせるんだ?」


 火さえあればどうにかなる、とばかりにベルは興味津々で目の前の機械へとかぶりついた。

 そんなベルの様子に一抹の不安を覚えつつ、ロイは機械の使い方を説明していく。


「──と、このつまみを押して回すと火が点きます。更にここを──」


「ん?こう?」


 説明の途中で、ベルは興味のままにつまみをぐいっと回した。

 ごうっ、と勢いよく火柱が上がる。


「きゃあっ!?」


 熱風に前髪が煽られ、焦げた匂いがした。ベルは慌てて飛び退き、前髪の先を見て青ざめる。


「──と、こうなる恐れがありますので、機器の取り扱いには細心の注意を払ってください」


 ロイの声は淡々としていたが、わずかに有無を言わさぬ圧が込められていた。


「……はい、すいません……」


 しょんぼりと肩を落とすベル。目の前の機械に恐怖を覚えるも、母の“あの”魔法ほどではないと、すぐに気を取り直し、調理へと戻るのだった。

 肉を炒め、野菜を炒め、食材の一部は湯を張った鍋へと入れて行く。何で出来てるかは知らないが、香ばしい匂いを立てる調味料なども使い、ロイの指示の通り(?)調理は進んでいった。



「最後はこの味噌という調味料を、こちらの鍋に入れれば完成です。火を止めてから入れると、香りを殺さずにすみます」


「へぇ、そうなんだ──えい」


 茶色いペーストを、ベルは豪快に容器の半分ほど掬い、鍋へと放り込んでぐるぐると乱暴にかき混ぜた。


「ふふん、これでスープも完成──」


 ロイが匙を取り、指先につけて味を見る。


「かなり濃いですが……」


「う……やり直し?」


「いえ、水を足せば問題ないでしょう。量が増えるだけですので、明日の朝食になります」


 その言葉にホッと胸を撫でおろすベルだった。




「も、もう一回やれば、もっと完璧に出来るはず!」


 ベルは胸を張り、前髪をちょっと気にしながら笑う。


「ええ。何度でもサポートいたします」


 ロイが淡々と告げると、食堂の天井の照明がぱっと点いた。

 広い食堂全体が昼間のように明るくなり、テーブルの上へと並べた料理が一層鮮やかに見える。

 香ばしく炒められた肉の匂いと、甘辛いタレの照りが、否応なしにベルの食欲をそそった。


「そう言えば、コレ何て料理?」


「キングポーク丼です。メニューを参考に作りましたが、ここの名物だったようですね」


「へぇ~……まぁ、とにかくいただきましょうか!」


 ベルはいつも通り、略式の祈りを捧げる。

 その横で、いつの間にか起きてきたテオも、尻尾をぶんぶん振りながらテーブルの足元に陣取った。


「それじゃあ──いざ!」


 素早く祈りを終えたベルは、目の前の大きな器を手に取り、勢いもそのままに大きな口を開け、めいっぱい頬張るのだった。

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