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第40話 エルフと青い板と茶色い板

 車に戻ったベルは、座席に腰を下ろすなり両手で顔を覆いながら、らしからぬ声で口を開いた。


「……すいません、ご迷惑をおかけしました……」


「うわ、ベル君が敬語だ。珍しい……しっかし、甘酒で酔っぱらう人なんて、ほんとにいるんだねぇ~」


 窓からベルの顔を覗き込んだネスカの表情は、どう見ても楽しそうで、完全にからかうつもり満々だった。


「うぅ……もう、本当に最悪……」


 なおも落ち込むベルの頬を、後ろの座席から顔を出したテオがぺろぺろと舐める。


「お前は優しいね……テオが良い子に育ってくれて、私は嬉しいわ……」


「アハハ!やっぱり、ベル君はいくら見てても飽きないな~。あ~楽しかった。あ、次にベル君がお酒飲む時は絶対僕を呼んでね、寝てても飛び起きてくるから!」


 ネスカはケラケラと笑い声をあげ、ひとしきりからかったあと、光の粒となったネスカはテオの首へと吸い込まれるように小さな石の姿へと戻っていく。


「あ、まって! あの支流の話、あれってどういう──意味か聞こうとしたのにっ!」


 消えゆくネスカへの言葉は届かなかったのか、やかましい気配は静かに霧散し、代わりに運転席からロイの落ち着いた声が続く。


「……暗くなってまいりましたので、とりあえず本日の宿泊場所を確保いたしましょう」


「はぁ……そうね」


 山道を下りきった道は、すでに傾きかけた夕日に染まり、空の端からゆっくりと夜が迫ってきていた。遠くの川面が橙色にきらりと光り、その揺らめきが酔っぱらう前に見た光景を思い出させる。


「とりあえず……あの支流が示していた北に向かいましょうか……」


「かしこまりました。ついででも構いませんので、父上様が待つと仰っていた磐梯山へも寄れると。幸い方向は一緒ですので」


「分かったわ、手がかりはいくらでも欲しいもの」


 そうして、ベル達は今夜の夕食を相談しながら、寝床を求めて車を走らせた。





 ──翌朝。

 ベルとテオは、頬をほんのり赤くしながら建物を出てきた。お腹からこみ上げる温もりに、思わず口元がゆるむ。そして、背にした縦に大きな建物から差し込む朝の光を浴びながら、負けじと大きく伸びをしつつ、体をほぐし始めた。


「う~ん! やっぱり“かれー”は美味しいわね~!」


「はい、やはりビジネスホテルの朝食と言えばカレーかと」


「ふぅん?」


 隣で答えるロイの声はいつも通り落ち着いているが、ベルはもうご機嫌だ。


「さぁ、出発いたしましょう。目的地はひとまず──北にある道の駅にしましょう」


「良く分からないけど任せるわ──ちなみに道の駅って?」


 柔軟体操をしながら、ベルは体ごと首を傾げる。今は脇腹を伸ばす運動のようだ。


「休憩所と市場を合わせたような施設です。地元の特産品を販売していたり、旅の人が立ち寄れる設備も整っています。電動車両への給電設備もございますので、そこで車の充電も可能です」


「なんか凄い便利そうね」


「恐れ入りますが、ついでにワタクシの充電もさせていただけると助かります」


「充電って……お腹空いたみたいな感じ?」


「そう解釈していただいて差し支えありません」


「なら急がなきゃ!」


 一大事とばかりに急いで車に乗り込んだベルは、何かを思いついたように鞄を漁り始める。

 やがて、指先ほどの大きさの茶色く乾燥した粒状の物体を掌へと広げ、ロイへと差し出した。


「──ちなみにカリカリならあるけど、食べる?」


「いえ……ワタクシにリンのように有機物をエネルギーに変換する機能はありませんので、お気持ちだけ……」


「あら、そう」


 もう掌に広げてしまったのだからと、ベルはテオと分け合ってカリカリを食べ始める。


「では、出発いたしましょう」


「はーい!」


 ベルの元気な返事を合図に、車はゆっくりと走り出す。窓の外には畑や民家が続き、朝露の残る道端が流れていく。




 街を抜けるとすぐに広い道へと出る。馬車が何台か並んで通れそうな、最初は驚いていたその道幅にも、ベルは段々と見慣れてきていた。

 陽の光を反射する朝露に濡れた道を、ロイは迷いなく進めていく。

 その細長い手は”はんどる”に添えているだけなのに、車は意志を持ったように、進路を切り替え滑らかに走っていく。

 それはまるで、車が道を知っているかのようだった。


「よく迷わないわね」


「元より、ワタクシには地図データが内蔵されておりますが……この国では、道を走っている限りそうそう迷うことはありません。あのように──」


 二人が視線を向けた先には、道の脇に青い板が高く掲げられていた。矢印と見慣れぬ文字、それにいくつかの絵。何の印なのかとベルが首を傾げれば、ロイが当然のように答えてくれる。


「案内標識と呼ばれるものです。地名や、周辺施設の位置が大まかに記されています」


「ふーん……」


 文字は分からないが、絵は何となく意味が分かる。家のような形や、果物らしき丸い模様。ベルはテオと一緒に、時折現れる青い看板を眺めることにした。


「もう少し行けば、朝お話した道の駅があります。地元の食べ物や品物を売っていた場所です、食材の補給も出来るかも知れません」


 特定の言葉に、ベルの長い耳とテオの耳が揃って跳ねる。


「──! それは良いわね!」


「はい。そして、充電設備もあるはずです。車とワタクシの電力もそこで補給させて頂ければ……」


 そう言ったロイだったが、急に空模様と同じように声の調子を曇らせた。

 先ほどまで柔らかく照らしていた陽光が雲に隠れ、車内も薄暗くなる。ベルはふと、ロイの声がわずかに間延びしていることに気づいた。


「……少々、想定より消耗が早いですね……自動運転制御のせいでしょうか……」


 車は速度を落とし道の脇へと寄って行き、ロイの声からさらに感情の色が抜けていく。


「申し訳ありません、ワタクシを日当たりの良い場所へ、でないと……ショウエネ……モード……キリカエ……」


 ロイの変化にベルとテオが驚き慌てふためく。


「え!? どうしたの!? ロイ!?」


 ベルが思わず身を乗り出す横で、テオが不安げに鼻を鳴らす。

 そのまま、意志を持ったように動いていた車はゆっくりと止まった──






 「ふん! うんっ……っしょ! ……ふぅ──何食べたらこんな重くなるのよ……ってロイは食べられないんだった」


 額の汗をぬぐいながら、ロイの要望通り日の当たりがマシな場所へと、その重い体を横たえた。体に対して妙に大きいガラスの様な瞳を覗き込むと、淡い光が見える。

 その光に向かってベルは問いかけた。


「これで良い?」


 ロイの応答が無くなって暫くあたふたしていた二人だったが、よく見れば、瞳の奥で淡い光が言葉に答えるように明滅する事に気付いた。

 今は緑に一回光ったので”はい”の意味だろう──多分。


「大丈夫だよね……? ──よし、ロイが寝てる間に、何か食べ物見つけてこようか」


「わぅ!」


 務めて明るく、ベルはテオの背をぽんと叩くと、道端から少し外れた町並みへ足を向けた。

 周囲は静まり返っていて、風に揺れる看板や旗の音だけが響く。

 隅に砂が溜まり、草に覆われた道端。錆びの目立つ扉が、客を待ち続けて開いている小さな商店──らしき物。

 ベルの目に入る物全てが、人が居なくなった時間の長さを物語っていた。


 ふと、テオが鼻をひくひくと動かし、店の奥へ駆け出す。


「ちょっと待って! テオ!」


 テオと出会った時もこんな感じだったな、などと考えながらも、小さい背中を追いかけると、そこには、色褪せ、半分ほど崩れた木の棚があった。


「……あ、これ……!」


 ベルは棚の奥に残っていた鉄の容器と、埃をかぶった箱を手に取った。箱の中には、掌ほどの大きさをした、紙で包まれた茶色い板。そこに描かれた見覚えのある絵から、美味しい物だとすぐ分かった、なぜなら──


「こっちに来て初めて食べたヤツ……だよね?」


 包みを撫でながら、ベルは少し嬉しくなって笑みを浮かべる。

 得意げにしているテオの頭を撫でてやっていると、視界の端に光がちらついた。

 ベルが顔を向けると、通りの先で何かが弱々しく瞬いている。先ほどまで覗き込んで様子を伺っていた、ロイの瞳のように──


「……あれ、何だろ?」


 ベルが歩を進めると、くすんだガラス越しに、白く光る箱のようなものが見えた。

 近づいてみれば、それは古びた大きな馬車──こちらの世界で言う乗りあい馬車だと、ロイが前に言っていたものに似ている。名前は忘れた。

 車体の前面には見覚えのない文字が並び、その隣で四角い板がぱちりと光っては消えている。


「ねえテオ、これ……動いてない?」


「わぅ?」


 好奇心に負けて、ベルは横腹の大きな扉に手をかけた。

 力を入れる前に、重い金属の音と共に、空気を押し出すような感触で開く。

 内には、前を向いて整然と椅子が並んでいる。締め切られていたお陰か、車内は思いのほか綺麗だった。


「ちょっとだけ中、見てみよっか」


 ベルは軽く跳び乗り、テオも後に続いた。

 だが、その瞬間──背後で扉がひとりでに閉まった。


「え……ちょ、ちょっと!?」


 耳慣れない低い音が床下から響き、車体がゆっくりと震え始める。

 ベルが慌てて降りようと扉に向かうも、固く閉ざされ、びくともしない。


「うそでしょ……!」


 次の瞬間、乗りあい馬車は何の前触れもなく、静かに、だが確実に、意志を持っているように動き出した。

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